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23 ようやくの帰宅

 本来、魔術関連の事件は魔術団が中心となって調査に当たる。しかし被疑者のリリスが魔術団の関係者であるため、今回の捜査指揮権は騎士団が持つのだという。


「リリスが身につけていた魔道具は『増幅器』に近いと、さっきカーラは言っていた。寝ぼけていてそれ以上詳しくは聞けなかったが、どういう意味だ?」

「そんなこと言った? んーとねえ……ブレスレットには魔法石と魔法陣がついていたでしょう。あ、石や魔法陣はもう調べた?」

「いや、今からだ」


 捜査は騎士団でも、さすがに魔道具の解析だけは専門家がいる魔術団に頼むことになる。だが今回は、その際にも騎士団員と王宮文官の立ち会いをつけることにしたため、人員や日時を調整中ということだ。


「じゃあ結果が出たらそっちも見て。で、あの魔法陣を描いたヤツは殴りたいくらいサイテーで、魔法石との組み合わせがこれまた陰険だとわたしは思ってる」

「カーラ、具体的に」


 カーラの説明にセインが眉を寄せ、文字起こしが終わったトビアスも興味深そうにペンを置いて顔を上げる。

 

「ブレスレットに嵌まっていた魔法石には、感覚を研ぎ澄ませるっていうか、喜怒哀楽に敏感になるような効果が付与されていた。そういうのは、芸術家や音楽家なんかに人気があるんだけど」

「あーうん、それは分かるなあ。感受性が豊かになりそうだよね」

「そう、感情を膨らませてくれる。無いものを生じさせるんじゃなくて、もともとある小さいものを大きくする。だから増幅器って言ったんだと思う」


 うんうんと頷くトビアスと、続けろというセインの視線を受けて、カーラはリリスのブレスレットを思い出しつつ話す。

 魔法石は動力としても使われる。あのブレスレットでも、添えられた魔法陣が常時展開し続けるための力としても働いていたはずだ。それもまたえげつない。


「魔法陣のほうが問題でねー。魔法石で敏感になった感情の中から負の部分だけを取り出して、記憶に定着させる、っていう下衆な文言がこっそり入っていた」

「負の部分?」

「そう。なんかちょっと不愉快っていうか、そういう気持ち。なにも特別なことではなくて、誰かを羨ましいと思ったり、自分だけ損しているような気がしたりっていうこと、あるでしょ? みんなと同じことをしていたのに自分だけ注意されたとか、シチューの具が少ないとか」

「それ、昨日の僕だよ! 絶対に僕の肉だけ小さかったって!」

「ねー。あとはほら、急に雨降ってきて濡れたとか、深爪して痛いとか、二日酔いでダルいとか」

「あるある! っていうか魔女さん、なんで僕の最近の不幸を知ってるの?」


 適当に言ったあれこれに心当たりが複数あったようで、トビアスが立ち上がる勢いで同意してくる。

 

「未成年の学生に二日酔いはないと思うぞ」

「ものの例えでしょ。セインってば、もー」


 一部クレームがついたが、すぐに具体例を上げられるくらい日常的に抱く感情だ。誰にだって、何度でもある。

 

「そういう地味に嫌なことが、あの魔法石の効果ですごく深刻に感じちゃって、しかも魔法陣のせいで何度も生々しく思い出したり気になったりする。それこそ、寝ても覚めても」

「それは精神を操作していたということか?」

「そこまで強制するものではないけど、確実に気は滅入るね。楽しかったことは脇に置かれて、嫌なことばっかり強烈に感じるんだもん。ひたすらネガティブだよ」


 他人の心を操る魔術は禁じられている。しかし、自分の感情を自覚するよう促す魔術までは規制されていない。スランプから脱出したい芸術家だけでなく、病気や事故によって記憶が混乱したり感覚に障害を負った患者など、幅広く需要がある。

 しかし、良かったことを再確認するのではなく、悪いことだけを無意識下でも反芻させ続けるなんてあまりに悪趣味だとカーラは口を尖らせる。


「でさ、リリスって地方出の特待生でしょ。ここからはわたしの勝手な予想だけど、苦労して貧乏な田舎から出てきたら王都は無駄にキラッキラしてるし、自分より勉強も魔術もできない同級生が学園にはゴロゴロいて、なのにそんな彼らは()()の生まれなんだよね。無能な奴らが自分よりずっと良い暮らしをして、家族も近くにいて呑気に笑ってるムカつく現実を、毎日見せつけられてるってわけ」

「そうとは限らないだろう」

「うん。その子の家庭は崩壊してるかもしれないし、豪邸は借金で差し押さえ中かもしれないし、ご立派な婚約者とは相性最悪かもしれない。でも、そんなの関係ない。そもそも貴族は、びっくりするほどナチュラルに平民を見下すから、毎日ちょっとずつ傷ついたと思うよ」


 生まれや育ちは自分の力では変えられないし、どんなに優秀でも劣等感と無縁ではいられない。

 故郷や家族と離れる寂しさや、新天地での疎外感だってある。事実、王都にも貴族にも知己のない優秀な特待生であるリリスは、学生たちから距離を置かれていたと聞く。

 

(アベルやセインの前でと、同性(わたし)に対しての態度豹変具合からすると、孤立したのはリリス本人の性格のせいが大きいかもしれないけど)

 

 孤独ゆえに先鋭化することもあるだろう。

 ひとつひとつは小さな棘でも、繰り返し何度も刺され続けたら心がささくれ立って仕方ない。

 不安や不満といった負の感情は視野を狭くし、攻撃性に転化しやすい。

 自己肯定感まで覆い尽くされたら、あとはもう、心を呑まれるだけだ。


 そんなとき、自分を特別扱いしてくれる輝かしい存在がいたら。

 家族を人質に取られて脅されたら。


「悪い方へ転がってるって分かっても、自分では止められないこともあるんじゃないかなあ」

「……まあな」


 カーラにも覚えがある。どう頑張っても上達しない魔法に、魔女である自分の存在意義まで疑った。

 確かに適性はあるかもしれないが、使えないのなら意味がない。

 自棄になりそうなカーラを救ってくれたのは、ヴァルネやネティだ。寄り添い導き、笑い飛ばしてくれる人がリリスも故郷にならいたかもしれない。

 けれど、この王都で彼女はひとりだった。


(話せる相手が近くにいたらよかったよね)


 火に巻かれたガゼボでカーラに頭を撫でられて、リリスの目に浮かんだのは痛々しいほどの安堵だった。

 暴走する心を誰かに止めてほしかったに違いない。


「リリスが伯爵からどう脅されたかは分かんないけど。ひとつ確実に言えるのは、あの魔法陣を思いついた奴はぜーったい性格悪い。きっとそいつ自身がコンプレックスの塊だよ」

「……魔道具の解析が済むまで、それに関してはコメントしないでおく」


 セインが渋い顔で言葉を濁したところを見ると、ブレスレットの作成者も目星が付いているのだろう。

 いくら認識障害の魔術がかかっていたとしても、魔術団員が近くにいてあの魔道具を見過ごすはずがない。ダレイニー伯爵と魔術団との間になんらかのパイプがあると考えるのが自然だ。


(魔術団員も噛んでるとすると、けっこう闇深いねー。やだやだ、権力こっわ!)


 はからずも関わってしまったが、早いところ終わらせて自分は退場したい。カーラは内心で溜め息を吐く。


「ダレイニー伯爵からリリスに接触があったのは、魔術団に出入りして、殿下と話すようになってからだそうだ。使えると思われたんだろう」

「資金援助の申し出もしないで放っておいたくせに? 自分にばっかり都合よすぎじゃないの。やな領主ー」

「そこは同意する。カーラ、王妃陛下は三日後に謁見の機会を設けると仰せだ。迎えに行くから、逃げずに自分の店で待っていろ」

「それで今回の件は終わりだよね?」


 じろりと睨むように確認すると、セインは考えるように顎に手を当てて視線を逸らした。

 

「……そのはずだ」

「そこは全面的に受け合ってよ」

「知らんもんは知らん。俺だっていつまでも魔女のお守りなんてごめんだ」

「はあ? 偉そうに」

「あははっ! 君たち仲良いねえ」

「「よくない!」」


 揃った声にまた笑われて、カーラはようやく帰途へついた。

 薬局のある区域は路地裏にしては治安はいいが、歩く人も少なく寂れている。

 馬車でまた眠ってしまったカーラはセインに揺り起こされて、見慣れた通りで降りた。

 薬局の鍵を開ければ、馴染みのある薬の匂いにホッとする。明かりを点けると、出たときと変わらない姿で迎えられた。


「ただいま我が家ー! あーでも、締め切ってたから空気がこもってるなあ」

「窓、開けるか?」

「上のほう開けてもらえると助かる。そしたら、そこに座って」

「?」


 通りに面した窓の上部分を開けてカウンターの椅子に掛けたセインのところに、奥の調剤室に引っ込んだカーラが戻る。手には薬瓶や包帯が入ったカゴを持っていた。


「脱いで」

「は?」

「肩の傷、そのままでしょ」


 学園でアベルの剣からカーラたちを守って負った怪我は、手当てをした形跡がなかった。血は止まったからといって、放置していいはずがない。


「いや、これはもう」

「肩だけじゃなくて、肘も」

「……なんで分かった」

「わたしの本業、忘れてる? 魔女の薬が信用ならないなら後で取ればいいし、とにかく手当てさせなさい。ここはわたしの店なんだから、わたしの言うことを聞く!」


 自分の薬局に足を踏み入れた怪我人を未治療のまま帰すなど、薬師の魔女としてのプライドに関わる。

 それでも渋るセインを、カーラは顎を上げて見おろす。


「近衛第一隊副長は、実はケガの手当が怖いんだってーって言いふらすよ。やーい弱虫ー」

「はあ? ふっざけんな、お前」

「お前じゃない、カーラ」

「……チッ」


 眉を寄せていたセインは、カーラが引かないとみて渋々シャツを脱ぎ始める。

 王妃へ報告に行くにあたり破れた服を取り急ぎ着替えたようだが、肩には切創が、肘には打ち身の跡が色濃くあった。アベルはあの一瞬に二打以上の攻撃をしていたという事実に感心する。


「殿下、剣の腕がいいって本当だったんだねえ」

「信じていなかったのか」

「やっぱり聞くだけじゃね。頭脳派のイメージのほうが強いし」


 ガゼボの中という限られたスペース、しかもカーラとパトリシアがいるせいで、セインは充分な迎撃ができなかったはず。速く、迷いのないアベルの攻撃をこの程度の負傷で防げたのは、かなりのものだろう。

 適当に拭かれただけの患部を改めて清め、それぞれに薬を塗る。腕に軟膏を塗ると、セインが妙な顔をした。


「痛い?」

「いや……カーラ、その軟膏は自分で作っているのか?」

「当然。配合は師匠から引き継いだ完全オリジナル……っていっても、使っている材料そのものは、どこの薬師も似ていると思うけどね」


 ヴァルネ直伝の作り方はほかの薬師に比べると古風だから、そういった意味では珍しいかもしれない。


「師匠の軟膏はこの香りが特徴かなあ。あと、ランプかロウソクの光で見るとキラキラしているのは、魔女の薬の証なんだ」


 薄荷のすっきりとした香りの中に、ほんのりと桂皮の甘さがする軟膏は、雲母のような結晶がきらめく。魔法で攪拌した副産物だ。

 研究のためにほかの薬師の薬を試したこともあるが、効果はヴァルネの薬が一番だと自信がある。調剤ノートはカーラの宝物だ。絶対に手放したりしないし、作り方も変えないと決めている。


(まあ、薬はよくても、売れなきゃしょうがないんだよね)

 

 王都の再開発による建築ラッシュも一段落して、作業員のケガや喧嘩も滅多にない。馬車がひっきりなしでちょいちょい事故のある大通りから怪我人を担ぎ込むにはこの店は遠く、かといって傭兵たちが闊歩する辺境でもない。

 外傷用の薬の需要がないのは平和の証拠だから文句を言うのは憚られるが、自信のある商品が売れないのは非常に残念である。


(今月の売り上げも、店のほうはサッパリだったなぁ、もう!)


 副業でどうにか綱渡りをしている状況に満足なんてしていない。

 内服薬をまた作ってみようかと考えて、治験には金輪際協力しないと断言したネティの全力で嫌そうな顔が浮かぶ。溜め息を吐きつつ包帯を巻き終わると、もの言いたげなセインと目が合った。


「なに?」

「カーラ、この軟膏の値段は?」

「ひと瓶で白銅貨一枚。小さい瓶なら銅貨六枚」

「な……っ? い、いや。商人に卸していたりは」

「ひとりだけね」


 ヴァルネが亡くなった後、取引をしていた商人のほとんどがこの店から手を引いた。

 変わらず付き合いがあるのはひとりだけで、彼からの支払いがこの薬局ほぼすべての収入源だ。


「なんで?」

「……なんでもない。ひとつ貰っていく」

「えっ、まさかのお買い上げ? どういう風の吹き回し?」

「うるさい、さっさと渡せ」

「うっそー、信じらんない。やだ、明日ぜったい嵐だよ……あ、後で返品とか受け付けないんだからね!」

「いいから」


 ビシリと指を突きつけるが、セインが気を変えるつもりはなさそうだ。

 いぶかしく思いながら打ち身用の軟膏を包むと、セインも妙な顔で受け取った。


(……変なの。ま、いいか!)


 後味が悪いような、久しぶりの売り上げが嬉しいような。

 複雑な気持ちではあったが、それより今は毛布がカーラを呼んでいる。考え事をしながら出ていくセインを見送ると、明かりを消して二階へ上がった。


 

 

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