14 かっこよさ255
「みさきんは、なんでそんなにかわいいの?」
赤ちゃんはどうしてできるの? みたいな口調でいきなり何を言うかと思えば。
断っておくがあたしは普段からスーパー美少女TSした元男だとかあっちこっちで公言しているわけではない。
そんなことしてたら頭おかしいやつだと思われる。速攻いじめられる。
「それはあたしがスーパー美少女だからだよ。おだやかな心をもちながらはげしい怒りによって目覚めた伝説の美少女」
「何を怒ったの?」
ネタが通じなくてまったく面白くない。けどなんとかごまかした。
莉音はあたしの上に座ったまま、おでこのあたりに鼻先を寄せてきた。すんすんと匂いをかぎ始める。
「いい匂い〜。シャンプーなんていうの使ってる?」
「いやわかんないし近い近い。とりあえず降りてくれる?」
「わかんないじゃなくてさあ、じゃあ写真撮って送って」
「わかったから降りてって。重たいっての」
言っても降りる気配がない。莉音はあたしの髪を手前に引き出して、毛束を手でいじいじやりはじめる。なにか思い出したように顔を上げた。
「あ、そうだ。みゆみゆと仲直りした?」
「な、仲直り? ってなにが? 別にケンカとか、してないけど?」
「え~? してたでしょお〜?」
もしかして昨日、ケンカしてたってことになってるのか。
話しかけなかったし一緒に飯も食わなかったしで。
「みゆみゆねぇ、みさきんを他の子に取られて、めっちゃ嫉妬してたよ」
「え? まじで?」
「ガチで怖かった。目で殺されるかと思った」
あら? みゆみゆ? 初耳なんですけど。
なんでもない顔してたけど、実はそうだったの?
「とにかくなんもないから。完全に元通りだから。いやそれ以上に仲良し」
「なんだ、つまんないの」
「つまんないっていうな」
「だってなんかさ~人がケンカしてるのって、見てると楽しいよね!」
生粋のサイコパスか。
ちょっとわからんでもないけど当事者になるとそんなこと言ってられない。
「あと未優って、好きな人いるらしいよ」
「へ、へー? そんなこと言ってたんだ? それって、だ、誰とかって、言ってた?」
「ううん。聞いたら殺すよみたいな感じだった」
どういう話の流れかわからないけど怖すぎでしょ。
でもそれって当然あたしのことだろう。あたしのことに違いない。きっとあたしのはず。
「すんすん、はぁぁ~~」
莉音は掴んだあたしの髪を鼻にもっていって匂い出した。恍惚の表情を浮かべる。
さっきから異常言動が目立つが、こんなでもモテるらしい。
整った目鼻立ちもさることながら、愛玩動物的なかわいさはある。
あたしが陰キャ男子のままなら莉音たんかわいいよハアハアってな具合になってたかもだが。
今はそういう感じじゃない。
「あむあむあむ」
「やめろ食うな」
なんていうかうざ絡みしてくる妹みたいな感じ。妹とかいないけど。
あたしも本当は妹がいて「おにいが女の子になっちゃった!」みたいなのやりたかった。妹に教育されたい人生だった。
「もしみゆみゆに捨てられたら言って? 莉音が飼ってあげるから」
「誰がペットか」
「髪もツインテにしてかわいがってあげるからね〜」
「勝手に仲間にするな」
妹に飼育される人生まだある?
いやいや不吉なことを言うな。
ところでこの小娘、こんな調子だけど実際彼氏とかいるんだろうか。男と付き合ったこととかあるんだろうか。
今まであんまり意識してなかったけど、人様のそういうのも急に気になりだした。最高に聞きにくいけど聞いてみる。
「あ、あのさ、莉音ちゃんてその……き、き、キスとかって、し、したことある?」
「あるよーん。パピーとマミーとしょっちゅうしてるよん」
パピイイイイ!
コイツの家は欧米か。ある種進んでいるのかもしれない。
「なあに? みさきん莉音とちゅーしたいの? みさきんならいいよ? んーちゅっちゅっ」
「や、やめろばかもの!」
唇をすぼめて突き出してくる。
慌てて顔ごと押しのけるが、いま一瞬頬にちょっと触った。マジかこいつ。
莉音が不思議そうに首をかしげる。
「なにそれぐらいで騒いでるの? みさきんってピュアなんだね」
ぴ、ピュア……? この俺が……?
よりによってこんなお子ちゃまみたいなやつに言われるとは。
そういうの恥ずかしげもなくできるのってなんだろうな。
やはり環境か。遺伝か。
「ん〜かわええのうかわええのう。もしや初めてか? 怖がるでないぞ〜?」
莉音は頬ずりせんばかりにしつこく顔を近づけてくる。
あたしは悪代官の顔を張り手で押しのける。
「エリンギーがやらしい目で見てるからやめとこっかぁ」
莉音はからかうような表情を隣のエリンギーくんに向ける。
天然ちゃんかと思いきや、莉音は意外に周りの目を気にしているフシがある。実はわかっててやっている計算高い腹黒なんじゃないかという疑いがある。あたしの中で。
かっこよさ255のあたしは、未優からかわいさを求められている。
しかしどうすればいいのか正直見当もつかない。てっとり早いのは、莉音みたいなやつの真似をすることだ。ここは莉音に弟子入りするか。
「莉音。おりいって頼みがある」
「なんじゃらほい」
いちいち口調が鼻につく。
やっぱりちょっとためらう。
「……お前、自分のことこの世で一番かわいいと思ってるだろ」
「ん~? そんなことないよ? みさきんのことは認めてる」
「……そりゃどうも。じゃあ、未優は?」
「未優はかわいいけどこわい」
なにがあったんだ。
莉音は自分の顔に両手の人差し指をむける。
「ま、莉音はアイドル志望ですし?」
「は? そうなの?」
初めて聞いた。
べつにここはアイドル養成学校でもなんでもない。まあ志望するだけなら誰でもできるけど。
「じゃあみさきん、莉音とふたりでユニット組もうかあ! 一緒にやろうよ! 文化祭とかでさ、歌って踊るの!」
「うん、死んでもやりたくないね」
「なんで? みさきんもったいないよ。なんでアイドル目指さないの?」
美少女なら誰もがアイドルを目指すみたいな言い方はやめていただきたい。
根が陰キャなのでそんなことはできないのだ。死んでしまいます。
「美少女コンテストみたいなの出たら? モデルとか!」
「いやいや簡単に言うけど大変でしょそういうの」
そんな表舞台で活躍とかそういう気はない。あたしの身近な人達が幸せになってくれればそれでいいんだ。そもそもそんなキャパないし。
それにそういうの興味ないっていう子ほどいいよね。
スポーツにうちこんでる美少女とか、普通に働いている美人なお姉さんとかのほうが萌える。個人的に。
「そしたらチックトックとかで動画上げるのは? そうだ莉音と一緒にやる?」
「莉音と一緒にやりません」
「あ、めっちゃいいこと思いついた! 今みたいにふたりでイチャイチャする動画とかどう? ビジネス百合っぽく! みさきんとならぜったい伸びる!」
莉音腹黒説が真実味を帯びだした。
あたしにちょくちょく絡んでくるのも、そういう狙いがあるのかも。
でもそういうのってみゆたん(ガチ勢)が嫌いそうなやつ。
やはり弟子入りは無しだな。
「まあとにかく、誰か他をあたってもらってね」
「えー? みさきん以外じゃ無理だよ!」
莉音が握りこぶしをわちゃわちゃさせる。膝に乗ったおしりがずっと柔らかい。
急に上目遣いになった莉音は、首を傾げるようにしてあたしの目を覗き込んできた。
「やだ? 莉音のこと、きらい?」
これみよがしのかわいい角度。
スーパー美少女スマイルで応戦しようと思ったが、攻撃力が高い反面防御力がよわよわなのだ。
そんな近くで見つめられると目線が泳ぎまくる。
あたしはあざとかわいい妹に迫られたときの陰キャ兄のように目をそらした。
「き、きらいじゃあ……ないけど」
「けどぉ~……?」
逃げた先に顔が回り込んでくる。
つい体をのけぞらせると、後頭部に窓があたった。逃げ場がなくなったあたしの鼻先に、莉音の顔がにじりよってくる。
そのときチャイムが鳴った。目を見開いた莉音が口元を緩ませる。
「ふっ、ゴングに救われたねみさきん」
莉音は満足げな笑みを浮かべてあたしの膝からおりた。「じゃあ今度動画撮ろうね~」と嵐のように去っていく。
どうやら全然人の話を聞いてないご様子だ。
「はぁ……」
あたしは机に置きっぱなしのスマホを拾い上げた。
また取り上げられたらたまらんしちゃんと電源切っとくか、と手に取ると、通知に気づく。
またも未優からメッセージがきていた。
『みさきって莉音と仲よかったっけ??』
『楽しそうだねぇ?』
はい、ちゃんとまたみゆたんチェック入ってます。




