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5 同僚の助言

 魔女らしい、と笑っていたトビアスが、ふっと表情を改める。


「セイン。もしかしてと思うけど、制服で薬局に行ったの?」

「勤務中なんだから当然だろう」

「あちゃー」


 意識を今に戻して、振り下ろされた剣を危なげなく打ち流す。

 おかしな質問だと思いつつ答えると、剣を持ち直しながらトビアスは器用に肩をすくめた。

 雑談の片手間にハードな打ち合いをする副長二人に恐れをなして、先に訓練をしていたほかの騎士たちは場所を譲って見学に回っている。


「うまくいかなかった原因は服装(それ)だよ。いくら魔女が苦手だからって、ろくに情報収集もしないから」

「言ってる意味が分からないぞ、トビアス」


 呆れる同僚に、セインはますます眉を寄せた。


「んっとねえ、あそこの魔女さんはさ、騎士……っていうか、うーん、騎士そのものも決して好きじゃないだろうけど、それ以前に騎士の制服がタブーなんだ」

「服? なんだそれは」

「あの裏通り一帯は今、僕の隊の管轄だろ。引き継いだときに教えてもらったんだけど、制服で薬局に行くとめちゃくちゃ警戒されるんだって。騎士服さえ着ていなければ普通だから、なにかあるときは私服にしとけ、ってさー」

「はあ?」


 容赦なく振られるトビアスの攻撃をことごとく防ぎながら、セインは顔に疑問を浮かべた。


「なんかね、チラッと聞いた話によると、子どもの頃に嫌な思い出があるとか」

「嫌な思い出って、騎士に?」

「そう、しかも近衛に。十五年くらい前って言ったかなぁ……ほら、その頃ってさ、まだアイツが団長だったじゃん」

「……ああ」


 声を低めたトビアスの言葉にはセインも心当たりがあり、重く頷く。

 十五年ほど前、二人が入団した当時の騎士団は荒れていた。

 団長は高潔とはほど遠い人物で、荒くれ者の傭兵のほうがよほどマシだと思えるほど、陰険で狡猾だった。

 暴力と賄賂が横行した騎士団で、見習い騎士だったセインたちもさんざんな目に遭ったことは忘れられるものではない。


 そんな団長の悪事を暴き、腐った騎士団を粛正し立て直したのは、現騎士団長と、当時王太子夫妻だった今の国王と王妃だ。セインの国王夫妻への信頼はここにもある。

 元団長は裏社会の組織とも繋がっており、その悪行は団内におさまらなかった。

 最終的に少なくない人数が処罰されたし、爵位を剥奪された貴族家も出たほどだ。


 騎士団員以外で被害に遭った多くは、貴族や裕福な商人だった。

 魔女の薬局のような小さな店が標的になったとは考えにくいが、薬の代金を踏み倒されたり、脅されたりした可能性はあるだろう。

 元団長やその取り巻きは、幼い子供や老人をいたぶって愉悦を感じるような奴らだったから。


(……そうか)


「ほら、うちの騎士服ってぜんぜん変わってないからさー。思い出しちゃうんじゃない?」


 自分が魔女に抱くのと同じように、騎士に関する忌まわしい過去があったなら、厭味ったらしく騎士憲章を述べたくなるのも分かる。

 そう思って改めて薬局での記憶を振り返ると、気丈にこちらを見上げた浅緑の瞳は、セインを睨みながら揺れていた気がする。

 もしかして、怯えていたのかもしれない。


「だからさ、いきなり制服の騎士が現れて、魔女さんは『うわっ!』てなっただろうし。しかもセインは仏頂面で高圧的に出ちゃったんでしょ。そりゃあ、上手くいかないよ」


 セインの態度はともかく、制服を着ていかなければ足蹴にはされなかったはずだとトビアスは言う。


「むしろ、口をきいてくれただけラッキーかもねえ」


 小柄な魔女の頭は自分よりずっと低い位置にあった。女性の年齢をはかるのは得意ではないが、確実に歳下だ。


(本当に、大人げなかったな)


 不意に襲ってきた罪悪感に胸がチクリと痛む。

 トビアスの話を聞いたところで、魔女という存在が憎いのは変わらない。しかし、今日の不首尾は情報収集を怠った自分に原因があるとセインは素直に認めた。


「どうせまた行くんでしょ。次は私服にしておきなよ」

「……そうする」

「それでもダメだったら――っと!」

「ッツ!」


 ガン、と鈍い音と共にセインの手から剣が落ちる。

 トビアスのグレーの瞳がハッと丸くなり、手合わせは中断された。


「うわっ、ごめん!」

「いや、俺のミスだ」


 普段から手加減は無しだが、訓練で怪我をすることはまずない。トビアスの一打が手に当たったのは、セインが話に気を取られていたからだ。


(これしきで集中が切れるとは、まだまだだな)


 真剣ではなく、防具もあって助かった。籠手を外して確認すると、親指の付け根が酷く腫れている。

 痛みも頓着せずに指を動かしてみせるセインに、トビアスのほうがうわぁ、と顔をしかめた。


「骨は大丈夫だな」

「いやいや、痛そうだって! 薬、塗っときなね。ちょうどモーガンが来てくれたところでよかったー」

「ああ、さっき片付けた箱の中に薬が入っていたな」


 モーガンは騎士団に出入りする仕入れ業者だ。

 彼の扱う薬はどれもよく効く。ほかよりも値が張ることと卸す量が少ないことが難点だが、市販のものよりずっと効果が高いため、騎士団には欠かせない。


「今日はここまでにしよう。すぐ手当しなよー」

「そうする」

 

 このまま部下に稽古を付けるというトビアスを置いて、セインは事務室に戻ると薬品箱を取り出す。

 打ち身用の軟膏の蓋を開けると独特の香りがして、路地裏の薬局の、整頓されすぎて殺風景な店内を思い出した。


(……売り物はほとんどなかった)


 鍵付きの棚が並んでいたが在庫は一、二個で、空いているスペースも多かった。

 店頭には出さず、注文されてから用意するタイプの薬局もあるが、それだってもっとなにかかしら置いてあるのが普通だ。


 国の中心たる王都でも医師の人数は少ない。診てもらうには大金が必要だし、医師の処方薬も庶民には高価だ。

 そのため、市民は医師にかかるより薬局に行くのだが、カーラの薬局にはセインが店内にいる間、客のひとりも来なかった。

 品物もなく客もいないということは、はやっていないということで、つまり腕がよくないのだろう。

 だが、とセインの胸に疑問が湧く。


(能力のない人物をわざわざ王妃が呼ぶか? しかも、あの封印魔術の解除は……)


 盟約とはいえ、魔女なら誰でも依頼をされるわけではない。国内の魔女の人数は両手の指で足りる程度だが、一度も声がかからない魔女もいる。

 聡明な王妃が人選を誤るとは考えにくかった。


 引っかかることはほかにもある。

 セインは、封印魔術がかけられた手紙の開封に立ち会ったことが何度かある。

 しかし、今日のように鮮明な魔方陣が現れることは滅多にない。

 魔法陣の色や光の強さはそのまま、掛け手と受け手、双方の術者の魔力に比例する。

 

(ならば、なぜ客がいない?)


 魔女は、ろくに食べていなそうな血色の悪い肌をしていた。

 艶のない薄金色の髪、カサついて細い指……脳裏に浮かんだ魔女の姿に、親が死んだ後の自分たち兄弟が重なって、セインはふるりと頭を振った。


「……俺には関係ない」


 ヒヤリとした薬の感触が患部の熱と痛みを消していく。

 前に使ったときと同じように、数時間もすれば、元から打ち身などなかったかのようにすっかり治るだろう。

 薬局の消えた扉は明日は戻っているだろうかと思いながら、セインは自分で器用に包帯を巻いた。



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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
【DREノベルス作品ページ】
イラスト:珠梨やすゆき先生
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