2. ド天然令嬢はしたたか
「アリアお姉さま! ずるいですわ! 見ましたわよ、サルーシャ様の馬車で送っていただいたんでしょう!?」
屋敷に入るやいなや、4歳年下の従妹のカロリーナが、大きな声をあげて駆け寄ってきました。
カロリーナはわたくしを実の姉のように慕ってくれて、ほぼ毎日のように我が屋敷にやってきては、わたくしの持ち物やドレスなどを欲しがります。わたくしの真似をしたがる様子は可愛らしいのですけれど、もう12歳になりますから、そろそろ淑女としての立居振る舞いをきちんと身につけなければなりません。
「カロリーナ、そのような大きな声を出したり、家の中を走ったりしてはいけないわ」
「もう、お姉さまったら! はぐらかさないで! サルーシャ様にお送りいただいたのでしょう? ずっるーい!!」
「あらあら、カロリーナ。言葉がおかしくてよ? 『ずるい』というのは、自分の益になるよう画策し、周りを出し抜いたり不正を働いたりする人に対して使うものよ。サルーシャ様は婚約者としてお送りくださったのだから、その使い方は間違いだわ」
「なんなのよ! 間違ってないわ!! だってアリアお姉さまが、あのサルーシャ様の婚約者になったのは、絶対ずるいことだもの!」
カロリーナは子どものように地団駄を踏んでいます。来年は学園に入学だというのに、まだまだ幼くて困ったものね。
「私だって、サルーシャ様のような素敵な方と婚約したい! サルーシャ様だって、お姉さまより私みたいに可愛い子の方がいいに決まってるわ!」
カロリーナの話がどんどん飛躍してきました。確かに、カロリーナはピンクブロンドの髪に水色の瞳で愛くるしい顔立ちです。周囲からも可愛い可愛いともてはやされていますから、容姿に自信を持ってしまうのも当然といえば当然でしょう。
「そうね、可愛らしさで言えば、わたくしよりカロリーナのほうがずっと可愛いわ」
「ほ、ほら、そうでしょう! サルーシャ様はきっとお姉さまに騙されているんだわ! なんてお可哀想! 私がサルーシャ様に教えてあげなくちゃ!」
あら、話がなにやら不穏な方向に行ってるような気が⋯⋯。
「サルーシャ様に教えて差し上げるって、何を?」
「あーら、アリアお姉さま。やっぱり身に覚えがあるのね! お姉さまがサルーシャ様を騙してるってことを教えてあげるのよ。ぽーっとしてるように見えるけど、本当は計算高くてしたたかだってバラしてやるわ!」
計算高くてしたたか。
生まれてから一度も言われたことない言葉ですわ。いい意味で言われたわけではないとわかっておりますけれど、わたくしの心は妙に沸き立ちました。
だって、「計算高くてしたたか」って、すごく頭が良さそうな響きですもの。
しかも!「計算高くてしたたかな令嬢」って、「いつもぼんやりぽーっとしている令嬢」よりも、サルーシャ様に並び立つのにふさわしい感じがいたしますわ。
「ねえ、カロリーナ。貴女からは、わたくしって計算高くてしたたかに見えるのかしら?」
目をキラキラさせつつ、カロリーナに詰め寄りました。
「なな、なんでちょっと嬉しそうなのよっ」
「見えるのかしら?」
「み、みみ、見えるっていうか、そうよ! 絶対そうよ!」
「まあ素敵! それで、そのことをサルーシャ様に言ってくださるのよね?」
わたくしは、カロリーナの手を両手で包んで、期待を込めた眼差しでカロリーナを見つめます。
「い、いう、言う⋯⋯つもりだったけど⋯⋯なにこれ、なんで私が頼まれてる感じになってるの?」
「カロリーナ。貴女はわたくしにとって妹のように可愛い存在です。そんな貴女に、このような大役をさせてしまうのは、不甲斐ないというか、心苦しいというか」
「はいぃ??」
「サルーシャ様は、思慮深く、ご自分で選択なさることにかけてはとくに精査を重ね、妥協を許しません」
「なに、いきなり⋯⋯。し、知ってるわよ、もちろん。冷徹な雰囲気が素敵ってみんな言ってるもの」
「そんなサルーシャ様を、わたくし先日怒らせてしまったのです。
わたくしなどではサルーシャ様にふさわしくないのではないかと申し上げたところ、『第三者がこの私の考えを否定し、勝手に決めつけ、己の考えを押し付けるのは傲慢以外のなにものでもない』と」
「ふおっ!?」
カロリーナが、コルネリア様みたいな変な音を発しました。
「先日、学園の同級生には、『サルーシャ様になにかをご提案される場合は、サルーシャ様を上回る熟慮を重ね、ご納得いただける可能性を見出したレベルにまで高めた上でお話をされましたら、お聞きになってくださるかもしれません』と申し上げたのですが」
「ふえっ!」
「その方は、やはりサルーシャ様がお怒りになるのは怖いと思われたようで⋯⋯。逃げてしまわれました」
「ぐふぅっ」
「でも、カロリーナなら、サルーシャ様が聞いてくださる可能性はあると思うのです」
「はあっ!?」
「だって、カロリーナはまだ12歳ですし、サルーシャ様も子ども相手にそこまでお怒りにはならないかと。それに、カロリーナはわたくしの家族のようなものでしょう? そんな存在がわたくしのことを『計算高くてしたたか』なんて言ったら、信憑性があると思うのです!」
わたくしは高鳴る期待に目を輝かせ、カロリーナにずいいと迫りました。
「いやいやいやいやムリムリムリムリ。ていうかそこじゃないし。言おうとしてたメインは『騙されてる』だし。あの頭脳明晰で冷徹なサルーシャ様に『あんたまんまと騙されてまっせ』なんて⋯⋯しかも『教えてあげる』だなんて⋯⋯うわーアウトだわ、これ完全アウトだわ」
カロリーナがなにやら小声でブツブツ言っています。急にどうしたのかしら?
「カロリーナ? どうしたの?」
「う、う、うわあああああん! お姉さまのバカーーーー!!」
泣きながら走り去ってしまいました。
カロリーナの後ろ姿を呆然と見ながら、やはりカロリーナにあのような大役を押し付けるのは申し訳なかったのだわ、と反省しておりますと、コンコンコン、と奥のドアをノックする音が。
「ぐ、ゴホッ、ぶっ、ゴホゴホッ、や、やあアリー。馬車に忘れ物があったので、持ってきたんだ」
「まあ、サルーシャ様、わざわざ恐れ入りますわ。わたくしったら、なにを忘れてしまったのかしら?」
サルーシャ様が、わたくしの小さなポーチを差し出しました。
あら、馬車の中でハンカチを取り出すために出したのは覚えていますが、その時きちんと鞄に戻さなかったのね。サルーシャ様にご面倒をおかけしてしまったわ。
「あらまあ、ポーチを。サルーシャ様、ありがとうございます。でも、明日学園でお渡しいただいてもよろしかったのですよ? ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
「ぐっ、ゴホッ、いや、いいんだ。またアリーの顔が見られて、嬉しいのだから」
「サルーシャ様、お風邪を召されたのですか? 大変、アンナお茶を」
お願いしようとしたら、ちょうどアンナがワゴンにお茶の一式を揃えて運んで来たところでした。さすが、完璧な侍女です。
「さあ、温かいお茶を召し上がってくださいな。蜂蜜もお入れいたしましょうね」
サルーシャ様のお顔を見ると、心なしか紅潮し、目は潤み、肩が震えています。お熱があるのではないかしら。
「大丈夫ですか? お熱があるように見えますが⋯⋯」
「私はいたって健康だよ。むしろ、調子がいいくらいだ」
サルーシャ様が、お手をわたくしの手に重ねてニッコリと微笑まれました。
「私のアリーは、最強だな」
「? 何のことですの?」
「すごく可愛いということだよ」
蕩けるような眼差しで見つめられ、わたくしの頬がどんどん熱くなります。
「可愛いアリー、君と共に生活する日が待ち遠しくて仕方ないよ」
「まあっ。もう、おやめになってくださいな。恥ずかしいです⋯⋯」
素敵なサルーシャ様から伴侶となる日を望まれて、わたくしは本当に幸せ者です。
ありがとうございます!