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4. ド天然令嬢はわがまま

「アリアさん! ひどいですぅ!」


 お昼休み、サルーシャ様との待ち合わせの場所に向かい中庭を急いでおりますと、見知らぬご令嬢に声をかけられました。ふわふわとした薄いピンク色の髪に明るいエメラルドグリーンの瞳の、愛らしいお方です。「ひどい」という言葉に少々驚いて立ち止まると、ご令嬢の後方に第二王子殿下と側近候補の方々がいらっしゃるのが目に入り、わたくしはすぐさま臣下の礼を執りました。


「ヴィクラム王子殿下、ご機嫌うるわしゅう」

 続いて側近候補の方々にもご挨拶を。皆様、わたくしよりも爵位の高い御子息なので、礼を欠くわけにはまいりません。

「クマーリ・ドリオン様、ソルダン・コルドー様、マテリオ・バングロフ様」

 学園内なので、軽く膝を折った略式ながら丁寧に礼をいたします。


「ひどぉい! モリーが話しかけてるのに無視するなんてぇ!」

 あらまあ、大変。わたくし、学園内の高位貴族のお顔と名前はすべて覚えていますので、間違えてはいないと思ったのですが、きっとこのご令嬢はわたくしよりも高位の方なのでしょう。


「これは大変失礼をいたしました。わたくし不勉強にてお嬢様を存じ上げず、礼を失してしまいました。平にご容赦を」

 ご無礼をしてしまったと思い、深く礼を執りました。


「な、なによぉ! 大げさね! でも、モリーを知らないなんて、ひどい〜!」


「あ、アリア・テオドール嬢、こちらはモリー・フラン男爵令嬢だ」

 なんと、第二王子殿下がわざわざご紹介くださいました。

 男爵令嬢とのことですが、この一連のやりとりから察するに、なにか特別なお方なのだと思われます。わたくしが存じ上げなかったことに驚かれていたようですから、きっとそうなのでしょう。


「モリー様、重ねがさねの失礼、申し訳ございません。わたくしにどういったご用でございましょうか」


「そうです! アリアさん、ひどいですぅ! サルーシャを解放してあげて〜!」


「かいほう⋯⋯とは?」


「サルーシャは、本当はヴィクの側近になりたいのにぃ、あなたが縛りつけているせいで〜!」


 ??? いろいろわからないことだらけで、一瞬頭が真っ白になりました。ここは、ご迷惑かもしれませんが、一つひとつお聞きしなければ。


「あの、また不勉強で申し訳ないのですが⋯⋯、ヴィク、とはどちら様でしょうか?」


「信じられない〜! ヴィクラムよぅ!」


「まあ! それは失礼いたしました。モリー様は第二王子殿下のご親戚であらせられるのですね! それで、もしやサルーシャ様ともご親戚で? わたくしったらなにも知らず⋯⋯。お恥ずかしい限りです。わたくしとも親戚になるお方に対して、大変な失礼を。後日、伯爵家から正式にお詫びをさせていただきます」

 サルーシャ様を呼び捨てできて、第二王子殿下を愛称で呼ばれるとは、懇意になさっているご親戚以外には考えられません。幼少期から一緒に育った幼馴染の方々やご婚約者の公爵令嬢ですら、学園のような他者の目のある場では呼び捨てを控えていらっしゃいます。しかし、親族はその範疇ではございません。ですから、男爵令嬢といえど、懇意になさっているご親戚であるからこそ特別であり、誰もが知っている存在なのでしょう。


「い、いや、ち、違うんだ⋯⋯」

 第二王子殿下が、赤くなりながら消え入りそうなお声で何かおっしゃっていますが、よく聞こえません。


「もうっ! 謝罪なんかもうどうでもいいですぅ。それよりサルーシャですよぉ! 彼を縛らないで〜! 側近にさせてあげて〜!」


 なんてことでしょう。


 モリー様はわたくしのことをそんなにも権力のある立場と思っていらっしゃるのですね。自分で言うのもなんですが、わたくしの発言が大事を動かすほどの力を持ったためしはございません。大体において、わたくしは目立たない存在ですし。

 王子殿下の側近を決める立場であらせられる国王陛下に、わたくしのような小娘が「側近を誰にせよ」などと進言できる術は皆無です。しかし、モリー様はできると思っていらした。王子殿下とサルーシャ様のご親戚でいらっしゃるモリー様が。


「モリー様、ありがとうございます。そこまでわたくしのようなものを高く評価してくださって」


「はいぃ??」


「そんなモリー様をガッカリさせてしまうようで、大変心苦しいのですが⋯⋯。わたくし、家の爵位においても、わたくし自身の能力においても、モリー様にそんなにも高く評価していただくような人間ではないのです」


「ほえ?」


「でも、そのようにおっしゃっていただいたことは初めてで⋯⋯。わたくし、とても嬉しゅうございました」

 わたくしは、両手でモリー様の手を握り、最大限の感謝の意を伝えます。


「な、なんでぇ? なんなのぉ?」


「せっかくのモリー様のお心にお応えすることができず⋯⋯。モリー様は、わたくしを過大評価しすぎなのです。わたくしの立場では、陛下に進言するなど、とてもできることでは」

 わたくしをお認めくださっている方に、真実を告げるのは勇気のいることですわ。でも、ここはハッキリと申し上げないと。


「へ、陛下? なんでここで、陛下が出てくるんですかぁ? んもう、アリアさんたら意味わかんな〜い」


 あらまあ、わたくしもサッパリわかりません。


 気がつけば、周囲にはたくさんの人だかりが。皆さん、なぜかクスクス笑っていらっしゃいます。柱の陰で、扇子でお顔を隠しながら肩を震わせていらっしゃるのは、第二王子殿下のご婚約者様、公爵令嬢アデリン・ベルサージュ様のようです。一体、なににそれほどウケていらっしゃるのかしら?

 それとは対照的に、王子殿下と側近候補の方々は、どんどんお顔の色がお悪くなっているようです。悪いものでも召し上がったのではないかしら。


「そんなことより、サルーシャですよぅ! アリアさんのわがままで、サルーシャの未来を決めるのは良くないと思いますぅ!」


「わたくしのわがまま⋯⋯? サルーシャ様の未来?」


「そうですよぅ! いくら婚約者だからって、サルーシャ様の大事な未来に口出しするのはひどいですぅ!」


 やはり、モリー様はわたくしのことを、多大なる権力および発言力を持った存在だと思い込まれているようですわ。ありがたいことですけれど、きちんと訂正しなければ。

「わたくしを評価してくださっていることには、深く感謝申し上げます。ですが、先ほども申し上げましたが、わたくしはそこまでの人間ではないのです。

 モリー様。ご存知のとおり、サルーシャ様は思慮深く、ご自分で選択なさることにかけてはとくに精査を重ね、妥協を許さないお方です」


「はい! 冷徹な『氷の貴公子』! クールで素敵ですぅ」


「ええ。そんなサルーシャ様を、わたくしは長年お側にいるにもかかわらず、愚かにも先日、怒らせてしまったのです。

 わたくしなどではサルーシャ様にふさわしくないのではないかと申し上げたところ、『第三者がこの私の考えを否定し、勝手に決めつけ、己の考えを押し付けるのは傲慢以外のなにものでもない』と」


「ふおっ!?」


「サルーシャ様の未来を第三者が決定するなど、あり得ぬこと。

 サルーシャ様が物事を選択される時、それは国、侯爵家、そしてご自身にとって、最良の選択として熟慮なされた結果なのです」


「ふああぁ」


「モリー様もサルーシャ様のご親戚でしたら、サルーシャ様が他者の私利私欲やわがままで簡単に左右されるようなお方だとは思っていらっしゃないでしょう」


「う、う、う⋯⋯?」


「その上で、わたくしを唯一、サルーシャ様を動かせる技量を持っているとお認めになってくださったことは嬉しい限りなのですが」


「ふぇ⋯⋯?」


「残念ながら、わたくしとて、サルーシャ様を上回るものは何一つ持ち合わせていないのです」


「⋯⋯⋯⋯え?」


「サルーシャ様は誇り高いお方ですから、ご自身がそのように見くびられ、侮られることを決して良しとはなさらないはず」


「うっ⋯⋯」



 その時、周りに集まっている方々が、にわかにざわめきました。


「アリー、なかなか来ないので迎えに来たよ」


「まあ、サルーシャ様。お待たせしてしまい申し訳ありません。ご親戚のモリー様に呼び止められまして⋯⋯」


「親戚? 誰が?」


「モリー・フラン様ですわ」


「モリー・フラン嬢? まったく知らないな」

 サルーシャ様は、冷たい視線でモリー様と第二王子殿下、そして側近候補の方々を見やると、今気がついたという様子でお言葉を発しました。

「これは第二王子殿下。そして側近候補の皆様。ご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます。

 ところで、これは何かの催しでしょうか? 中庭に多くの生徒が集まり、その中心に殿下を始め側近候補の方々、それになぜかアリーもいるようですが」

 サルーシャ様が穏やかな声でお聞きになりましたが、なぜか中庭一帯の空気が一気に冷たくなり、王子殿下御一行様の顔色がどんどん青くなっていきます。


「い、いや、ちょっとした勘違いがあったようだが、もう誤解は解けたところだ。大事ない」


「そうなのですか。では、アリーは御前を失礼させていただいても?」


「も、もちろんだ」


 サルーシャ様は、王子殿下に礼を執ると、わたくしに笑顔を向けてお聞きになりました。

「アリー、殿下に呼び止められたのかい?」

 わたくしだけに向けられた静かなお声でしたが、それはその場の誰もにしっかり届きました。その瞬間、また空気がピリッとしたような感覚がありました。

「いいえ? お声をかけられましたのは、殿下のご親戚のモリー様ですわ」


「なるほど」

 サルーシャ様はそうひと言おっしゃると、フッとお笑いになりました。すると、周囲の気温がさらに下がり、王子殿下のお顔が青から赤にお変わりになりました。


「それでは、御前失礼いたします」

 サルーシャ様に続きわたくしもご挨拶をいたしますと、サルーシャ様はわたくしの手を取り、その場をあとにいたしました。


 モリー様とのお話は、まだ途中だったような気もするのですが、殿下が誤解だったとおっしゃっていたので、もういいのでしょうか。

 それにしても、モリー様とサルーシャ様はご親戚ではなかったとのこと。そればかりか、サルーシャ様がモリー様をご存知なかったなんて、不思議です。どういうことなのでしょうか。

 でも、かいかぶり過ぎとはいえ、わたくしを評価してくださったモリー様には、ありがたいという思いしかございません。


お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
このやり取りがなんかもう凄い…!! なんとなく見に来たみなさん、笑いをこらえて大変なことになってそう…!!
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