表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/98

90話 転生していたのね


 陛下から突然呼び出しを受けた。

 そこは地下にある通信施設がある場所。

 どこからか通信が入ったのだと思われるが、私に関係あるのだろうか?


 話を聞けば、通信の相手は帝国だという。

 ――帝国は大きな山脈を挟んで、この国の隣にある大国である。

 交流はほとんどなし。

 ティアーズ領から続いている街道は遥か山脈の峠を越えて、彼の地まで続いている。

 そこから帝都まで行くだけで、半年はかかる長旅だ。

 それだけの道のりを進み帝国と行き来するのは、よほどもの好きな商人かスパイぐらい。


 地下で待っていると陛下がやって来たので、帝国との通信が始まった。

 薄暗い部屋に映像が浮かぶ。

 エルフの集落と会話したときと同じだ。

 関係は良好ではないとはいえ、相手はエルフではなくて同じ人間。

 そんなに揉めることはないのではないだろうか。


 映像に沢山の人たちが写っている。

 皆色とりどりの立派な服を着ている初老から老人の男性ばかり。

 そういえば、帝国は議院内閣制だといっていたっけ。

 この人たちは議員なのだろうか?


「つながったか?」

「はい」

「私がサイード王国国王、ストレイト・フォン・サイードである」

 メイドに聞いた話では、どんな人でも国王の地位につくと、サイードという姓を名乗るみたい。

 それに応えて、一番前にいた恰幅のよい男性が自己紹介を行う。

 飾りのついたエンジ色の服の上下に、同じ色の浅い帽子をかぶっている。

 後ろにいる人達も色は違うが、皆帽子をかぶっているので、これが彼らの正装なのかもしれない。

 それと、皆がヒゲを生やしていないことに気がついた。

 王国の貴族たちはヒゲを生やしている方が多いのだが、これも文化の違いだろうか。


『アストラガルス帝国首相、パラス・レヴォルトです。お見知りおきを』

「うむ!」

 やっぱり国王と首相となれば、国王のほうが地位が上よね。

 議院内閣制となっているのだけど、これって国民投票で選ばれているのかな?


『……』

 向こうは顔を見合わせている。


「それで?! ホットラインまで使って連絡とは、いったいどんな急用なのか」

『それは、そちら様がよくご存知のはずですぞ?!』

「はて? なんのことやら一向に解らんなぁ」

『聖女の件だと言えば、お解りになりましたでしょうか?』

「おお! 王国に聖女が生まれたことを祝福してくれるとは! いつも難癖つけてくる帝国も、ずいぶんと友好的になったものだな、ははは」

 この王様――解ってて、こういうことを言うからなぁ。

 嫌味を言っているときの顔が、あの公爵のドラ息子とよく似ている。

 まぁ、親戚なのだから当然なのかもしれないが、やっぱり性格も悪いのかもしれない。


『とぼけないでいただきたい!』

 陛下の嫌味に、ついに帝国側がキレた。


「とぼけるとな? いったいぜんたいなんのことなのか、さっぱりと解らぬが……」


 彼が、映像を見ながらニヤニヤしている。


『我々が召喚した聖女を、王国が掠め取ったのだろうが!』

「なにを言い出すかと思えば――なにを証拠にそのようなことを申すのか。王国に生まれた聖女は、私が私財を投入して召喚したもの。下衆の勘繰りは止めていただきたいものだなぁ」

『くくく……』

 多分、陛下の言うとおりに証拠なんてないのだろうし、これ以上はどうしようもないのでは?

 私は、そっと手を挙げた。


「あの~」

『なんだお前は?』

 映像の中の皆が、私のほうを睨んだ。


「私が、今の聖女です」

『おお! ではお前が?!』

 私が聖女と名乗っても、彼らの表情や言葉遣いが変化することはなかった。

 これから察するに――帝国の偉い人達は、あまり聖女を奉るつもりはない感じがする。


「どちらが召喚したのか解らないですが、召喚の地は間違いなく王国だったので、今更帝国に来いと申されても困りますし、お断りいたします」

『なんだと! 我々が国家予算をつぎ込んで召喚したのだぞ?!』

 そんなの知らんがな。

 そもそも、今回のすべての元凶がこいつらだ。

 帝国が私を召喚しなければ、こんなことにはならなかったのに……。

 向こうの世界にも飽き飽きしていていつ放り投げてもおかしくなかったから、異世界での生活もそれなりに楽しかったけど。

 まぁ、最初は苦労したけど、今は笑い話だ。


「それはそちら様の事情で、私にはなんら関係ございませんので」

『くくく……』

 向こうの首相という男が、ゆでダコみたいな顔になっている。

 そこに1人の男が歩みでた。

 肩に金色の飾りがついた深緑色の上下を着て、立派なヒゲを生やした男である。

 つばのある帽子を被って、いかにも軍人っぽい。

 軍人はヒゲを生やしてもいいのか。


 帝国の軍隊のことを考えていると、私の肩にいたヤミが反応した。


「フシャァァ!」

 見ると牙をむき出して、全身の毛を逆立てている。


「え?! もしかして、あの人を知っているの?」

「ゥゥゥゥ……」

 彼は小さく唸るだけで、答えてくれない。

 軍人らしい男が口を開いた。


『我々が召喚した聖女を横取りした挙げ句、謝罪も賠償もないとは――我々帝国に対する宣戦布告と取ってもよろしいですかな?』

「ふ~ん、とりあえず、礼儀もしらぬどこの馬の骨かも解らん男に、返す言葉は持ち合わせておらぬな」

 陛下のこの言葉にヤミが反応した。


「にゃ」

「え? スチルマン?」

『くっ! ワシは、スチルマン・フェアメーゲン将軍だ! 見知りおけ!』

 男が、ヤミがつぶやいた言葉と同じ名前を口にした。

 やっぱり、彼はこの男を知っているようだ。


「ははは、そのなんとか将軍は、王国に対してなにをなさるおつもりかな?」

 陛下の言葉に、将軍という男が激怒している。


『蹂躙だ! 片田舎の王国など根こそぎ略奪し、草も生えぬほど焼き尽くしてやる!』

 堂々と略奪宣言はどうなの?

 これが、この世界の戦争なのだろうか?


「それこそ、我が国に対する宣戦布告と取ってよろしいのですかな?」

『それがどうした!?』

「帝国議会の皆様も同意見と取って構いませぬかな?」

『うう……』

 この様子から見ると、議会は軍部に乗っ取られているらしい。

 これじゃ実質独裁のようで、議院内閣制の意味がないような……。


「そうであれば是非もない。お互い死力を尽くしましょうぞ」

『後悔するぞ!』

「ははは」

 陛下が手を上げると、通信が切れた。


「なにか、最初から侵略するのが決まっていたような話ですね」

 私の言葉に陛下がうなずいた。


「まぁ、そういうことだろう。聖女のことなどついでだし、これ幸いと飛びついただけに違いない」

 そうやって周りの国に難癖つけては、侵略を繰り返してきた国らしい。


「それでは、王国も危ないのでは……?」

「その心配は少ないな」

 陛下の話では、攻め込むルートが限られているらしい。

 街道がつながっているのは、山脈に通っている峠が一箇所だけで、王国にやってくるだけで半年はかかるという、すごい難所。

 半年も軍隊を移動させるとなると、それだけの物資や食料が必要になる。

 この世界には魔法の袋という便利グッズがあるのだが、それでも大変だろう。

 それ以外の道を開拓するとなると、行く手を阻む大山脈と前人未到の帰らずの大森林という地獄。

 膨大な物資を輸送と消費しつつ、王国に侵攻するのは不可能――というのが、王国の見解らしい。


「あの、それでは海はどうなのでしょう?」

「海は海でかなり厄介だ」

 前に少し聞いたが、海には凶悪な海獣――つまり海の魔物がいるらしい。

 巨大な海の竜や、巨大な8本脚の化け物――それってタコよね?


 外洋に出た途端に襲われるから、この世界の海洋ルートはほとんど開拓されていないみたい。

 場所によっては海岸にいても襲われることがあるらしい。

 私の脳裏に、海岸にいたアザラシがシャチに襲われる映像がフラッシュバックした。

 多分、ああいう感じなのだろう。


 ――そうなると、戦艦などで艦隊を作って海から攻めてくる――なんてこともできないのだろう。


「陛下、王都の沖合にある島には海軍の基地があるとお聞きいたしましたが……」

「そのとおりだ。王国があるこのサンダルース湾にだけは巨大な魔物がおらず、漁をすることができる。一歩でも外洋に出れば、海の藻屑か魔物の腹の中だがな」

 それじゃ巨大な山脈と、大森林、海には凶悪な魔物に囲まれて外には出られないが、外敵からも守られているってのが、この国ってわけね。


 陛下の話に納得した私は、通信施設がある地下をあとにして、皆と一緒に戻ることにした。

 歩きながらヤミに話かける。


「ねぇ、さっきの将軍の名前を知っていたのはなぜ? 帝国にもいたことがあるの?」

「にゃ」

 そうらしいのだが、部屋に戻ってから話してくれるらしい。

 黒いネコにしか見えない彼に、いったいどんな過去があるというのだろうか。


 途中で陛下と分かれて、私は自分の部屋に戻ってきた。

 ヤミをテーブルの上に載せる。


「さぁ、なにがどういうことなの? 説明してくれる? まぁ、親しい仲にも礼儀ありっていうから、言いたくないっていうなら聞かないけど」

「にゃー」

 彼は渋々ながらも話してくれた。

 彼が帝国の生まれで、一旦死んだあと転生した存在であることを。


「て、転生? そんなことがあるの?」

「にゃ」

「まぁ異世界から召喚するなんてことができる魔法があるなら、転生ができてもおかしくはない――のかなぁ……」

 それに若返りだってできるようだし。


「にゃ」

「別に信じていないわけじゃないけどね」

 でも、突然そんなことを言われても――って感じでもあるが。


「それで? なんであの将軍様って男のことを知っていたの?」

「にゃ」

「暗殺?」

 彼の話によれば、ヤミはあの将軍に暗殺されたのちに、ネコに転生してしまったらしい。

 それで気がつくと、突然森の中だったという。

 死んで森の中って私とまったく同じね。

 いや、私は死んでないのか……?

 外の世界からやって来たのと、この世界内で転生した――そう聞くと同じように思えてくる。


「でも、将軍と知り合いで暗殺なんて話になったら、君はかなり身分の高い人ってことにならない?」

「……」

 なんか、ゴニョゴニョ言っているが、そこはあまり言いたくないらしい。

 私は、ネコの首元を掴むと持ち上げた。

 ネコってのはここを掴まれると本能的になにもできなくなる。


「ねぇアリス、窓を開けて」

「かしこまりました」

 彼女が窓を開けてくれたので、ヤミを持ったまま空中にぶら下げた。


「ふぎゃー!」

 彼がジタバタしている。


「やっぱり、中身が人間だったのね」

 そんな感じはしてた。


「ぎにゃー!」

「どうせ、中身はオッサンとかなんでしょ? それなのに、私たちの裸とかスカートの中を覗いて喜んでいたのね?」

 彼がなん年生きているのか解らないが、前の人生プラスすることのネコ生なのだから、オッサンは間違いない。


 回れ右をして彼を部屋の中に離すと、慌ててダッシュしてベッドの下に隠れた。

 まぁ、いまさらそんなことを責めても仕方ない。

 こちらも彼の玉々をいつも見ていたし。

 これからは着替えるときには追い出すことにすればいいわけだし。

 ベッドの下を覗き込み彼と話すと、オッドアイが光っている。


「ネコの姿になったのに、人間にも興味があるの?」

「にゃ」

 なんとなくあるらしい。


「それじゃ相手がネコの場合は? 君は、メスネコにも反応してたでしょ?」

「にゃ」

 そこらへんは、本能的なものみたいね。

 やっぱり基本はネコなので、メスを目の前にすると理性がなくなる感じなのだろう。

 たまにネコ100%のこともありそうだし。

 人間の記憶が残っているのに、それはちょっと可哀想かとは思う。

 武士の情けで、このことは内緒にしてあげるつもりだ。

 まぁ――ネコに転生なんて、信じてもらえそうな感じがしないし。


 私たちの会話もメイドたちは聞いていたが、ヤミの言っていることは聞こえてないので、会話の内容は解らないだろう。

 それにこの部屋のことを外に漏らすような子たちじゃないし。


「なんで暗殺なんてされたの? どう見ても、あっちが悪人面だったけど」

「にゃ」

 帝国が議院内閣制になって、皇室の手からまつりごとが離れると、軍部が議会と組んで好き勝手やり始めたらしい。


「まぁ普通の人間は、権力を持つと腐敗するのよね」

「にゃ」

 それに口出しをしようとしたので、邪険にされた挙げ句暗殺されてしまったみたい。


「軍部や議会に口出しをできるなんて、相当偉くないとできないでしょ?」

「……」

 それは話したくないらしい。

 無理に聞くつもりもないけど、ここまで聞いたら皇室関係者か、その近辺の人しかないでしょ。

 そういう偉い方が、ネコに転生なんてしているから――まぁ知られたくないのは解るけど。

 それで国やら政治やら、魔法のことについて詳しかったのね。

 普通のネコじゃないとは思っていたけど、帝国の偉い方の転生者ねぇ。


「にゃー」

「そりゃ信じているけど」

 ネコに転生してどのぐらい生きているのだろう。

 彼に聞いてみる。


「にゃ」

 正確には解らないが20年ほどらしい。


「20年?! そんなに生きてるの? ネコの寿命って15年ぐらいじゃないの?」

「にゃ」

 理由は解らないが、老化していないみたい。

 彼には悪いが化けネコか?


「でも、ちょっと待って、あの将軍って人とそんな前から知り合いってこと?」

「にゃー」

「ええ? 過去に戻ってるの?」

 彼の話では、ネコに転生してさらに過去に戻っているらしい。

 そんなことが――とはいえ、異世界から転移してるぐらいだしねぇ。


「にゃ」

「それじゃ、なんとかして帝国にいる自分に会って、暗殺を回避できれば……」

 彼もそれを考えて、帝国に渡ろうとしたときもあったらしいが、できなかったようだ。

 まぁ、ネコの身体じゃねぇ。

 王都にもなん回かやって来て、その方法を探したらしいが……。


「先輩も、君が転生したって知っていたの?」

 先輩というのは私にすべてを託してくれた、前の魔女だ。


「にゃー」

 どうやら知らなかったみたい。

 私は、彼を持ち上げると抱きしめた。


「君も苦労したのね~」

「なーん」

 転生して、苦しんで悩み、自分の飼い主の最後を看取って――大変だったろう。

 さっきは酷いことしちゃったかも。


 それにしても人の人生プラスネコ生が20年か。

 やっぱり中身はオッサンよね。

 政治に口を出すなんてことは子どもじゃできないはずだし。

 20歳のときに亡くなったとして40歳。

 30歳のときなら50歳だ。

 こりゃもう立派なオッサンに間違いなし。


 なんか中身オッサンが多くない?

 そういう世界なのかもしれないが。


 ------◇◇◇------


 ――それから、なにごともなく1年がたった。

 聖女としての仕事は順調で、トラブルもなし。

 最初は多かった患者も、あらかた治してしまったので通院してくる人も減った。

 すっかりと暇になってしまっているが、みんな健康になってしまったということなので、これは喜ぶべきことだろう。


 私が作った孤児院や医院も、国や教団のバックアップがあるので経営良好だ。

 高い治療費が取られることもなくなったし、子どもたちが奴隷に売られることもなくなった。


 あのドラ息子がいる公爵家はすっかりと落ちぶれてしまっている。

 寄子がみんな逃げ出してしまい影響力がなくなっているのに、昔と同じような生活をすれば――そりゃ領の経営を圧迫する。

 一度生活のレベルを上げちゃうと中々落とすことができないよねぇ。


 元々、自領の面倒もあまりみていなかったようなので、収益が落ちているらしい。

 たとえば、道や橋の整備、畑の整備やら河川の護岸工事、やることは沢山あったのに、全部おろそかにしてしまった報いがきているのだ。

 領地が広いのに収益が落ちれば、国に収める税金が滞る。

 その段階になって、最初に金のかかる騎士団を縮小したみたいだが――まずは自分たちの贅沢をやめるべきなのでは?

 ――個人的にはそう思うのだが、そんな理屈が通じる相手ではない。

 武力を減らして、有事の場合はどうするのだろうか?

 王都の近くに魔物はいないのだが、空から飛んでくるワイバーンやドラゴンみたいなタイプだっているわけで……。


 色々と切り詰めても払えないのであれば、その分の領地を物納という形で切り売りするしかない。

 こうなると負の連鎖で、どんどん力が落ちていく。

 沈んでいく船に乗る客はいない。

 そうなる前に気づかねばならなかったのに、それを怠ったのだ。


 それでも本人たちにやる気があれば、経営を立て直せるだろう。

 陛下にしてみれば、歴史のある公爵家がなくなるのは忍びないらしい。

 まぁ親戚だしね。


 陛下の気持ちは解らないでもないが、彼らがそれに気づいてまともになるかな?

 今でも、「こうなったのは、全部あの聖女のせいだ!」とか言ってそうだし。

 そんなの知らんがな。

 サウザンアワー公爵家が他国の勢力と結託する心配をする貴族もいるのだが、この王国は他国からほぼ隔離されている状態。

 外に行くのは難しいし、攻め込まれる心配もない。

 そんな感じで、公爵家が外国と手を結ぶのは無理だと言われている。


 色々とトラブルを起こしていた魔導師協会は完全に解体され、すべての職業を斡旋するハロワのような組織に生まれ変わった。

 魔導師も魔女も普通の労働者も全部一緒くたに職業の斡旋を行っている。

 国からの御布令おふれも出されて、国王と聖女の名の下に魔女への差別も禁止された。

 それでもしばらくは差別が残るだろうが、徐々に解消されていくのではないだろうか。

 そう信じたい。


 薬問屋のカデナが中心になって魔女の組合のようなものもできたのだが――。

 最初は志しが高かった組織でも、代を重ねるうちに腐敗するのはよくあること。

 魔導師協会も最初はそうだったのではないだろうか。

 カデナがやっているうちは大丈夫だとは思うが……。


 そんなわけで、王国にやって来てからほぼ1年。

 凄い平和でのんびりとした生活を送っていた、ある日。

 窓からモモちゃんがやって来た。


「ノバラ!」

「いらっしゃい、モモちゃん」

 彼が白い翼を広げて、私に抱きついてきた。

 彼の身体をなでなでしていると、窓にまた白い影が現れた。


「え?」

 普通のハーピーより小さい個体だ。

 黒い髪は耳が隠れるぐらいの長さ。

 他の子たちと違うのは、クビの周りに白いポワポワがマフラーのように巻かれている。


「……」

「え?! なに?! 可愛いんだけど!」

「そいつは、5年ほど前に生まれた子」

「そうなんだ! もしかして、モモちゃんの子ども?」

「違う!」

 モモちゃんを下ろして、その子の所に近づく――股間についているものがないので、女の子かと思われる。


「ぴゅ?」

 彼女が首を傾げている。


「おいでおいで」

 手を伸ばすと、私の胸に小さい子が飛び込んでくる。


「なにこれ~、可愛い!」

 彼女を抱き上げて、窓から離れるとメイドたちもやってきた。


「可愛い!」「可愛いすぎる……」

 メイドもハーピーの子どもを見て、目がキラキラしている。

 やっぱり、みんなそう思うよね。

 どんな生き物でも、子どもの頃はやっぱり可愛いんだ。


「モモちゃん、5年前に生まれたって言ってたけど、ハーピーってどのぐらいで飛べるようになるの?」

「生まれてから2年かかる」

 それでも2年で飛べるようになるんだ。


「そうなんだ。その間は、お母さんはつきっきり?」

「そう」

 彼の話では、移動ができなくなるので、母親は南の温かい場所にずっと留まって子育てするらしい。

 子どもが動けないから仕方ないのだが、移動ができないということは、外敵から襲われる可能性が上がる。


「安全な場所というなら、お城の裏の山がいいんじゃない? 普通の人は立ち入り禁止だし、魔物もいないし」

「うん、俺もそう思って皆に言ってはみてるが、賛同する者が少ない」

 やっぱり森で子育てする――というなにか慣習みたいなものがあるのね。


「あ、そうだ! ファシネート様に空から珍しいお客様が来ていると、お伝えしてきて」

「かしこまりました」

「多分、伝えないと恨まれるかもしれないし」

「そうですねぇ」

 アリスが出ていってしばらくすると、ドアがいきなり開いて、ファシネート様が飛び込んできた。


「ファシネート様、いけませんよ!」

「!」

 メイドの注意もなんのその、彼女は私の前にやってくると、目を見開いて感激している。


「殿下、ハーピーの子どもだそうです」

 手を出せない彼女が、私たちを色々な方向から眺めて、覗き込んだりしている。

 子どもは警戒心がないのか、他のハーピーたちのように隠れたりしないらしい。

 殿下の動きを不思議そうに眺めている。


「可愛い!」

 ファシネート様が一言叫んだ。

 やっぱり、そう思うよね。


 殿下の部屋からメイドがケーキを運んでくると、それを食べさせてみることにした。

 お姫様がスプーンでケーキを掬うと、子どもの前に差し出す。

 食べ物だと解っていないのだろうか?

 おそらくは、初めて見るものだと思うし。

 とりあえず、殿下が差し出したものを私が食べて見本を見せてあげた。

 再び彼女がケーキを差し出すと、子どもはクンカクンカしたあと、口に含んだ。


「どう?」

 私の問いかけにも、子どもは固まって動かない?


「?」

「美味しくない?」

 すると子どもが身を乗り出して、ケーキにかぶりつこうとした。


「ちょっとちょっと、それは駄目よ、あはは」

 ファシネート様がケーキを差し出すと、子どもが勢いよく食べ始めた。

 やっぱり食べたことがなかったので、美味しい食べ物だと理解できていなかったようだ。

 私とファシネート様が、2人でキャッキャウフフしていると、モモちゃんが思い出したように声を上げる。


「あ、そうだ!」

「なぁに、モモちゃん?」

「そいつの母親が、海岸沿いの森の中で沢山の人を見たと言っていた」


「え? どういうこと? 普段、只人がいなさそうな場所ってこと?」

「おう!」


 それは気になる……これは陛下にお話ししたほうがいいかな?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様より刊行の月刊「コンプティーク」にて、黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミカライズ連載中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ