91話 100人いても大丈夫
王都にやって来てから様々なトラブルに見舞われたが、それらがすべて片付き、それから1年。
住めば都、なんとかなってしまうもの。
それに、決して贅沢をしているわけじゃないけど、普通の住民に比べたら十分に浮世離れしているのは間違いない。
国民の税金で贅沢できる身分になってしまったのかぁ――と実感する毎日だ。
そんな平和なときを過ごしていたある日。
モモちゃんが、小さな子どもを連れてやって来た。
小さくてポワポワで可愛いのだが、モモちゃんから気になる話を聞いた。
海岸沿いの森の中に、沢山の人がいるのを目撃したハーピーがいるというのだ。
これは陛下に、報告したほうがいいだろうか?
「ファシネート様、陛下に至急お会いしたいのですが、殿下のお願いならなんとかなりませんでしょうか?」
「コクコク!」
彼女も理解を示してくれたようだ。
殿下がメイドを連れて、私の部屋から退出した。
どのぐらいの時間で来てくれるのだろうかと思っていると、数分でドアが開く。
「聖女様!」
「陛下!」
殿下が陛下を連れて戻ってきた。
「おおっ! こ、これが、ハーピーの子ども! なんと――」
彼が私の抱いている子どもに目を輝かせた。
いや、そっちじゃないんですけど……。
彼が腰を低くして、いろんな角度からハーピーを観察している。
その行動は、ファシネート様そっくりだ。
さすが兄妹。
「あの、おそれながら陛下。お話というのはハーピーのことではありません」
「ファシネートの話では、火急の用ということだったが?」
「はい、実は――」
私がモモちゃんから聞いた話を、陛下にも聞かせる。
「なに?! 海岸沿いの森の中に人影!?」
「しかも多数ということで――あの、森の中に王国の住民は……」
「あのような場所に住むなど、いくら命があっても足りん!」
そうなると、一体誰なのだろうか?
「王国の人間ではないとなると――もしかして」
「うむ、もしや帝国の部隊が、こちらに進撃しようとしているのかもしれぬ!」
「森の中を通ってですか?」
「そうだな」
森の深部はもちろん超危険で、人間が脚を踏み入れることはできない。
海上には巨大な海獣がおり、これまた命がいくつあっても足りない。
そこで比較的安全な海岸線ギリギリを狙い、森を切り開きながらこちらに向かって来ているのかもしれない。
この世界には魔法の袋がある。
例えば山を削ったら土砂を袋に入れて、谷に吐き出して平らにするなんてことも可能だ。
大量の物資を運ぶこともできるし。
分解できるものであれば、大型のものを収納できる。
要は使い方次第ってことだ。
「にゃー」
「え?」
ベッドの下に隠れていたヤミが、気になることを言い出した。
「聖女様、彼はなんと?」
「はい、帝国は――限定的ではあるが、普通の袋の中に入らないようなものを入れる技術を開発している可能性があると……」
「なに!? それはいったいどのようなものなのだ?」
「陛下は、ネコの言うことを信用なされるのですか?」
「聖女様が連れているネコだ。ただのネコではないのだろう?」
「あの……詳しくは申せませんが、彼は帝国にもいたことがあるようでして……」
「なんと! それは素晴らしい! 重要な情報源ではないか!」
まぁ、ヤミが嘘を言っているとは思えないのだけど……。
「ねぇ、限定的ってどういうこと?」
「にゃ」
「彼はなんと申しておるのだ?」
「普通の魔法の袋の中身が四角い箱だとしますよね?」
「ふむ」
「それを長くて浅い箱状などにしたものだそうです」
「――ということは、帝国は長尺用の専用袋などを開発したということか……」
普通の魔法の袋は、長いものなどは入れることができない。
槍などは入るようだが、それより長いものは無理だ。
例えば板や丸太なども入らない。
「それでは、長い板や丸太なども入れることができるのかもしれませんね」
もちろん、収納する場所を長くしただけだから、本数は入れることができないだろう。
デメリットはあるが、使い方次第でメリットは計り知れない。
「ううむ……レオスにも話してみよう」
「お願いいたします」
「多分、話を聞いたら凄く悔しがると思う」
陛下がニヤニヤしている。
「そんな意地悪なことをおっしゃらなくても……」
「あっと、これは失敬、ははは」
「むー!」
ファシネート様も怒っている。
まぁ、確かに大魔導師なら、そういう反応を示すかもしれない。
自分が開発していないものを、他国の魔導師が作ったのだから。
この国のトップだという大魔導師のプライドが傷つくだろう。
「しかし――情報が少ないな……」
それもそうだ。
モモちゃんの話も、他のハーピーから又聞きしたものだし。
「ねぇ、モモちゃん。お願いがあるのだけど……」
「なんだ!? ノバラのお願いならなんでも聞くぞ?!」
「ありがとう。それじゃ、モモちゃんが直接森まで行って、確かめてきてくれるかな?」
「わかった! 俺も実は気になっていた!」
「行ってくれる? ありがとう!」
「それじゃ、すぐ行く!」
「あ、ちょっと待って!」
メイドにクッキーを用意してもらい、袋に包んだ。
それをモモちゃんの魔法の袋に入れる。
「クッキーだな!」
「あとで食べてね」
「わかった! 行くぞ、ピピ!」
「ピー!」
小さい子が、私の腕から飛び降りると、モモちゃんに続いて窓から飛び出した。
さすがハーピーね。
あんなに小さくても、大人と同じように飛んでいる。
ああやって、子どもに色々なことを教えて教育しているのかもしれない。
学校とかなさそうだし。
雀の学校ならぬ、ハーピーの学校ね。
「陛下、彼が戻ったら真っ先にご連絡いたします」
「うむ、最優先事項にしておるからな。各部署や、騎士団にも話を通しておく」
「承知いたしました」
「それにしても帝国め――まさか森を突っ切ってくるとは……」
「魔物とかをどうしているのでしょうか?」
床にいたヤミが答えた。
「にゃー」
「魔物よけ?」
「彼はなんと?」
「小さな魔物なら、避けることができる魔道具があるらしいですが」
「なるほど、スライムやら昆虫型の魔物でも避けられれば、それだけでもかなり効果があるな……」
陛下が腕を組んでなにかを考えている。
「……陛下……なにか?」
「う~む、欲しいな」
「なにがでしょうか?」
「帝国軍の装備だ。我々の持っていないようなものを持っているようではないか?」
「……まさか、ハーピーたちに盗みをさせようと?」
「エルフとの揉めごとも、ハーピーたちが盗みを働いたせいだと聞いたが?」
「確かにそのようですけど……」
「まぁ、無理にとは言わぬ。可能であればだ――それに謝礼も払う」
「彼らは、我々の金貨などには興味を持ちませぬが」
「もので支払えばよいであろう。彼らは魔法の袋を欲しがっているのだろう?」
「確かに――」
う~ん、エルフとの揉めごとは確かにそうなのだが、盗みをしてくれと頼むのはねぇ……。
陛下も無理には――と言ってくださっているのだけど。
可能なら頼むということで、決着した。
魔法の袋をやるから、それに帝国のものを詰めて持ってきてくれ――という条件ならOKしてくれるだろうか?
私は、少々悩みながらモモちゃんの帰りを待った。
------◇◇◇------
――ハーピーからの情報を得たお城の中は、慌ただしくなってきた。
もしかすると、帝国がすぐ近くまでやって来ているのかもしれない。
皆がそう思っており緊急事態には間違いないのだが、楽観的な考えのほうが支配している。
その理由は、帝国軍らしき影が現時点で森の中ということが大きいみたい。
そこから王都までやって来るにはかなり時間がかかる。
海岸沿いに帝国軍が進軍してきても、王都まで到達するのは5つも大きな川を越えなくてはならない。
河口近くに橋がかかっている場所はなく、詳細な地理を把握していない帝国軍は右往左往するに違いない――というのが、王国の見解だ。
橋がなくて地上を進軍できなければ、そこは船の出番なのではあるが――船が使えないから、森の中を切り開くという工作をしているわけで……。
卵が先か、鶏が先か。
帝国軍も、そんなことは百も承知だと思われるので、なんらかの作戦があるのだろう。
――モモちゃんがお城から飛び立って数日がたったある日。
別室で商人の治療をしていると、慌ててアルルがやってきた。
貴族たちの治療がだいたい終わってしまったので、大店の商人などの治療をしている。
もちろん、それなりの金額を積まないと、お城に入ることすらできない。
神様の力を金儲けに使ってもいいのか? ――と、いう懸念はあるのだが、今のところ力が枯渇する様子はない。
それに、お金のない人たちには街に治療院などを作って、ほぼ無償で治療を行っている。
よほどの重症でなければ、回復薬で治るものがほとんどだし。
それでも聖女様の奇跡を体験したいというお金のある人は、ここに来ればいいわけだし。
それはいいとして、アルルのことだ。
「あの、聖女様!」
「なにごとですか?」
「お部屋のほうに……」
彼女の慌てぶりに、私はピンときた。
「申し訳ございません。治療は上手くいったと思います。火急の用ができてしまいましたので、これで治療は終わりとなります」
「ありがとうございました。お城にやってくるまでの身体の不調がまるで嘘のように……」
「奇跡の効果が大きいのは、あなたの神への信仰の賜だと思いますよ」
少々歯が浮くようなセリフを言ってみるが、これは本当である。
この奇跡の根源である神様を信じていないと、奇跡も起こらないのだ。
たとえば、異教徒に祝福が与えられないように。
奇跡を目の当たりにした人たちは、その恩恵に預かりたいから神様を信じるようになるだろう。
神様としても、信者は多いほうがいいはずだし。
それにしても、私もこんなセリフがポンポン出てくるぐらいには、聖女が板についてきた。
「おお、聖女様……」
ひざまずく商人をなだめて帰らせる。
火急の用事があるんだっちゅーの。
慌てて自分の部屋に戻ると、ベッドの上にモモちゃんが丸くなっていた。
「ノバラ!」
「モモちゃん!」
飛んできた彼を抱きしめた。
「アリス、陛下にハーピーが帰ってきたと、至急伝えてください」
「かしこまりました」
メイドが一礼すると、部屋から出ていった。
陛下がやってくるまで、クロミにクッキーを用意してもらう。
「はい、モモちゃん食べる?」
「おう!」
彼にクッキーを食べさせながらしばらく待っていると、バタバタと走ってくる音がしてドアが開く。
「聖女様、ハーピーが戻ってきたと?」
「はい、ここに」
「おお」
「モモちゃん、空から見たことを話してもらえる?」
「わかった!」
やはり、森の中に帝都から続く道が作られていたらしい。
それだけではない。
「なんだと! 船?!」
陛下の驚きの声が部屋の中に響く。
「おう! 森の中で、大きな船を作っていた」
「なんと、船を作るとは……聖女様、これを見ていただきたい」
陛下がテーブルの上に紙を広げた。
見れば――地図らしい。
大きな湾の中に島がある。
この広い海がサンダルース湾だろう。
「モモちゃん、空から見て――その人たちがどこにいたか解る?」
彼がバサバサと飛んできて、テーブルの上にやってくると地図を見ている。
「ここだな!」
彼が脚の爪で一点を指した。
「湾内の、森の中か……」
陛下が腕を組んで唸った。
王都から、目と鼻の先だ。
帆船だと約2日で到着する距離らしい。
船だと、風があれば休まず進むことができる。
帝国のやっていることはこうだ。
危険な海に船を出すと巨大な魔物に攻撃されるから、まずは森の中の比較的安全な場所を縫って道を作る。
安全なサンダルース湾に入った所で港を作り、そこで船を組み立てた。
その船を使って、王都に攻め込むつもりなのだろう。
「くそ、まさかそのようなことをやるとは……」
「ノバラ!」
「なぁに? モモちゃん」
「色々と持ってきた、ノバラにやる」
彼が自分の袋の中から色々と取り出した。
食べ物や食器、鎧や剣や、それから袋などもある。
「これは、森の中にいた連中のものを持ってきてしまったの?」
「おう!」
これは本当は駄目なのだけど……。
「ヤミ!」
「にゃ」
彼が、鎧や剣などをクンカクンカしている。
「装備は間違いなく、帝国のものらしいです」
「この袋は?」
陛下が、袋を取った。
「それは――」
ハーピーは袋は取られたくないようだったが、それは帝国軍の魔道具のように見える。
「モモちゃん、あとでもっといいものをあげるから」
「本当か?」
「あの只人の王様が保証してくださるわ」
なにせ目の前にいるのは、この国の王様なのだし。
「わかった、ノバラに従う」
「にゃ」
「陛下、それは帝国軍の魔法の袋のようです」
「やはりな! でかした! 早速、レオスに調べさせよう」
ここで、私の頭に悪巧みが浮かんだ。
ハーピーたちの習性を逆に利用したらどうだろうか?
「恐れながら陛下、ハーピーたちに魔法の袋を沢山与えてはいかがでしょうか?」
「うむ! ――聖女様の思惑が、私にも解るぞ?」
「恐れ入ります。モモちゃん、魔法の袋をハーピーの皆にあげたいんだけど、どのぐらいあればいい?」
「本当に皆にくれるのか?」
「そのかわり、ちょっと手伝ってほしいのよねぇ」
「いいぞ! それじゃ、100くれ!」
ハーピーはストレートで、裏も表もない。
「陛下」
「国王の名に置いて約束しよう」
「でも、数が多いから、ちょっと時間がかかるかもしれないわよ」
「わかっている!」
え~と、魔法の袋が一個1000万円ぐらいだから――全部で10億円?
少々高い金額だが、お金で代えられないものもある。
ハーピーの力を借りず偵察部隊を送りこんだら、犠牲者もそれなりに出るだろう。
それに空を飛ぶ彼らなら、破壊工作も可能なはず。
純朴な彼らを利用するのは心が傷むけど……エルフの村とかも攻撃してたしね。
火を点けるとか、物騒なこともあっけらかんと言ってたし。
倫理観も我々とは違うから、つき合い方には注意が必要だろう。
陛下もそれは解っているはずだ。
――その日から、王都中の魔法の袋がお城に集められ始めた。
やはり数が多いので時間がかかるらしい。
多少流通に影響も出てしまうが、緊急事態につきやむを得ない。
モモちゃんが拾ってきてくれた帝国の魔法の袋も、レオスによって解析された。
やはり、長尺物が入るように加工されたものらしい。
普通の袋では入らないような5mほどの板も入っていた。
これで加工された材料を運んでは、森の中に作った港で船を組み立てているのだろう。
材料が揃っていて、あとは組み立てだけなら、プラモデルみたいなもの。
普通より早く組み立てられるのかもしれない。
モモちゃんが仲間の下に戻り、「魔法の袋がタダでもらえる」と伝えると――王都の上空に色とりどり、100人のハーピーたちが集まった。
その中には10人ほどの子どもの姿も見えるのだが、皆が首にふわふわを巻いているので、すぐに解る。
お城の上空をぐるぐると旋回して、裏山を寝床にしているようだ。
こうなると、さすがにお城にハーピーがいると、街の住民たちにもバレてしまう。
街で彼らが悪さをしないように、お城で食事も用意することになった。
100人分の食事を用意するのは大変だが、食べ物が簡単に得られると理解すれば、街の住民のものを取ったりすることもないだろう。
その辺は、モモちゃんも仲間に説明してくれているようだ。
100人分の食事を一気にとなると、場所が大変になる。
彼らは地面で食事をするのが普通なので、庭に食事場所を作った。
メイドたちを総動員して世話をしている。
なお、メイドたちを沢山集めているのだが、彼らの近くまで寄れるメイドは数人。
お世話係のメイドはくじ引きで選んだ。
理由は、希望者多数で喧嘩になりそうだったから。
今も抽選からあぶれたメイドたちが、こちらを悔しそうに睨んでいる。
「可愛いけど、触ったりしてはだめよ」
一応メイドにも注意をしておく。
私を中心にハーピーの世話をしているが、ヤミは部屋にいる。
さすがにハーピーが100人もいると、本能的な恐怖を感じるらしい。
森にいたら、ネコは彼らの餌になってしまうかもしれないし。
「承知いたしております」「はい」
女の子たちの目がキラキラしている。
可愛いものを見て、ご満悦という感じだろう。
向こうから来るのはいいけど、追いかけたりしてはだめ。
彼らの警戒心を煽ってしまう。
元々、凄く警戒心が強い人種だし、怒らせでもしたら大変なことになる。
メイドたちもエルフの里がどうなったか知っているので、それは理解しているらしい。
様々な翼色のハーピーがワサワサと食事をしているのだが――さすがに剣を持っている騎士などが近づくと警戒をするようだ。
騎士などが動くと、一斉に食事を止めてそちらを伺っている。
ここらへんは鳥っぽい。
私に抱っこされているときは、そんなことはないのだが、やはり安心しているのだろうか。
あまり彼らを刺激しないように、騎士や兵士は遠くから見ている。
その中にはヴェスタもいるのだが、今日は私の近くまで来られない。
メイドなどが近くに来ているので、ちょっと心配なことがある。
「モモちゃん」
「なんだ?!」
群れの中からモモちゃんが私の所に飛んできた。
私が抱っこしたのだが、他の子たちもバサバサと飛んできて私の肩などに掴まる。
「きゃー! ちょっとちょっと重い! 重い! 2人も3人も無理だから」
彼らは10kgぐらいしかないのだが、それでも沢山乗られたら重い。
重みで倒れてしまって、膝をつくと背中にハーピーたちが乗ってきた。
5人いたら50kgだから、私はその場で潰れて腹をついてしまった。
「ちょっと重~い!」
見かねたモモちゃんが、仲間を追い払ってくれた。
「ありがとう、モモちゃん」
彼を抱き上げると、周りから非難の声が上がる。
「なんだ! モモだけずるいぞ!」「独り占めか!」
「そうだ独り占めだ! 悪いか?!」
「子どもだ!」「ここに子どもがいるぞ!」
いつもモモちゃんが、独占欲が強いヴェスタを幼稚だとバカにしていたが、今度はモモちゃんがそう言われている。
「はいはい、喧嘩しないの」
彼を地面に降ろした。
「……」
モモちゃんは不満そうだが、100人全員は無理だし。
「とりあえず! 全員を抱っこするのは無理だから、今日は5人決めて」
「「「……」」」
ハーピーたちが向き合うと、翼を広げたり上げたりして、ダンスを踊り始めた。
「「可愛い!」」
メイドたちが感激しているのだが、これは多分――以前にモモちゃんから聞いたハーピーたちのジャンケンではないだろうか。
その証拠に、徐々に踊る人数が絞られていく。
最後に5人が残った。
「あなたたちが勝ち組ね」
「うん!」
最初に黒髪で黒い翼を持っている女の子がジャンプしてきた。
ハーピーたちは可愛いのだが、みんな髪がボサボサだ。
この女の子は目が隠れてしまっている。
モモちゃんは、私がいつもカットしてあげているから、可愛いんだけどね。
「髪の毛も切ってあげる。目が隠れて見にくいでしょう?」
「飛んでいると、平気」
まぁ、後ろに全部飛んじゃうからね。
袋からハサミを出して、彼女の髪の毛をカットしてあげた。
いつもモモちゃんの髪を切っているから、ずいぶんと腕が上がっている。
ハサミ職人に特注で、ギザギザ刃のものを作ってもらったり。
ギザギザ刃で切ると、パッツンにならないのだ。
「俺も!」「私も!」
髪を切ってくれと次々とやってくるのだが、さすがに100人は一気にできない。
毎日少しずつカットすることで納得してくれた。
まぁ、簡単に切るぐらいなら、1日で10人ぐらいはできるでしょう。
「あ、あの聖女様!」
お城のほうから声がしたので、そちらを見ると――王宮魔導師のレオスだった。
「なんでしょう?」
「ハーピーたちの髪の毛を少々いただけませんか?」
「え?! 髪を?」
いったいなんに使うつもり?
私の不審な目に彼が気づいたのだろう。
「別に怪しいことに使うのではありません! ハーピーたちはエルフの術を見抜くことができるようです。もしかして、魔道具の触媒としてなんらかの利用価値が……」
そういえば、エルフたちは結界がどうのとか言ってたような……。
それなのに、ハーピーたちに村を見つけられてしまったようだった。
「反対する! 反対だ!」
突然、反対の声が上がったのだが、そちらを見ればいつの間にかエルフがいた。
ハーピーたちが嫌いなら、近づかなければいいのに。
「耳長!」「耳長だ!」
ハーピーたちが一斉に警戒する。
一瞬にしてピリピリしたムードになってしまった。
「大丈夫よ。エルフもここじゃ、君たちになにもできないから」
「聖女様、お願いいたします!」
レオスが懇願している。
彼は魔道具を研究する者として、珍しい髪の毛を試してみたいのだろう。
ハーピーたちに確認しても、切った髪の毛はゴミだから要らないと言うし。
「あ~なるほど~、エルフが反対するならレオス様に渡したほうが正解かもね」
「なんでそうなるんだ! 我々に対する愛を忘れたのかぁ!」
そんなものは、最初からないっていうの。
それはいいのだけど、魔法の袋が集まるまで、ハーピーたちのお世話が続くのね。
そういえば、モモちゃんになにか聞こうとしていたような……まぁいいか。





