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82話 立体地図


 私を暗殺しようとしたやつらのアジトを突き止めた。

 それはいいのだが、大量の騎士団や軍隊などを投入する作戦には地理の把握が必要だ。

 てんでバラバラにしかけたのでは、せっかく突き止めた事件の首謀者を逃してしまう。

 手元にあるのは、古くて敵のアジトの周辺が記載されていない地図だけ。


 悩んでいたところに、モモちゃんがやって来た。

 彼の話では上空から地理の把握ができるらしい。

 彼に頼んでみることにして、同時に陛下直属である笛吹き隊も諜報に投入されることになった。

 悪所と呼ばれる貧民街に変装して潜り込むわけだ。

 まるでCIAかMI6か。


 とりあえず、地図ができるまで作戦は決行できない。

 それまでは陛下は公務に戻ることになった。

 私と騎士団の団長さんで作戦の立案をすすめる。

 ――というか、私はモモちゃんを使って地図の作成係だが。


 しばらくするとモモちゃんが帰ってきた。

 上空からの偵察が終わったようだ。

 それはよかったのだが、それを教えてもらう方法がない。

 彼は目で見たものを覚えているらしいのだが、彼の脚ではペンは持てない。

 線を引いたり小さな図形やらを書くのも難しいだろう。

 地面などに文字を書いたりはできるらしいのだが――いっそ、地面に巨大なマップを書いてもらうとか?


「にゃー」

 ヤミが急かすのだが、急かされてもいい考えが浮かぶはずがない。


「まって、う~ん」

 しばらく悩む。


「ノバラ、大丈夫か?」

 モモちゃんが悩む私の顔を覗き込んでいる。


「あ! いいことを思いついた!」

 ペンは持ったりできないけど、紙を並べたりはできるんじゃない?

 四角い紙を沢山用意して、モモちゃんに並べてもらうわけだ。


 最初はそれでいけると思ったのだが、紙は高価でそういうことに使うのはマズいものらしい。

 どうも元世界の使い捨て感覚が残っているからねぇ。

 それじゃ、大工さんを呼んで積み木を作ってもらう?

 時間がかかりそうなので、騎士団の団長さんには待機してもらうことにした。

 どの道、地図ができないことには作戦が立案できないし。


 いよいよとなったら、行き当たりばったりで突撃するという手もあるが、あのごちゃごちゃした所を逃げられたら捕まえるのは難しそうだし……。


「それでは――この件は聖女様にお任せしてもよろしいでしょうか?」

「はい、地図を作ることができたら、お呼びいたしますので」

「まったく役に立たぬ騎士団で申し訳ございません」

「そんなことはありませんよ。可及的速やかに地図を作成するというのが難しいだけですし」

 団長のヴァンクリーフ様が一礼すると退室した。

 陛下が笛吹き隊を投入しているから、彼らが集めた情報から地図を作るという手もある。

 時間がかかってしまうが……。


「う~ん……」

「あの~聖女様?」

 悩む私のところにアリスがやって来た。


「なぁに?」

「魔法に頼ってみてはいかがでしょうか?」

「魔法? これが解決できるの?」

「解りませんが、王宮魔導師のレオス様ならいい方法をご存知かもしれません」

 私は魔法をよく知らないので、異世界のテクノロジーを使って具体的にどんなことができるのか、よく解らない。

 とりあえず色々と聞いてみるのがいいかもしれない。


「う~ん、そうねぇ。案内してもらえる?」

「かしこまりました」

 モモちゃんには、一旦空中待機してもらう。


「にゃー」

 暇なのか、私の肩にはヤミも一緒だ。


 アリスの助言に従い、私は王宮魔導師であるレオスの所に向かうことにした。

 頼みごとがあるのに、呼びつけちゃマズいでしょうし。

 留守だったら、変態兄貴のほうでもいいわ。

 実力はあるようだし。


 高い天井と赤い絨毯の迷路を案内されてやってきたのは、お城のある一室。

 飾りの着いた木のドアの前に立つとノックした。


「どうぞ、開いてますよ」

 中から彼の声がする。


「失礼いたします」

 中に入ると、四方に本棚が並び、高い天井の部屋が本で埋まっている。

 いかにも学者っぽい部屋だ。

 魔導師といっても魔法の研究をしているわけだから、学者ってことよね。

 本がジェンガのように積み重なっている大きな机があり、彼はそこに座っていた。


「聖女様!」

 彼は私の訪問に驚いたようで、机の前から立ち上がった。


「突然の訪問をお許しください。実はお願いしたいことがありまして」

「聖女様のお願いであれば、私を呼びつけてくださればよろしかったのに……」

「あの、お忙しいでしょうから」

「いいえ、聖女様の公務は、この国の先行きを決めることなのですから、すべてにおいて優先されます。そもそも聖女というのは――」

 ああ、長くなりそうなので中断させる。


「それで、お願いのことなのですが」

「このレオスになんなりと……」

 彼が胸に手を当てて頭を下げた。

 最初に会ったときとは、随分な変わりようね。


 それはいいとして――彼に積み木について説明をする。

 要はそれらしいものなら、なんでもいいのだが。


「積み木ですか?」

「この世界にも積み木はありますよね?」

「子どもが積み重ねて遊んだりする、木工の玩具ですよね?」

「はい、それを簡単に大量に用意することってできます? メイドの話を聞くと、魔法でなにかいい方法があるかもしれないということだったのですが……」

 彼が顎に手をやって、なにか思案を巡らせている。


「積み木の強度はどのぐらいですか?」

「そんなには必要ありません。手で持って崩れないぐらいであれば」

「ふむ――なるほど。それならいい方法がございますよ」

「本当ですか?」

「裏庭に参りましょう」

「はい」

 彼のあとをついて裏庭に出た。

 お城の壁を見上げると、崩れている元私の部屋が見える。


「聖女様がご無事でなによりでした」

「爆発する魔道具があるとは知りませんでした」

「普通は使われませんからね――それにしても、魔法をお使いになられる今上の聖女様でなによりでした」

「皆からそう言われますね」

「普通は、防御魔法の展開が間に合わずに被害が出るものですから。そもそも魔道具の歴史において――」

 また長くなりそうなので、カット。


「それで積み木の魔法というのは……」

「おほん! 失礼いたしました」

 彼が庭の土に向かってなにかをし始めた。


「地に住まう精霊よ……」

 青い光が舞うと、地面の中に染み込んでいく。

 土がもこもこと盛り上がり、それが四角になってガラガラと崩れていく。

 本当に土でできたブロックみたいだ。


「にゃー」

「え? この魔法を知っているなら教えてよ」

「にゃ」

 彼には私のやろうとしていたことが、よく解らなかったようだ。


 しゃがんで手に取ってみる。

 形は少々いびつだが、硬さはとりあえずあるらしい。

 このまま地面に叩きつけたら粉々になってしまうだろうが、乱暴に扱わなければ問題はなさそう。


「ありがとうございます。多分、これで大丈夫だと思います」

「それはよかった」

「それで、これが大量に欲しいのですが……」

「え? ど、どのぐらいですか?」

「とにかく沢山……です」

 魔導師様と話していると、空から声が聞こえてきた。


「ノバラー!」

「モモちゃん! いいところにきてくれた」

「なんだー?」

「この四角いのを並べて、モモちゃんが空から見た街の様子って作れる?」

「わかった! そういうことか!」

 私が渡した土のブロックを、彼が脚で掴んで地面に並べ始めた。


「そんなわけで、大量に必要なのでお願いします。これは陛下も関わっている、国の重要な作戦に必要なのです」

「か、かしこまりました」

 なんだか魔導師の顔が引きつっているような気がするが、気のせいだ。

 聖女のやることは国のためだから、すべてにおいて優先されると――本人も言っていたし。


「なにをやっているの?」

 高い声にそちらを向くと、今度はインチキ男子のお兄さん。


「あ! いいところにやって来た! お兄さんはこれはできないの?」

 私は、魔法でボコボコとできていく、土の四角を指した。


「で、できるけど……」

「本当?! それじゃ手伝って! これは陛下も関わっている、国家的な作戦の前段階だから!」

「嘘でしょ?」

「嘘ついてこんなことしないわよ。手伝わないなら、あとで陛下に言いつけるから」

 陛下の名前を出したら、彼が訝しげな顔をしている。


「う? 本当に、大事なことなんだよね?」

「もちろん。陛下の名前を出して、嘘つくわけないでしょ!」

「しょうがない」

 お兄さんは渋々協力を始めた。

 確かに同じことはできるようだが、レオスのほうができるスピードと量が違う。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 モモちゃんに、土のブロックを渡さないと。


 彼は脚で掴んだら歩けないので、パタパタと飛んで移動するしかない。

 その姿は可愛いのだが、時間がかかってしまうし、その分が無駄だ。

 必死になって地面を見ていたら、いきなり後ろから抱きつかれた。


「ぎゃあ!」

「ノバラ、クソ鳥などと、なにをしているんだ?」

 後ろを見たらエルフがいた。

 私に抱きついて髪をクンカクンカしている。


「あ! 長耳!」

 一生懸命積み木を並べていたモモちゃんも、エルフの接近に気がつかなかったようだ。


「聖女様から離れろ!」

 今度はヴェスタである。

 私がエルフに抱きつかれたので、すっ飛んできて剣に手をかけている。

 離れた場所から警護していたのだが、彼も気が付かなかったようだ。

 これもなにかの魔法だろうか?


「そうだ! エルフは、あの魔法を真似できないの?」

 私は、もこもことできあがる土のブロックを指した。


「そんなこと、土の精霊に頼めば容易い」

「じゃあ、やって!」

「そんなことをして、私になんの利益がある」

「私に頭突きをされなくて、蹴りも入れられない利益があるけど?」

 彼が、パッと私の身体を離した。


「ふう……私に対する愛を忘れたのか?」

「いいからやって!」

「&**&&」

 聞き慣れない言葉をエルフが唱えると、地面が盛り上がり、ガラガラと積み木ができていく。


「やった! このぐらいあれば完成するかも! ヴェスタも手伝って」

「は、はい!」

 モモちゃんが道に沿ってブロックを並べたら、その間は適当に埋めればとりあえず形にはなる。

 騎士団や軍が進むためには、道の形がどうなっているのかが一番大事だろう。


 びっくりしたのは、モモちゃんの記憶力だ。

 上空から見た街の様子をすごく正確に覚えている。

 まるで写真だ。

 元世界にも瞬間記憶という見たそのままを記憶できる人がいるみたいだけど、そんな感じなのだろうか?

 それに空から個人の識別もできるようだから、視力もかなりいいのだろう。

 猛禽類は数百m上空から獲物を見つけることができるというから、それぐらいの能力がありそう。


 ワイワイとやっていると、騒ぎで人が集まってきた。

 当然、騎士団や近衛もやってくる。

 その中にヴァンクリーフの姿もある。


「あ! ハーピーよ! ハーピー!」「かわいい!」「あれが聖女様のハーピーね!」「裸よ! 裸!」

 集まってきたメイドたちが、モモちゃんを見てキャッキャウフフしている。

 その注目の的は、沢山の人たちにびっくりしたのか、空に逃げてしまった。


 ごめんねモモちゃん。


「ヴァンクリーフ様、ちょうどよいところに。地図がほぼでき上がりましたよ」

「こ、これが?!」

 地面に、土のブロックを積み上げた巨大な街の模型が完成している。


「細かい所までよくできているでしょ?」

「これって悪所じゃない?」「ああ、そうかも」「近くまで行ったことがないけど」

 集まってきたメイドたちが、ひそひそ話をしている。


「あそこの路地を入ったところに、よく効く薬屋があるんだよねぇ……」

 私は、メイドのつぶやきを聞き逃さない。

 つぶやいたメイドの所にまでつかつかと行くと質問した。

 茶髪を後ろでまとめているメイドである。


「それってどこ?」

「え?! あ、はい。あの――あそこです」

 彼女に地図を指してもらう。

 通りからちょっと入った所で、悪所の中でも比較的安全な場所らしい。

 あとで行ってみよう。


「ほう、これは見事じゃねぇか。なるほど、ここはこうなっていたか……」

 近衛の団長、カイル様もやって来た。


「カイル様、訪れたことがあるんですか?」

「ははは、まぁ――少々やんちゃをしていたときにな。ここなら喧嘩やり放題だし」

「呆れた」

 どうやら喧嘩相手を探しに、わざわざ汚い格好をして悪所まで行ってたらしい。


 ワイワイとやっていると、聞き覚えのある声が。


「いったい、なんの騒ぎだ」

 声がする場所が一瞬で割れて、皆が深くこうべを垂れた。


「これは陛下」

「騒ぎの元凶は、聖女様か」

「このとおり、地図を作っておりました」

「ほう! これは見事な!」

 彼の下に、ヴァンクリーフがやって来た。


「そのとおりでございます、陛下。このままで作戦立案に使用できまする」

「よし! 人払いをせよ! ここら一帯は、立入禁止といたす!」

「「「はは~っ!」」」

「ヴァンクリーフ、騎士団と軍の隊長を集めよ」

「かしこまりました」

 すぐにお城中のついたてが集められて、地図が囲まれた。


 魔導師たちの土をいじる魔法によって台が作られて、そこから地図全体を見下ろすことができる。

 そこに騎士団と軍の指揮官や各隊の隊長さんたちが集まってきた。

 騎士たちは鉄の鎧を着ているが、軍隊は革の鎧でワンランク落ちる。

 騎士は馬に乗り、軍隊は歩兵がほとんどみたい。

 歩いて移動するためには軽い鎧のほうがいいのだろう。

 見ていると軍の指揮官より騎士団のヴァンクリーフ様のほうが偉いらしい――というか、軍は騎士団の指揮下にあるようだ。


 ヴァンクリーフが台の上に乗り、棒を使って各責任者に指令を出していく。


「1軍は王都を出て南に向かうと見せかけて反転、悪所の南側を押さえよ」

「ははっ!」

「2軍は北進したのちに、海岸沿いを移動して海岸を押さえる」

 海から逃げられる可能性もあるしね。


「ははっ!」

「ネズミ一匹逃がすな。これは陛下の名誉に関わる作戦だと心得よ」

「「はは~っ!」」

「騎士団は軍の到着に合わせ、第1隊と第2隊の半数が敵の正面を突破する」

 モモちゃんが上空から見ても、大きな塀に囲まれた敵の本拠地の門は1箇所だけ。

 裏口に小さな扉があるらしいが、そこも第2隊の半数が押さえる。


「第2隊は割を食いましたかな?」

「ははは」

 少々気がゆるんでいると思われる部隊に、団長が活を入れる。


「そなたら気合を入れろ! 先程も申したが、この作戦には陛下の名誉がかかっておる! それに我が騎士団の名誉もだ!」

「「ははっ!」」

「今回の事件において、すでに軍や騎士団が笑い者になっている件を、ゆめゆめ忘れるではないぞ?!」

「「はっ!」」

「まずは、この地図を頭に叩き込め!」

「「はっ!」」

 この模型は詳細な写しを取られたあと、破棄される。

 街の地図は国家機密らしいし。

 敵国の手に渡れば、軍事侵攻の際に利用される可能性がある。

 元世界なら、衛星からの写真で地形などが丸見えなのだが、この世界はそうではない。

 測量などでも国王の許可がいる。


「陛下、この作戦には私も参加させていただきます」

「なんと?! 聖女様が?!」

「はい。奴隷の子どもたちを、使い捨ての兵器にするなんて絶対に許せません」

「危険を伴うが……」

「私は魔法が使えますので、自分の身は自分で守れますゆえ」

「うむむ……」

 陛下が、私の言葉に腕を組んで悩んでいる。

 まぁ、普通は聖女が最前線に出ることなどはないのだから、当然といえば当然。


「陛下が反対なされても行きますよ」

「待て待て――なにゆえ聖女様が、そこまでこだわる?」

「それは――敵の首領、つまり今回の事件の証人を確保するためです」

「どういうことだ?」

「悪党どもは、逃げ場がなくなると自害したり、証人を消そうとしますでしょ?」

 私に対する自爆攻撃もそれだったし。

 あれは目標の爆殺と、証人を残さないための一挙両得を狙ったものだろう。


「確かにそれはある……」

「今回の作戦のきっかけになったのも――ロサという少年暗殺者を聖女の奇跡を使って確保できたのが大きかったはず」

「ううむ……つまり、消されるかもしれない敵の証拠を確保するため、聖女の奇跡を使うというのか?」

 このようなことに私の中で葛藤はある。

 おそらく、今回の作戦では沢山のけが人や犠牲者が出るだろう。

 その治療のために聖女の力を使わず、証拠確保のために悪人の命をつなげようというのだから。


「はい、あっさりと確保できれば、それに越したことはないのですが……」

「やむをえん……承知した」

「ありがとうございます」

 私は陛下に頭を下げた。


「やれやれ――好戦的な聖女など前代未聞だ」

「そういう性格なのですから型破りなのは致し方ありません。元の世界でも武闘派っすよ! セクハラオヤジどもを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ――」

「ひ、人をちぎるのか?!」

「いや、本当にはちぎりませんけどね。でも今は、魔法ができるからちぎれるかも……」

「「……」」

 陛下とヴァンクリーフ様が、ドン引きしている。


 あとは作戦の詳細を詰めるだけだが――当日、私は騎士団についていくだけ。

 彼らにまかせて部屋に戻ることにした。

 途中、喧嘩の達人というカイル様から、蹴りを教えてもらう。

 自分の身は自分で守らないとね。

 ――とはいうものの、非力な女の力でパンチや投げは無理だろう。

 そこで、私の自慢の脚を利用した蹴りということになる。


 部屋に戻ると蹴りの練習をする。

 私が教えてもらったのは、2段蹴りだ。

 左脚を振り上げて、その反動を使い右脚で踏切り、そのまま右脚で蹴る。

 ジャンプする格好になるので、より高い所への攻撃が可能だ。

 私の身長からジャンプすれば、大男の顎を蹴り上げることもできるだろう。


「たぁっ!」

 スカートの裾を持って、ジャンプした。

 鋭い蹴りが空を切る。


「聖女様、はしたない……」

 クロミの感想である。

 ズボンに着替えればいいのだが面倒だし。


「もう、格好なんて言ってられないから」

「聖女様の御心のままに」

 クロミも諦めたようだ。


「ふう~」

 蹴りの練習をして、ちょっと汗ばんでしまった。


「聖女様はお疲れのご様子」

 アリスに仕事を頼む。


「アリス、ケーキを何個か用意して――そうね、私のを入れて4つあればいいかな」

「かしこまりました」

 メイドたちは、お茶とケーキを用意し始めた。

 そういえば――聖女が色々ともたらして、お菓子だってあるのだから……あれはないだろうか。


「ねぇ、コーヒーって飲み物はないの?」

「ございますよ」

「え?! あるの?!」

「はい」

「それを飲んでみたいから、私はそれで」

「かしこまりました」

 コーヒーがあるんだ。

 ちょっと不思議なのだが、コーヒーの実ってあるのだろうか?

 チョコの原料のカカオがあるぐらいだから、コーヒーの実もあるのかなぁ?


 メイドたちが、コーヒーらしきものを用意してくれた。

 お湯は私が魔法で沸かしたほうが早い。

 布の中に黒い粉が入れられて、お湯が注がれると漂う香ばしい香り。

 確かにコーヒーっぽい。


 カップに注がれた黒い液体を一口飲んでみる。


「ん?」

 香ばしいのだが、コーヒーではないような……まぁ、これはこれで美味しいけど。


「いかがでしょうか?」

「美味しいけど、原料はなに?」

「薬草の根を乾燥させたのち、粉にして炒ったものだと聞きましたが……」

「は~タンポポコーヒーみたいなものね」

「タンポポ? ですか?」

「元世界にね、そういう黄色の花があったの。雑草だけどね」

 メイドによると、この代替コーヒーも聖女によって作られたものらしい。

 多分、コーヒーが飲みたくて、これを作ったのに違いない。

 歴代聖女様たちの苦労がうかがい知れるが、ケーキには合うと思う。


 コーヒーを飲んでいると、モモちゃんがやってきた。


「ノバラ!」

「モモちゃん、いらっしゃ~い! ケーキがあるわよ」

「甘いのだな! 食べていいのか?!」

「ええ、空から見た大きな絵を作ってくれたからね」

「結構楽しかったぞ!」

 モモちゃんを抱いて一緒にケーキを食べる。


「美味いぞ! これは絶対に美味い!」

「けど、他のハーピーたちがやって来ても、みんなには用意できないかもしれないなぁ」

「……それは解っている。食べ物を平等に分ける決まりがあるが、数が少ないときにはどうしようもない」

「そんなときはどうするの?」

「まずは、子どもが食べる。そして女」

 普段でも取り合いになるときなどは、踊りで決めるらしい。


「踊り?」

「おう!」

 話を聞くと、どうも野球拳みたいなものらしい。

 つまりジャンケン。


「……」

「どうしたの?」

「今日はあいつがいないんだな」

「あいつって?」

「ノバラを独り占めしたがっていたやつ」

「ああ、ヴェスタね」

 彼が私に抱きついてきた。


「俺は、やつに謝らないといけない」

「謝る?」

「おう! 好きなものを独り占めしたがるのは幼稚の証だと言った」

「ああ、確かにそんなことを言っていたわね~」

「俺も――ノバラを独り占めしたくなった」

「ええ~そうなの? それはちょっと困るわねぇ」

 彼の頭をなでなでする。

 いつも太陽の下にいるせいか、日向のにおいがする。

 そういえば、いつも外にいるのに日に焼けている様子がない。

 そういう体質なのだろうか。

 ちょっと羨ましい。


 まぁ聖女の私も、奇跡の力でそこら辺もクリアしちゃっているかもしれないけど。


「そう、困る。ノバラのような存在は、皆で共有されるべき」

 それも、ちょっと困るような気がするのだけど……。

 ハーピーたちの社会ではそうなのだろう。


 さて、悪人のアジトに踏み込んでいったいなにが出るのか。

 貴族やら商人が利用していたなんて証拠が出てきたら、さすがに言い逃れはできないだろうし。

 もしかして、壮大なお掃除ができちゃったりして。



黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~


コミカライズされます~

10月7日売りのコンプティーク11月号から新連載です

作画:柴飼ぽんちょ先生


よろしくお願いいたします~

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