1 スーパー美少女
いきなりだけどあたしは自他ともに認めるスーパー美少女だ。
長い髪。長いまつげ。長い足。長細い指。いろいろ長い。
身長も平均より高い。
鼻も高い。腰の位置も高い。胸も高い。声も高い。意識はわりと低い。
顔もすごい美少女だ。運動神経もすごい。頭脳もすごい。ギャグセンスもすごい。すごい馬鹿っぽい自己紹介だけどとにかくすごい。
しかしそんなスーパー美少女人ゴッドのあたしには重大な秘密がある。
それは尻尾が弱点なのだ。握られると力が抜けてへろへろになってしまう。
というのは冗談で、あたしはかつて男だったのだ。
それも超がつくほどのモブ少年だ。
主人公の背景で、顔をのっぺらぼうにされてるタイプの子。いろいろ普通だった。普通だと思っていたから目立たないよう普通に過ごしていた。
その時歴史が動いたのは、中学にあがって少ししたころだった。
ある朝起きたら、突然なっていたのだ。スーパー美少女に。
まず母親に報告した。
「俺、女になってる!」と半裸でおっぱいを揉みながら叫んだ。
そしたら心配そうな顔をされた。母親は怖い顔で昔のアルバムをひっぱり出してきた。
写真のあたしは女の子だった。それはもうペロペロしたくなるぐらいの美少女だった。
ジョジョでなくても奇妙なことはあるものだ。
そこであたしは一つの仮説を立てた。
これはもしかすると、あたしが性転換したのではなく、あたしがスーパー美少女であるパラレルワールド的別世界に転生もしくは平行移動してしまったのではないかと。
最初は戸惑った。
俺って言うとママンにめっちゃ怒られるからあたしに直した。
口調もがんばって直した。うんこぶりぶりとかシコいとか抜けるとか言わないようにした。
うっかり男子トイレに入ってしまって変な空気にしたり、教室でいきなり体操服に着替えようとして周りをどよどよさせてしまったりと、いろいろとやらかしはあった。
けれど慣れというのは恐ろしいもので、今となってはゴキブリを見たときとかに「きゃあっ」とか言っちゃうようになった。もともと言ってたかもしれないけど。
美少女転生をキメてからおよそ三年の歳月が流れた。
そのうちに、もしかしてあたしってもとから女だったのかな? と思うようにもなってきた。
でもとにかくあたしは男だったのだ。
誰に言ってもいまだに信じてもらえない。
けど男に戻りたいとか、今さらそういう願望はない。
あたしはなんだかんだで今の自分が気に入っている。
ナルシストとか言われるかもしれないけど、鏡を見て自分で自分にうっとりしちゃうこともある。
それになにかやらかしても「てへぺろ☆(死語)」でだいたい許される。
さえない男子だったときに比べればいいことずくめだ。
だがそんなあたしにも悩みはある。
あたしには幼馴染がいる。女の子の。
それもあたしに負けず劣らずハイパー美少女なやつ。
名前は北条未優。愛称はみゆたんという。
あの亀のやつじゃない。ミュータントではない。
未優とは小さい頃から家が近所だった。
うちの母親と向こうの母様が仲良しだった。
あたしが俺だったときは、未優とは仲良くなかった。親同士が楽しくおしゃべりしているのをよそに、お互いスーパー人見知りを発揮していた。
知ってはいるけど⋯⋯うん。みたいな感じ。
そのときのあたしには引け目があった。野郎だったときのあたしは、到底彼女と釣り合いが取れるような人間ではなかった。
「⋯⋯みさき。起きないと、遅刻するよ」
けれど高校生になった今、あたしと彼女はめちゃめちゃ仲良しだ。
なんせこうやって朝から、ベッドまで起こしに来てくれるんだから。
ちなみにあたしの名前は真宮岬という。
名前は男だったときと変わってない。みさきんと呼ぶやつは無視することにしている。
「ほら、みさき。起きないと……」
キ・スしちゃうぞ。
なーんてね。
未優とあたしはそういう百合百合しい甘い関係じゃない。
ゲームするときも接待プレイなどはせず、容赦なく相手をボコボコにする間柄だ。勝利の後リアル挑発コマンドをいれるとリアル右ストレートが返ってくる、そんな間柄。
のはずだった。
「踏むよ?」
みゆたんはおとなしくても有言実行の人。
足の指先で脇腹をつんつんしてきた。くすぐったくてたまらず寝返りをうつと、背中をグリグリ踏まれた。
「……寝てる?」
さわ、さわ、とケツを控えめに撫でられる。
ケツというと怒られるからおしりを撫でられる。
スーパー美少女であるあたしは、電車でガチの痴漢にあったことがある。そのときはもう秒でバックナックルからの上段足刀蹴りが痴漢野郎に炸裂したわけだけども。そして周りから拍手喝采をあびるというザ・嘘松構文みたいな状況になったけども。
触り方がそのときの痴漢と似てる。
いやそれよりテクい。師匠の方ですか?
やがて痴漢の手が離れた。
物音がしなくなる。静かになった。
変な沈黙だった。
目を閉じているのがちょっと怖くなってきて、薄目を開ける。暗い影が顔の前に覆いかぶさってきていた。あたしは慌てて目を閉じた。
フローラル系のいい匂いがして、頬になにやら柔らかいものが触れた。
「へへっ……」
鼻先にかすかに息がかかる。
まぶたの向こう側では、痴漢女がきっと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
あのこれって……通報とか、したほうがいいんでしょうか。