88話 街の様子は
私に向けた自爆テロから始まった一連のできごとが全部解決した。
反聖女派の力はかなり削がれて、上手くいけば魔女への偏見もなくなりそうである。
私も積極的に魔女を雇ったりしているしね。
なんといっても、私も魔女だし。
事件は解決したのだが、沢山の犠牲者を出してしまったことに、少々鬱々とした生活を送っていた。
まぁ、悔やんでも亡くなった方たちが生き返るわけでもないのだが……。
もしかしたら、なにかよい方法があったのではないかと、考えてしまう。
――そんなある日、私の部屋にファシネート様お付きのメイドがやってきた。
「あの――おくつろぎのところ、大変申し訳ございません」
「構いませんよ、それでなにかありましたか?」
「あ、あの――」
メイドさんがなんだか困り顔なのだが……いったいなんだろう。
「なんでしょう? 構いませんよ」
「あ、あの! ファシネート様の所に男装して来てほしいのです!」
「はい?」
聞けば、公爵令嬢という方が殿下の下に遊びにきているらしい。
カシューという人物に会いたいと言っているようだ。
もしかして、その公爵令嬢という方は学園で会った方だろうか。
「あ~、もしかして、それってば私のせいかもしれませんから――すぐに着替えてお伺いいたしますと、お伝えください」
「誠に申し訳ございません!」
「いいのよ」
自分で撒いた種というか、身から出た錆みたいなものだし。
早速、うちのメイドたちに手伝ってもらい男装をする。
最初は間に合わせを使って男装していたが、あれから色々とバージョンアップしているし、装備も上等なものを作らせたりした。
もうどこから見ても完全な貴族である。
しかも上級貴族が装備するようなもので揃えてあるので、気分はもうやんごとなき方。
「どうかしら?」
「大変素敵でございます」
アリスは顔を赤くして、ちょっと言葉が変になっているぞ~。
「結婚したい!」
アホなことを言っているのは、クロミだ。
両手を握りしめて、フンスフンスと鼻息を荒くしている。
「それじゃ行くか!」
ドアから出ると、私の姿を見た護衛の騎士がビクっとなっている。
騎士や近衛たちは、私の男装のことをもう知っているはず。
一緒に戦闘にしに行ったりしたからね。
それでも驚くらしい。
一応、聖女が男装しているというのは、他言無用ということになっているらしいが。
狙われたりする危険を避けるために、男装をしているわけだしね~。
ファシネート様の部屋の前まで来ると、ドアをノックした。
ドアが少し開くとメイドさんが顔を出す。
コクリとうなずくと、ドアを開けてくれる。
私は中に入ると、深く礼をした。
「ファシネート様、お呼びということで――カシューまかりこしました」
「本当にいたのね!」
声をするほうを見ると、確かに学園で会った公爵令嬢だった。
え~と、公爵家は2つしかないから……。
「これは、ナッツナナーヤ公爵令嬢様にはご機嫌麗しく……」
「挨拶はいいから、こちらに来て」
「はい」
令嬢が私の手を取ろうとすると、殿下が割って入った。
「フルフル!」
私の身体に抱きついて、イヤイヤをしている。
「殿下ばかり、ず、ずるいですわ!」
「フルフル!」
「以前に申し上げたように、私はファシネート様のご寵愛を受けておりますので」
一応、この件は殿下に話して、口裏を合わせてくれるように頼んであった。
「学園での話は苦し紛れみたいな感じだったので、嘘かと思ったのに……」
「嘘で王族の名前を出せばどのようなことになるかは、ご存知のはず」
「そ、それはそうだけど……えい!」
ファシネート様の隙を見て、公爵令嬢も私に抱きついてきた。
「困ります、公爵令嬢様」
「ケイティって呼んでくださる?」
「困ります、ケイティ様」
「うふふ」
彼女が私の身体をなで回す。
あまり触れると女だってバレちゃうし。
服の上からだと大丈夫だと思うけど。
「ぴー!」
殿下が変な声を上げた。
どうやら抗議の声らしいが、初めて聞いたかも。
私もケイティ様はちょっとやり過ぎだと思うので、彼女の身体を引き離し、椅子に座らせた。
「あん! もう!」
「!」
今度は、ファシネート様がガッチリガードしている。
まぁ公爵令嬢も――これ以上は、無茶をしてアタックしてくる様子はないようだ。
そんなことをして、本当に公爵家と王家の間にヒビが入ったらマズいことになるだろう。
彼女は、陛下と一緒になって国母になるという理想があると、言っていたような気がするし。
それはいいのだが、親戚同士で結婚するのはどうなのかなぁ。
3人で座って、ケーキとお茶、私はコーヒーをもらってお話をする。
「カシュー様、剣士には見えないようだけど――」
「剣は飾りでして、本当は魔女なのですよ」
「学園の噂ではそんなことを聞いたのだけど、嘘なのでしょう?」
どうやら、私のことが学園内で噂になっているらしい。
そういえば学園の先生にも魔法を披露してしまったし。
他の学生も見ていたのかもしれない。
「本当です」
私は、光よ!の魔法を出した。
「ほ、本当なのね。あなたぐらい教養があるなら、魔導師の試験だって合格するでしょう?」
「別に興味はありませんし、それに試験の類は嫌いでして」
「それは私も理解できるわ! もう学園の試験となると、気が重くなって……」
「ケイティ様、ククナ様と仲がおよろしいですから、彼女から勉強を教わってはいかがでしょうか?」
「も、もう教わっているのだけど……」
彼女が気まずそうだ。
この子は、あまり成績がよろしくないらしい。
ククナは魔導科だが、彼女は普通科。
どうやら魔導科のほうが勉強は難しいみたい。
まぁ、魔法の勉強もあるしねぇ。
卒業するまでに魔導師の資格を取るのも必須だと聞いたし。
公爵令嬢とお茶をしたあとは、自分の部屋に戻った。
そこにお客様だ。
大司教と立派な白い祭服を着てメガネをかけた女の子が1人。
大司教が来たという話を聞いて、お兄さんもやってきた。
女の子はどこかで見た気がするのだが……。
「聖女様、こちらが新しい大司教になります」
「よろしくお願いいたします、聖女様」
女の子がペコリとお辞儀をした。
可愛いのだが――。
「……?」
私が不思議そうな顔をしているので、元大司教様が説明をしてくれた。
「聖女様、彼女はロドレッタでございます」
ロドレッタって確か――ブッチーニが暴れたときに、大司教と一緒に来ていた女性?
「え? え~? も、もしかして、この前やって来てた女性ですか?」
「はい」
あのときは、初老の女性だったはず。
「それじゃ、本当に神器とやらで若返ったの?」
「はい、そのとおりでございます」
「え~」
これは本当にびっくり。
実は、お兄さんの話も大司教の話も信じていなかった私だが、この目で見てしまうと、マジですか――って感じ。
驚いたのだが、1つ気になることがある。
「あの――若返ったのに、目は治らないの?」
彼女はメガネをかけている。
「はい、身体が若返るだけで、病気や怪我などはそのまま引き継がれてしまいます」
「その目は近眼?」
「近眼ですか? それは――」
近眼という単語が解らないようだ。
「本ばかりよんで遠くが見えなくなることなんだけど」
「いえ、違います。歳のせいか、近くが見えなくなってしまいまして……」
なんと老眼だった。
若返って女の子になったのに老眼とは。
「う~ん、ちょっとこっちに来てくれないかしら?」
「はい」
彼女を連れて、私のベッドの縁に腰掛けた。
聖女の力を使うためだ。
今日はヴェスタがいないので、気を失ったらベッドに倒れることにしよう。
「聖女の力を使いますので」
「そ、そんな恐れ多い――」
「大司教様になって目が悪いと大変でしょ? もっと悪化するかもしれませんし」
「ありがとうございます」
彼女の目に力を使う。
どのぐらい倒れるだろうか?
――目を覚ました。
「聖女様?!」
「大丈夫よ。なん分ぐらい倒れてた?」
「数分です。本当に奇跡を使われると、倒れてしまうんですね?」
「ええ、歴代の聖女様はどうだったのかしら?」
私の質問に元大司教が答えてくれた。
「似たような話は伝わっておりますが、ノバラ様のような強大な力をお持ちの聖女様がいなかったのも事実」
私の力は、結構規格外らしい。
まぁバラバラになって死にかけの人間まで復活できちゃうしね……。
「それより目はどう?」
「あ、あの、メガネなしでも近くが見えるようになりました」
「よかった。ルナホーク様の古傷も癒やしちゃったぐらいだし、老眼ぐらいは余裕よね」
「申し訳ございません、このようなことで聖女様のお力を……」
「あ、ごめんなさい、老眼などと言ってしまって」
「いえ、事実ですから……」
皆で椅子に座ると、窓から声がした。
「ノバラ!」
「あ、モモちゃん、いらっしゃい」
窓に行くと、モモちゃんを抱きかかえた。
「最初ブッチーニを捕らえたときにもハーピーがおりましたが」
「ハーピーがこのように人に懐くとは……」
新旧2人の大司教も、私とモモちゃんが仲良しなのに驚いているようだ。
知らない人が多いので、翼を持つ彼が少々怖がっている。
結構威勢のいいことを言うのに、人見知りなのよねぇ。
そこがまた可愛いんだけど。
それはいいのだが……見回すと、小さくて可愛い子ばっかりでキャッキャウフフなのだが、中身はオッサンと爺婆(失礼)だという……。
これはいったいどういう光景なのだろうか。
異世界らしいといえばそうだが……。
引退してしまった猊下は、これからちょくちょくお城に遊びに来るようだ。
お兄さんと友達だと言っていたからねぇ。
これからは悠々自適な隠居生活ってところかな?
「あ、そうだ――少々お尋ねしたいことがあるのだけど」
私は元大司教、サルダーナに気になっていることを質問してみた。
「なんでしょうか? 聖女様」
「その姿になって、寿命はどうなるのですか?」
「少し延びます」
「延びるんだ」
「はい」
横からお兄さんが入ってくる。
「老化はしなくなるけど、老衰はするよ」
それじゃ姿は若いままで、徐々に動けなくなるってこと?
それはそれで……どうだろう。
女は若い姿のままのほうがいいと思うけどねぇ。
------◇◇◇------
――そのまま平和な日々が続いた。
色々と酷いことをやらかしてしまったので、私は街の人々から「黒い聖女」とか言われるようになってしまった。
――それならばと、服飾デザイナーのカプティフを呼んでもらい、新しいドレスを作った。
スカートの裾から黒い花が咲くグラデーションのデザインである。
当然スリットが入っていて、自慢の長い脚がチラリ。
私もデザイナーだからねぇ。
こういうのは得意よ。
新しいドレスにルナホーク様は、渋い顔をしている。
「ルナホーク様、似合いませんか?」
私は黒い花を翻した。
「いえ、お似合いになっております。むしろ似合いすぎているところが、私の心に影を落とすのでございます」
「難しいことをおっしゃるのですねぇ――」
「……」
彼が黙っているのだが、言葉にしづらいようだ。
「つまりはこうでしょう? 私に黒いドレスが似合っているので、聖女が黒い人間だとご自分の心の中で認めているのではないか――と」
「……そのとおりでございます。申し訳ございません」
「あはは、まぁそのとおりなので、ルナホーク様の謝罪は必要ありませんよ」
――新しいドレスを身にまとい、聖女の公務を続ける。
聖女のお仕事である奇跡を使っての治療も数が少なくなってきた。
ほとんどの患者を一通り治療してしまったからである。
病気や怪我人がいなくなれば、今度は痩身などの美容の相談を受けるようになった。
さすがに奇跡を使っても痩せることはできない。
病気で肥満しているとかなら別なのだが、打つ手がないわけではない。
以前に作って使うあてがなくなっていた、ドラゴンの鱗入りの紫回復薬である。
使いかたのマニュアルも書いた。
マニュアルといってもペラ1枚だが、これを増やしたい。
メイドに話を聞くと、そういうときには街の写本屋さんで写本してもらうのだそうだ。
本とかもそういう感じで作っているわけね。
過去には聖女によって金属活字が提案されたこともあったらしいのだが、広まってはいない様子。
昔ながらの写本や製本に携わっている人たちが沢山いるので、産業を守るためだろうか。
そこら辺は不明だ。
いつものように男装して肩にヤミを乗せると、お城を抜け出して街の写本屋に向かう。
もちろん、護衛のヴェスタとアルルも一緒だ。
メイドの紹介でやって来たのは、石造りで平屋のちょっと大きめの建物である。
小さな階段を上ると、少々立派なドアを開けて中に入る。
目の前に長いカウンターがあり、女性がなん人かで対応していた。
その奥にはずらりと机が並び、沢山の女性たちが作業している。
写本は、数少ない女性向けの職業のようだ。
確かに、ここに金属活字を持ち込むと、彼女たちの仕事を奪ってしまうかもしれない。
この国は女性たちの仕事を守るほうを選んだのだろう。
私はカウンターに向かった。
「こんにちは。初めて利用する」
「あ、あの、いらっしゃいませ……」
カウンターの若い女性が、顔を赤くしている。
赤髪を上でまとめて、そばかすが目立つ。
「この文面を増やしたいのだ」
「いかほどですか?」
「そうさな……50枚ぐらい」
「それであれば、印刷がよろしいかと思います」
「印刷があるのか?」
「はい」
彼女が板を持ってきてくれた。
見れば銅板らしい。
「銅板に彫り込むのか?」
「はい、そのあと銅板を腐食液に浸けますと、溝ができますので、そこにインクを入れて刷ります」
どうやらエッチングの版画と同じものらしい。
確かに原稿が一枚で沢山刷るなら写本するよりは楽かも。
枚数が増えても対応できるし。
彫るときには鏡文字にしないといけないので、大変そうだが。
「それで料金は、どのぐらいになる?」
「金貨1枚です」
結構高いが、手書きで写本しても同じぐらいかかるらしい。
その点、こちらは原版を残してくれるので、次も同じものを頼むときには安くなるという。
「いかがいたしましょう?」
「それでは印刷で頼む」
「かしこまりました」
私は、金貨を1枚渡した。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「あの、ネコちゃん可愛いですね」
受付の女性が、顔を赤くしてモジモジしている。
相変わらず、この格好は女性に破壊力大のようだ。
「はは、ありがとう」
「にゃー」
「ネコもお礼を言っている」
「本当ですか?」
「にゃ」
印刷を頼んだ私は、お城に戻るために外に出た。
マニュアルができたら、お城のアリス宛に送ってもらうことにしている。
送り先がお城だと言ったら、驚いていたが。
まぁ、当然かも。
乗り合い馬車が走っている所に向かおうとすると、突然ヴェスタが反応した。
「な、なんだよぉ……」
聞いたことがある声に後ろを振り向くと、三毛の獣人のミャールだった。
「ミャールか」
腰の剣に手をかけているヴェスタをどかせた。
「よぉ!」
彼女がニコニコしている。
「元気だったか?」
「もちろん~」
彼女が私に抱きついてくると、ゴロゴロしている。
ミャールは私が女だと知っているのに。
仕方ないので、喉の辺りをなでてやると気持ちよさそうにしている。
はぁ、獣人たちの毛皮は、手触りが最高なのよねぇ……。
「この姿のときは、カシューと呼んでくれよな」
「解ってるよ、旦那。へへへ」
そう言われるのもちょっと抵抗があるのだが、獣人たちのそういう言葉遣いなのだからしょうがない。
「仕事は順調か?」
「まぁね。でも、旦那からもらうみたいな美味しい仕事はないねぇ」
「私のは例外だからな」
「旦那たちはどこに行くんだい?」
「これから乗り合いの馬車に乗って、お城に帰るところだ」
「なんだぁ残念」
彼女にそう言われると、そろそろ昼ごろだと気付いた。
せっかく街にやってきたのだから、昼飯でも食べようか。
「ミャール、どこか飯を食えるところを知らないか? 奢るぞ?」
「本当かい!? あたいがいつも行ってる店でいいかい?」
「味は大丈夫なんだろうな?」
「もちろん!」
彼女が自信満々にそう言うのだから、大丈夫なのだろう。
お城に戻るのは後回しにして、彼女のあとをついていくことにした。
「せい――カシュー様、よろしいのですか?」
「まったく問題ない。街の食堂がどんな感じなのか興味があるし」
「でも、身分の高い方が訪れるような場所ではありませんよ」
「あはは、私だって元々身分は高くないから大丈夫だな」
「……」
私たちの前を歩いているミャールだが、耳をくるくると回しているので、会話も全部聞こえているだろう。
5分ほど歩くと、彼女のオススメの店に到着した。
「ここか」
「ここは安くて量があるんだぜ」
彼女に案内されたのは、石造りの四角い形の店。
中からワイワイと人の声が聞こえるので、繁盛しているようだ。
これだけ人が入っているってことは、美味しい店なのかもしれない。
中に入るといいにおいが漂い、テーブルが結構埋まっている。
皆が粗末な服を着た、街の住民たちだ。
私たちはちょっと場違いな気がする。
特に男装している私は、いかにも貴族風の格好をしているし。
客たちは、こちらをチラ見しているが、絡んでくるようなことはないみたい。
「あ、あの――カシュー様、こんな店で本当によろしいのですか?」
アルルがひそひそ話をしてくる。
「ああ、私は気にしないからな」
彼女の話を聞きながら、私の興味はここで出される料理に移っていた。
もう完全に食べるつもりなので、客たちが食べているテーブルを見回す。
いったいどんな料理があるのか見当もつかないからだ。
こういう場合は、人の食べているものを注文するのに限る。
「ノバラ――じゃなかった、カシュー様はどうする?」
「あのヒラヒラと団子が入っている料理がいいな」
なにかパスタ料理のように見える。
「ああ、あれね。あれも美味いよ」
「それでは、私もカシュー様と同じものを」
ヴェスタも解らないようなので、私と同じものを食べるようだ。
「はいよ」
「私はシラスコを」
アルルが謎の料理を頼んだ。
「なんだ、あんたはこちらの人間だったのか」
「私は、元々孤児だったし」
ミャールは、シラスコというのがなにか知っているらしい。
しばらく待っていると料理がやってきたのだが、給仕の女性が私に色目を使ってくる。
「ちょっと、ミャール。こちらの方を紹介してよ」
「やめときな」
ミャールもまったく相手にしていない。
「すまんな」
「ふん!」
私が頼んだのは、やっぱりパスタらしい。
白いヒラヒラしたものが、スープの中に泳いでおり、肉団子が沢山入っている。
アルルが頼んだ料理は、サンドイッチみたいなもの。
「それは、パンになにか挟んであるのか?」
「魚と野菜と、魚を漬けた酸っぱいものです」
多分、アンチョビみたいなものだと思われる。
確かに、それっぽい料理はお城ではでなかったなぁ。
でも美味しそうではある。
今度訪れたときには、食べて見ようかと思う。
パスタを一口食べてみると、中々美味しい。
団子は、魚のすり身だった。
やっぱり海の近くなので、動物の肉より魚のほうが安いのだろう。
これはこれで、シーフード料理として美味しい。
シーフードヌードルの中に魚のすり身が入ってるみたいな感じだろうか。
美味しいのだが、香辛料が入っていないので、パンチに欠けるし魚介類の生臭さがある。
香辛料は高いので、こういう庶民の店で使うのは少々難しいのだろう。
マナー違反だと思うのだが、私は自分の袋から香辛料の入れ物を取り出した。
隠すようにしてパスタに振りかける。
「かける?」
一応、ヴェスタにも確認する。
「はい」
躊躇なくそう答えたってことは、彼もそう思っていたのかもしれない。
見れば、アルルも申し訳なさそうにしてパンを取っている。
どうやらサンドイッチにもふりかけて欲しいらしい。
確かに、香辛料が入っていたほうが美味しいそうだ。
「ありがとうございます……」
「ミャールは?」
「いいのかよ」
「多分、入れたほうが美味しいと思うぜ」
一足先に食べたアルルが、サンドイッチを頬張ってニコニコしている。
「ほんじゃ……」
彼女がパンを取ったので、そこにふりかけてやる。
「ほら、どうぞ」
ミャールがパンを乗せると、一口頬張った。
「パク……もぐもぐ……ガツガツ!」
一口食べたあと、一気に食い尽くした。
「美味そうだな」
「ウマー! 全然違うじゃん!」
「ちょっと、あまり騒ぐなよ。バレるだろ」
「あ、悪い!」
彼女が口を押さえると給仕を呼んで、もう1個同じものを注文した。
まだ食べるようである。
私が食べているパスタも、香辛料が入って芯が通ったような感じになった。
生臭さもうまく消えている。
すり身団子にショウガでも入ってれば違うと思うんだけど。
ショウガも香辛料の1種だからねぇ。
この世界じゃ高いかもしれない。
「ミャール、なにか面白い街の話とかある?」
「んあ? 悪所にあった、デカくてヤベー組織が丸ごとぶっ潰された」
「知ってる」
「教団に異教徒がいて、ヤベーことをやってた」
「それも知っている」
「色々とヤベーことをやってた魔導師協会が、王様によって潰された」
「そいつも知ってるな」
「みんな聖女様がやったって話だけど……」
「ちょっと違うが……」
私の言葉に、ヴェスタとアルルが異議を唱えた。
「すべて聖女様による街の浄化計画の一環だ」「すべて聖女様による街の浄化計画の一環です」
「やっぱり、そうなのかぁ……」
ミャールが妙に納得している。
これは否定しても無駄っぽい。
まぁ、無理に否定しなくてもいいのだが……。
こんな具合に、下町での料理を堪能してお城に戻ってきた。
自分の部屋で着替えていると、ドアがノックされる。
やって来たのは、殿下お付きのメイドさん。
「なにかありましたか?」
「あの……ファシネート様が大層ご立腹で……」
「え?! なにかあったの?」
「あの、聖女様が……」
「え?! 私?!」
私が原因らしいので、慌てて殿下の下に行く。
部屋に入ると、彼女がベッドの上で枕を抱いてむくれていた。
「あの――私が、なにかいたしましたか?」
「ブンブン!」
彼女が両手を縦に振っている。
「せ、聖女様がなにもしてくれないから、ファシネート様がご立腹なのではと……」
「コクコク!」
「私が……?」
そういえば、男装して彼女と遊びに行く約束をしたっけ……?
そのせいかぁ。
どうやら殿下と、お忍びでまた街に行くことになりそうだけど、許可が降りるのかなぁ……。





