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霧子

〈駅裏や人目見ぬ間の春霙 涙次〉



【ⅰ】


 カンテラの機轉により、「カンテラ一燈齋事務所叛對同盟」は解散した。「カンテラ通り(・ストリート)」と、マスコミには云はれてゐる、カンテラ事務所の前の宅地、は、靜けさを取り戻したかに見えた。

 だが彼ら、「同盟」の首領(ドン)である、新城寛志(あらき・ひろし)の無駄な抵抗は續いてゐたのである。彼はでゞこの一件でカンテラにやり込められた事を、根に持つてゐた。(彼の異常とも思へる性癖については、後に触れる。)

 JR中野駅の前で、「不逞アンドロイド、カンテラに天誅を!!」と太々と印刷されたビラを配つたり、元・「同盟メンバー」に執拗に復帰の働きかけをしたり、それは涙ぐましいとも云へる(徒労なのだが)努力(?)を續行、カンテラがどこ吹く風と受け流してゐると云ふのに、彼一人、躍起になつてゐるのだつた。



【ⅱ】


「これを、些少ですが」新城の妻、霧子(きりこ)は密かにカンテラに通じてゐた。カンテラ「これは?」霧子「貴方様に【魔】を斬つて頂くには、おカネがそれ相應に必要だと、人づてに聞きました」カ「しかして、その【魔】とは」霧「夫でございます」

 これにはさしものカンテラも、内心仰天した。「實は、貴方様に恨みを抱く余り、夫は魔道に墜ちたのでございます」「ち、ちよつとお待ちを。【魔】に関しては素人である、貴女の判断では、旦那さんが本当に魔道の者となつたかだうかは、決めつけられませんよ」


 彼女はトラバサミについて、それは彼、新城の殘忍さの一端を覗いたに過ぎぬ、と云つた。彼は日頃、ボウガンで鳩を仕留める事を、内密の樂しみとしてゐる- また、自分の事は溺愛とも云へる愛し方をしているが、前妻との間に儲けた、二人の子供に對する、ドメスティック・ヴァイオレンス- それはもう、酷いものなんです。何か一つ氣に食はない事があると、歐る蹴る、つひには上の子には、骨折と云ふ重傷を負はせ- そんな事を切々と語るのである。


 自分は、近々離縁をしやうと思ふのだが、さうなると、二人の子供の親権は彼に渡つてしまふ。その事が心配で心配で、夜もおちおち眠つてはゐられぬ、と彼女は續けた。

(その為に、俺に斬れ、とは)カンテラは何となく、女と云ふものゝ、魔性を垣間見たとさへ、思つた。


「この金子(きんす)は取り敢へずお返しゝます。暫く、調査期間を頂けませんか?」霧子は、しやなり、和服に断髪と云ふ出で立ちを翻し、帰つて行つた。



【ⅲ】


 じろさん「カンさん、またあんた、女に惚れられたな」カンテラずつこけつゝ「な、何を云ひ出すかと思ひきや、じろさん、惡いが要らぬ勘繰りは無用だよ」

 霧子- 彼女はじろさんにさう云はれるのも無理はない、ほつそりとした、江戸前の言葉で云ふなれば、「こまたの切れ上がつた」いゝ女。侍姿のカンテラの横に置けば、(悦美には惡いが)ベスト・マッチな美女であつた。戀多き女だと、近所の奥様方はひそひそと彼女の噂をした。

「ま、いづれにせよ、こゝはテオ頼りだ」例の「パトロール」をまだ諦めてはゐない彼に、ついでの折り、夫・新城についてのデータも拾つてくるやう、カンテラは命じた。


 大體の情報は、テオの話で得た。ご近所の目、とは誠に五月蠅いもので、ボウガンの件、DVの件、だうやら本当の事らしい。また、カンテラに對する、彼の憎しみ、一方(ひとかた)ならぬものだと、奥様方、彼女らは証言したと云ふ。


 うーむ。カンテラは悩まざるを得ない。それは彼の異常な性癖であつて、魔道すれすれではあるが、所謂グレイ・ゾーンの範囲なのではないか。彼が斬る、のは、はつきりと【魔】と云へる者だけなのである。

 テオは、これは彼一流のヒューモア精神の發露、なのであるが、カンテラさんには「ボン・キュッ・ボン」の悦美よりも、細目美人の霧子の方がお似合ひだと、これもまた奥様方の立てるゴシップ話よりの拾ひ物だと、付け加へた。


(カンテラが侍のなりをしてゐるのは、造り主・鞍田の趣味に拠る處・大なのであるが、それが江戸前美女の霧子との接點と成り得たのも確かである。)



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈今日來ずに明日來るのが春の雪 涙次〉



【ⅳ】


 さうなると、悦美がご立腹なのは、無理もない話である。

「い~、だ。みんなして、霧子さんに味方するがいゝわ。カンテラさんだけは分かつてくれるんだから!」これは彼女のあえかな望みに過ぎぬ事と、皆の目には映つたのであるが。

 兎に角暫く、じろさんが樂しみにしてゐる、彼女特製のハンバーグと生ビールの夕食は、一味、お預けとなつた。



【ⅴ】


 霧子はまたやつて來た。「調査、ですか? それは進んでゐるのですか?」カンテラ、包み隠さず、それは近隣の噂レヴェルでは、だうとでも云えるだらうから、ね、と云つた。

「だが、私は、まだ彼の内なる【魔】を目撃した譯ではないのです。まあ様子見、してみませう。お子さんたちは、然るべき機関に預ける事をお勧めします」


 カンテラが、つひに増幅する噂の怖さを知つたのは、新城が彼に向けて(くだん)のボウガンを向けた、實にその時だつた(そしてそれは、遅きに過ぎた)。「霧子との内通、ゆ、ゆ、許せん!!」彼は嫉妬に狂つた、哀れな愛の敗殘者と化してゐた。

「しええええええいつ!!」

 カンテラは、ボウガンの矢を、斬つて落とした。そして、それに籠もる、自分自身への憎しみの深さをも、知らねばならなかつた。



【ⅵ】


 その刹那、彼の目はまさしく【魔】を宿してゐた- カンテラは後に語る。だが、それが嫉妬の焔である限り、人には救ひの道は、殘されてゐる、のだとも。


 まあ有り躰に云へば、このエピソードは仕事(ヤマ)とは成り得なかつたのである。この物語は、カンテラの持つ或る種の「美」についてあからさまに語るものではない。依つてこの一件、コンプリート(古い(-_-;)!)とは云はぬが、これ以上我がヒーローの不首尾を語るのは、已めにしやうと思ふ。


 霧子- 彼女はこれからも屡々(しばしば)このシリーズに現れ、一種のトラブル・メイカーとなる。それについては、またの機會に。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈愛時雨(しぐ)るより他になき(とき)に愛時雨たりけり消えなむとして 平手みき〉



 お仕舞ひ。



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