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1 薬師の魔女カーラ

新連載よろしくお願いいたします。

2022/05/13 小鳩子鈴




※この第1話は『第十五回書き出し祭り 第四会場』(https://ncode.syosetu.com/n6213ho/)掲載の、同タイトル作品の修正版です。

既読の方は、次の第2話からお読みいただいてもストーリー上の問題はありません。



_____________________




 煤けた石壁が続く王都はずれの裏通りで、貴婦人が周囲を窺っていた。

 供もつけず、すっぽり被った地味なフードマントで高級そうなドレスと顔を隠している。

 木製の扉の上に釣られた古い看板に“薬局”の文字を確かめると、そっとドアを押して店内に身体を滑り込ませた。


「いらっしゃいま……」

「カーラ!」


 チリン、と鳴ったドアベルの音に店主のカーラが顔を上げるより早く、貴婦人はカウンターに駆け寄る。


「ああ、カーラありがとう! あなたのおかげよ!」

「お、お役に立ててよかったです、奥様」


 薄金の長い髪を揺らし浅緑色の瞳を丸くしたカーラの手を強引に取って礼を伝えると、貴婦人はそのまま革袋を押し込んだ。


「約束の報酬よ。あのときは渡しそびれて失礼したわ」

「あ、あははっ、そうでしたね!」


 ()()()()を思い出した二人の頬が、同時にポッと赤く染まる。


「それで、その……私があなたに依頼をしたということは……」


 フードの下から向けられる問いたげな視線に、カーラは胸に手を当てた祈りの姿勢で微笑んだ。


「ご心配なく。女神リサンドラと我が師ヴァルネの名に誓って、決して口外いたしません」

「……安心したわ。ではね、カーラ。もう会うことはないでしょう。あなたにもリサンドラの輝きがありますように」


 愛と豊穣を司る女神の名を唱えて、貴婦人は軽やかに店を出て行った。

 扉が遅れて閉まると、カーラはそっと革袋を覗き込む。


「うわっ金貨、しかも五枚!? さすが伯爵家!」 


 これだけあれば、溜めてしまった支払いも即解消だ。

 ホッとしつつ、カーラは冴えない表情で溜息を吐いてカウンターに突っ伏した。


「……助かったけど……もっと魔法ができればお店も繁盛して、こんな副業しないで済むのにな」


 この薬局は、魔女ヴァルネの店だった。

 老齢だったヴァルネが一昨年に他界して、唯一の弟子であり養い子のカーラが継いだ。

 しかしカーラには、薬師の魔女として名高かったヴァルネほどの腕がない。

 作れる薬の種類も少ないため、たくさんいた顧客も離れてしまった。おかげで店の売り上げは毎月最低額を更新中だ。


 魔法全般に精通し、得手不得手はあっても概ねそつなくこなすのが「魔女」である。

 どんなに頑張ってもそこそこの魔法しかできないカーラは、魔女として落ちこぼれだった。


 カーラに素質がないわけではない。

 その証拠に二つの魔法に限っては、あっと驚くほどの腕前を持っている。


 ひとつは、植物を健やかに育てる育成魔法。

 だが、これを直接の収入に結びつけるためには広い栽培地が必要だ。

 地価の高い王都に庭など持てるわけがない。田舎に引越すことも考えたが、ヴァルネとの思い出が詰まったこの店を離れたくはなかった。


 そしてカーラが得意とするもうひとつが、変身魔法だ。


(なんの得にもならない、ってやさぐれたけど。まさか需要があるとはね)


 きっかけは、不定愁訴を訴えて来店した女性だった。

 薬を処方するため症状を聞き取っている最中、彼女――リタは不意に「離婚したい」と泣き出した。


 曰く、夫がまったく家庭を顧みない。

 見合いで結婚して一年、仕事にばかりかまけて帰宅は連日深夜。

 同居の義母からは「早く子どもを」とせっつかれ、夫はたまに顔を合わせてもすぐに自室に引っ込んでしまう。

 接触はおろか、会話すら成り立たない……等々、苦しい胸の内をあけすけに訴えられた。


 当時カーラは十八歳で、夫も姑も縁がない。妻という立場の悩みをすべて理解はできないが、共感できる内容に戸惑いつつも頷いていたのだが。


『せめて、夫がなにを考えているか分かればいいのに』


 向き合う気力も消えた、と嘆くリタの言葉に閃いて、つい口走ってしまったのだ。


 ――わたしが代わりに聞きましょうか? と。


(その結果がまさか、ああなるとは)


 リタに変身したカーラは翌晩、件の夫と対峙した。


「というわけで、離婚してください」

「リ、リタ?」


 質問事項は入念に聞き取りをした。脳内シミュレーションもバッチリだ。


「初めて会ったお見合いの日に結婚を申し込むなんて、誰でも良かった証拠でしょう?」


 ここはリタ夫婦の、しかし夫婦では一度も使ったことがない寝室だ。夫の背後、カーテンの陰には妻本人(リタ)がいる。

 離婚の前にぜんぶ訊いて、ぜんぶ聞いてもらおう。


「君には、その、なに不自由ない暮らしを……」

「ええ、おかげ様で邪魔な置物のように扱われておりますわ。枯れたら捨てる花のほうが、愛でられるだけ余程マシだと思うほどの放置ぶり」

「そ、そんな」

「無関心な夫の代わりに、お義母様からは『孫が見たい』と一時間おきに言われておりますの。夫の帰りが遅いのも子ができないのもすべて、私だけが悪いのだそうです」


 証拠の記録を残すために、魔法水晶も作動中だ。

 魔女友が作った高級魔道具で、借り賃はリタ持ちである。


「私の頭痛も目眩も、医者が言うには『心持ちが悪い』からなのですって。仮病だなんてバカにして」

「え……っ、リタ。具合が……?」

「知らなかったでしょう、私になんか興味ないですものね」


 妻の本音をぶつけられてショックだったのか、オロオロとする夫の顔色は蒼白だ。


「こんな生活にもお義母様のお小言にも、あなたにも、もうウンザリ!」

「……」


(ちょっと、なにか言ってよ! 時間がないんだから!)


 カーラは内心で焦っていた。姿だけでなく声までも完璧な変身魔法だが、時間制限がある。

 頃合いを見計らって変身したものの夫の帰りが普段よりさらに遅かったため、タイムリミットまであと少ししかない。

 せっかく夫の真意を聞くためにこうしているのに、うろたえるばかりでは困る。


「聞いているの? ああ、そう。私の言葉など返事をする意味もない、ということね」


 慎ましやかなはずの妻がズバズバと物申してくる。

 その勢いに押され俯いて黙り込んでいた夫が突然、妻の――カーラの手首を掴んだ。


「なっ……!?」

「リタ。愛してる」

「はあ!?」


 夫は目を血走らせて、ずいとカーラに寄った。


「嫌だ。離婚なんてしない」

「イヤだなんて、それはこっちのセリフ!」

「忙しくしてたのは、家を手に入れたくて……」

「は? 家?」

「そう。僕たちの、二人だけの家だ。リタ、お願いだ。考え直してくれ。一目惚れだったんだ」

「そ、そんなこと聞いてないけど!?」

「三年前の花祭りで、売り子をする君に恋をした。どうにかツテを頼って商会長を拝み倒して、やっと紹介してもらって」


 ――なんだそれは。ぜんぜん聞いてない。

 衝撃の告白に、妻のリタもカーテンの後ろから出てきてしまっているではないか。

 ここで夫が振り返ったらまずい。バレたら大変だ。

 まあ、妻と思い込んでいるカーラの両手を取り、さらにどんどん詰め寄ってきているから心配はなさそうだが。


「ようやく結婚できて嬉しくて緊張して、つい飲み過ぎて気がついたら朝、いや昼だった」

「それで初夜すっぽかしたの!? バカじゃないの!」

「ああ、馬鹿だ。君を怒らせたと思って」

「怒って当然よね! その後に顔も見せないし」


 怒らない花嫁がいたら会ってみたい。よほど心が広いか、そもそも愛していないかどちらかだろう。


「僕は口下手だから……謝ろうと、プレゼントを買った」

「もらってないわ!」

「君の顔を見たら、もっとふさわしい物がある気がして、渡せなくなった」

「なにそれ!?」


 わけが分からない。

 しかし、背後のリタは頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませている。

 カーラは知っている。その顔は恋する乙女の顔だ。


「指輪も髪飾りも、レースのハンカチも。君のために用意して、どれも渡せなくて……」


 がっくりと項垂れた夫は、力なくカーラの腕を離した。


「今頃こんなこと……ごめん。体調が悪かったのにも全然気が付かなくて……でも離婚はしたくない。愛してるんだ」

「……本当に?」

「神に誓って」

「信じられないわ。祭壇で誓った結果が今だもの」

「リ、リタ」

「誓うなら、私に誓って」


 ハッと顔を上げた夫の目に映るのは、変身したカーラ――ではなく、夫が手を離した隙に入れ替わった、本物のリタだ。

 真っ赤な顔でツンと横を向く妻に、夫はボロボロと涙をこぼす。


「……リタに誓う。愛してる。もう間違えない」

「許すの、これっきりよ」

「うん。夜が明けたら引っ越そう。ようやく家具も入れ終わったんだ」

「そういうとこよ! どうして相談してくれないの!」

「ご、ごめんっ、驚かせたくて」

「驚いたわよ……バカ」

「リタ……!」


(おおう……た、退散ー!)


 きつく抱き合い、いきなり甘い空気をまき散らし始めた夫婦を部屋に残し、魔法が解けたカーラは走ってその場を後にした。


 数日後に店を訪れたリタは顔色も良く、別人のようだった。

 幸せそうな笑顔で何度も礼を言い、結構な額の謝礼を置いて新居に帰っていった。

 その後、リタから聞いたという女性がこっそりと店を訪れ、やはり「離婚したい」と訴えて――


「分かんない。なんでみんな復縁しちゃうの?」


 あれから二年。

 カーラが妻の代行をして離婚が成立した数は、驚きのゼロ件だ。

 その度に感謝され、提示した以上の報酬を得られても、依頼とは逆の結果であり「仕事を完遂した」とは言えない。


「はー……わたしって、やっぱり落ちこぼれだ……」


 大きな溜息にチリンとドアベルの音が重なって顔を上げると、カーラの目に純白の軍服が飛び込んできた。


(騎士……しかも近衛?)


 艶のある黒髪に瑠璃紺の瞳。無駄に整った顔の男性が、胡散臭そうに店内を眺めながら入ってきた。

 路地裏の零細薬局には不似合いな客に、カーラは目を瞬かせたが……。


「チッ、貧相な店だな」

「あぁ?」


 大変失礼な物言いに、思ったよりも低い声が出た。


本日は続けて第2話まで公開です。

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書籍『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』
【DREノベルス作品ページ】
イラスト:珠梨やすゆき先生
薬師の魔女①書影 薬師の魔女②書影  

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