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4 近衛騎士セイン・ハウエル

「おい、開けろ! なにをして……は? 扉が消えた?」


 近衛騎士セイン・ハウエルは分かりやすく動揺していた。今の今まで叩いていた薬局の扉が、一瞬にして無くなったのだ。

 握りこぶしが振り下ろされたのは古い木の扉ではなくただの煤けた石壁で、頭上に吊るされていた看板も消えている。


「……魔法か」

 

 手に当たるざらざらとした石の感触に、ギリッと奥歯を噛みしめた。


(魔女に隙を見せてはならないと分かっていたのに)


 一般常識にとらわれない上、魔法を行使する際も魔方陣の発動や詠唱を必ずしも必要とはしない魔女の行動は読みにくい。

 セインの予想と違って若い普通の娘が現れたことで油断してしまった。その結果、まんまとしてやられた。


 ――自分の態度が幼稚だった自覚はある。

 なにしろ、セインは魔女が嫌いだ。憎んでいると言っていい。 

 彼女らとは一生関わるつもりなどなかったのに、王妃直々に使者を頼まれては拒否のしようもない。

 湧き続ける苛立ちを無理やり抑えていたが、普段の五割増しくらいの仏頂面だったはず。


 気負って路地裏の古ぼけた薬局に入れば、成人したてくらいの娘がひとりでぽつんとカウンターに座っていて、肩透かしもいいところだった。

 その娘が魔女本人とは意外だったが、盟約の履行依頼だと分かってなお反抗的な態度を取り続けるなど、やはり魔女は不遜である。

 しかし、任務は任務。

 一刻も早くこの魔女を城に連れて行き、忌まわしい時間を終わりにしたいと店外に出たとたんの拒絶だった。


 自分の甘さと魔女の狡猾さの両方が腹立たしい。

 憎々しげに舌打ちをすると、セインは最後にもう一度確かめるように壁を叩いた。


 魔女は人ではあるが、自分たちとは違う(ことわり)で生きている。

 この国での立場は少し複雑で、一応自国民であるが王の臣下ではなく、一種の治外法権を持っている。

 つまり本来、王命が強制力を持つ相手ではない。

 そのことはセインも理解している。だが彼女たちは盟約への従順をもって、この国での生活を享受しているのだ。従わないという選択肢などありえない。


『用がある人が来ればいいんじゃない?』


 耳の奥には、扉の向こうから直接吹き込まれた魔女の声が残っている。


(無礼にもほどがある)


 セインは国王夫妻に恩義がある。

 没落した実家の男爵家の後見を買って出て、兄が成人して正式に爵位を継ぐまで守ってくれ、セインが騎士になれるようにも取り計らってくれた。

 彼らがいなければ自分たち兄弟は土の下の住人になっていたことは間違いなく、名実ともに命の恩人である。


 それゆえ絶対の信頼を寄せており、下命は託宣と同義に近い。

 しかも今回は、セインが近衛騎士団第一隊副長に昇格して初めての直命である。内容……というか、依頼先の人選に異議はあれど、遅滞なく遂行せねばならなかった。


 いくら魔女にその義務がないとはいえ、王族からの呼び出しを足蹴にするなど許されることではない。

 たとえ見た目は平凡な娘でも、浅緑色の瞳が澄んでいても、彼女もまた常識の外にいる魔女だった。

 それだけのことなのに、無性に後味が悪い。

 しかも。


「……籠手が臭いだと? こんなもの」


 真っ向否定できないだけ、非常に、とてつもなく遺憾である。

 渡された「消臭剤」を握りしめた拳を振り上げると、ふわりと清涼感がある香りが立った。

 やけに爽やかな香りは新緑の森の中にいるようで、すっと心が落ち着く。

 魔女が作ったものにしては……正直、控えめに言って、悪くない。


 (……なにも、今ここで捨てなくてもいいか)


 生成りの布でできた小さなサシェを懐にしまうと、セインは薬局があったはずの路地裏を後にした。



 §



 王城敷地内にある近衛騎士団の棟へ戻ると、事務室では第二隊の副長であるトビアスが机に向かっていた。

 今も不機嫌顔のセインに、のんびりとした声がかかる。


「おっ、セイン。おかえりー。あれ、なんかいい匂いしない?」

「気にするな。それよりトビアス、付き合え」

「今? まあ、ちょうど検品終わったとこだし、いいけどー」


 気分転換には体を動かすのが一番だ。くんくん鼻を鳴らすトビアスを稽古に誘う。

 併設している訓練場へ顔を向け剣を持ち上げて見せると面倒そうに返事をしながら、いそいそと書類を片付け始めた。


 セインとトビアスは、境遇がよく似た同士だ。

 お互い男爵家の次男で、同じ歳。それぞれ十歳で騎士隊に見習いで入り、副長への昇進も同時。

 ライバルと称され比べられることも多いが、ただの偶然による腐れ縁である。


 トビアスは外見も性格も柔和で、硬派を地で行くセインとはむしろ正反対。

 剣の実力は双方定評があり、騎士団の中で遠慮なく手合わせができる唯一の相手。そして性格の不一致さが幸いして、お互いに気の置けない親友と呼べる間柄だ。


「じゃあ用意してくるから、これ棚に片付けておいてよ」

「ああ、分かった」


 トビアスは騎士団の物資管理も担当している。更衣室に向かうトビアスを見送って備品の入った木箱を持ち上げると、中に入っていたのは応急処置に使う薬や包帯だった。

 不調に終わった薬局での折衝を思い出して、セインはまたしかめ面になる。


 やがて支度が終わったトビアスと訓練場で手合わせをしながら、不機嫌の原因を聞かれてさっきまでの話をする――とはいっても、王妃の依頼内容はセインも知らない。

 盟約の使いで路地裏の薬局へ行った、とだけ伝えると、行き先を聞いたトビアスの目が丸くなる。


「えっ、魔女さんのところ? 本当に?」 

「こんなことで嘘を言ってどうする」

「王妃陛下もセインの魔女嫌いは知ってるはずなのにね。いやー、相変わらず容赦ないな、あの方」

「不敬だぞ」

「ひゅー、怖いこわい」


 同時に振り下ろした剣が鍔近くで重なった。二人の会話は、セインたちが立てる剣の音がかき消して周りには届かない。


「でもまあ、ウチの国にいる魔女さんたちって多くないけど、避けてばっかりじゃ困ることもあるだろうし。いい機会だったんじゃない? それで、用事はすっかり済んだの?」

「……登城を拒否された」

「えっ」

「自分が足を運ぶ義務はない、とさ」

「あははっ、さすが! すごく魔女さんっぽい!」

「笑いごとじゃない、トビアス」


 窘めたが、あの対応はいかにも魔女らしい。それは同意する。


(自分のことしか考えてない……()()()にそっくりだ)


 ――セインの父親は、先読みの魔女に入れあげて家庭も領地も蔑ろにし、家の財産を貢ぎまくった末にトラブルに巻き込まれて死んだ。


 困窮と失望の中で病がちだった母も亡くなり、セインと兄が債権者から逃げ隠れる暮らしに陥ったのは、まだ十歳になる前のこと。

 当の魔女は悪びれもせず、あろうことか「騙された馬鹿な奴」呼ばわりをした。


 たしかに父は愚かだった。しかしその元凶が言っていい言葉ではない。

 先読みの魔女と今日会ったカーラの外見はまったく似ていない。けれど、不遜な態度は共通だった。


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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
【DREノベルス作品ページ】
イラスト:珠梨やすゆき先生
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