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28 また明日、路地裏の薬局で

 結局、今回も依頼は不成功に終わった。非常に遺憾で残念だが、しょんぼり気分をいつまでも引きずってはいられない。

 副業で得た報酬で溜めてしまった支払いは完済できたものの、毎日を生きるには日々の糧が必要だ。

 スコット氏が買い上げてくれたおかげで減った商品の補充のため、朝から晩まで調剤室に籠もっていると、滅多に鳴らない店のドアベルがチリンと音を立てた。


(……空耳?)


 固定客といえる卸の商人が買い入れに来店するのは、月に一度。前回からまだひと月経っていないから、まさか「普通の」客だろうか。

 そんなわけない、期待するなと予防線を張りつつ、いそいそと白衣を脱ぐ。

 

(あーでも、今あるのは消臭剤と打ち身用の軟膏が少し、あとは虫刺されの薬くらいか。明後日なら、もうちょっと増えるんだけどな!)


「いらっしゃ……は?」

 

 客の要望が在庫と一致しますように、と祈る気持ちで店に出る――と、いらっしゃいませ、と言おうとした口が途中で止まった。


「愛想悪いぞ、カーラ」

「セイン? え、なんでいるの?」

「いたら悪いか」

「あっ魔女さん、僕も! 僕もいるよー!」


 騎士服の上着を腕に掛け、籠手も付けずシャツ姿でむっすりと仁王立ちするセインの後ろから、ひょこっとトビアスが顔を出す。

 

「あ、この人。ええと……なんだっけ」

「うわあショック! 忘れられてる!」

「いや、顔はなんとなく覚えてる。……名前って、聞いた?」

「そこから! トビアスだよ、トビアス・シュミット!」

「そうだっけ」

「セイン、魔女さんがめっちゃ塩対応なんだけどー」

「いつもだ」


 いきなり騎士が二名も現れて、広くない店内に圧迫感が増す。

 急に室温が上がった感じがするが、気のせいではなく実際に二度くらい上昇しているに違いない。


「やだ、わたしの店に嵩高い男が二人もいて圧迫感」

「ご挨拶だな、いい知らせを持ってきてやったのに」

「いい知らせ?」


 セインはいろいろ盛りだくさんだった盟約の依頼の使者だった。

 カーラ的に不本意に終わったことを思えば、なにを伝えに来たとしてもあまり信用できない。

 ジト目で及び腰になるカーラに、セインは口の端を片方だけ上げ、トビアスに視線をおくる。と、どこにいたのか、中年の男をぐいっと前に引っ張り出してきた。


「コイツに見覚えがあるだろう」

「あれ、モーガン?」

「や、やあ、カーラ。あはは……」


 現れたのはカーラより少しだけ高い背の、小太りの中年男だ。

 薄くなった頭に手をやりながらへこへことお辞儀をするのは、唯一の取引相手である商人のモーガンである。

 顔見知りの突然の登場に、カーラはぱちぱちと目を瞬かせカウンターを出る。


「今日は来る日じゃないよね? 頼まれた薬、まだ出来上がってないよ」

「あ、ああ、いや、その」

「いつもの軟膏なら、少しはあるけど……」

 

 在庫が足りないと焦るカーラを遮って、セインが威圧的に腕を組む。

 

「マイケル・モーガンは不正取引の疑いで任意調査中だ」

「えっ、なにやっちゃったのモーガン。あれほど『うまい話には気をつけろ』って、わたしに言っておいて」

「カーラ。被害者はお前だ」

「は?」

「悪い、カーラ! 出来心だったんだ!」


 ぽかんと口を開けたカーラに、モーガンががばりと土下座をする。


「許してくれ、頼むこの通り!」

「やだ、それ東の国の最上級の謝りポーズのドゲザでしょ。初めて見たー」

「知ってるのか」

「ネティに聞いたことがある。されて気分のいいもんじゃないねえ、立ってよモーガン」

「あ、ああ……」


 促されて立ち上がるが、顔色は悪く頭からも冷や汗を流している。気付けの薬を飲むかと聞くと、条件反射のごとく辞退された。

 一度しか試したことがないモーガンにも自分の薬をここまで拒否され、地味に傷つく。


「で、わたしがなんだって?」

「モーガンは騎士団と契約している仕入れ業者の一人だ。こいつからは主に、()()()を買っている。具体的に言うと、傷薬や打ち身用の軟膏などだ」


 思わせぶりに低められた声に、否が応でも思い当たってしまう。

 意味もなくセインたち騎士がモーガンをこの薬局に連れてくるわけがない。

 

「……もしかして」

「そうだ、カーラ。お前の薬だ」

「えっ、モーガンってば騎士団に売ってたの? 傭兵ギルドじゃなくって?」

「いやまあ、ギルドには今でも個別にちょこっと……ひッ、す、すみません旦那!」


 うっかり呑気に答えてしまったモーガンが、セインにぐっと睨まれて、また小さくなる。

 驚くばかりで他人事のような態度のカーラに、少し苛つき気味のセインがムッとした口調で説明を始める。


「業者がどこから仕入れたとしても、届け出を行ない、品質が規定をクリアしていれば特に問題ない。しかしコイツは仕入れ先を虚偽申告し、商品代金を不正につり上げていた」

「はあ」

「セイン、説明がカタいよ」


 反応の鈍いカーラに、ずいっと前に出たトビアスが代わる。

 つまり、安値で買ったカーラの薬を、架空の薬局から仕入れたことにして高値の別料金を設定し、さらにマージンを上乗せして騎士団に売っていたのだという。

 たとえばカーラの打ち身用軟膏は、小売り価格がひと瓶で白銅貨一枚という値段だ。

 卸の場合はまとめて売るから割安にはなるが、だいたい六~七掛けになる。材料が手に入りにくいときはほぼ売価で渡すこともあり、わりと流動的な取引をしているが、小売りより高く卸すことは決してない。


「モーガンは騎士団に、この軟膏を白銅貨五枚で売っていた」

「五枚!?」

「でもよく効くからねえ、騎士団のみんなもこれでなきゃって、言い値で買ってたんだ」


 薬品は企業秘密の宝庫であるから、住所含め詳細の開示を拒む仕入れ先も多い。また、定住せずに売り歩く腕のいい薬師がいるのも確かだし、そんな薬はもっと高価だ。

 そういったことから、特に薬関係に関しては書類の監査も緩めだったのだという。

 おかげで偽装に気付けなかったと悔しそうなトビアスは、まさに騎士団の物品管理を担当しているのだそう。

 ぼったくられていた高額転売の事実に温和な顔が悪魔のようになったと聞いて、ちょっと見てみたかったと思うカーラである。

 

 店もあり調剤もしなくてはならないカーラは、客が来るのをここで待つだけだ。自分では売り歩けず、新たな販売先を見つけられない。

 販路を広げるのは、モーガンのような商人の努力のたまものである。

 だから、販売先や最終的な売値に関してはモーガンに任せきりで、ただ店と同じものと一見では分からないように、詰める瓶の形を変えてだけいた。

 だがモーガンが騎士団へ売った薬にはご丁寧にその架空の薬局のラベルを貼っていたというから、そんなことをする必要はなかったかもしれない。


「……ここでカーラに手当されて、もしやと思った」

「ああ、あの時ね」

「カーラが言った魔女の薬の特徴が、騎士団の薬にもあった」

 

 学園から戻って薬局に送られた時、セインの治療に使った薬はモーガンに卸しているのと同じものだ。

 

(そういえば、妙に気にしていたな……そういうこと)


 薬を買っていったのは、同じものかどうか確かめるのに必要だったのだろう。

 トビアスと二人で調べ、間違いないと判断してモーガンを呼び出し、ここに至ったのだという。


「本当なら即、取引停止なんだけど、もう僕たちって魔女さんの薬じゃないと満足できないんだ。実際ほかの薬だと治りが遅くて使用量は増えるし、トータルで考えても使えなくなるのは騎士団にとってものすごいデメリットなわけ」

「不正を見抜けなかったのはこちらの落ち度だから、騎士団ではモーガンに遡っての再計算と請求はしない。だが、カーラは別だ」


 セインから名指しされて首を傾げるカーラに、トビアスが噛んで含めるように言う。

 

「騎士団が直接、個人店から備品の購入はできない決まりなんだ。上部にも掛け合ってね、これまでの納品に関して公正な金額を出して、差額分をモーガンが魔女さんに支払う。その上でもし魔女さんが許してくれれば、今後もモーガンの騎士団への出入りを許すことになったんだ」

「はあ、なるほどー……ところで、騎士団がモーガンからわたしの薬を買うようになったのはいつから?」

「一年ほど前からだ」

「あー……うん、なるほど」

「うぅ、カーラ……」


 しおしおと小さくなったモーガンに、カーラはちらと視線を送る。

 一年前といえば、カーラには心当たりがある。


「モーガン、ズルしたのは値段だけ? 混ぜ物をしたりとかはしてないんだよね」

「そ、そんなことは誓ってしてない!」

「じゃあこれまでの分の差額はいらない。これからちゃんとしてくれたら、それでいいよ」

「はあ!?」


 あっさりと許したカーラに三人が目を剥く。

 喜色をあらわにするモーガンと対照的にトビアスはびっくり顔で、セインは普段の三割増しくらいの不機嫌顔だ。

 

「だって計算しなおしたら、結構な額になるよねえ」

「それはまあ」

「なるな」

 

 セインとトビアスが同意する。

 

「いいよ。まかせっきりで、最終的にどこに売ったか聞かなかったわたしにも責任あるし」

「カーラ……! 本当にすまない、つい出来心で」

「出来心じゃなくて、娘さんの治療費だったでしょ」

「!!」


 初めて聞く事情に、セインやトビアスもハッとする。

 驚愕に項垂れて、またがっくりと膝をついたモーガンを立ち上がらせるように、カーラが両手を取る。


「……知ってたのか……」

「これでも薬師だからね。紹介できるような、ほかの薬師とも医者とも付き合いがなくてごめん」


 一年前。挨拶代わりに「薬の腕は上達したか」といつものセリフを言ってカーラを揶揄うモーガンの瞳の奥に、その時だけほんの僅か切実な焦燥を感じた。

 きっと親しい誰か――たぶん、たったひとりの愛娘――になにかあったと思ったが、翌月に会ったときには大分落ち着いていたようだった。

 その時期に、それまでの傭兵ギルドから騎士団に取引先を替え、高値をつけて売るようになったのだろう。

 

「お前さんのせいじゃない。ワシが、」

「師匠の薬だったらきっと治せた。わたしが、娘さんが飲めるような薬を作れたら良かったんだよ。だから、ごめんね」

「……すまない」


 おいおいと泣き始めたモーガンの手を、ぎゅっと一度握って離す。

 今言ったことは嘘じゃない。ヴァルネから教えられた薬は色々な症状に対するものがあり、よく効く。それがあれば、法外な金がかかる医者に頼らずとも治せただろう。

 

(あんなにたくさん教えてもらったのに。わたしが、たったひとりの弟子なのに)

 

 自分の力不足が、ただ悔しい。奥歯を噛みしめて静かに息を吐く。


「治ったんでしょ?」

「ああ。今じゃあすっかり元通り、近所の子ともまた遊べるようになって」

「すごいじゃん! よかったねえ……!」


 カーラはパッと顔を明るくして、本心から嬉しそうに娘の回復を祝う。

 涙ぐみ、赤くなった鼻をこすりつつ、ひとり娘が病気になりどうしても医者にかかる金が必要で、薬の代金の水増しを始めたのだとモーガンが言う。

 回復した後も、急に値を変えたら怪しまれるだろうし、なによりも懐が潤う魅力は抗いがたく、つい不正を続けていた、とのことだ。

 

「心を入れ替えて真っ当な商いをする! だから娘は見逃してくれ、後生だ!」

「セインたちは罪に問うとは言ってないでしょう。その代わり、これから監査は厳しくなるだろうけどね」

「う……」

「ほらほら、お父さん頑張ってー」


 茶化すカーラに何度も礼を言うモーガンを、約定書と誓約書を作ると言ってトビアスが連れて出ていった。

 一緒に騎士団に帰るかと思ったセインは薬局に残り、なにか言いたげにカーラと、ガラ空きの棚が並ぶ店内を見る。


「セイン、なに?」

「……いいのか」

「いいって言ったよ」

「カーラが得ていたはずの正当な対価だぞ。どうしてモーガンを庇う?」

「師匠が信用していた人だから」

 

 偏屈で有名だったヴァルネだが調剤魔法の腕は抜きん出ていたから、取引を望む商人は多かった。

 人を見る目の厳しいヴァルネが選んだ相手でも、ほとんどの商人は内服薬が目当てだった。

 ヴァルネが亡くなると皆、外傷薬しか作れないカーラの元を去り、唯一残ったのがモーガンだ。

 

「そんな理由で、って思う?」

「……いや。だが、バカだなとは思う」

「えー、バカ正直でくそ真面目なセインに言われたくない」

「なんだと?」

 

 ギロリと瑠璃紺の瞳に光が入り、ああ、そういえば初めての時もこうして睨み合ったし言い合ったと思い出す。

 たいへんに不愉快だった初対面だが、今ではいい思い出に――


(いや、ないわ。やっぱり苦手だわ。騎士だし)

 

 甘っちょろいことを一瞬でも考えた自分に可笑しくなって、あの時と同じ薄ら笑いを口元に浮かべる。

 

「それにねえ。高い値段でも買うくらい、騎士団の人たちがわたしの薬を気に入ってくれてたっていうのが知れたから」

「……まさか、カーラの薬だとは」

「ふふっ。知らずに大嫌いな()()()()()の薬を愛用していた気分はいかが、騎士サマ?」

「お、お前なあ!」

「お前じゃなくて、カーラ。また閉め出すよ?」


 初日を思い出したのか、ちょっとだけセインが怯む。自分より大柄な騎士を焦らせたのは、とてもいい気分だ。

 

「……今日は客だ」

「えっ、まさか、なにか買ってくれるの? やだ、セインがそんなこと言うなんて。ぜったい大雨が降るって」

「うるさい!」


 不満そうなセインに笑いながら、カーラは薬を包む。

 出会いからして印象最悪、顔を合わせれば口論ばかりの二人の腐れ縁は、まだ続きそうな予感がした。




『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』をお読みいただき、ありがとうございます!

これにてひとまずの区切りとさせていただきます。もし「面白かった」と思ってくださったら、下にあります☆を★に変えて応援していただけますと幸いです!

できれば続編も……と思っておりますので、ブクマはそのままに、再開の折にはまたお越しいただけると嬉しいです。


◆お知らせ◆

なんと、こちらのお話【書籍化決定・コミカライズ企画進行中】です!


レーベルや発売時期などの詳細は後日、著者活動報告やTwitterでのお知らせになりますので、よろしければ作者フォローをしてチェックしていただけたら……!

書籍や漫画になったカーラとセインをますます楽しんでもらえるよう、私もがんばります。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


2022/7/8 小鳩子鈴

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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
【DREノベルス作品ページ】
イラスト:珠梨やすゆき先生
薬師の魔女①書影 薬師の魔女②書影  

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