見えない壁
練習が終わってから数日が過ぎ、バンドのメンバーは少しずつ調子を取り戻していった。礼奈も相変わらずバンド活動に参加し続けていたが、仁菜はその表情に以前とは違う何かを感じていた。
礼奈はバンド活動に対して、少し無理をしているように見えた。歌うことは得意だけど、時折見せる不安げな表情が仁菜の心に引っかかっていた。そんな中、真義がいつも通り明るくベースを弾いているのを見ると、仁菜は少しだけ安心した。
「今日も練習頑張ろうね、みんな!」
仁菜は笑顔で声をかけた。だが、その笑顔の裏で、どうしても礼奈のことが気になって仕方がなかった。
練習が始まると、みんなの演奏はどんどん上達していく。だが、礼奈だけがどこか調子が狂っているように感じられた。歌声がいつもと違って、不安定だった。
「礼奈、今日はなんだかいつもより声が裏返っちゃってるね。どうしたの?」
仁菜は少し不安げに声をかけると、礼奈はその言葉に驚いたように顔を上げた。
「え?…あ、ほんと?ちょっと喉が…」
礼奈は慌てて答えたが、その顔に浮かんだわずかな動揺が仁菜には見逃せなかった。
「無理しないで。休憩しようか?」
仁菜は優しく言うが、礼奈はすぐに首を振った。
「大丈夫、ちょっとしたことだから。」
礼奈は強がりながら笑顔を作るが、仁菜はその笑顔がぎこちないことに気づいた。
その後も練習は続き、少しずつ時間が過ぎていった。だが、仁菜の中では礼奈の不安定な様子がずっと引っかかっていた。
練習後、みんなでいつものカフェに寄った。賑やかな店内の中、仁菜は礼奈の様子を気にしながらも、何も言い出せずにいた。
「ねぇ、今日はどうだった?」
真義が軽く声をかけると、礼奈は少し驚いたように顔を向けた。
「え?ああ、大丈夫…ほんとに。」
「本当に?無理してない?」
「うん、大丈夫だって。」
礼奈は明るく笑うが、その目はどこか焦りを感じさせるものだった。
仁菜はその目を見て、再び不安を感じた。何かが違う。このままじゃ、礼奈はどんどん壊れてしまうんじゃないか、そんな気がしてきた。
その夜、仁菜は一人で街を歩いていた。心の中で、どうしても礼奈のことが気になって仕方がなかった。
「礼奈…本当に大丈夫なのかな。」
仁菜は小さくつぶやいた。その時、ふと気づいたことがあった。
「もしかして、私が…礼奈に頼りすぎてるのかな?」
仁菜は思わず立ち止まり、考えた。これまでずっとバンドのことばかり考えてきた自分。礼奈にあまりにも依存してしまっていたのかもしれない。
「でも、どうしても礼奈には頼りたくなる。」
仁菜はその気持ちを抑えることができず、胸が苦しくなるのを感じた。
その時、信乃が後ろから声をかけてきた。
「おい、大丈夫か?」
信乃の声に振り返ると、信乃は普段通りの無表情で立っていた。
「うん、大丈夫だよ。」
仁菜は笑顔を作るが、信乃はその顔を見てすぐに察した。
「礼奈のことか?」
「うん…なんか、最近元気がないような気がして。」
仁菜は不安そうに答えると、信乃はしばらく黙って考え込んだ。
「お前が気にしすぎだろ。」
「でも…」
「礼奈だって自分でやりたいことがあるんだよ。お前が無理に支えようとするのも、逆にプレッシャーかもしれない。」
信乃は冷静に言った。
仁菜はその言葉をじっと聞いていた。
「分かった。でも、どうすれば…?」
「無理に何かしようとするな。お前ができることは、あいつが困った時に支えてあげることだ。」
信乃はそう言うと、軽く肩をすくめて歩き始めた。
仁菜はその後ろ姿を見つめながら、自分の心の中で何かが少しずつ整理されていくのを感じた。
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次回に続く。
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