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64話 聖女としてのお仕事


 沢山の貴族たちと宗教関係者を集めての聖女のお披露目が終わった。

 反対派の貴族は、なにか既得権益を失うことを恐れているのか、それともそもそも聖女という存在を信じていないのか。

 宗教関係者も謎である。

 神様を奉っているのに、その至高の存在から能力を与えられて召喚された聖女を信じないなんて。

 この世界で魔女が嫌われているのは解ったが、魔女どころか聖女も嫌いみたいだし。

 結局、自分たちの邪魔になる存在を認めたくないだけのような……。


 あの枢機卿とかいう男は、似非宗教家なのではあるまいか。

 自分たちより偉い存在が現れると、教団の存在価値が失われる――などと考えているだけなのではないだろうか。


 そもそも、魔女はなぜそんなに嫌われているのだろうか?

 魔導師との違いは、免許があるかないかだけなのに……。

 そのわけも誰かから聞いたほうがいいのかもしれない。


 それはさておき、お披露目の最中に面白いことがあった。

 国王が、2つ存在している近衛騎士団の存続に疑問符を投げかけたのだ。

 役に立たず金食い虫である赤いほうを、廃止しようという話になった。

 自分たちの居場所がなくなる紅玉騎士団は、その存在価値をなんとか認めさせようと、紺碧の騎士団との模擬戦を行うことを望んだ。


 戦闘には素人の私から見ても、赤い近衛たちは明らかに実力不足だ。

 それなのに自分たちの力の把握もできておらず、模擬戦で勝てると思っているのだから困りもの。

 個人的にも、旅の途中でとても嫌な思いをしたので、ボコボコにされればいいと思ってしまう。

 まぁ手酷くやられても、奇跡で癒やせば死ぬことはないだろう。

 さすがに殺せとは言えないし、言うつもりもない。


 ――お城で行われた聖女のお披露目から、3週間あとに近衛騎士団同士の模擬戦が開催されることになった。

 最初は、お城の中庭などでこじんまりとした試合を行うのかと思っていたのだが、そうではないらしい。

 王都にある闘技場で、街の住民たちも入れて大々的に行うようだ。

 無料で開放するのかと思ったら、チケットを発売して金を取るらしい。


 民衆への聖女のお披露目も、ついでにやってしまうみたい。

 これで世間にも大々的に聖女の存在をアピールしてしまうわけね。

 その話はあっという間に国中に広まるだろうし、他国へも情報が伝わるだろう。

 私の本当の召喚主であるらしい隣の帝国は、なにか言ってくるだろうか?


 まぁ、帝国が召喚したのが私だという証拠はなにもないのだが。

 他国が召喚を行っていた可能性もあるし、この世界の神様が呼び寄せた可能性だってある。

 本当に神様がいるのであればだが……。

 ちょっと信じ難い超常の存在ではあるが、魔法というとんでも能力は実際に存在している。

 私が使う癒やしという奇跡もそうだ。

 こんなの元世界の科学でも証明できないだろう。


 ティアーズ騎士団の一員として、皆と一緒に王都までやってきたヴェスタは、紺碧の近衛騎士団に入団することになった。

 近衛騎士団になることで箔をつけ、地元に戻ったとき騎士団の団長としての責務を負う。

 ジュン様は、ヴェスタを自分の後継者として考えているのだろう。

 前にそういう話もしていたような気もするし。

 実力も問題ないということだった。


 つまり、赤い近衛の模擬戦もなんの心配もないということだ。

 その模擬戦だが、ヴェスタはジュン様と一緒にティアーズ騎士団として参加することになった模様。

 近衛には入団したが、赤との試合に出るときには地方代表というわけだ。


 そもそも、青い騎士団は地方騎士団から選りすぐりを集めているという話だったので、全ての団員がジュン様やヴェスタクラスの騎士ばかりということになる。

 その段階で、へなちょこばかりの赤い騎士団に勝ち目はないと思うのだが……。

 勝負になるのは、ルナホークというあの騎士だけではないだろうか。


 ティアーズの領主様も、旧知の貴族の屋敷に滞在し、近衛騎士団同士の模擬戦を見物する予定。

 試合に出場するジュン様も領主様と一緒に滞在して、イベントが終了しだい帰領するようだ。

 闘技場には、ククナも来るだろうか?

 可能ならば、ぜひとも会いたいものだ。


 私が正式に聖女となったことで、お城の中も自由に歩けるようになった。

 庭の散歩もできるし、護衛には近衛が当てられている。

 そこに入ったヴェスタも、仕事で私の傍につくことが多くなったのだが、以前のように気軽に話しかけることができない。

 彼が1人なら会話もできるのだろうが、近衛は2人1組で行動することが多い。

 同僚がいたのでは、私と気さくに話すことは難しいようだ。


 やはり騎士というのは縦社会ということで、身分の差というものを気にするのだろう。

 聖女といっても、私は普通の女なのだけど……。

 彼にとっては、もう違うのかもしれない。


 ヴェスタと関係が離れてしまったようで少々寂しいが、聖女になった私には多少のわがままも可能だ。

 聖女の力を使うときには、彼が傍にいてサポートしてくれることになった。

 とっかえひっかえまったく知らない男性に抱きかかえられたりするなら、それはヴェスタに頼みたい。


「にゃー」

 ヤミを肩に乗せてお城の裏庭を散歩する。

 花壇は手入れが行き届いており、色とりどりの花が沢山咲く。

 蝶や蜂が飛び回る美しい光景の中を歩いていても、常に護衛の騎士がいるので気が休まることがない。

 今日の護衛はヴェスタと、もう一人の青の近衛騎士。

 やんごとなき方の生活ってのは、中々大変なものだと経験して解る事実。

 部屋にいるのが一番気楽そうなのだが、たまには外に出たいし。


「ねぇ、ヤミ」

「にゃ」

「そもそもの話を聞いていい?」

「にゃ?」

「なぜ、魔女ってそんなに嫌われているの?」

「それは私がお教えいたしましょう」

 騎士の男が答えてくれるようだ。


「ある魔女が、聖女様を暗殺したことがあったのです」

「ええ?!」

「にゃ」

 そんなことがあったんじゃ、魔女が嫌われても仕方ない気もする。

 どうしてそんなことになったのかは不明。

 魔女は原因究明されないまま処刑されてしまったという。

 そのときから、魔女は穢れた職業ということになってしまったみたい。


 そこにヴェスタが加わってきた。


「しかし、歴代の聖女様も、悪い魔女が1人いたからといって、全員の魔女を迫害したりするのは間違っていると言われまして……」

「そりゃそうよ。私だってそう思うし。罪を憎んで人を憎まずって言うじゃない」

「さすが聖女様」

 騎士がこうべを垂れた。

 そのおかげもあって、魔女という職業が存続しているらしいが、嫌っている人も多いらしい。


「それに地方は魔導師の数が少なく、どうしても魔女に頼らざるを得ないことも多く……」

 この街だってそうだろう。

 これだけ沢山の住民がいれば、それだけ需要も多い。


「ティアーズ領などは、そんなには迫害されている感じはしなかったわ」

「そうです」

 なるほどねぇ――そこで、「魔女ですが聖女です」とか言われても信じてもらえないわよねぇ。

 まぁ納得したけど、教団の連中は魔女がどうのとか関係なく聖女を嫌ってるわよね。


「ふう……」

 ため息をついていると、空から声がした。


「ノバラ~!」

 白い翼が急降下してくると、花壇の上をスレスレに飛んでくる。


「あ……」

 ――と思ったら、黒い髪の近衛騎士が剣を抜いて私の前に立ちふさがった。

 ヴェスタのほうは――翼の主が誰だか知っているので、まったく動いていない。


「ちょっと待って! その子は違うんです!」

 私は慌てて騎士の前に飛び出て、制止した。

 白い翼がブワッと広がると急制動をかけて、私の胸に飛び込んできた。

 彼の柔らかい羽根が肌をくすぐる。

 モモちゃんが着陸したショックで、ヤミが肩から落ちてしまった。


「ノバラ! 今日は外にいるんだな」

「そうよ。散歩をしてたの」

「驚いた――これはハーピーですか?」

「はい、私のお友だちなんです」

「いつも一緒にいたやつらと違うんだな!? あ、そっちの男は知っている! ノバラを独り占めしようとしているやつだ」

「ぐっ!」

 モモちゃんに痛い所を突かれて、ヴェスタがぐぬぬな表情をしている。


「まさか、聖女様はハーピーと知り合いだとは……」

「他の近衛騎士たちにも伝えておいてください」

「かしこまりました――それにしても……」

 騎士がまじまじとモモちゃんを見るものだから、その視線から逃げようと、彼が私の背中に回り込もうとしている。

 彼を落とさないように、慌てて腰を曲げた。


「ちょっとモモちゃん、ダメダメ。落ちちゃう」

「これがオスということは、メスもいるのですよね?」

 騎士のその言葉にちょっと嫌悪感を感じたので、彼の顔をジッと見つめる。

 彼も、私の怪訝な視線に気がついたようだ。


「も、申し訳ございません。ただの好奇心でございまして……」

「彼らと敵対したりすると、いつ空から大きな石が落ちてくるとか――そんな恐ろしい状態になりますよ」

「それは聞いたことがあります。家を突き止められて放火されることもあるらしく……」

 彼らは普通に火を使うので、やっぱりそういうこともあるのか。

 背中に回ったモモちゃんを正面で抱き直した。


「でも、彼がここに居てよいこともあるのですよ?」

「よいことですか?」

「はい――お城の屋根を汚す白い鳥たちがいなくなりましたでしょ?」

「そ、そういえば……そういう話が出ておりました。外に出ても、落ちてくる糞を気にすることがなくなったと」

 白い鳥は、モモちゃんが獲物にしてしまったからなのだが。

 天敵がいる危ない場所に鳥たちが近づくはずがない。


「あいつらのろまだから、すぐに捕まえられる!」

 モモちゃんが、自分の袋から白い鳥を取り出した。


「もしかして、袋の中に沢山入ってる?」

「おう! しばらく食べるのに困らないぞ!」

「なんと……魔法の袋の中に……」

「ノバラに2羽やる!」

「ありがとう」

 私は、メイドを呼んだ。

 一見姿は見えないが、アリスかクロミのどちらかが見えない所で待機している。


「はい、聖女様」

 やって来たのはアリスだった。


「またハーピーから鳥をもらったわ。夕飯に出してくださるように、調理場にお願いしてください」

「かしこまりました」

 彼女が鳥の首をつかむと、自分の袋の中に入れた。

 この場所に、もう一人潜んでいる私の部下がいる。

 元笛吹き隊のアルルだ。

 もう1人の笛吹き隊であるルクスは、街に情報収集に向かっている。


 私が雇っている人も増えてしまい、給料を用意しないといけないので中々大変だ。

 気分はもう中小企業の社長。

 そりゃ、デザイナーの端くれとして、いずれは独立しようなんて考えてましたけど。

 まさか異世界で社長さんじゃなくて、聖女様になるとは。


「あ~!」

 独立といえば、元世界に置いてきた貯金のことを思い出した。

 それなりに貯めてたのに。

 ちょっともったいない気もするが――ここでもなんだか稼げているし、まぁいいかぁ。

 国王陛下の話だと、聖女として給金も出るみたいだし。


「聖女様、いかがなされました?」

 騎士が私の心配をしてくれている。

 まさかアホな脳内会話の内容を漏らすわけにはいかない。


「いいえ、ちょっと故郷のことを思い出してしまいまして、オホホ……」

「故郷に残された家族のことを考えると、おつらいこともおありでしょう」

 黒髪の騎士さんは、私のことを心配してくれているようだ。

 中々いい人みたい。

 青の騎士団の方は、いい人ばかりだなぁ。

 ティアーズの騎士団にいたグレルのような男は、腕が立つといっても近衛には推薦されないでしょうし。


「故郷のことは――実はそうでもないですが……」

「そうなのですか?」

「聖女として召喚されて、故郷に帰りたいと揉めた方とかいらっしゃらなかったのでしょうか?」

「はて――そう言われれば聞いたことがありませんねぇ。教団と揉めた方はいらっしゃったようですが……」

「ああ、それは私も聞きました。世界が丸いと言って、教団の教義と衝突したのですね」

「そう聞き及んでおります」

 触らぬ神に祟りなし。

 別に世界が丸かろうが平面だろうが、私にはどっちでもいいのだ。

 普段の生活に影響があるでなし。


「モモちゃん、私の部屋でお菓子を食べようか?」

「うん! 食べる!」

 ハーピーを抱いたまま自分の部屋に向かうわけにはいかない。

 モモちゃんを好奇の目にさらしてしまう。

 人見知りの彼には耐え難いことだろう。

 彼には窓から入ってくれるように頼んだ。


「いい? モモちゃん」

「わかった」

 私の腕から降りたモモちゃんは、すごいスピードで裏庭を疾走すると、あっという間に空まで舞い上がった。


「す、すごい!」

 いつもその様子を見ていたヴェスタと違い、今日初めてそれを見た近衛も感心している。


 ハーピーを空に帰した私は、ヤミを肩に乗せると自分の部屋に向かった。

 そのまま部屋の前に到着すると、騎士がなにか言いたそうな顔をしているのだが……。

 気になる。


「なんでしょう?」

「あのハーピーは男ですよね?」

「ああ、聖女の部屋に男を入れるのは問題があると?」

「……ええ、まぁ」

「彼は大丈夫なので、問題ありません」

「……」

 理解されてないかもしれないが、引き下がってくれたようだ。

 部屋に入って窓を開けると、すぐにモモちゃんが飛び込んできた。

 彼を抱き上げると、テーブルの上にある魔道具を鳴らす。


「はい、あ……」

 隠し部屋から出てきたのはクロミ。

 ハーピーをじ~っと見ている。


「なにかお菓子はあります?」

「……クッキーがある」

「それじゃ、それと私はお茶を」

「承知」

 彼女は他の王侯貴族でも、あの言葉遣いなのかな?

 私は気にしないけど……。


 クッキーとお茶はすぐに出てきた。


「はい、モモちゃん。クッキーよ」

「クッキー?!」

「小麦粉を練って焼いたものだけど」

 脚で食べるのは大変そうなので、私が食べさせてあげる。


「甘くて美味い!」

 ボロボロとかけらが落ちるのが玉に瑕ね。

 彼にクッキーを食べさせながらモモちゃんをなでなでしていると、ヤミがやってきた。


「にゃー」

 私がハーピーに構っているのが気に入らないようだ。


「なぁに? 私がなでようとすると嫌がるくせに」

「……」

 私の言葉に彼は憮然とした表情で顔を洗っている。

 触らせてくれないのに、こういうときにはヤキモチを焼くらしい。


 モモちゃんは、クッキーを食べると窓から空に帰っていった。


「あ~」

 モモちゃんがいなくなって、クロミが残念そう。


「明日は、治療のお仕事が入っているのよね?」

「はい、明日の午前、トノパシュート侯爵夫人の治療です」

 クロミはフンスと気合を入れて、メイドや秘書の仕事もしてくれる――言葉遣いは少々あれだが、とても有能だ。

 とりあえずの私の仕事は、王侯貴族限定の病人怪我人の治療だ。

 王侯貴族といっても、反聖女派もいるので、そういう人たちは訪れないだろう。

 やってくるのは聖女派の貴族たちだけだ。


 料金などは決めていないが、すべて貴族たちにお任せである。

 実際、治療でどのぐらいの金額を取っていいか?

 ――なんて、まったく解らないし、こちらから料金を請求するのも聖女らしくない気もする。

 こういうのは寄付って形だろうから、気持ちの問題だ。

 まぁ、お任せではあるが、お金持ちの貴族ならばそれなりの金額を払ってくれるはずだ。

 聖女の奇跡を賜って、あまりにしょっぱい金額しか払わないのであれば、貴族の沽券に関わるだろうし。


 治療費のことを考えていると、アリスが帰ってきた。

 白いカートを押しているのだが、その上に箱が載っている。

 金の飾りがついている、なにやら高そうな箱だ。

 そういえば、料理やこういう荷物って袋に入れては持ってこないよね。

 それが礼儀なのだろうか。


「ただいま戻りました。聖女様宛に、お荷物が届いておりました」

「私に?」

「はい、ソアリング伯爵家からです」

 ソアリングというと、ルナホーク様の実家ね。

 一緒に手紙があるので読んでみると――息子の目の治療をしていただいたことにたいする感謝の印だと書いてある。

 別に彼の目を治したわけじゃなくて、ついでに治ってしまっただけなのだが。

 そうは言えないので黙っていたが、治ったことは事実だ。


 箱の蓋を開けてみる――中には沢山金貨が詰まっていた。


「う~ん」

 ざっと100枚。

 日本円で2000万円ってところだ。

 この調子でお金が稼げれば、魔導師たちの経費や賃金も出せる。

 社長業の始まりである。

 この調子で稼いで、老後の心配がないようにしなくては。

 この世界には年金もないわけだし。


 あ! そういえば年金と言えば――国保も厚生年金も少ない給料から天引きされていたのに、かけ損じゃない!

 嫌なことを思い出したが、もう戻れない元世界のことを考えても仕方ない。

 だって未練はないし。

 この世界で生きていくことを考えなくては。

 とりあえず、魔法の袋の中に金貨の詰まっている箱ごと入れた。

 そのうち金貨などは分けたほうがいいわね。


 私の家を燃やしてくれた女の魔導師の袋は、モモちゃんにあげちゃったけど、悪者の親玉の袋がまだ残ってる。

 そのうち荷物整理もしなくては。

 袋の中の整理を考えているとドアが開いた。

 ドアを開けて入ってきたのは、国王とその妹君。


「……!」

 ファシネートが走ってきて私に抱きついたのだが、なにか訴えるような目をしている。


「どうしました?」

「……」

 恥ずかしがり屋なのか、言葉に出してくれないのでいつも困ってしまう。

 代わりに国王陛下が答えてくれた。


「ファシネートが、聖女様の所にハーピーがやってくると、近衛から聞いたそうなのだ」

 それを聞いた彼女が、コクコクとうなずいている。


「ははぁ……陛下も見たいとおっしゃるのですか」

「そ、それはもちろん……なにせ珍しい種族だからな」

「我が国民にしてやるから、税金を払えとか言いませんよね?」

「ハーピーたちから税を取るなど、歴代の国王でも成し遂げてない偉業だ。私にできるとはおもえん」

 私に抱きついたファシネート様が、首を振っている。

 彼女もそんなことをするつもりはないのだろう。

 珍しいものが見たいという好奇心みたい。


「あの、今すぐに会えるか解りませんよ。上空にいないと無理なので」

「それは承知しているぞ」

 お姫様もうなずいている。

 王侯貴族というと、わがままで意地を通そうとかするイメージがあるのだが、この方々は違うようでよかった。


 窓に行くと上空を見上げてみる。

 白い翼が舞っている様子はない。

 さっきクッキーを食べたし、どこかで一休みとか、お昼寝をしているのかもしれない。

 王族に会わすためだけに呼び寄せるのも悪い。

 彼らは、只人の王侯貴族になんて興味ないだろうし。


「あの……、今はいないみたいです」

「……」

 ファシネート様がすごく残念そうだ。


「彼がやってきたときには、殿下をお呼びいたしますので」

「……」

 彼女は、それで納得してくれたようだ。

 こればかりはハーピーたちの気分次第なので、いつになるか本当に解らない。


「あ、恐れながら陛下、お願いがあるのですが……」

「なんなりと申せ」

「王都に薬問屋はあるのでしょうか?」

「無論あるぞ? 聖女様の下に呼び寄せればいいのか?」

「はい、空いた時間で薬を作ろうかと」

「そのようなことはせずとも……」

「奇跡を使わずとも、回復薬ポーションで治るものは、それを使ったほうが効率的でございます」

 奇跡を使うと私が倒れてしまうので回数に限りがあるが、薬ならその心配もない。


「承知した。使いを出して御用問屋を呼んでやろう」

「ありがとうございます」

 ファシネート様はハーピーが見れなくて残念そうだが、致し方ない。


 ------◇◇◇------


 ――裏庭でモモちゃんと会った次の日。

 今日の午前中は、治療のお客様だ。

 侯爵夫人だという女性は、どこが悪いのだろうか?


 朝起きると食事を摂って、メイドの手によって白いドレスに着替えを行う。

 ドレスはすべて、あのデザイナーが手掛けたもので、スカートにスリットが入っている。

 裸に剥かれて着替えさせてもらうのも慣れてしまった。

 どんなことでも慣れてしまうものだと、我ながら感心する。

 ただ、トイレだけは1人でしているけど……あれは無理。


 治療はお城の1階で行う。

 使っていない客間を転用させていただいた。

 ――といってもなにもいじっていないが。

 お城の部屋らしく豪華な調度品と天蓋つきのベッドがあったのだが、そんなものは要らないので、シンプルなものに交換してもらった。

 ベッドを使うような重病患者がくるかは不明だが。

 部屋の真ん中には診察用の小さなテーブルがあり、隅っこにはメイドとヴェスタが控えている。

 彼は当然、私が力を使ったときのサポート係だ。

 

 今日のお客様は、トノパシュート侯爵夫人。

 覚えられないので、ノートを作ってメモをしていると同時にカルテも作っている。

 日本語で書いているので他の人には読めないだろう。

 ――いや、今まで聖女様がなん人もやって来ているということは、日本語の研究も進んでいるのだろうか?


 外行きの服装なのか、少々地味なふじ色のドレスを着た金髪の御婦人が部屋に入ってきた。

 立って礼をする。


「はじめまして、聖女のノバラでございます」

 彼女が私の前に立つとスカートの裾を持って深々と礼をした。


「聖女様におかれましては――」

「ああ、堅苦しい挨拶は抜きでお願いいたします」

「は、はい――エメラルディ・フォン・トノパシュートでございます」

 さすがに貴族の御婦人だ。

 礼儀正しいし、編み込んでアップにした金髪は気品に溢れている。

 目尻は少し下がり気味で、紅をさした口元にほくろがある。

 男性たちに人気がありそうな美人なのだが、かなり元気がない。


 椅子に座ってもらい問診を始めると、産後の肥立ちがよくないという。

 医学が発達していた元世界じゃあまり聞かなかった症状だが、そういうのにも私の奇跡は効くのだろうか?

 それこそ、回復薬ポーションが効きそうではあるが……。

 そう思うのだが、ここに来る人たちは聖女の奇跡を求めてやって来ているのであるし……。


「承知いたしました――ヴェスタ様」

「はい」

 彼が私の近くにやってきた


「それでは、治療を始めます」

「は、はい……」

「緊張しなくても大丈夫ですよ」

「はい」

 椅子に座ったまま力を使う――。


「聖女様」

「は、はい」

 椅子の上からずり落ちないように、彼に支えられていた。

 ヴェスタによれば、今回は数分だったようだ。

 そんなに重症ではなかったということだろうか。


「ご気分はどうですか?」

「あ、あの――すごく楽になりました」

 彼女の言葉どおり、顔色が目に見えてよくなっている。

 どうやら治療は成功したようだ。


 私は、自分の袋から回復薬ポーションを取り出した。


「あと、これを毎日少しずつ飲んでみてください」

「ありがとうございます」

 彼女が、薬の入ったガラス瓶を両手で持ってお辞儀をした。


 最初の治療は上手くいったようだ。

 やはり治療に回復薬ポーションはあったほうがいいと思う。

 袋に入っている薬もそろそろ品切れだ。

 早く作って在庫を増やさなくては。


 

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