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24 改めて王城へ

 怒濤の学園訪問から三日後。前の日に確認の手紙まで寄越したセインは、書いてあった時間きっかりにカーラの薬局へ現れた。


「……ただでさえ少なかったのに、一昨日より品物が減ってないか?」


 普段に輪を掛けてガラ空きになった棚に気がついたセインが、不審そうに呟く。


「ぜんぶ売れた」

「はあ? まさか!」

「なんで驚くの、失礼な」


 昨日、公爵家の使いで執事のスコットが薬局にやってきた。

 パトリシアとアベルの婚約解消の件については謁見のときまで箝口令が敷かれているらしく言及がなかったが、睡眠や食事も元通りになり、公爵夫妻だけでなく使用人一同ほっとしているとのことだった。

 安堵感満載で額の青筋もお休みなスコットは、公爵夫妻の指示で、娘が元気になった礼として謝礼金を持ってきたのだった。

 気持ちは嬉しいが、元気になったのはパトリシア自身の力だ。

 それに、今回のことは王妃の依頼である。ひとつの事案に複数から支払いを受けるのは違う気がして辞退すると、スコットはそれならと店の品をすべて浚う勢いで買っていったのだ。

 

 おそるおそる総額を告げるとスコットは拍子抜けした顔をして、すんなり支払われてしまった。店の全部といっても在庫は多くないし、公爵家で使っているものに比べてずっと単価も安かったのだろう。


(あの財布、支払った後もたいして軽くなっていなさそうだったよね…… いくら入ってたんだろう。公爵家の財力こわっ!)


 ハンドクリームやハーブを練り込んだ石けんなどは、公爵家の使用人の皆にも使ってもらえたらいいと思う。


(おかげで売り物がないー! 石けんは寝かさなきゃないから、しばらく在庫なしが続くかなあ。あれだけはなんでか、魔法で乾燥させるより自然に出来上がるのを待つほうが具合がいいんだよね)


 昨夜、スコットが帰ってから慌てて用意した消臭剤が、今ある唯一の売り物だ。

 今日は王妃に謁見しつつ、判明した事実や判決を聞くだけである。カーラが受けた依頼が成功したかどうかもその時に分かるが、薬局がこんな状況なら城になんか行かず一日中調剤室にこもって薬を作っていたい。

 とはいえ、「やっぱり行かない」なんて言ったら、またこの馬鹿みたいに真面目な騎士とモメるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「行くぞ」

「分かってるって。偉そうなんだから」


 カウンターを出ながら、籠に入った消臭剤が目に留まる。


(……そういえば、騎士団の事務室で怪我の手当てをしてくれた女性騎士さんにお礼を言ってなかったな)


 まだ半分くらい寝ぼけていたとはいえ、名前も聞いていない不義理を今頃思い出す。

 魔女に偏見がないようで、煤や土埃の汚れも落としてくれたのに。


「……騎士団の人のお土産に持って行こうかな」

「まだ寝ぼけてんのか? この薬局に無料で配る余裕なんてないだろう。売れ」

「っ、もー! 余計なお世話!」


 消臭剤、色気はないが実用的であろうと思ったのに、別方向からの茶々が入る。

 ぷんとむくれながら用意された馬車に乗ると、まっすぐ王城へ向かった。

 


 

 到着し、案内されたのは、前に行った藍の宮殿ではなく本宮だ。

 内々にカーラが事情を調べて円満に婚約を解消する予定だったが、王妃個人で扱うには事件と関係者の規模が大きくなりすぎたためだ。

 しかも本日の謁見には国王陛下もお出ましになるとセインが口を滑らし、聞いてないと馬車の中で一悶着あったばかりである。


(はーー、広いなあ。当然だけど、こっちはますますご立派ですこと!)


 藍の宮殿は青と白で埋められた静謐な空間だったが、こちらは赤と金で分かりやすく豪華である。

 近衛騎士の真白い制服が映えることこの上なく、カーラの薬局にいるよりもセインが三割り増しくらい美形に見える。たいへん不本意だが、すれ違う侍女がことごとく振り返るので、客観的事実だろう。


(それにしても、どこ見ても眩いわー)


 美術品は専門外だが、たぶんそこにある金の燭台ひとつで、薬局が丸ごと買えるのではないだろうか。

 見慣れぬ絢爛さにクラクラしつつ絨毯が敷かれた大階段を上がり、煌びやかなロングギャラリーを抜け、溜息が出るサルーンを素通りして窓の外に礼拝堂を眺めながら、謁見の間控え室に入る。

 そこにはすでに、ヘミングス公爵家の一行と王太子のアベルがいた。

 後ろで扉が閉まるなり、立ち上がって迎えたパトリシアがカーラに駆け寄る。


「カーラ!」

「パトリシア様、お元気になったようでなによりです。奥様たちも」


 嬉しげにカーラの両手を取るパトリシアは、最初に会った日よりも、別れたあの事件の日よりもずっと顔色がよく、目にも生気が溢れている。

 着実に健やかさを取り戻しつつあるパトリシアの姿に、スコット氏と同じ心持ちでほっとした。

 だが再会を喜ぶ菫色の瞳が、カーラの顔から少しずれたところで止まり、申し訳なさそうに眉が下がる。


「カーラ、髪が……なんてこと」

「ああ、中途半端だったんで、合わせて反対側も切っちゃいました」


 不揃いになった耳の横の髪は昨日、あのペンダント型魔道具の回収に来たネティに問答無用で整えられた。

 ロングヘアがショートになったような大きな違いはなく、毎日会っているのでなければ見過ごす程度の変化だ。


「セインがなにも言わないから、変わらないと思ったんですけど。パトリシア様は気付かれるんですねえ。さすがです」

「そんな、セイン! レディがこれほど髪を切ったのに無視だなんて」

「どうって、どこが……いえ、なんでもありません。失礼しました」

「私じゃなくてカーラに言うのですわ!」


 怒るパトリシアにセインは気まずそうにしているが、本当に気付いていなかったのだと思う。

 いちいち服装や髪型に言及されてもどんな顔をしたらいいか困るので、カーラとしては放置バンザイである。しばらくすれば伸びる髪のことなど、そのまま忘れてくれていい。

 なにか言いたげに近寄ってきたアベルにも向かって、カーラはサラリと言う。


「パトリシア様、アベル殿下。問題ありません。もともと、染色薬の試しに使うために適当に切ったりしますし」

「ええっ、カーラ、なんてことを!?」

「自分の髪で試すのか。薬師とは逞しいな……」

 

 カーラの返事にパトリシアは残念な子を見るような顔になり、アベルには感心されてしまった。

 貴族令嬢にとっては身体の大事な一部かもしれないが、カーラにとって髪の毛は数ある材料のひとつという程度の認識だ。

 パトリシアとアベルの二人はガゼボでのことでカーラに対して罪悪感もあるようだが、そんなものはきれいさっぱり流してほしい。事実、カーラはリリスの見事な魔術が見られて得したと思っているくらいなのだ。


「支度ができました。皆様、謁見の間へお越しください」


 侍従が呼びに来て、皆で向かう。

 先頭を歩くのはアベルとパトリシアだ。当初の目的はこの二人の婚約解消のためだったはずだが、親しげに寄り添いつつ進む背中からは別の結末が予想できて、カーラは渋い顔になる。


(……ま、まだ希望は捨てないんだから!)


 婚約解消のお膳立ては整っていた。事情を確認して、アベルを連れ出せばよかった。それ自体は、こなせたはずだ。

 嬉しくない知らせを聞くことになりそうな予感はヒシヒシと感じているが、魔女として最後まで希望を持って抗いたい。

 

(この依頼も失敗だったら、何連続不成功になるのかな……やだー、数えたくない!)


 ちゃんと婚約を解消しますように、と念を送っていると、パトリシアの母であるマリー夫人が隣に来て小声で話しかけてきた。


「……魔女様にはなんと御礼を申し上げればいいか」

「え? いいえー、わたしは依頼を受けて動いただけですので。お気になさらず」

「でも魔女様は、公爵家からの謝礼を受け取ってくださらなかったですわ。スコットががっかりして戻って参りましたのよ」

「代わりにたくさんお買い上げいただきました。充分です」


 構わないと直接告げても申し訳なさそうにしているマリーの顔をみて、カーラははたと閃いた。

 

「あっ、じゃあ公爵夫人……いえ、マリー様にお願いが」

「なにかしら。わたくしができることなら、なんでも」

「面倒だと思われたら断わってくださって結構です。昨日お求めいただいた石けんや消臭剤なんかの、お使いになった率直な感想を聞かせていただけたら、と」

「あら、そんなこと! もちろん喜んで。使用人たちにも持たせましたので、皆から意見を集めておきますわね」

「助かります。あと、もうひとつあるんですけど……」


 後ろのセインをちらっと確認して、カーラはマリーの耳元で何事か囁く。

 菫色の瞳を僅かに見開いた公爵夫人は、カーラの話を聞き終わると(パトリシア)と同じように指の背を唇に当ててゆっくりと美しい笑みを浮かべる。


「実は、同じ事をわたくしから魔女様に提案しようと思っていましたの」

「そうでしたか。じゃあ、お返事は諾ということで」

「ええ。もちろん」


 しっかりと視線を合わせて頷き合ったちょうどそのとき、謁見の間に到着した。


お読みいただきありがとうございます!

本日より完結まで、連日更新いたします。最終話の投稿は7月8日(金)です。最後まで楽しんでもらえますように……!

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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
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