「かまいたち」の子
〈光風が春と別れる頃となり 涙次〉
【ⅰ】
由香梨は5年生となり、そろそろ異性の目が氣になつてくるお年頃。
ぐるりを見渡せば、まづ身近なところから、杵塚は楳ノ谷と宜しくやつてゐた。由香梨は楳ノ谷は余り好きではない。自分の「お兄ちやん」を盗つてしまふ存在に見えた。杵塚と由香梨は、何と云つても血の繋がりはないのだ。由香梨が杵塚を、「わたしのカッコいゝお兄ちやん」と、疑似戀愛の相手に撰んだとしても、何ら不思議はない。
その他、カンテラは悦美と、じろさんは澄江さんと、金尾は遷姫と、牧野は尊子と、もぐら國王は朱那と、テオはでゞこと、ロボットであるタロウですら、雪川の玉乃と、みな戀と愛の季節である晩春を樂しんでゐた。自分の側に就いてくれるのが、ロボテオ2號しかゐない、と云ふのは、何とも心細い。
【ⅱ】
さう、由香梨は戀がしたかつた。成句となるが、戀に戀するお年頃だつたのである。
そんな由香梨には氣になるお相手がゐた。田咲光流、フリースクールの同級生である。光流は、小児麻痺の影響があつて、車椅子に乘つてゐた。
光流は小學5年生としては異例なほど博識で、頭のいゝ男の子が好きな、由香梨の「タイプ」であつた。優等生タイプ、とはちと違ふ。光流は少年らしいフレッシュな知能を持つてゐた。そこがますます由香梨をのめり込ませてしまふ所以だつた。
【ⅲ】
「いつもだうも有難う」思ひもかけず、光流は云ふ。いつも、バリアフリーでない階段などで、由香梨に助けて貰ふ光流は、こちらも、由香梨に好意を持つてゐたのだ。由香梨は優男であつた實父、姫宮眞人の血を継いだのか、美しい少女だつた。光流には何とも眩しい。クラスのリーダー格である、所謂「目立つ子」であるのだけが、靜謐な戀を夢見る光流には、難點と云へば難點。由香梨はご存知の通り、君繪のベビシーシッタア役で、小學生には使ひ切れない程のお小遣ひをいつも持つてゐる。お汁粉屋で、クラスメイトに奢るのが樂しみだと云ふ事は、前に書いた。
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〈目に留まる少女は不思議の術使ひ尠なくともの人氣を得けり 平手みき〉
【ⅳ】
「光流くん、立つてみたら」戀の一段階には付き物の、由香梨の勧めである。「僕には出來ないよ」、と光流は引つ込み思案である。だが、由香梨の性格からして、少し強引とも云へる薦めで、光流はちよつと車椅子を置いてみた。「ほら、もう少しで立てるよ」「さうかなあ。頑張つてみるよ」
だが次に光流が立つてみやうとした時、一陣の風が吹き、それを邪魔した。「かまいたち」の、然も子供である。光流は脚に切り傷を負つてしまつた。「だ、大丈夫!?」。「僕の努力を不意にする魔物が、ゐるみたいだ」
次に「かまいたち」の子が現れた時、由香梨は石ころを拾つて、投げつけた。(光流くんを守つてあげなくちや)さう、由香梨は思つた。「かまいたち」の子は、勿論、鰐革男が、由香梨の戀を失敗に終はらせるやう、仕掛けてきた【魔】だつた。「畜生、鰐革のせゐだわ」「鰐革つて?」「いつもカンテラ一味を苦しめてばかりゐる、【魔】の大將よ」
【ⅳ】
だが、程なくして、「かまいたち」の子の、惡ふざけは収まつた。子供らしく、鰐革の命を外れて、たゞ由香梨と光流と、遊びたいだけなのであつた。鰐革、「役に立たん奴め」と、折角の「かまいたち」の子の好畸心を苦々しく思つた。で、「かまいたち」、の親を呼び出した。
旋風。疾風。思はず由香梨は、光流を庇ひつゝも、目を閉じざるを得ない。「鰐革、カンテラさん、斬つて」その聲は、カンテラに通じた。
カンテラは鰐革に、剣を向けた。「子供の戀なんだぞ、貴様見つともないとは思はないのか!!」
【ⅴ】
そこには、佐々圀守の姿もあつた。こゝのところ、カンテラに影のやうに付き添つてゐる。「カンテラさん、思ひ存分、暴れて下さい! 後は、私たちが」カンテラ「分かつた」。カンテラに氣圧されて、鰐革はひるんだ。
結局、鰐革は退散、「プロジェクト」から、カネが「下りた」。
で、「かまいたち」の子は、今では由香梨と光流に懐いてゐる。由香梨は、「かまいたち」の子を、「ぴゆうちやん」と名付け、光流と共に、育てる事にした。
【ⅵ】
「ぐ、ぐ、あんな小娘にしてやられるとは...」だが、次なる魔手は、次々と鰐革の脳裏に湧き起こつた。惡だくみに掛けては、鰐革には才がある、としか云へない。
と、云う事で、「ぴゆうちやん」を繋ぎ目として、由香梨と光流は、一層深い結びつきを得た。戀の成り行きは、これから次第なやうだ。
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〈かまいたち切つても春の續き哉 涙次〉
ニューキャラが、一人と一匹。作者としても、樂しみな展開です。乞ふご期待! ぢやまた。