83話 騎士団突撃!
お城を爆破して聖女である私と、王族の命を狙ったテロ。
その犯人を捕まえなくてはならない。
可能な限り首謀者を生け捕りにして、誰から頼まれたか? それを突き止めなくてはならない。
これは政にも大きく関係してくるので、陛下が全面的にバックアップしてくれた。
私たちが、元暗殺者であるロサという少年の案内によって、悪所と呼ばれる場所に潜り込むと、大きな施設が目の前に現れた。
これから察するに、暗殺団というのはかなり大きな組織のようだ。
その組織を一網打尽にするための作戦を練るためには、詳細な地図が必要――というわけで、モモちゃんの力を借りた。
彼の目と記憶力、そして魔導師の魔法によって作りだされた悪所の詳細な地図。
陛下直属の笛吹き隊からも、敵の本拠地の内部の情報がもたらされた。
いったいどうやって情報を集めているのだろう。
詳しい内部の構造まで揃っている。
建物は3階建てで、幹部連中は最上階にいるらしい。
この情報は、ロサによる裏付けが取れて正しいことが確かめられた。
ただし、少年は下っ端らしく、機密の高い場所のことは解らないようだ。
敵の首領の面も割れた。
男の名前は、ギルドン。
逆立った黒い髪の毛と、ヒゲモジャの男らしい。
小柄だが、ガッチリとした体型だという。
できあがった地図と、集まった情報を基に作戦が立案された。
騎士団と国軍を投入する、大規模作戦だ。
――いよいよ作戦当日である。
お城の前に国軍が並ぶ。
国軍の兵士は、槍を持った歩兵ばかりなので移動が遅い。
先に出発し、北と南に向かうと見せかけて、そこから反転して悪所を包囲する。
ちょうど包囲が完了する頃に、騎士団の突入が始まるわけだ。
気づいたときにはもう遅く、悪党どもの逃げ場はない――はず。
国軍が出立してから3時間ほどたつと、男装した私はヴェスタの馬に乗った。
聖女の格好をしていたりすると、真っ先に狙われるからだ。
それにパンツなら馬に乗ることもできる。
スカートだと本当に面倒だし。
いっそ、普段もパンツで過ごしたいところなのだが、聖女だからそれは許されないと思う……。
普通は聖女が前線に出ることはないらしい。
それは当然だとは思うが、私は魔法が使えるから大丈夫。
なんといってもワイバーンも倒したしね。
子どもを使い捨てにするやつらなんて絶対に許せない。
絶対に根絶してやるから。
――とは言っても、殺すつもりはない。
そういうのは、この国の裁きに任せるつもりではある。
「にゃー」
私の肩にはヤミもいるし、後ろには護衛であるアルルの馬。
ルナホーク様は留守番である。
私たちの位置は、騎士団の団長であるヴァンクリーフ様の隣。
私のことを知らない騎士たちが、訝しげな顔をしているのだが、致し方ない。
団長が、並んでいる騎士たちに告げた。
「皆の者、傾注!」
団長の声に騎士たちが固まった。
「聖女様からのお言葉を賜わう」
「聖女様?」「聖女?」「なんだって?」
ヴァンクリーフ様の意外な言葉に、騎士たちが顔を見合わせている。
まさか目の前にいる優男が聖女だとは思わなかったに違いない。
騎士団を改めて見れば、ローブ姿の者たちもいるのだが、彼らは騎士団に雇われている魔導師たちだろう。
魔導師と聞くと、駄目駄目な魔導師協会のことが浮かぶのだが、彼らは信用できるのだろうか?
いや、魔導師といっても、すべてが駄目な人たちばかりではない。
しっかりと志を持った人たちもいるはず――多分ね。
ヴァンクリーフ様の目利きを信じるしかないだろう。
「聖女のノバラです。今日は訳あってこういう格好をしていますが、ご理解ください。護衛がついておりますゆえ、私のことは気に留めることなく、各々の責務をまっとうしてくださいますよう、お願いいたします」
私がそんなことを言っても、やっぱり男装しているのが気になるのだろう。
まだ騎士団がざわついている。
「聖女様」
「はい」
「聖女様が奇跡をお使いになると、しばらく行動不能になると聞き及んでおります」
「そのとおりでございます」
「我らが騎士団の中に怪我人が出たとしても、その力の行使はお控えになるようにお願い申し上げます」
今回の作戦は、悪党どもの殲滅が主目的ではない。
聖女と王族を爆殺しようとした事件の首謀者と、その証人の確保が目的だ。
騎士の1人が怪我をしたとして、その力を使ってしまうと、目的が達成できない可能性がある。
非情だが、大きな目的のためには小さな犠牲には目を瞑るということになってしまう。
「承知いたしました」
ざわついている騎士たちに、団長が声を上げた。
「騎士たちに問う!」
「「「……!」」」
「命が惜しい者がいるなら、この作戦から抜けることを許可する!」
「「「……!」」」
騎士たちは、じっとしてその場から動かない。
それは当然だ、この場で抜けるような者がいれば、とっくに騎士は辞めているだろうし。
「それでは出立する!」
騎士団は目的地に向けて出発した。
馬上から上空を見ると、白い翼が円を描くように飛んでいる。
あれはモモちゃんだろう。
白い鳥たちは、彼に食べられたか逃げてしまったようだし。
騎士団は急ぐでもなくゆっくりと進んでいるのだが、敵の施設の包囲が完了したのと同時に突撃の開始が必要になるはず。
そのタイミングを合わせるのはどうやっているのだろう。
そう考えていると、前から黒い獣人が走ってきて馬列に並んだ。
「騎士団の団長様でございますか?」
「うむ」
獣人がヴァンクリーフ様に手紙を手渡した。
「これを――返事は不要とのことでした」
仕事を終えた獣人は、すぐに行ってしまう。
「よし! 全軍、作戦地に向けて急行する!」
「「「おう!」」」
包囲が完了した連絡に、獣人の飛脚を使ったわけだ。
騎士団が速力を上げた。
これなら10分もしないで悪所に到着できるだろう。
騎士団が街の中に入ると、通りに溢れている人の波が真っ二つに割れていく。
元世界であった緊急車両の通行のように、そういう決まりができているのかもしれない。
なにごとかと、沢山の住民たちがこちらを見ている。
騎馬の列はそのまま悪所になだれ込んだ。
私たちが見た、高い塀に囲まれた暗殺団の本拠地に到着。
敵の見張り台にいる連中が慌てているのが見える。
今、慌てても包囲は完了しているし、すでに裏口も押さえられているのだが。
固く閉じられている黒い門に使者である騎士が一騎向かった。
門は両開きのように見える。
「開門! 我々は王都騎士団である! 聖女様及び王族爆殺の件で詮議致す!」
返答がないようなので、すぐにローブを着た魔導師が呼ばれた。
馬に乗った魔導師が門の前に出て、魔法で開けるようである。
「虚ろな異空へと――」
これは爆裂魔法の魔法だ。
青い光が集まると、黒い門が赤い爆炎に包まれた。
爆風がこちらまでやってきたのだが、空気の揺らぎがなくなると、なにごともなかったように黒い扉がそこにあった。
魔法を唱えた魔導師が団長の所に戻ってくる。
「ヴァンクリーフ様、魔法が扉まで届いておりません!」
「どういうことだ?!」
「恐れながら不明です……結界とも違うようですが」
原因不明のようだが、魔法が効かないらしい。
ここでグズグズはしていられない。
「私が開けます!」
私の魔法なら吹き飛ばせるでしょ。
それに扉がだめなら壁を崩せばいいわけだし。
「聖女様がですか?」
「もたもたしていると敵を逃したり、証拠を隠滅されたりしますよ!」
「た、確かに……」
彼が決めかねているようだが、強引に魔法を使う。
「光弾よ!」
私の上に大きな白い光の矢が浮かぶ。
「こ、光弾の魔法では――」
魔導師の声に構わず、魔法をぶっ放す。
「我が敵を撃て!」
撃ち出された光の矢が目標に着弾した。
私が狙ったのは、門の扉を支えている蝶番がある左側。
命中した光弾はそのまま石の壁を吹き飛ばし、内部に着弾したらしい。
爆風と衝撃波で見張り台が倒壊した。
扉が倒れると、もうもうと土煙が舞い上がる。
「ちょっと威力がありすぎたかな……?」
力加減を間違ったようだが、とにかく門は開いた。
それはいいのだが、魔法があたったはずなのに扉は破損していない。
「「「……」」」
騎士団が固まったまま、あっけにとられている。
「あの、ヴァンクリーフ様? 開きましたよ?」
「き、騎士団突撃!」
「「「おおおおっ!」」」
騎士団が一斉に門の中になだれ込んだ。
私たちも邪魔にならないようにあとからついていくが、周囲に警戒を怠らない。
内部には石造りの2階建ての建物が3棟並んでおり、それがE型につながっているようだ。
広い運動場のようなスペース、丸太で作られたアスレチックコースのようなものまである。
一見、元世界の学校のよう。
ここで暗殺者を育成するための訓練が行われていたのだろうか。
「上からは――大丈夫みたいね」
見張り台は私の魔法で全部倒れたようで、建物の一部も私の魔法の直撃で倒壊して大穴が空いている。
当然、犠牲者が出てしまったようだが……今は振り返っている場合ではない。
それにこいつらは悪党だ。
いやでも……ロサのように孤児がなにも解らずに、ここにいることも考えられるし……。
その可哀想な子どもをこれ以上増やさないためにも、今はやるしかないのだ。
敵の首領を逃せば、ここを潰してもまた復活する。
今は心を氷の中に閉ざし、泣くならあとで泣こう。
「幹部らしき者以外、抵抗する者はことごとく切り捨てろ!」
「ヴァンクリーフ様! 子どもたちは――お願いいたします!」
「承知した! ――が、やむを得ない場合もあると、ご理解願いたい」
「は、はい」
裏口に回っていた騎士団も突撃して、私が破壊した正面の門からは国軍もなだれ込んだ。
裏口と正面の門も固められた。
高い壁に守られたこの場所だから、逆にここからはもう逃げられない。
手練が揃っているだろう悪人どもも、これだけの軍隊相手では手も足も出ないだろう。
実際に次々と切られたり、槍の餌食になっている。
「建物の中を虱潰しにするのだ!」
「「「おおお~っ!」」」
さすがに、馬に乗ったままでは建物の中には入ることができない。
騎士団が全員馬から降りて、建物に躍り込んだ。
「おおっ!」「うわぁ!」「ぎゃぁ!」
建物の中から、武器がぶつかる音と叫び声が聞こえてくる。
「行きます!」
私は覚悟を決めた。
「聖女様、危険です!」
ヴェスタは当然止めるだろうが、今回は言うことを聞くつもりはない。
「今回の首謀者を捕まえるためには、なるべく最前線にいなくては!」
私たちも建物の内部に侵入した。
薄暗い内部には敵の死体が無数に転がっており、生臭さと酸いにおい、異臭が充満している。
怪我をしている騎士もいるのだが、先になにがあるのか解らない状態で癒やしは使えない。
後ろ髪を引かれつつ、警戒しながら先に進む。
1階の部屋では全部のドアが開かれて、内部が見えるようになっている。
ここは捜索が終わったという証だろう。
下から虱潰しにすれば、あとは屋根裏や屋根に逃げるしかなくなる。
敵の幹部連中は3階にいるらしいし、そうなれば袋のネズミだ。
国軍の兵士たちも建物の中に入ってきて、捕縛した敵や怪我人などを運び出している。
1階はすでに兵士たちで溢れているし、ここの敵は全滅させたのだろう。
地下もあるらしく、階段から兵士たちがなだれ込んだ。
事前の諜報では、地下に通路などの抜け道はないということだったのだが……。
私は、2階に上がる階段の欄干に手をかけた。
――突然、建物が揺れて轟音とともにガラガラとなにか崩れる音。
2階ではない――3階か。
「聖女様!」
私は、ヴェスタを振り切って3階まで駆け上がった。
3階も沢山のドアが開かれており、敵と味方の死体が多数転がっている。
おそらく、上に行くほど強敵がいたのではなかろうか。
生き残った騎士たちによって捕縛されている者もいる。
「にゃー」
「解ってる……」
怪我をしている者も沢山いるのだが、今は治療はできない。
沢山の躯が転がる3階を進み、角を右に曲がると――突然目の前が明るくなった。
なにかの爆発で、建物がまるごと崩落していたのだ。
崩れた向こうの廊下や2階の廊下に騎士や兵士の姿も見える。
そして足下には、多数の騎士団員が転がっていた。
「聖女様……」
声のするほうを見れば、壁にもたれている血まみれのヴァンクリーフ様を発見した。
「ヴァンクリーフ様!」
「せ、聖女様……力を使ってはいけません……」
彼が震える手を屋根に向けた。
そこには黒装束で、崩壊したガレキをよじ登る男の姿が。
身が軽く、ひょいひょいという感じで登っていく。
さすが暗殺団の幹部だ、実力もあるのだろう。
小柄でガッチリとした体型。
逆立った黒い髪でヒゲモジャ……ロサが言った通りだ。
あいつが、ここの首領であるギルドンに違いない。
「あ、あの男が、子どもを盾にして……」
彼の言葉で、すべてを察した。
あの男がまた子どもを使い捨ての兵器として利用したのだ。
「にゃー!」
「許さない!」
私は、建物が崩れているギリギリまで近づくと、魔法を唱えた。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
私の周りに現れた10本の光の矢が、屋根の上によじ登った男に向けて撃ち出された。
もちろん致死性の攻撃ではない。
かなり手加減をしているものなのだが、男の周りでピンク色の光の粒になって弾かれた。
男は屋根の上で仁王立ちになっている。
「うはははは!」
男の高笑いが聞こえてきた。
「え?! なに?! 防御魔法?」
あの男が防御魔法を使ったようには見えなかった。
「にゃ!」
ヤミにも、魔法を弾いた力の正体が解らないようだ。
そんなことよりも、逃げられる。
あいつに魔法が効かなくても、建物自体を崩せばいい。
私は再び魔法を唱えた。
「光弾よ! むぅぅぅぅ~我が敵を撃て!」
今度は威力がマシマシの光の矢が男に向かう。
撃ち出された光弾が、建物を貫通して多くの破片を撒き散らしたのだが、男の近くまでいくとピンク色の破片に分解された。
やっぱり魔法が通じない。
こんなことってあるの?
「これじゃ……」
一瞬、逃げられる――と思ったのだが、屋根の上からどうやって逃げる?
どこかに逃げ道があるのか?
それよりも魔法が通用しないのにどうしようか。
あぐねていると――上空から白い影が舞い降りた。
「ノバラ!」
モモちゃんは上空から私の姿を見つけたのだろう。
「モモちゃん! 危ないからここから離れて!」
私は、黒装束の男を指した。
「あいつがノバラをイジメているんだな!」
「駄目よ、モモちゃん!」
私の所から飛び降りて地面スレスレを滑空してた白い翼が、再び急上昇。
上空でくるりと反転して、急降下で鋭い爪で男を襲った。
「くそ! ハーピーだと! なんでこんなやつらが、ここにいるんだ!」
バサバサと滞空しながら、モモちゃんの鋭い爪が男の掲げた腕に食い込んでいる。
「ギャア! ギャア!」
ハーピーの叫び声だろうか?
初めて聞いた。
「この、クソ鳥がぁ!」
男がどこからか剣を出して、振り回した。
それに私も慌てたのだが、モモちゃんは男の腕を咄嗟に離して、いったん距離を取った。
「ギャア!」
ハーピーと男が、ジリジリと睨み合っている。
魔法も通じないし、なんだか手詰まり感が出てきたのだが、彼の攻撃は無駄ではなかったようだ。
モモちゃんが時間稼ぎをしてくれたおかげで、3階を制圧した騎士団と兵士たちが屋根まで登ってきていたのだ。
これで悪党の逃げ場は完全になくなった。
「大人しく降伏しろ!」
「てやんでぇ! クソ騎士どもが、やれるもんならやってみろい!」
どんどん包囲が縮まり、男は屋根の縁に追い詰められている。
建物の下にも国軍が包囲して、なん重にも囲いができており、これじゃ絶対に逃げられっこない。
「にゃー」
ヤミが私の肩から飛び降りると、瓦礫を伝って下に降りだした。
咄嗟に、私も降りなければ――そう思って辺りを見た。
捕縛のために取り出したと思われるロープが、廊下に放り出されている。
それを掴んでヴェスタに手渡した。
「どこかに結んで!」
「聖女様、危険です」
「追い詰められたあの男が、下に落ちるかもしれない。早く!」
「かしこまりました……」
ヴェスタが、ガレキに足をかけて、ロープの端っこを持っててくれるようだ。
その後ろにアルルもついて、ロープを持っている。
それを確認した私は、ロープを持って崩れた建物を下りはじめた。
ギリギリとロープの繊維が、手に食い込む。
皮が剥けても、聖女の力ですぐに元どおりになる。
私がぶら下がると、2階にいた騎士に支えてもらった。
「ありがとうございます」
続いて1階に降りる。
上を見れば、悪党が屋根のギリギリまで追い詰められていた。
猶予がない。
私は地面に飛び降りた。
「く、クソぉ! クソ騎士に捕まるぐらいならなぁ! このギルドン様を舐めるんじゃねぇぜ!」
「「「おおお~」」」」
下にいた兵士たちから驚きの声が上がる。
ギルドンという男は、屋根から飛び降りたのだ。
滑って落ちたとかそうではなく、自分から屋根を踏み切り、地面にダイブして自らの命を絶ったわけだ。
放物線を描いて落下してくる男に、兵士たちが慌てて後ろに下がる。
近くにいた兵士とぶつかり、将棋倒しになっている場所もある。
1秒ほどの滞空のあと、男は地面に叩きつけられた。
彼の悪党としての矜持なのか、それとも仕事を受けた者への忠誠なのか。
あるいは両方か。
私は地面で踏みつけられたカエルのようになっている男に駆け寄った。
頭は潰れて赤いものがはみ出ており、ビクビクと痙攣を繰り返している。
地面には黒い滲みが広がっていく。
この男は飛び降りた瞬間に勝ちを悟ったのだろうが、そうはいかない。
ここに聖女がいたことが、この悪党の悔恨の始まりとなるのだ。
私の奇跡は、まさにこのときのためにあった。
「天にまします我らが神よ。この愚かなる男にも、救いと癒やしの奇跡を与えたまえ」
――私は、天に願いを唱えながら、心の中に黒い炎を燃やしていた。
こんな男の命を救わねばならないなんて!
この悪党の命と引き換えに、助けられなかった命が沢山あったのに!
それをこの男に償わせなければならない。
――目が覚めた。
天井が見えるが、まったく知らない場所だ。
「にゃー」
私に気がついたのか、ヤミがやって来て顔にスリスリしている。
「聖女様!」
ヴェスタが私の顔を覗き込む。
「どのぐらいたったの?」
「2時間ほどです」
「ここは?」
「私たちが侵入したあの建物の中です。ただいま捜索が行われております」
「そう、あの男は?」
「聖女様のお力で一命をとりとめ、お城に護送されました」
「そう……」
なんとも、やりきれないこの気持ちはなんだろう。
身体は問題なく動くようなので、起きてベッドの縁に腰掛けた。
完全にバラバラになった身体を再生するよりは、力を使わなかったみたい。
「悪いのだけど、食べ物を探してきて」
「はい、すでに探して、ここにあります」
ヴェスタが指すテーブルの上にハムの塊とパンがある。
それと大きなワインの瓶。
私は、魔法の袋からナイフとカップを取り出し、テーブルに置いた。
ハムを分厚く切り取り、豪快にまるかじりする。
カップにワインを注ぐと、一気に飲み干した。
アルコールなんて多少体内に入っても、聖女の力で分解できるだろう。
口に入れたハムとパンをワインで、胃に流し込んだ。
「ふう……」
一息ついた。
「怪我人も搬送しているの?」
「いいえ、ここに集められていて、回復薬などを使って治療を行っております」
「そう、そこに案内して」
「承知いたしました」
ドアから外に出ると、ヴェスタに案内をしてもらう。
「あ! 聖女様!」
前からやって来たのはローブを被ったアルルだ。
両手に食料を抱えている。
おそらく私のために食料を集めてくれたのだろう。
「食料ありがとう。私が目覚めないまま、ここから撤収するようだったら、その食料は持ってきて」
「かしこまりました」
「お腹が空いたら食べてもいいけど」
「……」
彼女が黙って礼をした。
外に出ると、怪我人が集められている場所に向かう。
「ノバラ!」
屋根の上にいたのか、モモちゃんが降りてきてくれた。
「モモちゃん、ありがとう」
彼を抱っこしてナデナデしてあげる。
彼を降ろすと、兵士たちの所に向かう。
建物の日陰になるところに、沢山の騎士と兵士たちが並べられていた。
軽症もいるが重症者もいる。
死んでしまってしばらくたった者たちは、いくら奇跡でも復活はできないだろう。
「ヴァンクリーフ様」
「せ、聖女様……」
幸い団長であるヴァンクリーフ様は、重症であるが生きている。
「ここにいる全員に奇跡を使いますので、私が目覚めなかった場合はお城に連れて帰ってください」
「か、かしこまりました」
私は怪我人たちの前に立つと、フルパワーを使う。
「天にまします我らが神よ。この正義を行使した勇敢なる者たちに、癒やしと祝福の手を差し伸べたまえ」
――私の記憶はそこで途切れた。





