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10 今度は馬車で

 馬車の中は気詰まりな空気が満ちていた。


(あー、もう。なんでこうなったの!)


 応接室を勢いよく飛び出したカーラはすぐにセインに捕まり、そのまま城の馬車に乗せられた。

 向かう先は聞くまでもない、ヘミングス公爵家だ。顔も知らない相手に変身できはしないのだから、まずは会わなくては話が進まない。


 それに、変身魔法で変えられるのは姿と声だけ。

 姿絵のモデルならそれで充分だが、成り代わって行動するのなら口調や仕草を対象者に合わせたり、ある程度の情報も共有する必要があることは、ベケット伯爵夫人に話を聞いた王妃も知っているはず。


 見るからに有能そうな王妃は時間だって無駄にしなそうだ。だから公爵家に直行となるこの流れ自体は分かるのだが。


「お城に行って魔法を掛けるだけの、簡単なお仕事のはずだったのに……」

「俺だって案内したら終わりだと思っていた。まさか騎士団にも戻れず、魔女なんかの同行を命じられるとは」

「被害者面しないでよ。こっちだってお断りなんだから」


()()()ってなによ! そっちこそ近衛騎士のくせに!)


 面白くなさそうに睨み合うも、どうしようもないということはお互い理解している。はあぁ、と深い諦めの溜息が重なった。


「チッ……ともあれ、王妃陛下直々のご下命だ。非常に不本意だが、こうなったら最速で終わらせるしかないだろう」

「えー」


 予想外の命を受けた同士だが、顔を上げたのはセインのほうが早かった。

 まだブスッとしたまま、カーラはちらりと視線だけ向ける。


「えーじゃない。お前はなんでそう……」

()()じゃない。カーラ」


 人を呼ぶのに「お前」とか「おい」は却下だ。

 むっとして呼び名を訂正させると、セインは不満そうに眉を寄せた。


「……カ……お前」

「『きゃー、セイン様~!』って呼ぶよ」

「やめろ、カーラ」

「呼べるじゃん」


 絶対嫌がるだろうと、両手を胸の前で組み甲高い裏声で呼びかけたら、セインはぎょっとして即座に言い直した。

 カーラとしては「お前」でないなら「魔女」と呼ばれても構わないのだが、名前のほうが抵抗があるだろうと思っての提案だ。

 思ったとおり不服そうなセインを見ると、ちょっとだけ意趣返しができた気分になって少しだけ気が晴れる。

 心の中でガッツポーズを取るカーラの名を呼びにくそうに、セインは話を続けた。


「おま……カーラは、変身魔法が使えるのか?」

「びっくりするほど大得意」

「本当なのか。よく……無事だったな」


 またそっぽを向いていたカーラは、不意に真剣味を帯びたセインの声に向き直る。

 相変わらずの仏頂面だが、瑠璃紺の瞳には心配と感心をまぜたような色がうっすらと浮かんでいた。


「えっ、意外。魔女のことなんて、どうでもいいと思ってるんじゃないの」

「正直どうでもいい」

「不愉快なほど正直。そのデリカシーのなさ、絶対モテない」

「余計なお世話だ。俺が言いたかったのは、ただ、変身魔法ができる者は少ないから、それで――」


 セインの言いたいことは分かる。変身魔法は便利な魔法だ。特に権力者や犯罪者にとって。

 重要人物に成り代わって何事かを成したり、逆に陥れたりと好き放題できてしまう。過去の魔女狩りは実際に、そういった能力を取り込もうと行なわれた一面もあった。


 騎士団員であるセインは、カーラの変身魔法が犯罪に関与することを危惧してもいるだろう。

 ――だが。


「みんなあんまり知らないみたいだけど、魔法って『やれ』って言われてできるものじゃないから。命令されたとしても、わたしがやりたくなければ魔法は使えないよ」

「そうなのか?」

「魔法は生理現象じゃない。自分の意志で自分の魔力を動かすの。だから、したくないことはしないし、できない。セインだって、走ろうと思わないのに足が勝手に走ったりしないでしょ」

「……なるほど」


 過去の魔女狩りの失敗はそこだった。

 たとえ強制しようと、薬や魔術で操ろうと、都合よく魔女の魔法を利用することはできなかったのだ。

 無理やり引き出された魔法は暴走し、周囲を巻き込み甚大な被害をもたらした――魔女と国が不可侵の関係になった所以である。

 時が流れた現在、その記憶は薄れ「変わった力を持つ、変わった人たち」という括りにされているが、当時は次々と焼け野原を作った魔女を忌避する向きも強かった。


「他人の指図は受けない。それが魔女(わたしたち)


 我が強かったり頑固だったりは魔女に共通する特徴だ。

 流されやすい性格では利用されるだけで、魔女として生きていけないから。


「しかし今、王妃陛下から……その」

「まあ強引ではあったけど、盟約だし最初に引き受けちゃってたし。でも『令嬢に成り代わって、その平民の娘を殺してこい』とかいう内容だったら、絶対断わっていたよ」

「かろうじて常識が残っていたようだ」

「失礼な」


 カーラの返事に、セインは安心したようだった。自分の意志以外で魔法を使うことはないから、心配は無用だ。

 それより、カーラの失敗話から「これは使える」と王妃に思われてしまったことがショックである。たいへん嬉しくない。

 薬師としてだけではなく、離婚代行の依頼すらろくにこなせないなんて知られて、誰が喜ぶものか。


 ――カーラだって、なにがなんでも別れればいいとは思っていない。

 だが、受けた依頼が毎回達成できないという事実は、確実にモチベーションを削ってくる。

 そもそも依頼者は「別れたい」と言ってきているのだ。カーラは彼女たちの希望通りにやっているのに、なんで復縁してしまうのか本当に分からない。

 別れたいと縋られて、やっぱり止めたと手のひらを返されまくる愛の女神リサンドラの御心やいかばかりか。


(まあ、でも、今度こそ!)


 ともあれ、今回の依頼で解消するのは結婚ではなく婚約だが、これが上手くいったら成功例に数えていいだろう。なりゆきで始めた副業とはいえ、早いところ挽回したいものだ。

 

「でも、貴族のご令嬢になるなんて面倒。しかもなに? 命を狙われてるっぽいじゃない」

「その点は要確認だな。殿下やパトリシア嬢だけでなく、学園には高位の貴族や他国の王族も通っていて警備態勢はしっかりしている。危険な目に遭うとは思えない」

「んー、警備は外からの不審者用で、生徒同士のもめ事にはノータッチとか?」

「もしそうなら、あまりにも杜撰だ」


 自分は生徒だったことはないから学園の事情には詳しくない、と言いながら、セインは難しい顔で腕を組む。

 たしかに、国の最高学府で刃傷沙汰が起きたらスキャンダルなだけでなく、威信も丸つぶれである。

 しかし警備のあれこれよりも、カーラが気になるのは王太子のことだ。

 

「それより、アベル殿下って本当に腕が立つの? 賢いっていうのは有名だけど、剣の話は聞かないよ」

「事実だ。あの方は十歳になる前から並の騎士では相手にならなくて、騎士団長が直接指導をしていた」


 そう聞いてカーラは目を丸くする。

 騎士団長ライオネルの強さと容赦のない指導は巷でも有名で、ヴァルネの茶飲み仲間だった老騎士からも何度も聞いたことがある。

 大人でも吐くというシゴキ……指導を、まさかそのまま王太子にもしたのだろうか。多分したんだろう。


「幼いころから剣技のセンスに優れた御方だった。前の冬期休暇で帰城された際に訓練のお相手を務めたが、身長が伸びて膂力も増された分、威力も段違いになっていたな。団長でさえ、三本に一本は取られていた」

「うっそ」


 しかも、本当は王位を継ぐのではなく一騎士になりたかった、とこぼしたことがあるそうだ。筋金入りであろう。


「殿下の剣の話題が外部に出ないのは、大きな紛争がない今、為政者としての有能さのほうを喧伝したいためだろう。それと、魔術攻撃はあまり得意ではいらっしゃらない」

「賢くて剣が強くて、そのうえ魔術まで得意だったら、神様のえこひいきが過ぎるよ。……なに、わたしの顔になにか付いてる?」


 ふむ、とカーラの顔をまじまじと眺めるセインに訊くと、小馬鹿にしたように目を細められる。


「殿下の剣が当たらなくても、風圧だけで伸されそうだ」

「そっ、それを防ぐためにセインがいるんでしょう!?」

「護衛対象があまりに貧相だからな。勝手に自滅したら助けようがない」

「~~っ!」


 軽く鼻で笑われても、王城に行くだけであれだけヘトヘトになったのは事実。

 言い返せずに向かいを睨んでいたが、ふと気になったことを思い出した。

 

「……ねえ、王妃様っていつもあんな感じ?」


 脈絡のない問いかけに、セインは面食らったようだった。眉間にシワを寄せてカーラの顔を覗き込むように見据える。

 

「あんなって、不敬だぞ」

「こんな無茶ぶりしてくるんだもん、不敬でいいわ。えっとね、裏のある話し方っていうか。偉い人ってあれが普通なの?」


(なーんか、引っかかるんだよね)


 王妃の雰囲気が、カーラに魔法を教えるときの師匠(ヴァルネ)に似て感じられたのだ。

 与えた課題から連鎖させて違う答えを期待するような、「自分で考えて気付け」というアレである。


(いっつも師匠はヒントもくれないで……もう。思い出しちゃった)


 厳しくて、滅多に褒めてくれることはない師匠だった。

 けれど、なかなか調剤魔法の腕が上がらないカーラに呆れながらも付き合ってくれた。これ以上は無理となったあとは、できる魔法を完璧以上に行えるように教え込んでくれた。

 カーラが作った数々の薬を一番に試したのは、誰あろうヴァルネだ。それだけでも頭が上がらない。


(ものすごい味の胃腸薬とか、目の前に七色の虹が架かる鼻炎薬とか。いくら中和剤があるからって、よく試してくれたよね)


 珍しく調剤に成功すると口の端だけで笑って、その日の食事には必ずカーラの好物を並べてくれた。

 偏屈で、頑固で。子供は嫌いだと言いながら、身寄りを亡くしたカーラを引き取って育ててくれた、誰よりも愛情深い人。

 母や祖母と呼ぶことは許してくれなかったが、あの小さい薬局でヴァルネと過ごした時間は、カーラの宝物だ。

 

「話し方か。いや、特に普段とお変わりはなかったが」

「そう。じゃあいいや」


 王妃の青灰色の瞳の奥に見えたのは、心を決めた色。それは、これまでカーラに「離婚したい」と言ってきた女性たちと似ていた。


(子供のことでも、自分のことのように感じるんだな)


 息子ではなく、義娘になるはずだったパトリシアに同調しているのかもしれない。

 どちらにしろ一般的な家族というものを知らないカーラには、遠い感覚だ。


「……妙な顔してどうした」

「妙とはいちいち失礼な。お城の馬車なのに椅子が硬いって思っただけ」


 どっちが失礼だと言い合っているうちに、馬車は公爵邸に到着した。


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