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14 お茶会という名の事情聴取(下)

 束の間見蕩れたパトリシアから意識を戻すと、カーラは明るい声を上げた。


「それで、殿下がパトリシア様に剣を向けたっていうのは、一体どういう流れでそうなったんです?」

「その……アベル様がリリスさんと親密になって、剣術の授業でも二人がパートナーを組んで……私は授業を受ける気分になれなくて、あのガゼボにおりましたの」

「あ、浮気現場の」

「くっ」

「カーラ……」


 口が滑ってパトリシアにダメージを与えてしまった。他人の機微に疎く、配慮が足りていない自覚はあるが、セインに注意されたのは納得いかない。

 コホンと小さく咳払いをして、パトリシアが話を続ける。


 ――校舎裏のガゼボは、パトリシアとアベルの逢瀬の場だった。

 ランチボックスを持ってそこで食べたり、放課後、寮に戻る前の短い時間を過ごしたりしていたのだ。

 もともと人気のない場所だったが、それを知って、ほかの生徒たちがますます遠慮するようになったという経緯もある。


 急に冷たくなったアベルの態度に傷ついていたパトリシアは、その思い出の場所でひとりで休んでいた。

 そこへ、実技の授業を終えたアベルが不意に通りかかり、まだ持っていた練習用の剣をパトリシアの横スレスレ、東屋の柱に突き立てたのだという。

 

「実技場への行き帰りに使う道ではないのです。なのに突然現れて、ほとんど投げるように剣を……そして、『いつまでもこんなところにいないで、さっさと公爵家に戻れ』って、見たこともない怖い顔で」

「えー、それって学園を辞めろってことですよね」

「辞めろとまでは……でも、自分に近寄るな、とは言われました」

「はあー。勝手ですねえ」

 

 二人はクラスが同じだそうだ。その上での「近寄るな、寮を出て家に帰れ」は実質的に退学勧告だろう。

 そして、パトリシアとの思い出の場所で王太子が狼藉に及び、なおかつリリスといちゃいちゃしていたと知ったスコット氏のこめかみには、また青筋が現れている。

 

「じゃあ、リリスからの魔術攻撃っていうのは?」

「なにもないところで躓いたり、棚から物が落ちてきたりっていうことが何度もあって、変だなって思っていたの。階段で転びそうになったときにリリスさんが柱の陰にいるのに気が付いて……あの方、声を出さずにこう言ったわ『さっさと譲りなさいよ』って」

「わっ、性格悪い」


 王太子妃教育の一環として習っていた読唇術のおかげで、犯人が分かってしまったのだった。

 

「か、階段ですと! お嬢様、お怪我は!?」

「大丈夫よ、スコット。二段だけだったし、ちゃんと着地の衝撃も魔術で抑えられたから」

「いや、ダメでしょ。一段踏み外しただけでもかなりびっくりするのに」

「そのとおりだ。それに、もし骨折などなさっていたら来月の結婚式にも確実に影響したでしょう。延期になったかもしれない……それを狙った可能性もあるな」


 セインも珍しくカーラに同意する。

 大事にならなかったのは不幸中の幸いだが、スコットの青筋がどんどん深くなって、血管が切れてしまうんじゃないかとカーラはそっちも心配だ。


「そのリリスって子は、隠密っぽい魔術が得意って言ってましたけれど」

「噂なのだけど、透明な魔法陣を研究しているって聞いたわ」

「透明……それは厄介ですね」

 

 セインがはっとして、顎に手を当てて考え込む。

 リリスは平民だが魔力がずば抜けて多く、学園に入って覚えた各種魔術の扱いにも長けていた。授業で作り出す魔法陣も、ひときわ鮮やかな立派なものばかりで教師たちも舌を巻いたという。

 卒業後は魔術団に就職が決まっており、最近はその透明な魔法陣や、無詠唱に近い短い呪文の研究開発を王宮魔術師たちと共同で行っていると噂になっていた。


「共同開発ねえ。セインは聞いてないの? 同じお城に勤める団同士でしょ」

「魔術団と行動を共にすることはあるが、彼らは秘密主義でこちらとは最低限の情報しか共有しないからな。特に開発中の手の内は絶対に明かさない」

「つまり初耳ってことかあ。まあ、王宮勤めの魔術師ってずる賢くて陰険そうだもんね」

「言葉が過ぎるぞ」

「あはっ、否定しないんだ」


 カーラの軽口にセインは唇をへの字に曲げた。

 そんな二人に、パトリシアは心配そうに声を掛ける。


「だから、学園には行かないほうがいいですわ。なにをされるか分かりませんもの、危険です」

「んー、でも。パトリシア様が学園から家に戻ってきたのは危ないからじゃなくて、殿下の顔を見るのがつらかったからですよね」

「……!」


 図星を指され、揺れた手元でカチリとカップがソーサーに触れる。大きく息を呑んだパトリシアに、カーラはにこりと笑ってみせた。


「普通の女の子が頑張れるその程度の危険に、魔女(わたし)が怯むわけにはいきません。透明だろうと魔法陣がそこにあるのなら魔女には分かるから、むしろ安全。まあ、今から向かっても授業とか終わっちゃってるだろうから、行くのは明日にしときます」

「で、でも」

「……パトリシア様は優しいですねえ」


(公爵令嬢なんて高い身分の人なのに、一平民の、しかも魔女の身を案じてくれるんだもん。人としては魅力的だけど、為政者向きではないなあ)


 貴族院議会もあるが、最終的に重くシビアな判断を下し、そこに責任を負うのは王や王妃である。

 能力はあっても根が優しいパトリシアにとって王妃という職は負担ではないかと、今日会ったばかりのカーラでさえ思う。

 そのうえ、お互いの支えとなるべき相手――アベル王子が聞いたような体たらくでは、このまま成婚したとて責め苦の未来が続くだけだ。

 パトリシアの性質をよく分かっていただろうマリー夫人や王妃が、これまで費やした時間や教育を無にしても婚約を取りやめることに前向きなのも分かる気がする。

 

(ならやっぱり、無事に婚約解消させなきゃね! まあ、今回こそ楽勝でしょ)


 婚約解消のあれこれは王妃が手配をするのだから、カーラは学園へ行って調査……というか状況を確認し、アベル殿下の首根っこを掴んで本人必須の手続きのため王宮に連れ戻すだけだ。

 物理的に王太子の身柄を確保するのは、隣にいるこのセインの仕事であろう。カーラはお膳立てをすればいい。


 変身魔法に自信はある。いっそ大勢の生徒の前で修羅場を演じれば目撃証言も取れ、撤回もできなくていいかもしれない――そうとなれば、善は急げだ。さっさと片を付けてやる。

 薬の仕込みだけでなく、二階の鉢植えたちの収穫待ちもあれこれあるのだから、時間を掛けてなんていられない。

 

「大丈夫。この騎士サマも一緒です。殿下の剣程度、軽く防げるって大見得切ってましたからご安心を」

「おい、俺がいつ見得を切った」

「さあ? じゃあ、セインにスコットさん。これからお嬢様と女同士の内緒話をしますんで、ちょっと出ていってください」

「は? 魔女とご令嬢を二人っきりになんてさせるわけがないだろう」


 護衛というより監視のつもりだろうセインが抗議の声を上げる。突然の申し出をパトリシアものみ込めずにいるが、これは彼女のためでもあるのだ。


「上手に変身するには、わたしがよーく観察しないといけない、っていうのは分かる?」

「ここで、このまますればいい」

「パトリシア様のスカートまくり上げて?」

「はあ!?」


 変身魔法は魔法で対象物を分析再構築しているのではない。カーラが「見たもの」を、魔法でそのまま再現しているのだ。

 だから見えないところ――服なら下着や靴下など――は適当になる。肘の内側にほくろやアザがあっても、それを知らなければ模せない。

 学園では王太子とリリスだけでなく、大勢の生徒の目もある。しかも対峙するのは明るい昼間だ。小さな違いもごまかしにくい。


「なにかあってチラッと制服の下に見えたのがめちゃくちゃ庶民のパンツだったら、即バレるでしょ」

「まっ、お、おまっ、な……っ!」

「お前じゃない、カーラ。あ、素足? タイツ履くの? ガーターベルト何色?」

「~~~!」

 

 万が一の接触に備えて、違和感を持たれないように肌も確認させてもらう必要がある。

 リタのときはそこまで徹底していなかった。手首を掴まれて焦ったのだが、彼女たちの場合はそれまで触れあったことがなかったから気付かれずに済んだ。

 けれど、パトリシアと王太子は違うだろう。

 各種公務で一緒にパーティーも出席してダンスだって何度も踊っている二人は、お互いの手やら腕やら肩やらに覚えがあるはずだ。


 そんな、男性陣の前ではちょっと憚られるあれやこれやを列挙する。セインはこういう話題が苦手らしく、わたわたしつつ耳の先が赤くなっている。


(さては女性に免疫がないな? 顔は良いのにやっぱり以下略)


 声無く動揺しているセインから、カーラはスコットへ顔を向ける。


「わたしと二人きりにさせるのが不安なら、女性のメイドを立ち会わせていいですよ」

「いえ。王妃陛下、並びに公爵ご夫妻から、魔女殿のご希望通りにするよう仰せつかっております。お嬢様さえよろしければ、どうぞお望みのままに」

「あっ、私は魔女と……カーラと二人で構わないわ」


 護衛などで交流はあっても、取り乱すセインを見たことがなかったのだろう。

 挙動不審なセインに目を丸くしていたパトリシアは、慌てて頷いた。


「ですってよ。頭の硬い騎士サマはどうする?」

「……っ、分かった……」


 盛大に舌打ちをして、冷めた紅茶を一気に流し込むと、セインは席を立つ。

 その後ろ姿に肩をすくめ、カーラはパトリシアにこっそり目配せをして、にっと口角を上げて見送った。

 

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