木枯らしとドロップ【書籍②発売記念SS】
ここ数日、冷えて乾いた風が強く吹いている。
枯れ葉と埃が舞い上がる外から逃げ込むように薬局に入ると、カーラはコホンと空咳をした。
「あー、寒かった! 喉はイガイガするし、毎年とはいえ、もう少しお天気も加減してくれてたらいいのにー」
季節の変わり目に大気が不安定になるのは例年のこと。この風が落ち着けば、セルバスターの王都もいよいよ冬に突入だ。
カーラは乱れた髪を適当に手ぐしで整えながら店舗奥のキッチンに入り、買い物カゴをテーブルに置いた。中から取り出したのは、馴染みの店で求めた砂糖と蜂蜜だ。
手を洗って白衣を羽織ると、昨夜のうちに準備しておいたカリンのシロップを取り出す。
「あとはショウガにエキナセア。カレンデュラやヒソップも入っている通常タイプとー、入れない妊婦さん用のと――」
歌うようにして材料を確かめながら、幾つかの鍋に測り入れていく。
薬草を煮出した液体を漉して、砂糖と蜂蜜を加えた。長い匙でくるくると混ぜながら、重くとろみがつくまでさらに煮詰め、ぽとりと丸く落としていく。
しばらくすると、キッチンには琥珀色の小さなコインのようなものでいっぱいになった天板が並んだ。冷え固まったそれをひとつ、ぽいと口に入れる。
「ん、甘い。ミントのすっきり感もいいし、今回も上出来!」
作っていたのは、のど飴だ。カーラが特別に栽培した薬草のおかげで咽頭痛や咳止めの効果が他ののど飴に比べて高く、仕入れ商人のモーガンからも定期的に注文が入る一品である。
しかし、あくまで飴であり、薬ではない。
ヴァルネに教わった本来の作り方では最後の仕上げに魔力を注ぐ。それにより、ただの飴が魔法薬に変わるのだが、カーラはその工程を省いている。
魔法薬にしない理由は例によって例のごとくで、服用困難なものになってしまうから。今も試しに作ってみたが、ちょっと舐めてすぐに吐き出してしまった。
喉の痛みは治せても、舌がしびれるほど苦い薬なんて売れはしない。
「あーあ、なんでこう……薬でなければ失敗もしないのにな……ん?」
長い溜息を吐きながら飴をひとつずつ紙で包んでいると、カランと店のドアベルが鳴る。
もしや客かと期待しながら店頭に顔を出したら、仏頂面のセインがそこにいた。
(なんだ、セインかぁ)
客ではなかった。そのことに落胆しつつも納得していると、セインと目が合う。
「随分な挨拶だな、カーラ」
「まだなにも言ってない」
「それだけ顔に出していれば一緒だ」
言いがかりだと反論したいが、がっかりした表情を隠さなかった自覚はある。
しかし、今日セインが薬局に来た用事に心当たりはない。
「まあ、なんでもいいよ。ところでどうしたの? まさか、また盟約関連でなにかあったとか」
「そう短期間に何度も依頼があるものか」
「だよねえ」
先日の騒動を思い出したカーラが目を細めてセインを窺えば、王家と魔女の盟約の件ではないと首を横に振られた。
ならば何用と訝しむカーラの前で、セインは騎士服のマントの下からパサリと紙束をカウンターに出す。
見覚えのある帳面は、騎士団がモーガンから購入している薬の仕入れ台帳だ。
以前、単価を誤魔化して不正をしていたモーガンに対する再発防止策の一環として、カーラも毎月確認するよう決められたのだが――
「これってトビアス氏の担当でしょ。なんで今月はセインが持ってきたの?」
騎士団の備品管理はトビアスの仕事だ。それにカーラの薬局がある王都はずれのここいら一帯も、トビアスのいる第二隊の担当地域である。
第一隊の副長であるセインは、業務的にも地域的にも管轄外。なのになぜとカーラが疑問に思うのは当然のはずなのに、セインは分かりやすくムッとして眉を寄せた。
「俺が持って来たら不満なのか」
「はあ? 別に不満ってわけじゃ……単純に疑問なだけ」
(なんで急に不機嫌? わたし、なんか変なこと訊いた?)
職務へのプライドなのか、地雷がどこかにあったのか分からないが、それよりも、そんなセインに言い訳のように説明している自分自身もよく分からない。
モゴモゴと話すカーラに、セインは腕を組む。
「あいつは風邪で寝込んでいるから、代わりに来た」
「えっ、そうなんだ。いま流行っているもんねえ。酷いの?」
「熱はそうでもないが、咳がな」
「あー、咳は体力奪うからね、長引きやすいし。お城のお医者には診せた?」
「ああ」
呼吸がままならないと、ちょっとした動作でも息が上がる。日常的に剣を振ることも多いセインたち騎士にとって、たかが咳と軽く見てはいけないが、医師の診察も受けているなら大丈夫だろう。
(でもまあ、風邪で休めるようになったのはいいね)
ヴァルネの昔馴染みである、今は引退した老騎士がいた頃は病気をしても欠勤などできる環境ではなかったそうだ。
怪我や病気を拗らせて、結局退団に追い込まれる団員も少なくなかったと聞く。
騎士団の待遇が改善されていることは、薬師としても歓迎する。
そんなことを考えながら、セインに促されて帳面を捲った。今月も数え間違えるほどの個数ではない。あっという間にチェックは済み、紙束を戻す。
「騎士団でも風邪引いている人、多い?」
「まあまあいるな。業務に支障がでるほどではないが」
「セインは?」
「具合が悪かったらここに来るわけがないだろう」
一応心配してあげたのに、視線も合わさず可愛げのない返しである。
カーラの眉がぐいんと上がった。
「なるほどー。なんとかは風邪を引かないもんね」
「カーラ、それは自分のことを言っているんだな」
「本職の薬師の魔女を捕まえて失礼な」
「へえ。本職なら、風邪薬程度はラクに作れるだろうに」
「ぐっ!」
痛い所を突かれた。ぎゅっと唇を引き結んだカーラは、くるりとカウンターに背を向けて奥へ行く。
が、セインが戻された紙束を揃えているうちにすぐ戻ってきた。
「セイン、手」
「は? お、おい、なんだこれは」
胡散臭そうにしながらもカーラに言われるまま手を出すのは、貴族としての育ちの良さなのだろうか。
自分よりもだいぶ大きい手のひらに、カーラは作ったばかりの飴をドサドサと積もらせる。
「カーラさん特製のど飴。トビアス氏や咳している人にあげて」
「……」
「ただの飴を不審がらないでよ」
薄緑色の紙で包まれた飴の山のてっぺんに、赤い包み紙の飴をひとつ載せる。
「で、これはセインに。帰り道に舐めたらいいよ」
「……嫌な予感しかしないんだが」
「喉の奥の痛み、そのままにしていると今夜にでも熱が出るんだから」
「なっ……!」
(はー、図星だねー)
さらりと述べた断言にセインが目を丸くして驚く。カーラは誇らしげに胸を張った。
「なんで分かったって? わたしは薬師の魔女だから、って何度も言ってるじゃない」
いつもよりほんの少し出しにくそうな声、喉の奥に押さえ込んだ咳。襟で見えにくい首筋の僅かな腫れも、五歳の頃からヴァルネに教え込まれたカーラに隠せるわけがない。
「早く帰って寝なさい。どうせ食欲もないんでしょ、水分だけは摂るの忘れないで」
あっけにとられた表情のセインに、カーラはふふんと笑みを向ける。
「寝かしつけが必要なら、子守唄でも歌ってあげようか」
「お、お前なあ!」
「ほらほら大声出すと咳き込むよ。それと、お前って言うな。呪い歌聞かせるぞー」
「この魔女め……」
――体調が悪いセインなんて、こっちの調子が狂う。
締め日があるとはいえ納品書の確認など後日でもよかったはずなのに、相変わらず融通が利かない騎士だ。
(くそ真面目な騎士には、くそ不味い魔法薬の飴がお似合いなんだから)
舌打ちで咳をやり過ごしたセインに「早く帰れ」と重ねて告げつつ、胸元にびしりと指を突き刺して魔力を流す。
薄い防御魔法だが、騎士団の宿舎に着くまで冷たい風からほんのり守ってくれるだろう。
「元気になってからか、薬を買いにじゃないと、来たらダメだからね」
「死んでも来るか」
「死んでから来られても困るしー」
少し血色が良くなったし、もともと体力はあるから、今夜しっかり眠れば悪化することはないだろう。
「ちゃんと休んでよ」
「……言われなくても」
両手一杯に持たされた飴を持て余しぎみにポケットにしまって、どこか気まずそうに出ていくセインを見送ると、カーラも奥に戻った。
お読みいただきありがとうございます!
全編書き下ろしの書籍第2巻発売を記念してSSを投稿しました。
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2023/03/10 小鳩子鈴




