78話 王立学園
聖女の仕事は色々とあるのだが、学園に入学したククナのことが気になる。
お城でのお披露目のときに、領主様やジュン様には会ったのだが、彼女は登城を許されることなく学園にそのまま入学をしてしまった。
学園をいきなり訪ねても部外者を入れてくれるはずもない。
アリスの話では、「上級貴族様の推薦状があれば問題ないのでは」
――とのことだったので、私はルナホーク様の所に向かった。
お城の敷地の片隅にある、聖女騎士団の寄宿舎に向かう。
彼の部屋を訪ねると事務仕事をしていた。
面倒なことを全部押しつけてしまって、申し訳ないと思っている。
孤児院やら病院を開きたいといっても、私にはどうすればいいか解らないし、解る人にやってもらうのが一番だ。
やってやれないこともないかもしれないが、私が先頭に立つと嫌な顔をする貴族も多いだろうし。
ルナホーク様にまかせて、ワンクッション入れたわけ。
――などと、言い訳をしてみる。
ドアをノックして、部屋に入った。
「これは聖女様。ようこそおいでくださいました」
「神の使徒として絶え間なく献身されるルナホーク様に感謝を」
「ありがとうございます」
「あの~それでお願いがあるのですが……」
「私ができることであれば、なんなりと――」
彼に学園の見学ができる推薦状を書いてほしいと頼んだ。
男装して潜り込むので、カシューという偽名で――というおまけつきだ。
「だ、男装ですか?」
「はい、女性陣には、すごく好評でしたよ。ファシネート様などは、右手を差し出されて――」
「……聖女様は、どれだけの人々を惑わされれば、お気が済むのか……」
「はい?」
「かしこまりました」
「あの、お忙しいなら……」
「問題ありません」
彼が紙を1枚取り出すと、さらさらと文字を書く。
そのあと魔道具らしきものを使って赤い蝋を垂らして印を押した。
「これで大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。ルナホーク様」
私は彼に一礼して、部屋から出た。
部屋に戻って準備をしよう。
戻ると早速、男装の準備をした。
「アリス、服を出して」
「かしこまりました」
以前に着たものは間に合わせだったのだが、こういう機会も増えるだろうと、デザイナーのカプティフを呼んで服を作らせたのだ。
彼の頭の中には以前に測った私のサイズが刻み込まれているので、服の製作はすぐに完了した。
彼もクリエイターなので、こういう突拍子もないことが好きなのだろう。
すごくノリノリで素晴らしい服を作ってもらった。
黒いブーツに細身の黒いパンツ――間に合わせのものはやっぱり太くてブカブカだったが、作ってもらったものは私の細い脚にフィット。
私の長い脚を際立たさせてくれる。
やはり彼はプロだ。私の長所を伸ばすように服をデザインしてくれる。
フリルがついたシャツに金糸の刺繍が入った赤い上着。
それに黒い帽子を組み合わせる。
「どう?」
私は姿見の前でポーズを決めた。
「と……」
「と?」
「貴すぎますぅ!」
アリスがなんだか感激して涙を流している。
そんなに?
「こ、これはヤバい。悪魔かなにか?」
クロミがなぜか恐れおののいている。
「なんてこと言うの」
「にゃー」
「うるさい」
ヤミの皮肉を躱すと、しゃがんで彼を肩に乗せた。
「さて行きますか」
私は姿見で、帽子を直した。
「にゃ」
今回は小道具もちゃんと作ってもらった。
剣のレプリカであるが、剣身以外は全部貴族が使うような本物だ。
私がドアから出ると、ドアの所に立っていた近衛騎士が剣に手をかけた。
「な、なに者だ!?」
「お勤めご苦労さまです」
「……は? せ、聖女様?!」
近衛は明らかに混乱している。
「はい、そうです。変装しましたので、お城の中の護衛は必要ありません」
「し、しかし……」
「まぁ、ついてきてもよろしいですけど」
「……承知いたしました」
この姿を見て、聖女だと解る人は数えるぐらいしかいない。
廊下を歩いていくと、どこからともなく、ヴェスタとアルルが後ろについた。
私の姿を見たアルルが、なにか言いたそうである。
身分が下の人が上の人に声をかけるのは、普通はダメらしいからね。
そんな感じなので私から振ってみた。
「アルル、どう? 新しい服は?」
「と、とっても素敵です、聖女様!」
彼女の目がキラキラしている。
「この姿のときはカシューね」
「あ、申し訳ございません」
スタスタと歩いて行き、階段を降りて裏門に向かう。
また荷馬車に便乗させてもらうのだ。
その途中、通路でルナホーク様に出会った。
彼は私のこの姿については知らない。
前に男装したときにも、ルナホーク様には会ってなかったし。
私は下級貴族のように、左に避けて礼をした。
彼はそのまま通りすぎるかと思ったのだが、すぐに異変に気がついたのか、足を止めてこちらを向く。
「ヴェスタ――なぜ貴殿が聖女様の下を離れて、そのような者のあとについている?」
「それは……」
「ルナホーク様、ヴェスタを責めないでくださいませ」
「……聖女様?!」
顔を上げた私に、やっと彼も気がついたようだ。
肩にヤミが乗っているので、気がつくかと思ったが、そうでもないらしい。
「この姿のときは、カシューでお願いいたします」
「……」
彼が両手で顔を覆い、天を仰いでいる。
なにかブツブツ言っているようなのだが、もしかして、「OMG」だろうか?
「ダメですか?」
「だ、ダメではありませんが……」
元々、男と間違われることが多かったのだが、それがパワーアップしてしまった。
まぁ、どうせ間違われるなら、それを利用する手もありだろう。
ルナホーク様は、私が外に出るのは反対らしいが、なんとか説得した。
「この格好なら、聖女どころか女にすら見られません。女としては少々複雑なのですが」
「私としても複雑です……」
伯爵家が信奉している聖女が男装しているのだから、その信者としては複雑な心境なのだろうか。
「まぁ、大丈夫ですよ。護衛もいますし、私も魔法が使えますし」
「そ、その通りではありますが……なにせワイバーンを屠った方ですし……」
「そうそう――この前、爆裂魔法の魔法も使えましたから!」
「くれぐれも、街では使わないようにしてください」
「心がけます」
3人で話していると、いつの間にかメイドたちが集まってきて、影でキャッキャウフフしている。
そりゃ、美男子が3人も集まったら、彼女たちにはたまらないだろう。
「それでは、行ってまいります」
「くれぐれもお気をつけて」
つづく、ヴェスタとアルルもペコリとお辞儀をした。
心配そうにしているルナホーク様と別れると、お城の裏門に向かう。
キャアキャアと言いながらメイドたちもついてくるのだが、仕事はいいのだろうか?
裏口に到着したので、前に乗せてくれた荷馬車を捜す。
お城に野菜を納入している、お爺さんだ。
見つけた――長い白髪に長いひげを生やした彼だ。
「やぁ」
「こりゃ、以前にカイル様と一緒に乗られた――」
「今日も街まで乗せてもらってもいいかい?」
「もちろんでございます」
彼に小角銀貨2枚(1万円)を渡す。
3人が荷馬車に乗ると走り始めた。
「ときに爺さん」
「なんでございましょう?」
「怪我や病気のときにはどうしてる?」
「教団の教会に行きますが……」
「魔女の中には回復薬を作れる者もいるぞ? 利用しないのか?」
「そういう話も聞きますが。怪しげな薬を使うという話も聞きますし。結局、薬が効かずに死んでしまったなどと噂を聞きますと、中々利用する気にはなれません」
やっぱりそうなのね。
地方のティアーズでは、魔女を利用する人もいたけど――やっぱり王都から離れると、教団の影響力も少ないのかな?
それとも、私の先輩が街の住民との交流の中で、評価を上げたのか……。
話を聞いても王都が一番魔女が多いのに、虐げられている気がする。
教団の影響力が大きい大変な都市だけど、人口が段違いなので魔女の仕事も多い。
仕事が多いってことは魔女も集まってくる――ということね。
カデナさんみたいな薬問屋をやっている人もいるし、それを利用している住民もいる。
噂には惑わされずに、魔女の力と知識を理解している人もいるわけね。
能力がある魔女がいるなら手はある。
カデナさんの店経由で薬の効能を確かめたものを、聖女印で売ればいいのだ。
魔女の薬に抵抗がある人でも、聖女の薬だと言えば安心して買えるだろう。
しかも安心価格で。
どうせ教団の薬などは、高価なのに決まっている。
文句を言ってきたら、「神様の御心です」とか言ってやればいい。
薬のことを考えていると、街に到着した。
お爺さんに礼を言うと、今度は乗り合い馬車に乗って学園を目指す。
正式名称はファルコンビーク王立学園っていうらしいけど、学園でいいわよね。
馬車に揺られてしばらくすると、純白の建物が見えてきた。
かなり巨大な2階建ての建築物である。
馬車から降りると――黒い鉄柵でぐるりと囲まれており、大きな白い門がある。
門の所には誰もいない。
外から通ってくる学生もいるので、元世界の大学のように常に開放されているのだろうか。
まぁ、魔法を教えている学部もあるということなら、魔導師も沢山いるのでしょうし、そんな場所に押し入ろうとする輩もいないか。
正面玄関まで石畳が続いているので、そこを歩いて行く。
途中に銅像やら噴水があったりするのも、学園っぽい。
「はぁ、こういう所に通うのも面白そうだな」
私の言葉に、肩に乗っているヤミが反応した。
「にゃー」
「相手が馬鹿なことを言ってこなきゃ、私だって蹴ったりしないんだよ」
「にゃ」
「うるさい」
彼と話していると、正面玄関の巨大な扉が見えてきた。
随分と大きな扉だと思ったら、開くのは下の部分だけだった。
その中に入ると、天井が高い大きなホールの両脇に警備の兵士がいる。
上を見ると、そこだけ吹き抜けになっているみたい。
上部に開いた窓から空が見える。
正面に案内のカウンターらしきものがあり、紺色の制服を着た女性が2人座っていた。
黒髪と金髪で、美人だ。
受付ってのはやっぱり美人が多いのは、この世界でもそうなのか。
私たちはそこに向かうと、ルナホーク様に書いていただいた紹介状をカウンターに出した。
「学園の中を見学したい。これがソアリング伯爵家ルナホーク様の紹介状だ」
「は、はい……」
私は黒髪の方に紹介状を出したのだが、彼女の顔が赤くなっている。
「どうした? 私の顔になにかついているのか?」
「い、いいえ! し、失礼いたしました」
「それから――最近入学した、ククナ・ティアーズという女子学生に会いたい。面会希望だ」
「し、承知いたしました。しばらくお待ち下さい」
女性が席を立つと、後ろにあった扉から壁の中に消えた。
そこに事務所があるのだろうか?
しばらく3人で待っていると、どこからか紺の制服を着た背の高い女性がやって来た。
髪を後ろでまとめてアップにしており、メガネをかけている。
肩などに金色の飾りがついており、他の事務員と身分が違うらしい。
彼女たちの上司だろうか?
「見学と面会を希望とのことでしたが……」
「そうだ、最近入学したククナ・ティアーズに会いたい」
「彼女とのご関係は?」
「知り合いだ――なにか問題でも? 伯爵家ルナホーク様の紹介状もあるだろ?」
私が顔を近づけると、彼女の顔が赤くなる。
「た、たしかに、本物だと思われますが……」
「本人に書いていただいたのだから、本物に決まっているだろう。ククナ様には、黒いネコを連れた背の高い奴が来ていると言えば解る」
「……少々お待ち下さい」
怪しいやつだと思われているのだろうか?
まぁ、ここには王侯貴族のご子息やご令嬢がわんさかいるのだから、セキュリティがうるさいのは仕方ない。
最悪会えなくても、元気でやっていることが解かればそれでいいのだが……。
またしばらく待たされる。
中々大変だが、いきなり訪問したのだからこっちが悪い。
元世界でも、「お父さんが事故に遭った」とかいって子どもを呼び出して、誘拐するなんて事件があったりした。
どうしようかと迷っていると、後ろから声がした。
「クロ? ヴェスタ? アルルもいる……」
「にゃ」
呼ぶ声にヤミが反応したので、そちらを向くとククナがいた。
フリルがついた白いブラウスと、金色の刺繍が入った青いワンピースの制服がよく似合っているのだが、私の姿を見て不思議そうな顔をしている。
ヤミとヴェスタがいるのに、ネコを乗せている男の正体が解らないのだろう。
――というか、ククナ様が見ても解らないのか~。
こりゃ、領主様やジュン様も解らないだろうなぁ。
まぁ、聖女様フリークっぽい、ルナホーク様でも解らなかったみたいだし。
私は彼女の前に行くと膝をついた。
ククナも目の前の男が誰なのか興味があるようである。
私が手招きをすると、彼女が赤くなった顔を近づけてきた。
「ククナ様、私ですよ、ノバラです」
「え?! おねぇ……」
私が口に指を立てているのに気がついて、彼女が慌てて口を閉じた。
「私がこの姿のときはカシューとお呼びください」
「ククナ様、いかがなさいましたか?」
メガネをかけた女性が不審に思ったらしい。
「なんでもありません。突然いらしたので、驚いただけですわ」
「領主様とジュン様にはお会いしたのですが、ククナ様は直接学園に入学されたと聞かされて心配しておりました」
「心配などご無用です。このファルコンビーク王立学園は、学び舎として最高を自負しております」
学園の不備のことを言われたのかと、メガネをかけた女性がちょっとムッとしている。
「フラウ、これは失礼した。学園のことを言ったのではないのだ。ククナ様は長旅の果てに入学なされたので、身体のことを心配していた」
フラウは、結婚している女性の総称で、ミセスみたいな感じのもの。
お城にきて覚えた。
「そ、そうでしたか……それならばよろしいのです」
彼女の顔がますます赤くなっている気がする。
「トレーネ先生、旦那さんがいるのに……」
「そ、そんなんじゃありません!」
ククナのツッコミに、女性が慌てている。
この人、学園の教師だったのか。
「先生! おね――カシュー様の魔法はすごいんですよ!」
「おっと――ククナ様、いけません。私のは外法ですから」
「魔導師ではないの?」
女性教師がククナの言葉に興味を示したのだが、私の言葉でそれは不信感に変化したように見える。
「ええ、そういうことになりますね。とても専門職の方々に見せるようなものではありませんよ」
「……でも、ククナ様がそうおっしゃるのであれば、外法といえども後学のために拝見したいものですわ」
「随分と酔狂ですな」
「魔導を追求するために、肩書きなどは必要ないということ」
「ほう」
本来なら、これが本当なのだろう。
どんな解き方であろうと、答えが出ればいいはずなのだ。
「さぁ」
そう言われるので、魔法を使った。
「光よ」
私の前に光の玉が浮かぶ。
「は?」
先生が固まった。
「おねぇ――カシュー様、光弾の魔法を!」
「それはマズいだろ?」
「展開するところまでで」
先生がそう言うので、私は魔法を見せることにした。
「光弾よ!」
私の周りに10本の光の矢が現れる。
もちろん発射しないけど。
弱でも、人を気絶させるぐらいの威力があるし。
「あ、あり得ない! こんなに早く魔法が展開するなんて! 王宮魔導師のレオス様並なのでは?」
先生が驚いているってことは、やっぱり私が異常なのね。
「ねぇ先生、すごいでしょ?」
「これは、すごいなんてもんじゃないですよ! なぜ、あなたのような方が、無名で魔女なのです?!」
「ああ、それは――魔導師のやつらが嫌いだからな」
「むぅ、それじゃ私も嫌いってこと?」
「ククナ様を嫌うなんて、そのようなことがあるわけがございません」
それだったら、わざわざ学園に会いにくるはずもないし。
「それでは、学園の案内は、ククナ様にお願いすればよろしいのかな?」
「ええ、もちろん! 隅々まで案内してあげるわ!」
彼女が私の手を引っ張ると、先生が食い下がってきた。
「あの! もう少々お時間をいただいて、お話を……」
「申し訳ないのですが、貴重な時間はククナ様のために使いたいのです」
「先生、ごめんね」
「にゃー!」
「クロも、学園にいらっしゃいませ。ヴェスタもアルルもね」
「ククナ様、お元気そうでなによりです」
アルルは、黙って深くお辞儀をしただけ。
彼女は身分が低いので、直接話すことはあまりしない。
ヤミがククナの肩に乗り換えたので、彼女が黒い毛皮をなでなでしている。
「ククナ様、道中は問題ありませんでしたか?」
「あの近衛のせいで、気分は最悪だったけど……」
「申し訳ない、すべて私のせいです」
「いいえ! おねぇ――いやカシュー様は、なにも悪くありません」
周りには他の学生たちが結構いる。
正体がバレると大変かもしれない。
「まぁ、赤い近衛は結果的に解体されてしまいましたが……」
「いい気味だわ! 私も闘技場に見にいったのよ!」
「ロクに戦いにならず、ボコボコにされたみたいでしたから、面白くなかったでしょう?」
「いいえ、最高だったわ! あはは!」
彼女が楽しそうに笑っているから、学園の生活は問題なさそうね。
こういう場所だから、イジメとかあったらどうしようかと考えていたけど。
まぁ、ククナ様も結構強気だからねぇ――それはないか。
話は闘技場で行った私の祝福の話になった。
「巷での聖女の噂はどうですか?」
「すごい――という話で溢れてたわ! 闘技場の皆に祝福を与えて、病気や怪我が治った人が沢山いたという話でしたし」
「調子に乗ったせいで、私は1週間ほど倒れてましたが」
「大丈夫だったの?」
「ええ、体中の節々が痛くなるぐらいでしたよ」
ククナの案内で、天井の高い学園内を4人で歩く。
ほとんどが白い石づくりで、いくらかかっているのだろう。
すぐに金額のことを考えてしまうのは、庶民の悲しい性ってやつね。
設備は充実しているし、掃除も行き届いていて綺麗。
さすがに王侯貴族やら金持ちの子息が通う学校だ。
「ククナ様」
突然、後ろからククナの名前が呼ばれた。
そちらを向くと紺の制服を着た、金髪の美少女。
柔らかそうなウェーブした髪が、腰の辺りまで伸びている。
少々タレ気味だが、ハッキリと意思を感じる青い瞳。
その整えられた容姿と、ウェーブした髪が、ファシネート殿下に重なる。
多分、かなり身分の高い貴族の令嬢だろう。
私はその場で膝をついた。
それを見た、ヴェスタとアルルも膝をつく。
「学園でそのようなことは不要だわ」
彼女が私のことをじっと見ている。
「おね――カシュー様。こちらは、ケイティ・フォン・ナッツナナーヤ公爵令嬢様です」
やっぱり。
あのボンボンのドラ息子とは、別の公爵家ね。
「カシューと申します。お見知りおきを……」
「……許します」
膝をついている私に、彼女が右手を差し出した。
これは、ファシネート様がやったあれと同じだろう。
「ケイティ様!」
公爵令嬢の行動にククナが慌てている。
「あら、この方はククナ様のいい方なのかしら?」
「そ、そうなのですけど――違います……」
「おほほ……それならいいのでは?」
「違いますけど、ダメですぅ!」
「おほほ!」
お嬢様は、ククナをからかって遊んでいるようだ。
「恐れ入りますが、私はファシネート殿下のご寵愛を受けておりますので」
「殿下の?! あなた――王族の名前を出して、戯言でしたではすみませんのよ?」
「無論です」
立ち上がり、青い瞳をじっと見ていると令嬢が顔を赤らめた。
「そ、そんなお話は聞いたことがありませんでしたわよ」
「ケイティ様は、殿下の病が完治してからお会いになりましたか?」
「いいえ……容態がかなり悪いようでしたから、お城からは足が遠のいておりました」
「ぜひとも、お城にその美しいお御足を運びください。殿下はこの世界に舞い降りた天使のごとく、死の淵より返り咲きになられましたよ」
「そう……今度、お会いしてみることにいたしましょう」
私たちは、その場から立ち去ろうとしたのだが――。
「ときに――あなたたちは、聖女の話をしていなかった?」
公爵令嬢が、ククナの肩に乗っているヤミの毛皮をなでながら話す。
「はい、それがなにか?」
「あなたも、お城にいるなら聞いたことがあるでしょう?」
「なにがでしょうか?」
「陛下が、聖女を后候補にしたという……」
彼女が下を向いて話す。
ああ、あの話ね。
「確かにそういうお話はありましたが、陛下のお戯れでそのようなことはないと思われますが」
「……そうかしら?」
彼女は、心配そうな表情をしている。
この子の本命は陛下なのだろうか?
まぁ、公爵令嬢というぐらいなのだから、そのぐらいのお相手を選んでも当然だと思うけど。
「相手は聖女といえど平民です。陛下の后――つまり国母になられる方は、やはり高貴な出の方でないといけません」
「そうよね! あなたもそう思うわよね!」
「はい」
「あなたよい人だわ! やはりファシネート殿下から、私に乗り換えません?」
嬉しそうにした令嬢が、顔を赤くして私にすり寄ってきた。
ククナがなにか言いたそうだが、押さえる。
「大変名誉なことではありますが、誠に申し訳ございません」
「……まぁいいわ。またお会いいたしましょう」
少しむっとした公爵令嬢が、この場から去った。
ヴェスタとアルルが複雑な顔をしているが、后候補のことだろうか。
いや、私にそんな気はまったくありませんから。
聖女がお役御免になったら、ティアーズ領に帰るんだし。
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