第5話 三文芝居な学生生活_5
以前、綾乃が自慢げに、彼氏の写真を見せつけてきたことを思い出す。綾乃の好みのど真ん中だった。スマホの中の彼は、流行りの顔立ちに流行りの格好、それから今時の流行りの男子らしく、目元と唇にうっすら化粧をしていた。軽薄で量産的な、現実を直視する女子高生の好みの集大成という印象だった。
「加藤の言う通りよ。月並みだけど、男の人は星の数ほどいるものだから」
百合谷が穏やかに微笑み、柔らかな言葉を綾乃に投げかける。
「そーそー。唯も同感。星の数ほどいるよ。まあ、ちゃんと輝いてる星って、そんなには多くはないけれどね」
「慰めるなら、ちゃんと慰めろよ」
綾乃と一番仲の良い唯が、スマホを触りながら冗談めかして笑う。綾乃が足を伸ばし、対角線上にある唯の椅子を蹴る。
「相手はもったいないことしたね。綾乃と別れるなんて、相当見る目が無い」
〝月並みだけど〟と前置きした百合谷よりも月並みな言葉が、私の唇から零れ落ちた。今朝はリップを塗り忘れたから、少しかさついている。
さすがにわざとらしかったかな、本心ではないことがばれるだろうな、と思って綾乃を見る。「ほんとにお前、適当だな」と悪態をつかれるかと思った。けれど彼女は、神妙な表情で押し黙っている。心もとなさげに、スカートの裾を手遊びしながら。
「なんか、ごめん。さっき強めに変なこと言って。嫌な感じとか、本当は誰も思ってないから」
眉を下げて、綾乃が小さな声で謝る。居心地が悪そうに髪をなでつけ、彼女は私に少し頭を下げた。
「別に怒ってないよ。気にしないで」
「まじで?」
「うん」
「心広いな、加藤。ありがとう」
本当に一切怒ってない。ただの事実だったし、怒るメリットもないから。
チャイムが鳴り、室内の喧騒が急激に萎んでゆく。固まって話し込んでいた周囲の生徒たちが、足早に自分の席に戻り着席する。私たちも流れに従い教卓へ向き直る。
チャイムが鳴り終わる頃、担任が出席簿を持って現れた。
「また新しい彼氏が出来たら、話を聞かせてね」
「当たり前。加藤も隠さず教えてね。恋愛相談とか、ちゃんと的確なアドバイスするから」
「おっけー。私に好きな人とかできたら、綾乃に一番に伝えるよ」
だから、始業ぎりぎりに登校している。希少性も特異性もないクラスメイトたちと、時間を潰すためだけに、興味のない世間話をしなければならないなんて、本当に無駄な時間だと思うから。
この教室に押し込められた私たちは、ただ入学時に条件の類似性があっただけだ。同い年で、大体同じくらいの偏差値を持っていて、大体同じくらいの通学距離の地域に住んでいて、大体同じような経済状況や価値観の親がいる。
ただ、それだけ。
先生、明日はあと三十秒でいいから早く来てくれないかな。朝の8時に、中身のないガールズトークは辛すぎる。
窮屈な価値観に染まらずに我を通すのはとても大変。