第4話 三文芝居な学生生活_4
教室の入り口に視線を送るが、教師は来ない。始業のチャイムもならない。
「3年間そればっかり。のらりくらり、適当なことばっかり言ってさ。始発の新幹線で芝居見に行けるなら、徒歩で通える学校なんて、毎朝一番に登校できるじゃん」
「それとこれとは別だよ」
「好きなことなら簡単に出来るけど、そうじゃないことに割く労力なんて無いってこと?」
不必要に攻撃的な綾乃に辟易し、私はほつれてもいないポニーテールを振りほどく。そしてもう一度、パーマのかかった髪を手櫛で整え、真っ赤なシュシュでポニーテールを再作成する。
「だけど、学校来ないのに成績は普通にいいとか、大学はもう推薦入試で決定済みとか、文化祭とか学校行事だけはちゃっかり参加するとか。自分に必要なことは頑張るよね。それってわりと、嫌な感じ」
平然を装った温度のない口調で、けれど的確に私の欠点をあげつらう綾乃が、一瞬ちらりと私の表情を見る。”だからクラスの大半が、自己中で利己的な加藤を何となく煙たがってんだよ”と分かりきった結論を口に出さなかったのは、多分彼女なりの優しさのつもり。
朝礼が始まる二分前。高校三年生の女子しかいない教室は常にかしましく、時にあまりに好戦的。
「彼氏と別れて寂しいからって、八つ当たりは駄目だと思うの」
隣の席の綾乃に睨まれ、苦笑しつつ天井の釘の数を数えていた私に、斜め後ろの席から、柔らかな声が助け船を出してくれた。
私と綾乃が同時に振り向き、声の主に視線を送る。
「綾乃が今、とても辛くて悲しいのは分かるの。だけど、綾乃の恋愛と加藤が学校をサボることに因果関係は無いでしょう? いくら仲が良くても、失礼な表現を用いることはいただけないわ」
綾乃の後ろ、唯の隣の席。黙って様子をうかがっていた友人、百合谷が穏やかに口を挟んだ。彼女は、私と綾乃の顔を交互に見つめ、口元に薄い笑みを浮かべている。
艶のある長い黒髪を垂らし、セーラー服を校則どおり模範的に着用する百合谷は、マーカーを丁寧に引いていた参考書を閉じた。ひどく整った顔立ちをしていれば、流行の化粧や媚びた言動をする必要がないのだと、百合谷と顔を合わせる度に敗北感と虚無感を味わう。長身で古風な美人の百合谷は、上目遣いに相当の自信があるのだろう。玉のような肌に長い睫毛を瞬かせながら、顎を引いて静かに綾乃をたしなめる。
「へー。あのイケメンに」
“振られたの? それとも振ったの? もったいないね”という不用意な言葉が私の唇を跨ぎそうになり、咄嗟に口をつぐむ。
こんな朝早くから、意趣返しがしたいわけではない。何の得もないのに、興味もないことに労力なんて割けない。
みんなにばれている通り、私はとても自己中で利己的な人間。だから、自分のメリットにならないことなんて、何ひとつする気はない。
「それとこれとは別。私は今、加藤の出席率の悪さを議論したかったのに」
隠したかったであろう事実を勝手に告げられ、綾乃はひどくばつが悪そうな、不服そうな表情で髪をかき上げた。
「綾乃にはもっといい人がたくさんいるよ。もっとかっこよくて優しくて楽しい彼氏が、すぐに出来るよ」
愛想笑いとともに、単調で無難な慰めの言葉を吐き出す。この場の雰囲気に適した表層だけを取り繕ったセリフが、台本に沿うようにすらすら唇を跨いだ。
「別に、彼氏とか今は探す気にならないし」
攻撃的な瞳で私を直視していた綾乃が、唇を尖らせてそっぽを向く。
「男子の方から寄ってくるよ。綾乃って美人で魅力的だから」
思ってもいないことばかり口から零れる。我ながら薄っぺらい人間性だと心の中で自嘲する。
仲が良くても社交辞令は必須。