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2 どう見ても相性最悪

(貧相……貧相って言った!? 人の大事な店に、なにコイツ! しかも舌打ちまで!) 


 この店は確かに古い。カーラの師匠ヴァルネの、そのまた師匠が開いた店だと聞いている。

 それがおおよそ七十年前のことで、什器の多くは当時のままだ。

 王都の再整備にも取り残された区画で外観はパッとしないし、事実、店内も殺風景。壁を飾る絵の一枚もなく、シンプルを極めた内装は薬品を扱う店として実用を重視した結果である。

 だが床や天井、店頭カウンターに至るまで建材は特注だし、閑古鳥が鳴こうと掃除は欠かさず、奥の製薬部屋も店内もチリひとつない清潔さを保っている。


(無駄な飾りと豪華さがほしいなら、雑貨屋か飲み屋にでも行けばいいのに!)


 カーラは孤児だ。

 両親と兄と姉、そしてカーラの五人で暮らしていた郊外の家が、四歳のころ火事になった。

 ただ一人生き残ったカーラを、縁あってヴァルネが引き取ったのだ。


 幼かったカーラは、薬局(ここ)に来る以前の生活をほとんど覚えていない。

 祖母ほどに年の離れたヴァルネは厳格な師であり、性格は偏屈だった。しかしカーラにとって彼女は心から慕った養親であり、この薬局は一階の店舗と二階の居住部分すべて含めて愛する我が家である。


(それをよくも……騎士だからって、なんっっって失礼!)


 王族の近くに配される近衛騎士は、剣の腕に加えて高貴な身分が必須だ。それと恵まれた容姿も。

 裕福な家に生まれて不自由なく育った者に、この店はたしかに貧相に見えるだろう。

 でも、それをなんの躊躇いもなく口にする心根のほうがよほど貧しい。

 

 カーラの反抗心溢れる低音の返事は届かなかったようだ。

 騎士は狭い店内をもう一度ぐるりと見回すと、ブーツについた金具を鳴らして足を止め、改めてカーラに向き合う。


「店番しかいないのか。おい、店主の魔女は留守か?」

「なんの薬をお求めでしょう?」


 しかも、カーラを単なる留守番だと思っている。

 魔女の条件は「魔法が使えるかどうか」それだけであり、容姿も年齢も関係ない。なのにどうしてか、魔女と言えば妖艶な美女か、腰の曲がった老女だと思い込んでいる人が多い。

 年若く平凡な顔立ちで黒いローブも着ないカーラは、けっこうな確率で店番の一般人だと思われる。

 実際、魔女としての能力は低いのがまたつらい。


 自分こそがお探しの魔女だと誤解を正してやる気はないし、礼には礼で、横柄には横柄で返すのが魔女の流儀だ。

 カウンターの中で椅子から立ち上がりもせず投げやりに訊けば、騎士は整った顔に分かりやすく苛立ちを浮かべ、また舌打ちをした。


(はー、なにコイツ。騎士って普通、外面を取り繕うもんじゃない?)


 悪感情を隠す必要も無いと思っているのは、騎士だからか、男だからか。

 この店の中で自分の優位を信じて疑わない態度が、魔女を、ヴァルネをバカにされたようでまたカーラの癪に障る。


「……お前ではなく、魔女に用がある」

「薬を買いにいらしたのでは?」

「はっ、そんなもの。胡散臭い魔女が作った薬など信用できるか」

「でしたら、お役に立てることはございませんね。お引き取りください」

「なんだと?」


 肩をすくめて扉を示すと、騎士は革の籠手を嵌めた片腕を乱暴にカウンターに付いた。

 これ見よがしな恫喝にカーラは眉を寄せる。


(あー、やだやだ。自分から仕掛けてきたくせに、ちょっと言い返されたからって。大人げなーい)


 騎士の青年は、二十歳のカーラより年上だろう。三十まではいってなさそうだが、他人の年齢など気にしたことがないので分からない。

 黒髪の下で冷たい怒りに燃えた瑠璃紺色の瞳が、まるで親の敵でも見るかのように座るカーラを睨み下ろしている。

 女性なら誰もが見惚れるような美形だが、こんな表情では台無しだ。


「脅しですか」

「なに?」


(騎士に楯突いたなんて、ネティに知られたらお小言だろうなあ)


 魔女友の呆れ顔が頭の片隅を掠めたが、この店や魔女を見下されるのは我慢がならない。

 自分の浅緑の瞳と騎士のそれをまっすぐ合わせると、カーラは魔法薬で染まった爪を見せつけるように人差し指を立てて、あえてにっこりと微笑んだ。


「丸腰の小娘を、帯剣の屈強な男性が、脅すなんて。ふふっ、さすが民の規範となるべき近衛騎士様はご立派ですね」

「……貴様」

「『王家を守る剣であり、王国を守る盾である』騎士は清廉と友愛が矜持、と憲章にもありますのに。まあ、お題目の有名無実は今に始まったことではないですけれど」


 負けずにいやみったらしく区切りながら言えば、カウンターの上についた騎士の手が握りこぶしを作り、小刻みに震える。

 客が来なさすぎて、暇に飽かせて読んだ本に書いてあった騎士憲章を述べ立てたのが効いたらしい。雑学バンザイだ。


 騎士の中でも近衛は王家の直轄であり、特に規律と礼儀を重んじられ、非番時の行動にすら規範を求められるという。

 制服での不祥事が判明すれば、叱責程度では済まないはずだ。

 

(まあ、その前に揉み消されるのがオチだけど)

 

 平民、しかも魔女相手のトラブルなんて無視されるに決まっている。処罰なんて期待していない。

 それよりも、激昂して殴りかかるか暴言を吐くかされれば、それを口実に強制的に店を追い出せる。

 そんなカーラの期待に反して、騎士はそれ以上の行動を起こそうとしない。


(ふうん、一応自制するんだ)


 騎士という職に対する自負が、一応はあるのだろうか。

 可愛さのかけらもない小娘に煮え返っているだろう腸を、綺麗な顔と制服に隠しているだなんて――


「……やっぱり騎士は嫌い」

「なんだって?」

「いいえー。お帰りはあちらです」


 もう一度扉を指して、積んであった本を取る。これ見よがしに読み始めたのは、これ以上話すことはないという意思表示だ。

 騎士は不満を露わにしてカーラを睨みつけていたが、しばらくすると大きなため息を吐き、懐から取り出したなにかをカウンターに置いた。

 ちらりと上げた視線の先に、真白い立派な封筒が映る。


「そちらは?」

「……王妃より、薬師の魔女カーラへの下命だ。店番のお前でも知っているだろうが、王家と魔女の間で交わされている盟約だ、断わることは許されない。書状を確認次第、店主には王城へ来てもらう」

「ああ、なんだ。お城のお使いだったの」


 騎士の言葉に、カーラは手にしていた本をパタンと閉じた。

 この国で魔術や魔法の行使は許可制だ。

 魔術は学習により習得可能なため学校があり、国が魔術師の存在や能力を把握している。

 だが、魔法は本人の素質に依存する。

 血筋なども関係がないため、ある日突然魔法が使えて自分が魔女だと気付く、ということも珍しくない。


 そのため、魔法という人知を超える力を持つ魔女の存在を、国は把握できない。

 だが、管理しようと魔女狩りが行なわれ、大変なことになった苦い歴史もある。

 そこで現在では魔女と国はつかず離れずの関係――魔女であると申告をし、相互不可侵の盟約を結ぶことにより魔法を行使できる――が取られていた。


 カーラも例外ではなく、届けを出している。

 そして盟約につけられたオプション約定は、ほかの魔女と同じく「三度まで、王家の依頼を受ける」だ。

 騎士はその盟約の依頼を運んできた使者だったのだ。



お読みいただきありがとうございます!

しばらくは毎日投稿します。本作の更新は20時です。


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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
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