どうせ断罪されるなら、思いっきり『うわなり』うっちゃいますわ!
いつものテンプレ展開に少々の物騒を添えて。婚約破棄ものではありますが、ピンチを助けてくれる第二王子も王弟も、辺境伯も身分を隠していた他国の王子も出てこないので異世界恋愛ではないです。主人公が一人で頑張ります。
私、気付いてしまったのです。一週間後に学園の卒業パーティーを迎えるこの日になって、この世界が乙女ゲーム『ストロベリー・ブロンド』の世界だと気付いてしまったのです。
ストーリーは、平民出身のヒロイン・アリスがひょんなことから貴族の学園へ通う事となり、攻略対象と交流を深めて愛を育むというもの。そして私、リナルージュ・ゲルダは攻略対象の一人である王太子・メルルークの婚約者。ヒロインを虐めて断罪される、よくいるタイプの悪役令嬢です。
確かにこれまで私は、ヒロインであるアリスをゲーム通り虐めてきましたわ。前世である理那の知識によると、断罪回避のため虐めを避けてさえいれば『ざまぁ返し』という技が使えたらしいのですが……ヒロイン虐めは紛うことなき事実。残念ながら、証拠も揃えているでしょう。ゲームの通り断罪が起きれば、私は国外追放の後に魔の森で死を迎える運命。さらに父や兄の不当な行いも発覚し、この侯爵家はお取り潰しになるようです。
逃れられない死と、お家の断絶。前世の知識とやらを総動員してみますが、起死回生の手は浮かびません。
国を沸かせるような商品を開発し、捨てるには惜しいと思わせる。出来ません。この世界に存在するあらゆる物は、前世の水準と全く変わりないのです。当然ですわね、塩の味しかしないスープと固いパンだけが主食で、縫製もろくに出来ていない、古いデザインのドレスを着たヒロインの乙女ゲームなんて、憧れもときめきもありませんもの。普通の会社員だった理那は、国を変えるような工業や商業の知恵は持っていない様子。武術も会得しておりませんし、歌や踊りが上達した気配もありません。
魔法の力でチート。これも出来ません。だってこの世界に魔法なんてありませんもの。悪辣ヒロインが魅了で攻略対象を奪い取るなんてストーリーも前世にはあったようですが、少なくとも今回は違います。間違いなくヒロインはアリスで、私が悪役令嬢です。
使えませんわね、前世の私。まあ、断罪の前に記憶の蓋を開いた事だけは、評価してやりましょう。そのおかげで、私は……我慢をしなくてよくなったのですから。
さて、まずは父や兄にこれからの展開を知らせて参りましょう。断罪は避けられないでしょうが、父や兄にも心の準備が必要でしょうからね。
「リナルージュ・ゲルダ! 貴様の悪辣非道な行い、人の命を軽んじるその態度、もう我慢ならん! 婚約は破棄、一族郎党皆まとめて市中引き廻しの末、鋸挽きの刑と処す!」
一週間後。卒業パーティーというおめでたい席での発言とは思えない王太子の言葉。皆が凍りつくのも無理はありません。そして私が行動を変えたせいか、断罪の内容も変わったようです。より残酷で、より重いものに。
言うなれば、これは茶番劇の第一幕。『正当化のための屁理屈』の開幕ですわ。
「私のアリスに細かな嫌がらせをした挙げ句、家に乗り込み家財を壊し、果てには放火までするとは! さらに圧力を掛けてアリスの親類全てに商会の出禁を命じ、食料すら買わせない始末! お前には人の心がないのか!」
その他の罪が重すぎて、初め私がやっていた虐めについては触れる間もないようです。証拠集めに苦心したでしょうに、残念でしたわね。王太子の後ろに控えるヒロインの表情も、さめざめと泣く、なんて可愛らしいものではなく、まるで悪魔に怯える仔羊のようでした。
「鋸挽きの刑などと、お戯れを。それは百年も前に禁止された、あまりに非人道的な処刑法ではありませんか。私へ人の心を説いておきながら、一方で尊厳のない死をお望みとは。まったく、都合のいいお口ですこと」
「うるさい! 俺が保護しなければ、アリスとその親族は命を落としていたのだぞ! 徒に命を奪う事と、正義の執行を同一に語るな!」
「怒鳴り散らしてうるさいのはどちらだか。まあ、あなたは私と婚約関係にありながら、よその女に愛を語るようなお人ですものね。二心あっても然るべきですか」
王太子は顔を真っ赤にして拳を震わせますが、それだけです。そう、ここは乙女ゲームの世界。たとえ悪役令嬢といえども、女に暴力を振るうようなクズはヒーローたる資格がないのです。そして断罪劇が始まった以上、終幕まで中断もありえません。つまり私の言葉を止められるものは、誰もいないのです。
「メルルーク様。私、異世界転生したと気づきましたの」
「は?」
「異世界転生、ですわ。転生前……前世の世界には、『うわなりうち』という風習がございました。『うわなり』とはその世界で『後妻』を意味する言葉です。理不尽に離縁を突きつけられた先妻が、時も置かずに再婚するような恥知らずの後妻の家に、予告状を送ったのち、襲撃をするという決まりですわ」
「そ、それがどうした。大体、俺とお前は婚約者であって夫婦ではないだろう」
「この世界は前世と異なる部分も多々ありますので、細かな取り決めの違いには目を瞑りましょう。とにかく、私はその風習を思い出したので、実践したまでなのです。アリスさん、私は確かに、『二日後、うわなりうちへ参ります』と書いた予告状を送りましたよね?」
話を振られたヒロインは大げさに肩を震わせ、涙を流しながら頷きます。ええ、頷くでしょうね。予告状はつまり、動かぬ証拠ですもの。
「私、怖くて……こんな事、本当にするなんて思わなくて」
用意がいいことで、ヒロインは現物を王太子へ渡しました。それには家名とサイン、襲撃の日時と人数、使用する武器の種類(大半は箒などの日用品ですが)が記載されているはずです。それをチラリと流し読みした王太子は「なぜ相談しなかった、俺が守ったのに」などとほざきつつヒロインと抱擁していますが、まあ出来の悪い茶番ですわね。
「さらに付け足しますと、私は予告状を届けた同日に、周辺地域の皆様へ、お騒がせして申し訳ないと粗品を贈っております。家に乗り込み家財を壊し、庭へ放火したのは間違いなく私共ですが、礼節は欠いておりません。その証拠に、人は誰も怪我をしていないでしょう?」
全てを事前に隠さず明かした襲撃なのですから、家を壊されたくなければ対抗して守れば良かっただけですわ。予告状まで送られておきながら、抵抗もせずにおろおろと見ていただけの彼らが愚鈍なのです。
「重ねて申し上げます。私は私の権利を守るため、王太子の婚約者という地位を脅かされないため、正当な手続きを経て『うわなりうち』を実行したまでです」
王太子はそれでも怒りに瞳を燃やしています。当然ですわね、異世界転生だの前世の風習だの、所詮は妄言ですもの。
ですから、ここからは第二幕。タイトルは『華麗なる論点ずらし』でしょうか。それを始めましょう。
「そもそも、私が警告を出している間にアリスさんが手を引いていれば、このような強硬手段を取る必要はなかったのです」
「警告だと?」
「教科書や鞄を捨てたり、結託して悪口を言った事ですわ。アリスさんが私の婚約者を誑かした件に対し、私が家名を出して学園やアリスさんへ抗議する事は簡単です。しかしそれをしなかったのは何故か、お分かりですか?」
「アリスは誑かしてなどいない! 私からアリスを求めたのだ!」
「どちらが先かは問題ではありません。不貞が一人で出来るとお思いですか? 気持ちに応えた時点で二人とも同罪でしょう。分からないなら教えてあげます。私が抗議をしなかったのは、王家との軋轢を生みたくなかったからです」
これは、前世を思い出す前の私の考えです。私が家名を使えば、問題は侯爵家と王家のものとなってしまいます。訴えれば、平民一人などその日のうちに消されたでしょう。しかしその後王家は、たかが平民一人に権力を行使した侯爵家へ悪印象を抱くでしょうし、侯爵家も不貞の王太子に不信を抱き忠誠心を減らすでしょう。しかしそれでは、政略の意味が薄れてしまうのです。
ですから私は、ちんけな嫌がらせをするしかありませんでした。これで彼女が引けば、大事にならずに済む、と。
が、遠慮した結果私は婚約破棄され、守ろうとした家も潰されてしまうなら。私が我慢する必要などありません。
「メルルーク様、もう一つ問いましょう。王家との関係を慮り警告する事すら罪だと言うなら、私はどうすればよかったのですか?」
ここで初めて、つりあがったままだった王太子の眉が動きました。しかし、口は開きません。おそらく、答えを持たないのでしょう。
「親しくなる二人を眺めながら、泣きはらし引きこもればよかったのですか? 婚約が王命である事を忘れ、身を引きますと祝福すればよかったのですか? お二人はとても幸せでしょうね。しかしそれでは、私の尊厳は誰に守られるのですか?」
「それは……お、お前が悪いのだ! 俺を繋ぎ留める魅力のないお前の責任だ!」
「私は学園で上位に入る成績を残し、生徒会で実績を残し、王妃教育も滞りなく進めてきました。魅力とはなんですか? 誰しもが変えようもない外見の事ですか? 努力でどうにも出来ない面にご不満だと? つまり、どんなに努力を重ねても、王太子が気に入らない者は人として扱われないと。そうおっしゃるのですね?」
まさか、ここまではっきりと失言するとは。ヒロインと出会う前はそれなりに優秀だったはずなのですが。この王太子はもう駄目ですわね。この国に、必要のない人間です。
「そうじゃない! 愛嬌とか、癒やしとか、そういうものがお前にはないだろう!」
「どんなに苦言であろうが正義を是とする、それが王の在り方でしょう。耳触りの良い言葉ばかりを求める者に、王たる資格はありませんわ」
私の主張に、周りがざわつきます。いくら正しく努力しようとも、王が好き嫌いで差別する国に未来はありません。おそらく今、賢い者は考えているでしょう。王太子は、本当に従うべき尊い存在なのかと。
「民は、あなたを気持ち良くするための道具ではありません。あなたの我儘を通すために、陰で涙を流す者がいると想像出来ないのですか!」
と、私が声を荒げた瞬間、なんともタイミングのいい瞬間でホールの扉が開きました。現れたのは、この国の国王陛下。王太子にそっくりな怒り顔でつかつかと歩いてきます。本来のシナリオなら、王太子とヒロインを結びつけるための舞台装置として動くのでしょう。が、ここは私が暴れた世界。第三幕『圧倒的な権力』も、私のための舞台です。
「父上! 良い所に来てくれました! この女が、俺を侮辱しアリスを貶めるのです! 不敬罪として処分してください!」
王太子は味方が現れたと思って、早々に泣きつきました。自分じゃ勝てないからって親に泣きつくなど、もう成人を迎える歳の子どものする事ではないというのに。皆に見られているという自覚すらないとは、嘆かわしい。
「メルルーク、今すぐその妾を連れて、城へと戻れ。沙汰は後程下す」
「父上、妾などと貶めるような言葉はお控えください! アリスは私の最愛なのです」
「戻れと言っているのが聞こえぬのか!! 貴様に発言を許した覚えはない!!」
陛下の恫喝に、王太子とヒロインは縮み上がります。日々鍛えていらっしゃる陛下は肩幅が広く、歴代王のマントが子供用の掛け布団のように見えるお方。確か、ゲームの中の私も、この恫喝で悪あがきを止めたのです。敵には回したくない相手ですわね。そして固まった王太子達に背を向けると、陛下は私達卒業生へ頭を下げました。
「我が愚息が祝いの場に水を差した事、心より詫びよう。後日、改めて場を設ける事を約束する。今日は皆、己が家へ戻り、家族と祝福を分かち合ってほしい」
陛下に頭を下げられて、文句の言える者などおりません。皆が礼を返せば、陛下はさらに告げました。
「それと、リナルージュ嬢に一切の非はないと我が保証しよう。今日の件について、リナルージュ嬢を貶める発言はくれぐれも控えるように」
私を擁護する陛下の発言に、王太子は口を開きかけます。が、叱られる恐怖を思い出したのか、口をぱくぱくさせるだけ。私は陛下へ深く礼を返し、幕が無事降りた事に安堵しました。
こうして、卒業パーティーという断罪劇は終わりました。陛下の怒りを買った王太子の行く末に、ヒロインの今後。それらは全て、王家で内密に話し合われたようです。そう、ゲームと違い、事の顚末をパーティー会場で披露する事はありませんでした。当然です、王家の恥を、わざわざ大勢に晒す必要はありませんからね。そして結末は秘匿されたまま、二回目の卒業パーティーが王城で開催される運びとなりました。
「それにしても、リナは上手くやったよなぁ」
学園の卒業パーティーとは違い、家族の同伴も許された二回目のパーティー。エスコートしてくれた父が呟いたのは、乾杯のすぐ後の事でした。
「異世界転生なんて、よくそんな言い訳を思いついたもんだ。話を聞きつけた民の間では、異世界転生した令嬢の劇まで作られたそうだぞ?」
さらにパーティーへ着いてきた兄が、同意するように頷きます。
「おかげで婚約破棄が簡単だったもんな。『リナルージュは異世界転生したと妄言を吐く程心を壊したので、婚約など今さら不可能です』って言えば、あの陛下でも頷くしかなかったみたいだぞ」
「放火もよかったな。あれがあったから、リナが壊れたと信じるよりほかなかったのだ」
「ふふふ、放火して褒められるなんて、戦でもない限り中々ありませんわよ」
「知ってるか? メルルーク王子は王太子の座を降ろされ、辺境伯の元へ送られたそうだ。彼らは完全なる実力主義の強者揃いだ。王子が権力を振りかざそうが、従う者はないだろうな」
「ええ、知っていますわ。お父様は、アリスさんの事もご存知ですか?」
「お前の思惑通り、親類一同で他国に逃げたんだろう? いやいや、大変だなぁ」
「……お可哀想に。メルルーク様は、結局アリスさんを連れて平民落ちするという選択肢を選ばなかったのですね。真実の愛だと言うなら、身分くらい捨ててしまえばよかったのに」
想像でしかありませんが、王太子……いえ、メルルーク様には、二つの道が示されたはずです。辺境伯の元で飼い殺しにされ、次代のための種馬となる道。そして平民となって、アリスさんと添い遂げる道。前者はなだらかに舗装された地獄へ向かう道で、後者は険しく暗いが光へと向かう道でしょう。彼は目先の様子だけで判断し、未来を見失った。あるいは、真実の愛など初めからなかったのかもしれませんわね。
「アリスさんは曲がりなりにも学園の卒業資格をお持ちですから、他国でもそれなりに生きていけるでしょう。若い頃のオイタなんて、いくらでも取り返せますわ」
「そこまで追い詰めたのはお前だけどな……」
父と兄が、声を揃えて呆れ顔を向けてきたので、私はハンカチを取り出し目に当てました。まあ涙は一滴も出ていませんが。
「これも全ては異世界転生の影響ですわね。前世の私が思考に混じり、今までの私ではなくなってしまったのですわ。お家のために我慢を重ね、枕を涙に濡らしたリナルージュは、前世を知った時に死んでしまったのです」
「いやー、リナは何一つ変わっとらんけどなぁ」
父の言葉に、首を縦に大きく振る兄。まったく、心を壊した設定の私に対して冷たいですこと。
「とにかく、リナ。お前に仇なす者はもういないのだ。今日はパーティーを楽しみなさい」
王家は全てを秘匿としましたが、人の口に戸は立てられないもの。誰も知らないとされていますが、誰もがその結末を知っています。王太子……いえ、メルルーク王子最大の失態。それは不貞でも、祝いの場を壊した事でもなく、城下町で起こった複数の放火事件を引き起こした元凶であった事なのです。その事件の責任を取らされたため、メルルーク王子は王太子ではいられなくなったのです。
アリスさんとその親族は家を壊され、ほとんどの商店から出禁となったため、メルルーク王子に保護されました。これがいけませんでした。平民でも、火災が起きれば王家が全面的に保護してくれる。一部の人間がそう思い込み、自宅が燃えたと嘘を吐いたり、はたまた本当に放火して城へと駆け込んできたのです。
アリスさんはメルルーク王子の最愛。ですから保護されました。しかしその他の平民は、知り合いでもないため追い返されました。しかし民は訴えました。アリスさんばかりが優遇されて不当だ、その金は平民の納めた税だというのにと。
結局、国王が自ら対処し事は収まりました。が、当然皆に手厚い保護を与える訳にはいきません。皆の思惑を外れた少ない補償に、民は不満を抱きました。そしてその矛先は、えこ贔屓されたアリスさん達に向けられたのです。
商店は出禁。我が侯爵家と因縁があるため、貴族は遠巻きに様子を見るだけ。同じ街の平民からは恨まれる始末。生きていくために彼女達は、他国へ渡るしかありませんでした。
ですから差別は良くないのです。好きだから助ける、好きじゃないから放っておく、それで民は納得しません。誰しもが測れる物差しを使って分かりやすく判断するのが、王家の役割。それが出来なかったメルルーク王子は、いずれ破滅を迎えた事でしょう。
……まあ、一部の民が暴走しやすいように、お詫びの品という名目の『山吹色のお菓子』を渡したのは内緒にしておきましょう。人は少し贅沢を覚えると抜け出せなくなる生き物ですから、渡せば必ずやってくれるはずだ、なんて腹黒い思考、話す訳にはいきませんからね。
でも、結局誰も死者を出さなかったのですから、私は悪役令嬢のお役目御免という事でよろしいですわよね? せっかく前世を思い出したのですから、これからはもっと好きにやらせてもらいましょう。
異世界転生ものって前世を思い出した瞬間人格も変わってしまうパターンが多く「元の人格が好きだった人とか、家族とか可哀想だな」と思いますし、実際「元のあなたが好きだったのに」というパターンの話も読んできているのですが……
前世を思い出しつつ、人格に一切の影響を与えない上で前世の知識は必要とする展開を考えてみたらこうなりました。多分もっとうまくやるお話はたくさん存在すると思いますが、まあ私の場合はこれって事で。性格が悪いつよつよ主人公が好きです。