第2話 三文芝居な学生生活_2
綾乃が長い爪でスマホを操作しながら、ぞんざいに話題を振る。
「今回の芝居、そんなによかったの?」
「うん。私も俳優になって、同じ舞台に立ちたいなって思っちゃうくらい」
「養成所でも行けばいいじゃん。加藤の家、お金あるでしょ?」
「それは嫌。舞台に立つと、自分には才能がないんじゃないかって不安になるし、大衆にすり寄らなきゃいけないから。客席に座れば、自分の才能に口出しされずに他人を批評できるし、見たい演目を見られる」
「金だけ払って、誰からも批判されないパトロンごっこを続けたいってこと?」
「もちろん。パパとママが財布を開けてくれるうちはね」
「うわ。加藤ってやっぱり、演劇じゃなくて資本主義の世界の住人なんだ」
私は曖昧に笑う。気を紛らわすように、度の入っていない赤い眼鏡を片手で持ち上げた。ずれてはいなかった。肩を竦めるたびに、赤いシュシュで留められた暗い茶髪のポニーテールが揺れるのを首筋で感じる。
「そんな意地悪、言わないでよ。私はすごく会いたかったよ、綾乃。お土産は買い忘れちゃったから、私の愛をあげる」
進行方向にいる綾乃が邪魔だった。同性からのスキンシップを嫌う彼女をどかすため、あえてオーバーな感情表現とともに、抱きつくふりでもしてみる。
「なんか、リア王とかに出てきそうなセリフ」
私の感情に任せた詩的な表現を、芸術に興味を示さない綾乃が適当にからかう。私はげんなりとしながら、俗物的な思想に反論する。
「観たことないでしょ」
「ない。シェイクスピアなんて興味ない。諭吉と英世と一葉には興味あるけど」
「いつか一緒に観に行く? 末席なら奢ってあげてもいいよ」
「いらない。実在しないフィクションより、毎朝発生する現実の方が大切だから。加藤もたまには、現実を生きるのもいいと思う。そのために、こんな特等席を用意したんだよ」
ため息をつき、新しい席へ向かう。
机と机の間の通路を抜けて、教室の前方へと近づいていく。黒板のあまりの大きさに驚く。教卓はすぐ目の前にあり、スマホ依存の私に堪えられるはずもない。けれど、人目を気にして帰ることも出来ない。
「お腹痛くなってきたかも」早退するための伏線として、とりあえず体調不良をアピールする。
「私が治してあげる」
綾乃が含みのある笑みを浮かべる。綾乃と同じく同性からの過度なスキンシップを嫌う私に、彼女は拒否される前提で、ふざけてキスをしようとする。綾乃は私の首をマニュキアを塗った手で掴み、真っ赤に塗った唇を近づける。制汗剤と、キシリトールガムのミントのにおいがした。
「やだー。初めては、コーデリアみたいなイケメンがいい」
綾乃の手を振り払い、さくさくと歩いて自分の席に向かう。
「だれ?」
「リア王の主人公」
「知らねーよ」
品の無い冗談を終えた綾乃は高笑いし、さくさくと最前列に向かっていく。残された私は、力なく苦笑いを浮かべる。
演劇と違って、現実の人間関係は心底面倒くさい。
上演時間だって、演劇は大体三時間。けれど現実は一日最低八時間。
昔書いた自分の文章を読み返すことは、その当時の日記を読み返すのと同じくらいの感慨深さがあります。
自分は当時こんな風に物語を書いていた。懐かしい、照れくさい。