その一
都会に行けば、とそう考える僕の行動は早かった。家まで戻り、着替える。きちんとした格好に着替えて、ついでにプロテクターを付け、ヘルメットを引っ提げてアパート前に駐車してある愛車、ホンダのCRF250Lの前に行く。電車も動かない今、新宿あたりに向かうにはこれしかない。僕はまたがってエンジンをかけた。異常に静かな街並みの中で、聞きなれたエンジン音が僕を包む。何とも言えない安心感があった。
新宿に向かうには、甲州街道に出る必要がある。僕は川崎街道から途中で左折して多摩川を渡り、甲州街道に出てからはひたすらまっすぐに走り、新宿南口まで行った。しかし、道中はおろか、新宿駅前に着いてもなんの気配も感じない。マジかよ、なんてつぶやいた傍から、何やら声が聞こえた気がした。僕はここまで誰一人として人がいなかったからか、その声に安心よりも恐怖が勝っていた節があったが、声のほうに歩いて行った。
すると、小田急の改札前あたりに、誰かがいた。
その女は身長160前後くらいで、しかめっ面をしながら何やら地図を見てうなっている。僕は少し様子を見ていた。というのも、髪の色が明らかにおかしかったからだ。あんな白と緑の中間のような、何というかどこぞの漫画に出てくるサブヒロインの髪みたいな色、そうそういない。僕は髪色を変えていたり、キラキラした今風のファッションだったりが苦手で、そもそも女性が苦手だったから、そのときすぐに声をかけなかったのかもしれない。
しかし。
相手が僕に気づいた。
「&#+@%&¥*‼」
なんて言ってるのかさっぱりわからない。普通に怖い。彼女は少し考えるような仕草をした後、
「これならなんて言ってるか、わかるかい?」
と語りかけてきた。
「あ、はい。」
僕はびっくりしてしまって、そう答えるのがやっとだった。彼女は僕の反応を見て安心したのか、ため息を一つついた。かと思うと、聞きたいことがあると言って僕のほうに近づいてきた。
「ここに行きたいんだが、どう行くかわかるかい?電車を使えばいい、と言われていたんだけども」
そう言いながら僕に見せてきたのは、マーカーで印がいくつかつけられた地図だった。何語かわからない地図だったが、おそらく日本列島を表しているものだろう。そこから仮定するに、どうやら富士山あたりを指しているのが一つ、分かった。
「富士山のほうですね。なら、電車でJRに乗って…、いや」
そう。今は電車など動いていないのだ。
「何でここに?」
僕は尋ねた。この、人が殆ど―こう書くのは、僕以外の人間がこの緑髪の女の子以外いなさそうという事実を認めたくないからだ―いない状況で、わざわざ東京は新宿から富士山まで行く理由がぱっと思いつかなかったからだ。彼女は少し考えた後、少し用があってね、とそう短く言った。といってもこんな状況では富士山なんかには行けはしない。
「あなた、移動できる乗り物持ってるでしょ」
突然彼女は言った。なんで、と思うが、僕がヘルメットを持っているからだろうなと勝手に推測した。それにしても移動できる乗り物、ってのは何か言い回しがおかしいぞ、と感じつつ
「あ、ああ。持ってますけど」
と答える。でも僕はなんだか彼女が次に言うことが分かるような気がした。
「丁度よかった。乗せてくれない?」
でしょうね。そう言われる気はしていましたとも。