15 どういう関係?
未優攻略が進まない一方で、あたしの身に少しばかり厄介な事案が起き始めていた。
「そうそうそれ! ほんとそれ!」
「へえ、そうなんだ~」
「そうなの。でさ~……」
オタ話で意気投合したクラスのギャルが急にグイグイ来る件Part2。
学校では距離感のあるあたしと未優も、昼は一緒に食べる。
数少ない二人きりになる時間だ。
しかし今日は、そこにプラス一名が加わっていた。
瑠佳だ。あたしと一緒に、未優の机を囲んでいる。新入りのはずが一番しゃべっている。
「そうなんだ、すごいね~」
さっきからしきりに相槌を打っているのが未優。
さっきから内心はらはらしながら黙ってお弁当を口に運んでいるのがあたし。
クラスに友達が増えるに越したことはない。
それはそうなんだけど……。
「あっ、ごめんね。なんかアタシ、ずっとひとりでしゃべってて」
「ううん、そんなことないよ?」
未優は瑠佳に向かって微笑む。
あたしが未優の知らないマンガの話すると、「それわかんないんだけど」とかって普通に遮ってくる。まあ変に気使われるよりはいいんだけど。
「アタシ、お邪魔かなって思ったんだけど……大丈夫?」
「え? 全然大丈夫だよ」
この未優の態度、意外に思われるだろう。
普段の未優からすれば、きっと不機嫌オーラを醸し出しつつ無言で食べ続ける、みたいな姿を想像されると思う。
しかしこれは未優の7つある形態のうちの一つ、未優様モードである。
未優様モードとは、いつもの無愛想なひねくれ女から一転、まるで清楚な優等生お嬢様であるかのように振る舞うのだ。
「へ〜そうなんだ、くすくす」
くすくす、なんてあたしと二人きりのときは絶対そんな笑い方しない。
つまり今の彼女は未優であって未優ではない。
何度も言うが未優様なのだ。
これを目の当たりにした相手は、なんて上品で慎ましやかな子なんだろう。
となるのだが、未優的には「あなたとは仲良くなりません」バリアーを張っている状態だ。
ほぼほぼ別人格を演じているわけだからそりゃそうだ。
「でも未優ってめっちゃ優しいね! なんかもっと怖い人かと思ってた!」
その直感は間違っていないかもしれない。
しかしもう下の名前で呼び捨てとは、瑠佳も瑠佳でたいがいである。
こっそり笑みを噛み殺していると、「何か?」と言わんばかりの未優の目がちらりとあたしを射抜く。おお怖い。
未優様モードは未優に言わせるといろいろ角を立たせないため、らしいけど。
そんなふうに優しく扱われたら、勘違い男なんかは簡単に惚れる。
別の意味で角が立つ。これで数多くの男をだまくらかしてきた。けど本人それ気づいてないっぽい。
そりゃいきなり知らない子を連れてきて、不機嫌なのはわかるけど。
未優も未優で、友達あんまりいないんだから仲良くすればいいのに。
ここであたしが「猫かぶっとるでその女」とは言えないし。
まあでも、どのみちこういう系は合わないかあ。
「みさきと未優って仲いいよね? 二人って、どういう関係?」
何気ない瑠佳の質問だったが、謎の緊張感が走った。
未優がちら、とあたしを見た。あたしも未優を見た。
あたしが余計なことを言いそうな気配を察したのか、未優が先に口を開いた。
「いちおう、幼馴染……みたいな? 家が近くて」
「あ、そうなんだ、へ~それでか~……。なんかさ、もう夫婦みたいだよね」
「……へっ?」
「わざわざ口にしなくてもお互いわかってる、みたいな?」
そこでなぜか未優は黙ってしまった。
未優が学校で波風を立てたくないのはわかった。
ならばそれこそ「そんなことないよー」で流すとこでは。
未優はふたたびあたしに目線を投げてきた。アイコンタクトでのテレパシー会話だ。瑠佳の言う夫婦なら、もうそれだけでお互いの意図が伝わる。
うん……うん。
なるほど、まったくわからん。
「そうそう、未優がかまってちゃんでさ~」
机の下で未優のつま先がすねをつついてくる。
いやでもそこは流さないと変な感じになるでしょ。
瑠佳があたしたちの顔を交互に眺めた。
「でもふたりともさ~、めっちゃかわいいよね。並んでると、はたから見ててもくぁ~~って感じ」
「いえいえ、そんなことないですって~」
未優様ほほえみバリアで跳ね返す。
かと思いきや、普通ににっこりしてる。なんかちょっと素出てません?
「だからちょっと、アタシが入ってくの、どうかと思ったんだけど」
「うん、そうだねぇ~」
未優様?
それだと同意しちゃってるけど大丈夫?
「そんなことないって、瑠佳もかわいいって」
しかたなくあたしがかぶせてごまかす。
未優様は角立たないようにとかいってて角ガッチガチだ。
「瑠佳のその髪型めっちゃ好き。かわいい」
「えっ、ほんと? うれしー!」
けっこう手間がかかってそうだ。いちおうあたしも女子の端くれだからわかる。
瑠佳は自分の髪を触ったあと、あたしの髪に手を伸ばしてきた。
「この長さならみさきの髪もできるよねー。一回やってみたーい」
毛先を指でさわさわされる。
なにか思うところあったのか、瑠佳は急に立ち上がった。あたしの背後に回って、髪を後ろでまとめてみせる。
「いい、いいよこれいい! うなじがえっち!」
瑠佳が一人ではしゃぐいっぽう、未優は無言で箸を口に運ぶ。運ぶ。
お弁当に視線を落としたきり、こっちを見ようともしない。
「みさき、すごい肌も白いし髪も綺麗だし。天使みたいだよね」
瑠佳のベタ褒めきた。けどそれは言い過ぎでは。
こっちは未優の態度にヒヤヒヤしっぱなしだ。
弁当を食べ終えると、話題はマンガの話になった。
未優はあまり入ってこれない話題だ。
「それいいね~。じゃあさ、今日の放課後アニメートよってかない?」
「え? あーえっと……」
流れで誘いをかけられて固まる。思った以上に話が盛り上がってしまった。
あたしはスマホをいじっている未優の顔色をうかがう。
「ど、どうかな?」
「……なんでわたしに聞くの?」
目で「だめに決まってんだろ」って言ってるような気がしないでもない。
瑠佳がすぐさま差し込んでくる。
「あ、そしたら未優も……」
「わたしはいいよ、邪魔したら悪いし」
未優は微笑を浮かべながら手を振った。
ふたたび未優様結界が張られている。圧倒的な壁を感じる。
「あ、えっと、やっぱり今日は……」
空気を読んで断りを入れようとすると、いきなり背後からにゅっと腕が伸びてきた。
あたしの首元に絡みついてくる。
「みさきーん!」
首を絞められるように抱きしめられ、「ぐぇ」と口から変な声が出た。
声ですぐに莉音だとわかった。あたしの髪に顔を押し付けてくる。
「ふぁ~~いいにおい~……」
「ば、ばか、なにをするか!」
慌てて莉音を振りほどいた。
これ以上未優を刺激するような真似はしないでいただきたい。
「みさきん、なんか呼んでるよー」
莉音は教室前方の入口を指さす。
意味もなく髪をくんかくんかしにきたのではなく、あたしを呼びに来たらしい。
莉音に腕を引かれあたしは席を立ち上がった。
教室の入り口付近には、見慣れない二人組の男子生徒が立っていた。あたしが近づくなり、かたわれのサラサラヘアーが笑顔で手を振ってきた。




