16 学園へ
馬車が公爵家の門を出るとすぐ、正面に座るセインから顔を背けてカーラは盛大に溜息を吐いた。
(あー、やっぱり苦手だぁ)
盟約だから、今だけだから……と我慢をしているが、馬車の中という閉鎖空間で目の前に純白の騎士服が陣取っているのがどうにも落ち着かない。
「はあぁー……何回見ても、騎士がいる……」
「悪かったな」
「謝罪に誠意が感じられない」
「誠意なんてあるわけないだろう」
「あの、カーラ? それにセインも」
不機嫌を隠さないカーラの顔を、隣に座るパトリシアが心配そうに覗き込む。
「あ、いーえ。パトリシア様はお気になさらず」
「気にするわよ」
「ちょっと騎士が苦手なだけです」
「騎士服が、だろう」
「同じことでしょ。あ、大丈夫ですよ、パトリシア様。セインも魔女が苦手なので、おあいこです。問題ない」
「そういうものなの?」
苦手同士だからいいのだと、よく分からないことをカーラは言う。
そんなカーラと、やや気まずそうにしながらも決して否定しないセインをパトリシアは首を傾げなから交互に見比べた。
「今さら『行くのが面倒になった』とかは言うなよ」
「言わないってば、どれだけ魔女に信用がないのよ。セインが嵩高いから圧迫感がしんどいだけ」
「お互い様だ。なにが楽しくて、こうも毎日魔女と顔を合わせなきゃならん」
「はん、騎士のくせによく言うわ」
「えっと、あの、二人とも?」
大丈夫だと請け合う一方で、引き続き睨み合うカーラとセインにパトリシアが目を丸くする。
この二人は昨日も多少言い合っていたのだが、自分のことで一杯いっぱいだったため気が付かなかった。
聞いていると、ぽんぽんと飛び交う言葉はそこそこ物騒だが、貴族の社交に比べると害意は感じられない。
最初は面食らったパトリシアが、本当に「大丈夫」かもしれないと思い直すのはすぐだった。
くすくすと響く軽い笑い声に、二人の応酬が止まる。
「ふふっ、業務以外でこんなに長く会話が続いているセインを初めて見ましたわ」
「あら、この騎士サマにそんな殊勝な外面が」
「だってセインって、お城の侍女に言い寄られても顔色ひとつ変えたことがなかったのよ。カーラと話していると別人のようだわ」
「ええー、いらない特別扱い」
「うるさい、カーラ。……お耳汚し失礼しました、パトリシア様」
寡黙な護衛騎士として有名なセインである。堅気すぎる騎士の意外な一面を見られたと喜ぶパトリシアに、セインは気まずそうに咳払いをして口を噤んだ。が、顎を上げ半眼にした菫色の瞳で見おろしてくるカーラからは目を逸らさない。
まるで野生動物が牽制し合っているようだと、パトリシアは口には出さずに思った。
「……学園に着いたら、ちゃんと『パトリシア様』になるので。ご心配なく」
「今日の予定に支障がない限りはそのままでも構わなくてよ。ところで、二人は前からの知り合いなの?」
「まさか! この盟約の件がなければ、一生話すこともなかったはずです」
「本当?」
「「本当です!」」
「……仲良さそうに見えるのだけど」
気の置けない雰囲気から旧知の間柄だろうと思ったパトリシアだが、カーラとセインに揃って否定されて腑に落ちない顔をした。
少しの沈黙のあと、カーラがぼそっと口を尖らせる。
「騎士なんて絶対、御免被ります」
「カーラ……?」
「それはそうと、ちょっと寄ってほしい店があるんですけど」
隣にいてさえ聞き漏らしそうなほど小さな声は、それまでのカーラからは思いも寄らない重苦しい色を帯びていた。
だが、パトリシアがなにか聞くまえに、カーラはぱっと顔を上げてあからさまに話題を変える。
「はあ、店? なんのために」
「なにってセイン。魔道具が必要だから」
立ち寄りたいのは、魔女の道具店だ。カーラの友人がやっている店で学園への道すがらにあり、時間的にロスはない。
それならば、とパトリシアからも許可が下り、カーラが伝令の魔法を飛ばす。
やがて到着した店の前には、カーラと同じ歳くらいの赤髪の女性が、いかにも魔女っぽい黒いローブを着て立っていた。
道具店の店主、カーラの友人ネティだ。
馬車から降りないまま扉脇の小窓を開けると、ネティはまっすぐにカーラに向かって包みを差し入れてくる。
「おー、上手に化けたじゃん。はい、カーラ。頼まれたやつ」
「ありがと、ネティ。でも化けたはないでしょ」
「いっぱしのご令嬢に見える、って褒めてあげたのにぃ」
拗ねた返事をするカーラに、ネティと呼ばれた魔女は眼鏡をクイッと押し上げ、緑色の瞳を楽しそうにきらめかせた。
「「バレた……!?」」
一方、カーラの変身魔法が一目で見破られて、セインとパトリシア(本物)はぎょっとする。
「ん? ああ、大丈夫。ネティは眼鏡でズルしてるだけ」
「眼鏡?」
「どうも! ワタクシ、『匠の魔女』ですので」
してやったりと楽しげに胸を張るネティは魔道具製作を得意としており、彼女が掛けている眼鏡はその集大成のひとつ。
さまざまな機能がついており、魔力や魔法を読み取ることも可能なのだそうだ。
種明かしを聞いてぱっと目を光らせたセインだが、この眼鏡は魔女でないと使えない。一般人には無理だと言われて、残念そうな顔をする。
(騎士団の業務に使える! とか思ったのかな。分っかりやすーい)
「じゃあね、ネティ」
「いってらっしゃい。請求書は薬局に送っとくね」
「わ、わかったぁ」
ネティは無料働きはしないが信条だ。もちろん、それは友人や恩人に対しても徹底している。
今回のパトリシアとアベルの件で、王妃からは報酬を提示されている。支度金が入った小袋をセインはカーラに渡したがったが、まだ預けたままだ。
依頼が完了していないのに支払いを受けるのは、なんとなくしっくりこないからだ。
(ようし! なにがなんでも今日中に終わらせて、夕方にはすっきり全額、報酬を貰ってやる!)
「あ、支払い遅れたら遅延金付けるから」
「相変わらず容赦ない!」
カーラは渋い顔で、対するネティはいい笑顔で手を振り合い別れると、また馬車は動き始める。
気になる視線を寄越すセインとパトリシアに、記録用の魔道具を借りたのだと言って、包みを開けてみせた。
「この魔道具を使うと、音声と映像が記録できます。ただ今回は、記録していることを殿下たちに知られないように服の下に隠しちゃいますから、撮れるのは声だけですね」
言いながら、カーラが持ち上げたのはペンダントだ。
親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさの丸く平たい白石が、少し長めのチェーンに通されている。
「これで記録ができるの? 綺麗ね……月長石みたい。魔道具ではなくて、アクセサリーにしか見えないわ。これをさっきの方が?」
「はい、ネティが作りました」
「小さいな……」
道具らしからぬ美しさにパトリシアは感嘆しているが、セインは記録用魔道具としてありえないサイズに目を丸くしている。
魔女は好きではないが、だからといって作った物までは否定しないらしい。
音声や画像を記録する魔道具は騎士団でも使う。しかし通常のそれは箱形であり、両手で抱えるくらいの大きさと重量があるのが普通だ。
「さっきの眼鏡といっしょで、魔女専用。だから小さいの」
「なるほど……?」
カーラに送られた手紙に掛けられた封印魔術のように、完成された魔術は補助具を必要としない。
しかし記録用の魔術はまだそこまで成熟していないから、装置が必要になる。そして、魔道具というものはどうしても大きくなりがちだ。
このようなペンダントサイズの魔道具で実用化しているのは、使い切りの護身用安全装置くらいであろう。
「学園での一部始終をばっちり記録して、しっかり証拠にしましょう」
「……そうね」
そうすれば、もし王子側が事実を認めなかった場合にも対応できる。
首に掛けたペンダントを、カーラは制服の下に押し込んだ。




