3. 完璧侍女アンナのひとりごと
ちょっと短いです。
私は、テオドール伯爵家のご令嬢アリアお嬢様付きの侍女、アンナと申します。
お嬢様のお世話をさせていただくことになり早8年になろうとしております。
大切なお嬢様が10歳の頃、ミストレイク侯爵家のご嫡男サルーシャ様とのご婚約が整い、おてんばだったお嬢様も少しずつ淑女として成長なされました。大人になるにつれ、世間の荒波に揉まれ、時々自信をなくされたり落ち込まれたりということはあれど、ぽやんとしたお嬢様の魅力は決して損なわれることはなく、お嬢様を推している私としては喜ばしい限りです。
お嬢様のご婚約者のサルーシャ様は、その冷たい美貌から「氷のなんちゃら」とかいう二つ名(笑)をお持ちの方。ところが、このサルーシャ様、世間には知られておりませんが、大変な笑い上戸でいらっしゃいます。しかも、笑いに常に貪欲なお方なのです。
我が主人であるアリアお嬢様をディスるわけではもちろんございませんが、事実として申し上げますと、お嬢様は重度の天然です。そのことは、テオドール伯爵家では周知の事実でございますが、伯爵様の命により、伯爵家の従者・使用人はそれを外に漏らすことなく、粛々と働いております。
私はお嬢様付きの侍女としての誇りにかけ、いつぶちかまされるかわからないお嬢様のボケにも動じないよう、表情筋を鍛え抜きました。
よく知らぬ者は、私のことを「表情筋が死んでいる」とおっしゃいますが、まるで逆です。鍛え抜かれた鋼の表情筋が、笑いを抑え込んでいるのです。
旦那様や奥様、ご嫡男のリティク様が口を押さえ肩を震わせるなか無表情を貫き通す私に、旦那様は「いつもながら見事だ、アンナ」とお褒めの言葉をくださいます。
そんな私から見て、サルーシャ様はまるでダメダメです。
本日も、お嬢様のお忘れ物を届けに来たとかで伯爵家にいらしたのですが、お嬢様と従妹のカロリーナ様のコントをドアの隙間から覗き見て、笑い声を上げないよう我慢しすぎて四つん這いになっておられました。涙を流しながら「腹が、腹が」とおっしゃってるご様子は、果てしなく残念です。
しかし、ご本人はそうは思っていらっしゃらないようで、「アンナの表情筋には負けるかもしれないが、笑いを堪え続けている私の腹筋も相当なものだぞ。バッキバキだ」と自慢されました。やはり残念なお方です。
サルーシャ様にとって、お嬢様の天然はまさにツボらしく、面白い場面を見逃したくないサルーシャ様はお嬢様から目を離しません。ほとんどストーカーです。今回の忘れ物だって、本当にお嬢様がお忘れになったのか怪しいものです。こっそりお嬢様の鞄からポーチを取り出すくらい、あのお方ならやりかねません。
その結果、良いコントを目撃できたようですから、今後もサルーシャ様の行動はエスカレートすると思われます。
ともあれ、サルーシャ様のお嬢様への愛に偽りはなく、ご本人もおっしゃっている通り、きっと一生お嬢様を大切にしてくださると、私も信じております。お嬢様が幸せであることが、私にとっても最重要。いかに残念であろうとも、このお方ならお嬢様を幸せにしてくださることでしょう。
「アリーの天然が素晴らしいのは、ただ面白いだけじゃないところだ。人の争いを、知らないうちに溶かしてしまうんだ。気がついたら、うやむやにぬるーっと争いの種がどこかにいってしまっている。私のアリーは天使かもしれない」
サルーシャ様のお言葉に、思わず「ふふふ」と笑ってしまいました。
「おや、アンナの笑ったところを初めて見たな」
私はアリアお嬢様付きの侍女。
「お嬢様のかます天然」以外のことでしたら、普通に笑うのですよ。
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