始まりの音
仁菜は、礼奈をバンドのメンバーに紹介するため、放課後の教室に足を運んだ。少し緊張しながらも、自分が始めたバンドに、いよいよ全員が集まる瞬間だと考えると、心が躍る。
「礼奈、みんなが待ってるよ!」
仁菜は礼奈に微笑みかける。礼奈は何も言わずにうなずき、仁菜の後に続いて廊下を歩き始めた。
教室に入ると、真義、知佳、信乃がすでに集まっていた。それぞれの楽器が置かれている中、全員が仁菜と礼奈が来るのを待ちわびているようだった。
「おー、礼奈、ついに登場か!」
真義が明るく手を振りながら声をかける。真義はいつも通りの元気な笑顔で、みんなを和ませる。
「やあ、礼奈。よろしくね!」
知佳は少し照れくさい表情を浮かべて、礼奈に声をかける。知佳は普段あまり積極的に話すことはないが、今日は仁菜のバンドに参加することを決めたばかりなので、少し緊張している様子だ。
信乃は、「よろしくな」と軽く一言だけ交わすと、ドラムセットの前に座って、音を合わせる準備をしていた。
「みんな、ありがとう。礼奈がボーカルに決まったんだ」
仁菜が軽く笑いながら言うと、礼奈は少し困ったようにうつむく。
「どうも…よろしく。」
礼奈は少し照れくさそうに答えた。自分がボーカルになるなんて、予想外の展開だったのだろう。仁菜が一目惚れしたとき、礼奈はバンドに興味があったわけではない。それでも、仁菜がどうしてもと言うから、引き受けることにしたのだ。
「さて、早速やってみようか。」
仁菜はギターを弾きながらメンバーに言った。自分がしっかりとバンドを引っ張っていく、そんな気持ちが湧いてきた。
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最初の練習が始まると、バンドとしての音が一つにまとまるわけではなかった。仁菜がギターをかき鳴らし、真義がベースを弾き、信乃がドラムを叩く。しかし、礼奈の歌声は最初はどこかぎこちなくて、少し音程が外れているようだった。仁菜は、礼奈が乗り気ではないことを感じ取っていた。
「もう一回、みんなで合わせてみようか!」
仁菜はエネルギッシュに提案するが、礼奈は少し肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「うーん、思ったより難しいね。」
礼奈がそう言うと、真義が優しく声をかける。
「大丈夫だよ、慣れればきっと上手くいくよ。最初からうまくいくわけじゃないしね。」
真義は、仁菜の勢いに引っ張られてバンドに参加したのだが、他のメンバーを気にかけるタイプでもあった。仁菜が必死にバンドを成功させようとしている姿を応援したい気持ちが強いが、同時に他のメンバーにも配慮をしなければならないと思っていた。
知佳も少しだけ不安げな表情で言った。
「私もピアノは久しぶりだし、みんなに合わせるのが難しいかもしれないけど、頑張るね。」
信乃は、淡々とドラムを叩きながらも、メンバーが緊張していることに気づいて、少しだけ微笑んだ。
「焦らずやればいいんじゃないか。音楽は楽しむものだし。」
信乃の言葉は、いつも通り淡々としているが、温かい気持ちが感じられる。
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練習が続く中、仁菜の気持ちは焦りと期待でいっぱいだった。彼女はこのバンドを本気で成功させたかった。そして、その先には、礼奈との距離が少しでも縮まることを願っていた。
礼奈はまだバンドに対して積極的に参加しているわけではないが、仁菜はその気持ちを理解している。ただ、自分がどれだけ努力しても、礼奈が心からこのバンドに情熱を注いでくれる日が来るのだろうか、と不安も感じていた。
「礼奈…」
仁菜はふと、礼奈の姿を見つめた。少し照れくさい気持ちが胸に広がる。自分が礼奈に抱く気持ちが、このバンドにどんな影響を与えるのだろうか。そんなことを考えながら、仁菜はギターを弾き続けた。
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練習が終わると、バンドのメンバーは少し疲れた表情を浮かべていたが、少しだけ達成感を感じた様子だった。
「次の練習で、もっと上手くなるようにしよう!」
仁菜は元気よく言うと、みんなも少しずつ笑顔を見せた。
その日、バンドの音が初めて一つにまとまり、仁菜はその瞬間に、やり遂げたという満足感と同時に、新たな希望を抱いていた。礼奈の気持ちが少しずつ変わる日を信じて。
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次回に続く。
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