68話 聖女騎士
私の部屋にエルフがやって来た。
おおよそ同じ生物とは思えないぐらい美形だが、性格がよろしくない。
私にセクハラしたあげく、やってきたモモちゃんに危害を加えようとした。
ゆるせない。
エルフたちはハーピーたちと一悶着あったらしく、すごい嫌っているのは解るのだが、だからといって人の交友関係に口出しされたくない。
お城にいるエルフの大使は、それを故郷に報告したようだ。
メイドたちによれば、エルフが私を狙っているのだが、大嫌いなハーピーが邪魔なのでそれを排除したいのではないか?
――と、いうことらしい。
そんなことある? ――と、思いつつも納得がいかないのだが、お城の地下にある通信機で、エルフの長と話し合いが行われようとしている。
通信機に映し出されたのは、性別の解らない美しいエルフ。
向こうの場所は、木造の家の中のようだ。
壁や天井、床もすべて木製――窓からは日差しが入り込んで、部屋の中にはなにかキラキラしたものが舞っている。
まずは軽い挨拶のジャブから始まったのだが、向こうがいきなり右ストレートを放ってきた。
「城にいるというクソ鳥を排除していただきたい」
背の高いエルフの長は、やっぱり男性である。
長い金色の髪が美しいが、声が男だ。
彼らは本当に性別が解らない。
それにしても、クソ鳥って――エルフたちの間では、ハーピーたちはその呼称で統一されてしまっているのだろうか。
そんなに嫌うことないじゃない。
「それは、ハーピーのことですかな?」
国王が困った顔をしている。
せめて人と話すときには、蔑称は止めるべきじゃない?
「そうだ!」
「あいにく、私個人はハーピーをまだ見ておりませんので、本当にいるかどうか解りませぬが……」
「そこにいるサルーラが見たと申しておる! 間違いないのだろう? サルーラ?」
「はい、サシャラ様。間違いございません。あのクソ鳥は、私の頭に糞をひっかけまして」
真ん中の偉そうなエルフはサシャラというみたい。
「ぐぬぬ――忌々しい下等なクソ鳥めが」
本当に嫌っているみたいね。
まぁ、村を荒らされたとか言ってたし。
気持ちは解らないでもないが、もうちょっとエルフから歩み寄っていれば、そんな事態にはならなかったような……。
ハーピーたちは知能も高いし、知性的だ。
問題があるとすれば、人のものと自分のもの、その境目が曖昧なことだろう。
元々そういう種族のようだし。
それさえ気をつければ――と、思うのだが。
「聖女様の個人的な交友関係に、我々が口を出せる立場ではありませぬが……」
「それでは、我々エルフとの交友関係にヒビが入ることになるぞ?!」
「それを言うなら、そちらの大使が聖女様の純潔を奪おうとした件のほうが、よほど問題となりますが……」
「我々に対する愛を忘れたのか?! この有様では、チェチェの供給も考え直さねばならぬ」
チェチェってのは、エルフが栽培していると言われているチョコレートの元だ。
「意味が解らないんですけど?」
エルフたちの訳のわからん対応に、思わず私も声を出してしまった。
「お前は?!」
「私が今の聖女です!」
「お前が……なるほど、サルーラの申した通りだな」
え? なに? あのエルフはなにを言ったの?
そのまま話し合いは平行線をたどり、一旦話し合いは休止することになった。
なんかわざと揉め事にしようとしてない。
相手の嫌がることをして譲歩を引き出すってのが、交渉なのかもしれないけど。
本当に腹立たしい。
これが政治だっていうなら、私に政治家はやっぱり無理。
通信が切られると、部屋に明かりが灯った。
暗さに目が慣れてしまったので、これだけでそれなりに明るい。
「ふぅ……」
国王はうんざり、エルフの大使はなんだか勝ち誇ったドヤ顔をしている。
本当に性格悪いんじゃない?
国王もちょっと人が悪く感じたけど、エルフには負けるように思える。
エルフが私の所にやって来た。
「どうだ? お前があのクソ鳥を追い出せば、すべて収まるんだぞ?」
「お断りします! あなた方より、ハーピーたちのほうがよほど知性的だっての!」
「な、なんだと! 私に対する愛を忘れたのか?!」
「そんなもの最初からないに決まってるでしょ!」
頭にきた私は、スカートの裾を持ってドスドスと足音を立てながら、部屋を出た。
外には、私のメイドたちが待っている。
「部屋まで案内して頂戴!」
別に彼女たちは悪くないのだが、ちょっと声を荒げてしまった。
お城の構造は複雑で、いまだに案内なしでは無理。
特にこの地下は今日初めてやって来たし。
「かしこまりました」
アリスが頭を下げると、歩き始めたので彼女についていく。
私の後ろを護衛の騎士がついてくる。
「もう! 本当にエルフってのはムカつくわね!」
「前に申し上げましたが、聖女様に興味がおありなのでは、と思います」
「それが解らないんだけど。子どもが好きな女の子の気を引こうとして、いたずらするようなもの?」
「うふふ、多分そういう感じだと思いますよ」
「好きなものにも、嫌いなものにも粘着するのね。もう勘弁してよ」
相手は人間じゃないので、人の理屈が通じないのかもしれないが。
「粘着ですか?」
彼女は、私が言った言葉の意味が解らなかったようだ。
「粘着ってのは、つきまとうとか、そういう意味」
「そうなんですね」
アリスも苦笑いしている。
1階まで戻ってきたが、暗闇に目が慣れてしまっていたので光がまぶしい。
廊下を歩き始めて、ヴェスタのことを思い出した。
騒ぎを起こした本人は謹慎中だという。
原因は私にもあるし、様子を見にいったほうがいいだろうか。
それに回復薬の続きをやろうかと思ったのだが、そんな気分じゃないし。
アリスに場所を聞くと、騎士団の寄宿舎を知っているらしい。
彼女の話によれば、お城にある寄宿舎の施設を使っているのは青の近衛だけらしい。
赤いほうは実家からの通いか、王都に屋敷を持っているので、そこから通っているという。
王都に別邸を持てるぐらいの金持ち貴族ばかりってことね。
お城の敷地の外れにある、近衛騎士の宿舎にやってきた。
石造りで青い屋根の2階建て。
裏には厩舎もあるらしい。
彼が旅で乗ってきた馬がそのまま、乗馬になっているようだ。
ヴェスタの部屋は、一緒についてきた護衛の騎士が教えてくれた。
はるばるティアーズ領からやって来て、地元の期待を一身に受けて近衛騎士団に入ったのに、早々に騒ぎを起こして、下手したらクビ。
彼はかなり落ち込んでいるのではないだろうか。
その発端が私にあるので、彼には悪いと思っている。
彼の部屋の前で立ち止まる。
青く塗られた木製の扉をノックした。
「ヴェスタ様?」
返事がない。
謹慎中なのでいるはずだが――扉の取っ手に手をかけると、少し開いた。
そっと扉を開けて中を覗くと、カーテンが閉められており中は真っ暗。
元々日当たりのよくない場所なのだろうか。
そのまま中に入ることにした。
「あの、外で待っていてください」
「かしこまりました」
アリスと護衛の騎士を外に待たせて、私は暗い部屋に脚を踏み入れた。
今の彼の心境は、この真っ暗な部屋のようだろう。
石壁は漆喰かなにかで塗られており、木の床の上には小さなタンスとテーブル。
そして部屋の隅にはベッドがある。
タンスには鞘に入った剣が立てかけてあった。
ここに隠れる場所などないのだから、彼のいる場所はベッド一択である。
ベッドの近くにいくと、なにかが毛布にくるまっている。
「ヴェスタ様」
彼の身体に毛布越しにふれる。
硬い――まるで岩のような身体で驚く。
どれだけ鍛錬を積めばこんなふうになるのだろう。
彼の身体のことを考えていると、毛布が宙を舞った。
次の瞬間、手首を掴まれてベッドに引き込まれ、体を入れ替えられた。
まさに早業。感心している場合ではないが、鮮やか過ぎた。
剣の達人が女を引き込むとこうなるのか。
私を襲ったグレルでも、こんなに鮮やかでなかった。
「あ、あの……」
私を侵入者だと勘違いしたのだろうか?
最初はそう思っていたのだが、彼の目は真剣だ。
これは、私だと解っていたのだろう。
そのまま押さえ込まれて彼の顔が迫ってくる。
私が顔を横に向けると、首筋にキスをされた。
別に嫌ではないのだ。
なにも解らない異世界に放り込まれて、彼には助けてもらった。
彼の気持ちも解っているし、いずれはこういうことになるとも思っていた。
べつに後生大事に取ってあるわけでもないのだ。
ここで大声を出すわけにはいかない。
今踏み込まれてしまうと、彼は完全に終了してしまう。
犯罪者として牢屋に入るか、下手をすると処刑されてしまうかもしれない。
それを伝えるために彼と向き合うのだが、今度は唇を奪われてしまった。
ここで流されてしまっても――そんな感情も湧き上がってくるのだが、今はそのときではない。
「あ、あのヴェスタ様」
問いかけの声など無視をして、彼は私の身体をまさぐり始めた。
彼の硬い指が身体の上を這う。
スカートのスリットから私の脚を出すと、そこに唇を這わせ始める。
さすがにマズい――そう思った私は、少々声を荒らげた。
「ネフェル様にも、咎が及びますよ!」
さすがに母親の名前を出されて、彼の動きが止まった。
聖女に手を出したなんてことが明るみに出たら、彼だけではなくて一族全員が連座になるかもしれない。
彼が、ゆっくりと身体の上から降りて足元のほうへいったので、私も長い脚を折り曲げた。
そのまま彼は、ベッドの上で土下座のような格好のまま泣き始めたのだ。
「うぉぉぉ!」
シーツを握りしめて、引き裂かんとばかりに力を込めている。
「ヴェスタ様」
「私はどうしようもない男です! あのハーピーの言うとおり、あなたを独り占めしたくて仕方ない! 他の男が触れるのを許せないのです!」
「それは悪いことではないと思いますし、騎士様にそれだけ想っていただけるなら、私も光栄です。でも、今はそのときではないので、私が自由になるまで我慢していただくしかないのですが……」
やりたい盛りの高校生ぐらいの子にこんなことを言うのは酷だろう。
私も聖女なんてものじゃなかったら、いくらでもさせてあげてもいいのだが。
彼がどこかで発散することにも目をつむりたい――本当は嫌だけど……。
肩を震わせている彼の柔らかい金髪をなでてあげる。
彼はそのまましばらく泣いていたのだが、鼻をすすりながら立ち上がると、タンスに立てかけてあった剣に手をかけた。
一瞬なにをされるのかと警戒して、身体をこわばらせる。
彼は鞘に入ったままの剣を両手で捧げるように持ち、私の前にひざまずいた。
「な、なに?」
「私を聖女様だけの騎士にしてくださいますよう、お願いいたします」
「騎士って? どうやるの?」
「剣を取ってください」
ベッドから立ち上がると、彼から剣をもらう。
かなり重い。
こんなものを勢いよく振り回していたのか。
「剣を抜いて、切っ先を私の肩に――」
言われたとおりに、剣の先を彼の肩に載せた。
真剣を持っているので、恐怖と重みで先がプルプルと震える。
「ヴェスタ・フォン・ヴァルトを聖女に仕える騎士として、ここに認める」
テキトーなセリフなのだが、これでいいのだろうか?
「謹んでお受けいたします。これからは聖女騎士として、唯一あなた様に忠誠を誓います」
それだと、私に手を出せないということにならないかな?
う~ん?
勢いでこうなってしまったのだけど、この先どうすればいいのだろう。
彼が退団届けを出して、私が個人的に雇うことになるのだろうか?
これで魔導師2人と騎士を1人、雇う羽目になってしまった。
これは陛下に相談したほうがいいかもしれない。
剣を鞘に戻すと、彼に返した。
剣を受け取ったヴェスタは、なんだか晴れ晴れとした顔をしているのだが、こんな形だけの宣言でも彼には重要だったのだろうか?
色々とありすぎて、どうしたものやら。
ちょっとパニックになりつつあるが、目の前のことを1つずつ片付けていくしかない。
「聖女様」
外からドアがノックされて、アリスの声が聞こえた。
相手が知り合いの騎士とはいえ、男の部屋に長時間いることを心配されたのだろう。
「すぐにまいります」
ヴェスタに軽く手を上げると、彼が深く礼をした。
彼の中でどういう心境の変化があったかは解らないが、ベッドの中で丸まっているよりはいいと思われる。
私はドレスを確認すると、ドアを開けてアリスと合流した。
メイドも騎士も、中でなにかあったか解らない様子。
そのまま自分の部屋に戻ると椅子に座った。
「にゃー」
留守番をしていたヤミが、ベッドの上で丸くなっていた。
「エルフの長と話したよ」
「にゃ」
「エルフって綺麗だけど、皆あんな感じで性格悪いの?」
「にゃー」
どうやらそうらしい。
「はぁ~……陛下に面会できないかしら?」
私は天井を見ながら、メイドに確認した。
「確認して参ります」
「ありがとう、お願い」
国王も忙しい身でしょうし、すぐってわけにはいかないと思うけど。
アリスはすぐに戻ってきた。
「只今、仕事が立て込んでいるので、書面にてお願いしたいとのことでした」
「こういう場合ってお問い合わせのフォーマット――じゃなくて、定型文みたいのがあるのよね?」
「はい、それでは文官をお呼びいたします」
「お願いします」
アリスが文官という役職の人を呼んできてくれた。
緑色をした詰め襟のような制服を着た、金髪の男性が深く礼をしてくれる。
彼に問い合わせの内容を伝えると、フォーマットに即した文面に落とし込んでくれるわけだ。
内容はもちろん、謹慎中のヴェスタの近衛退団と、私の直属になること。
文官は、自分の袋から出した用紙とインクを使って、流れるような文字でスラスラと文章を書いていく。
こういう用紙は大きさも決まっているのだろう。
そうじゃないと、書類が沢山あるとまとめるのが大変そうだし。
文章を書いている文官は、内容がどんなことでも顔色1つ変えないのだが、メイドたちは少々驚いている。
聖女直属の騎士というのは、今までなかったのかもしれない。
前例がないものだと陛下にも反対されないだろうか?
もしそうなったとしたら――ヴェスタがどう反応するのか不安だ。
まぁ、聖女騎士という名称は無理でも、アルルやルクスなどの魔導師も私が雇っているわけだし、ヴェスタのことも問題ないかな~という、甘い期待はある。
私の心配をよそに、書類が書き上がると、それを持って文官が退出した。
書類は事務方に引き渡されて、最終的にはいつも陛下の隣にいるサイモン事務総官という方に渡る。
そこでやっと国王の目に入り、答えが出るわけだ。
決裁を全部1人でこなしているのだから、国王の仕事も大変。
それにプラスすること、今は聖女という私がいるし、近衛同士の模擬戦も控えている。
今度はエルフとのトラブルだ。
陛下は執務室で頭を抱えているだろう。
「あ~」
エルフのことを思い出して、私は机に突っ伏した。
そこにクロミがお茶を持ってきてくれる。
「ありがとう」
私は美味しいお茶を一口飲んで、ため息をついた。
ハーピーたちのことは困ったなぁ。
やっぱり、モモちゃんに頼んで、お城には近寄らないようにしてもらおうか……。
それが一番簡単そうな解決方法だと思われるが――あのエルフたちに屈すると思うとムカつく。
本当に性格が悪すぎでしょ。
愚痴を言いながらちびちびとお茶を飲んでいると、窓のほうから声がした。
「ノバラ!」
窓は開けていないのだが……モモちゃんの声がする。
慌てて窓を開けると、白い翼が裏庭一杯に円を描いて飛んでいた。
ぐるぐると――時計周りに。
私が窓を開けたのに気付いたのか、彼が部屋に飛び込んできた。
「モモちゃん!」
「遊びにきたぞ!」
彼を抱きかかえる。
こんなにかわいいのに――お城に来るな、どこかに行け――とか言えないよ。
彼を抱いたまま、椅子に座ってため息をついた。
「ふう……」
「どうしたノバラ? 元気ない」
「色々とあってね……あ! そうだ。ハーピーが来たら陛下を呼んでくれって言われてたけど……」
一応、アリスに確認してもらうことにした。
ちょっと仕事で忙しそうだから、無理じゃないかと思うけど……。
モモちゃんをなでていると、バタバタと足音が近づいてきてドアが開いた。
「おお! これがハーピーか!?」
息を切らして入ってきたのは国王陛下。
モモちゃんを抱いたまま、立ち上がって礼をする。
「畏れ多くも陛下、お忙しいのでは?」
「うむ、サイモンに睨まれておるから、すぐに戻らねば。う~む、なるほどのう……これはファシネートが申すとおり美しい生きものだな」
国王にまじまじと見られて人見知りをしたのか、モモちゃんが私の後ろに隠れようとしている。
「彼らに手を出そうとするととんでもないことになりますから、お止めになったほうが……」
「よく聞く話だな。私はそれほど愚かではないぞ」
「失礼をいたしました。それと、お願いがございまして、さきほど文書にてお送りさせていただきました」
「あい解った、目を通したら返事をもたす」
「ありがとうございます」
陛下はすぐに自分の執務室に戻ってしまった。
とても、ついでにお願いできるような状況ではない。
「はぁ……」
「ノバラどうした?! やっぱり元気ないぞ?!」
「それがねぇ」
エルフとのトラブルを、モモちゃんに話す。
「耳長ムカつく!」
「そんなわけで、モモちゃんが私の所に遊びにくると、色々と面倒なことになってて……」
「解った! 俺に任せろ!」
「モモちゃん!」
彼が私の腕の中から飛び出すと、窓枠からジャンプした。
すぐに私は窓の所に行ったのだが、すでにはるか高くまで舞い上がっている。
「任せろって、どうするんだろう……」
とりあえず私にはなにもできないので、彼に任せることにした。
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――エルフの里と揉めた次の日。
エルフからモモちゃんを追い出せと言われたが、当の本人はいないし、どうしようもない。
私が言ったとしても、彼が「嫌だ」といったらそれっきりだし。
進展もないようなので、前日の回復薬製作の続きをやることにした。
ドラゴンの鱗入りのスペシャルバージョンである。
鱗をどうやって薬に入れようかと考えていたのだが、塩水に漬けると溶けているようだ。
実際に2日ほどたった今日は、かなり鱗が崩れて塩水の中に白いモヤモヤが溶け出している。
小瓶を振ると白く濁るので、これで使えるかもしれない。
いつもと同じように、メイドに手伝ってもらい薬を作る。
薬草を鍋で煮て魔力を込めるのだが、今日は隠し味を少々。
ドラゴンの鱗を溶かした塩水を投入する。
爪の垢を煎じて飲め――なんて言われるけど、魔物の鱗はどんな味だろうか?
今日の材料には塩が入っているので、塩味の回復薬なのは間違いない。
――といっても、大鍋に塩水が入っている量は僅かだが。
「ダシでも入れたほうがいいかな?」
私のつぶやきにアリスが反応した。
「ダシですか?」
「そうねぇ、魚を乾燥させたものとか、海藻を乾燥させたものとか……」
「ございますよ」
「え? あるの?!」
「はい、歴代の聖女様がご所望することが多かったので、お城の料理でも普通に使われています」
なんか妙に美味しいというか、ちょっと懐かしい味だったのは、海の幸のダシのせいか。
早速、アリスに持ってきてもらった。
小瓶に入っているのは、小魚を乾燥させて粉にしたものと、乾燥させた海藻を砕いた緑色の粉。
「へぇ~」
これはティアーズ領に帰るときには、大量に買っていかないと。
感心しながら鍋に投入した。
少し舐めると、薄味のお吸い物みたいな味。
塩だけのものより、飲みやすいのではあるまいか。
最後に人肌に冷ましてから、魔力を注ぎ込む。
最初に作った回復薬は真紅に染まったのだが――今日は、なんと紫。
「怪しい、怪しすぎる」
「それって、飲んでも大丈夫なものなのでしょうか?」
「それを今から検証するのよ」
「あの――いつもご自分で確かめているのですか?」
「ええ、もちろん。人に飲ませるわけにいかないし」
それに、今の私なら癒やしの奇跡があるんだから、多少毒物を摂っても平気じゃない?
「奴隷をお使いになったりは?」
「ええ? そんな酷いことできないけど……」
元世界のモラルからすれば、人体実験なんて酷いと思うのだが、この世界では当たり前のことのようだ。
――といいつつ、私もアルルで薬を試してしまったが。
それはさておき、この紫色の怪しい回復薬を試してみないと。





