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6 そして王城へ

 チリン、と今日も鳴ったドアベルの音に掃除の手を止め振り返ると、昨日の騎士が入り口に立っていた。


(うわ、また来た! ……って、あれ、私服?)


 帯剣はしているものの騎士団の制服ではなく、シャツにジャケットという普通の出で立ちで、籠手も軍靴もない。

 なにも言わずしげしげと眺めるカーラに、セインは不服そうな顔を向けた。


「……昨日は失礼した。盟約の履行のため、改めて魔女カーラに王城まで同行を願う」

「いいよ」

「いやだと言っても――は? いいのか?」

「不満なら行かないけど」

「い、いや! 不満ではないが……昨日と態度が違いすぎるだろう」

「お互い様でしょ」


 カーラの返事にセインもぐっと口を噤む。

 横柄には横柄を、そうでなければそれなりに。見るからに嫌々とはいえ謝罪までされれば、カーラだってそれ以上ごねるつもりもない。

 向こうが態度を改めるなら、手のひらなどいくらでも返せる――のだが、実のところは昨夜、なにかを察して突然遊びに来た魔女友ネティにお小言をくらったのである。


(もう、ネティのせいで!)


 カーラたち魔女は、魔女同士だからといって仲良くするわけではない。

 重要視するのは、馬が合うか、もしくは利害が一致するか。それのみだ。


 ネティとは前者で、カーラがヴァルネに引き取られてすぐからの付き合いである。

 魔道具の製作が得意で「匠の魔女」と呼ばれている彼女の工房のような家と、この薬局双方をお互い気軽に行き来をする仲だ。


 幼馴染であり親戚のようでもあるネティは、いつも通りワインの瓶を片手にふらりと現れた。


 自称・カーラの姉貴分のネティに昼間のやりとりを打ち明けると、頭を抱えられてしまった。

 長かった彼女の小言の内容を要約すると――第一に、追い返し方が下手すぎる。

 もっとスマートに、自主的に帰りたいと思わせるよう誘導すべきだったということ。

 これは自分でもそう思うので、素直に反省をした。


 第二には、騎士や王妃が気分を悪くすると後々面倒だ、ということ。

 ほかの魔女に八つ当たりするのは構わないが、自分(ネティ)にまで被害が及んだらどうしてくれる――とこれまた散々だった。


 失態を埋めるべく粛々と依頼を受けろと詰め寄られ、約束しなければ今後一切自分が作った魔道具を貸さない、とまで言われてしまったのは痛い。

 ネティの魔法水晶は今やカーラの副業に欠かせない記録装置だし、特別仕様の魔法灯も、薬局の二階で育てている薬草栽培に必要だ。使えなくなると非常に困る。

 そんなわけでカーラは「次に使いが来たら王城へ行く」と渋々誓ったのだった。


(まさか、昨日の今日で来るとは思わなかったなぁ。今日は薬の下準備をしようと思ってたのに)


 そうはいえ、魔女の誓いは絶対だ。なんなら王家との盟約より重い。こうなったら、さっさと行ってさっさと終わらせるに限る。

 心の中で大きくため息を吐いて、カーラはセインを窺う。

 整った顔には今日もカーラへの不信感が隠せないが、昨日より幾分殊勝に見えた。


 魔女を王城に連れて行き王妃に会わせる、というのが、この使いの役目である。本人が来たところを見ると、担当者変更は認められなかったに違いない。


「今日は制服じゃないんだ。もしかして休日?」

「勤務中だ。……苦手だと、聞いた」

「ふーん」


(対策してきたってわけ?)


 ――昔、騎士団にいた城下警邏担当の老騎士は、ヴァルネと古馴染みで茶飲み仲間だった。

 ヴァルネが亡くなり、老騎士も引退して王都から離れた娘夫婦のところへ居を移したため最近はすっかり疎遠だが、カーラの事情を後継に話していたのかもしれない。

 自分に関する情報を共有されることに不満がないわけではないが、隠しているわけでもないので、文句を言うのはお門違いだろう。騎士服を見るだけで心が荒れるのは事実だから。


(ま、どうでもいいわね)


 一旦奥に行き掃除道具を手早く片付け、用意しておいた小さな手提げ鞄を持つ。気まずそうに入り口で立ったままのセインの脇をすり抜けて、店の扉を開けた。

 そうしてもまだ半信半疑で棒立ちの騎士を振り返る。


「行かないの?」

「い、行くに決まっている」


 慌てて外に出たセインの背後で扉が閉まると、勝手に錠が下りる。どこからか現れた鍵がふわりと浮かんで、カーラの手に収まった。


「……便利だな」

「そう? 普通でしょ」

 

 いや普通ではないとかなんとか言っているセインを置いて、カーラはさくさく歩き始める。


「おい、待て! 勝手に行くな」

「お城への道なら知っているもの」

「途中で逃げないとも限らないだろうが」

「えー、そんな面倒なことしないって。たぶん」

「多分?」


 眉を寄せるセインにそっぽを向いて、つかつかと歩き続ける。

 しかし――その勢いは最初だけで、半時も経つ前にカーラの息はすっかり上がっていた。


「……遅い」

「ふ、ふつうよ」


(と、遠い……! 待って、お城ってこんなに離れてた? 前に近くまで行った時は、もっと楽に着いたはずだったのに)


 王城はずっと見えているのに、ちっとも近づいた気がしない。

 ぜえはぁと肩で息をするカーラの隣で、セインはまったく平気そうにしている。職業柄、体力があって当然なのだろうが、汗ひとつかいていないなんて、どうにも負けた気がして悔しい。


「……そういえば、なんでこうして歩いてるの。普通、馬とか馬車とか用意して迎えにくるものじゃない?」

「昨日は用意していた。拒否したのはそっちだろう。まさか今日、素直に来ると思わなかったしな」

「わ、悪かったわね」


 今日は詫びと様子見のつもりだった、としれっと言うセインに、それ以上反論する元気もない。


(そうだけど! だって昨日はイヤだったんだもん!)

 

 徒歩で向かう羽目になったのはカーラが原因だというのは正論でしかなく、昨日の自分に対して地団駄を踏む。

 いかにもしんどそうなカーラに、セインは残念な子を見るような目をする。


「この程度で息が上がるとは、どんな生活をしているんだ」

「……肉体労働、は、専門外なの」

「階段も上がれなそうだな」

「そんな、わけ……ないしっ」


(は、話すのもしんどい……!)


 けれども、休みたいなんて甘えたことを言えるわけがない。カーラの薬局は路地裏とはいえ王都内。王城からそう離れてはおらず、子供でも歩いて行ける距離なのだ。


 ぶっきらぼうな会話も途切れ、心を無にしてただ足を動かしてしばらく。

 突然、疲労困憊のカーラの目の前に果物が差し出された。


「……?」


 旬の甘い瓜の果肉部分だけを細い串に刺したこれは屋台の定番で、大人から子どもまで王都民の好物である。

 果物の出所をたどって見上げたセインの表情は逆光で見えない。意味が分からず固まっていると、さらに顔の近くにずいっと寄せられた。


「店に寄って休憩している暇はない。歩きながら食べろ」


 カーラが下だけ向いて歩いているうちに、そこらで買ってきたのだろう。まさかそんなことをされるとは思わなくて、心底驚いた。

 みずみずしい果物を見て、疲れ果てた喉が鳴る。だがしかし、話を聞きに王城に行くだけだからと財布は持ってきていない。

 受け取らないカーラを不審そうに眺めるセインにぽつりとこぼす。


「お金……」

「……消臭剤とやら、タダで貰うわけにいかない」

「あ、そういうことなら」


 代金代わりなら、遠慮せずにいただこう。

 ぱっと受け取ってパクリとかじりつく。しゃく、と爽やかな歯ごたえがして果汁が口いっぱいに広がった。


(ふわ、甘ーい! うまーい!)


 そういえば、果物なんてどのくらいぶりに食べただろう。

 ヴァルネには魔法や薬草の知識だけではなく、家事もしっかり叩き込まれた。だから料理はできるし、二階で育てている鉢植えには薬草だけでなく香草や、低木の果樹もある。


(昨日……は、ネティが持ってきたチーズとか胡桃とか摘まんだっけ。その前は、んん、パン囓ったのいつだったかなあ)


 ひとりきりの食事はどうにも味気ない。

 自分の分だけをわざわざ作るのも億劫で、収入も不安定なことからつい食事を抜きがちになっていた。


(今度ネティが来たら、久し振りになにか作ろうかな。干し肉なら買っといても保つよね)


 そんなことを考えているうちに、手元の果物は無くなっていた。


「はあ、おいしかった! 今年のは甘いねえ」

「あ、ああ。そうか」

「あれ、自分は食べないの?」

「……俺はいい」


 自分だけ食べていたことに気付いて聞いてみれば、居心地が悪そうに顔を横に向けられてしまった。

 騎士だからといって、歩き食いの禁止はされていなかったはずだ。勤務中かもしれないが、制服も着ていないのだから咎める人もいないだろうに。


(やっぱり、ただの融通がきかない真面目だな? 話、合わなそー)


 少し元気を取り戻したカーラだが、王城に着くまでにあと二回、同じことが繰り返されたのだった。


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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
【DREノベルス作品ページ】
イラスト:珠梨やすゆき先生
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