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63話 聖女か否か


 ティアーズの領主様が王都に到着したということで、いよいよ聖女のお披露目が行われることになった。

 今までは聖女がこの国に現れたというのが内密だったのだが、正式に認められれば、私も色々と活動できるようになる。

 ――とはいっても、色々と面倒な立場なので好き勝手するわけにもいかないだろう。

 衣食住は保証されるのだから淡々と仕事をこなして、無事にティアーズ領に戻りたいところだ。


 そのお披露目の場で、私の護衛をすることになっていた近衛騎士団の団長が糾弾された。

 事前に私から話を聞いていた国王が、怒りを爆発させた格好だが、団長のドラ息子は私の蹴りを食らって沈黙。

 代わりにルナホークという騎士が、近衛騎士団のやらかしのすべてを語った。

 彼はもともと隻眼だったのだが、私が使った奇跡によって古傷まで治ってしまったのだ。

 その息子をかばうように、貴族たちの中から赤髪の男が飛び出して寄り添っている。


 前に出てきた男は、ルナホークの父親らしい。

 顔がそっくりなので間違いないと思うのだが、彼は涙を流し私に感謝の言葉を述べ始めた。


「聖女様! このような醜態を晒した不肖の息子を奇跡で癒やしていただき、ありがとうございます」

 やっぱり、お父さんで間違いないようだ。


「いや、あの~私も目まで治るとは思っていなくて……驚いてしまいました」

「目が治ったルナホークを見て、私は妻と抱き合いました」

「聖女様、どんな古傷でも治るのですかな?」

 いつの間にか国王が玉座から降りて、私の隣にやってきている。

 元隻眼の男の顔を覗き込み、奇跡に興味津々なのであるが……。


「限界があると思いますけど……なくなった手足が生えてきたりはしないでしょうし……」

「う~む、それもそうだ。それよりもティアーズ子爵!」

「はっ!」

「そなたたちから見て、ルナホークの証言はどうだ?」

「……」

 領主様は、なにか思い悩むような顔をしている。


「そなた――まさか、私の前で嘘は申すまいな?」

「……証言のとおりでございます」

 領主様が躊躇したのは、反聖女派とも言われる貴族たちに睨まれるのを嫌ってという感じだろうか。

 彼の難しい立場も解るが、ここは覚悟を決める必要がある。

 国王に嘘を言えば、不忠のそしりを免れることができないだろうし。


「サウザンアワー公爵! そなたの息子の不始末を聖女様から聞かされた私が、どんな思いだったか解るか?! 生まれてこのかた、このような恥ずかしい思いをしたことはなかったぞ?!」

 息子はいい歳だし、ここで親の公爵を叱るのもなんだかなぁ……と思うが。


「も、申し訳ございません……」

「今回の話が巷に出回れば、またぞろ紅玉騎士団が笑いのネタにされるだろう。さすがの私も、紅玉の存続について考え直さねばならぬ」

「「「陛下!」」」

 話を聞いていた赤い騎士団たちも集まってきた。

 床にへばっているドラ息子が、青い顔をして言葉を振り絞った。


「陛下、なにとぞ挽回の機会を賜りたく……」

「そなたらに、いったいなにができるというのだ!」

「恐れ多くも陛下! そのおっしゃりようは、あんまりでございませんか?!」

 紅玉の騎士団のほうからも、抗議の声が上がり始めた。

 あなた方、ワイバーンの戦闘でボロボロになって、自信喪失したんじゃなかった?

 ――そう思ったのだが、あれは出張してきていた人たちだけか。

 赤い近衛たちは他にもいる。

 国王はしばらく考えていたのだが、なにか思いついたようだ。


「……よし! それならば――紅玉と紺碧との模擬戦をやって、勝ち越すことができたのなら存続を考えてやろう」

 それって、考えるだけってオチじゃないよね?

 陛下はそうおっしゃったけど――赤いほうの実力を考えると、ちょっと無理じゃない?

 どう見たって訓練不足だし、地方の騎士にすら勝てそうにないのだけど……。

 ワイバーンに襲われて馬から落ちたりしていたし。

 剣をまともに振れるのかすら、ちょっと怪しい。

 それなりの実力って、ルナホークって騎士だけじゃない?


「承知いたしました。このメイ・フォン・サウザンアワー、必ずや陛下の信頼を勝ち取ってみせましょう」

「えっ?!」

 私は、ドラ息子の言葉に思わず声を上げてしまった。

 彼が私を睨んでいる。

 自分たちの実力を恥じ入り、大人しく処罰を受け入れて赤い騎士団を解散すると思ったら、まったくの予想外だった。

 まさか本当に勝ち越せると思っているのだろうか?

 自分たちがボコボコにされたのは、相手がワイバーンだからであって、対人戦闘ならなんとかなるとか思ってる?

 素人の私から見ても、それはありえないと思うのだが……。


「ほう、天に吐いたツバは飲み込めぬぞ?」

「もちろんでございます」

「ええ~……」

 本当にやるつもりだ、呆れているとドラ息子がつぶやいた。


「くそ、なにが聖女だ……貴族にこのような仕打ち、街の下女でもやらぬ……」

 彼がブツブツ言っているのは、私のキックのことだろう。

 キ○タマグッバイだけでは、歪んだ貴族の思考は正せなかったらしい。


 ――というわけで、後日近衛騎士団同士の模擬戦が行われることになった。

 国王は無駄を省いて、行政のスリム化を行っているらしいので、役に立たない赤い近衛をどうにかしたかったのだろう。

 これ幸いと、今回の騒ぎに絡めてしまった。

 国王はニヤニヤしながら玉座に座り直す。

 もしかしてこの方、性格が悪いのかもしれない――と、私が思っていると彼が声を上げた。


「ルクス! おるのだろう! 前に出て釈明せよ」

「ルクス?」「いったい誰のことだ?」

 貴族たちがざわついていると、それらの後ろにいたのか、呼ばれた男が前に出て膝をついた。


「お前は、ティアーズの連中と一緒にいた魔導師……」

 彼が国王とのつながりがあったと知って、公爵の息子が驚いている。

 ティアーズの皆が王都に到着したということは、当然彼もやって来ているわけだ。

 笛吹き隊は陛下の直属だし。

 ヤミの魔法による束縛は解除されているので、そのまま逃げたりするのかと思ったのだが、そうではないらしい。


「よく逃げ出さずに、私の前に顔を出したな」

「恐れ多くも陛下、それが私の仕事でございますので……」

「それで?! なぜ、虚偽の報告をした?!」

「……」

 黙っているルクスに、国王が追い打ちをかけた。


「忠義の心が残っているのなら、答えるがよい!」

「……すべては、ファシネート様をお救いするためでございます……」

 そう答えた彼の言葉に嘘はないように思えるのだが、この男は目の前にいる可憐な少女の命を救うだけのために虚偽の報告をした。

 ティアーズ領、数十万人の命を危険に晒そうとしたのだ。


「……そうか、承知した」

 ルクスにファシネートに対する特別な感情があったのか、ここで問うことはできない。

 聞いても答えてくれないだろうし。

 国王も、自分の妹を助けるために罪を犯しました――と、言われればそれ以上はなにも問えないだろう。


 一連の事情を知っているのは、ここにいる中でも僅かな人たちだけ。

 集まっている多数の貴族たちは、意味も解らずにたたずんでいる。


「ルクス、さきほどの話、そなたも現場にいたのだろう?」

「はい」

「あとで詳しく文書にして報告せよ」

「かしこまりました」

 国王と笛吹き隊の間に、公爵が割って入った。


「陛下、そのような下級貴族のなにを信じるとおっしゃるので?」

「その者は、私のパイドパイパーだ」

 笛吹き隊を構成する隊員をパイドパイパーと呼ぶらしい。


「うっ!?」

 国王の言葉を聞いた、公爵親子の顔が青ざめる。

 これでごまかしは完全に利かなくなってしまったからだ。


「「「ざわざわ……」」」

 噂は聞けど誰も存在を知らない、国王の直属部隊。

 それが目の前にいると解り、貴族たちがざわつく。

 正体をバラしたということは、ルクスはここでお役御免ということなのだろう。

 本来なら厳しい罰ということになるが、王族の命を救うため――と言われたので、情状酌量の余地ありということだろうか。


「恐れ多くも国王陛下」

「聖女様、なにか?」

「ルクスはどうなるのでしょう?」

「任を解かれて放逐される」

「それなら、私が雇ってもよろしいでしょうか? 魔導師としての腕は確かですし」

 それに、スパイをずっとやってきたから、この国についてすごく詳しいし。

 最初に出会ったときには傲慢な印象だったが、今はそんな感じはしない。

 任務を途中で放棄して逃げなかったということは、根は真面目なのだろうと思うし。


「構わぬが……」

「それでは雇います――と言いたい所ですが、ルクスの意思はどうなの?」

「私としては失業いたしますし、すぐに次の仕事が決まるのであれば、構いません」

 顔を見ても、嘘をついているようにも見えない。


「それじゃ、あとでアルルと一緒に、私のところに来てね」

「かしこまりました」

 これで、聖女のお披露目が完了したことになる。

 ティアーズの面々は貴族の集まりの中に戻り、近衛騎士団たちも定位置に戻った。


 これで、お披露目は終了――と思ったのだが、未だにブツブツと反対意見を述べている人たちがいる。

 その筆頭が、ブッチーニとかいう宗教関係者だ。


「ええい、しつこい! すでに決定したことだ!」

 イラついたのか王様が声を荒らげた。


「し、しかし……この女は魔女なのでは……」

 聖女や異世界人ということが問題じゃなくて、あくまで魔女というのが駄目なのか。

 国王もうんざりしているのか、あからさまに嫌な顔をしている。


「魔女だろうがなんだろうが、聖女の能力があれば聖女だろう」

「王族としての体裁というものもありましょうし」

「そんなものはコボルトにでも食わせるがよい!」

 本当にうるさい連中ね。

 なにか解らない方法で嫌がらせできないかな?

 もうこんなことを考えている時点で聖女失格だとは思うのだが……。

 まぁ、力がなくなったらなくなったで森に帰ればいいや。

 そんなことを考えていると、いいことを思いついた。


「――恐れながら陛下」

「聖女様、いかがなされた」

「私について反対なされている方々に、聖女の祝福を与えれば、皆様も解っていただけるのでは?」

「祝福とな?」

「はい……」

 無論、そんなものを与えるつもりはない。

 私は、ここに来る道中でパン種を作ったことを思い出したのだ。

 パン酵母を聖女の力で元気にできるのなら、他の菌も元気にできるはず。


「聖女様にお任せする」

 やった。


「それでは――ヴェスタ様」

「は、はい」

「私の力を使いますので、お願いいたします」

「かしこまりました」

 彼が私の傍に来てくれる。

 貴族たちは、いったいなにが起こるのかと、お互いに顔を見合わせている。


「天にまします我らが神よ、信仰薄き者たちの身体に宿る白癬菌に祝福を――」

 この世界の人たちに、白癬菌と言っても解らないでしょ。


 ――目が覚めると、ヴェスタに抱きかかえられていた。


「どのぐらいたちました?」

 金髪の美少年を見上げる。

 このアングルも中々よい。


「ほんの数秒です」

 倒れたってことは、奇跡が発動したのだろう。

 いったいなにごとかと貴族たちがざわついている。


「いったいなんだというのだ! この偽聖女め!」

 まぁ、好きに言っていればいい。

 あとで私の力がどうしても必要になるでしょうし。


「聖女様……?」

 玉座に座っている国王も、訝しげな顔をしている。


「申し訳ございません。皆様健康でいらっしゃるから、あまり変化が出なかったようです」

「……なんだそれは!」「このインチキ聖女め!」

 ここぞとばかりに貴族たちが非難轟々だが、あとでどうなるかお楽しみに。


 貴族たちのそしりを黙って聞いていた国王であったが、ついに声を上げた。


「静まれ! まったくうるさい連中だ……それでは――よし! 聖女様は、私の妃候補ということにするか」

 とんでもないことを言い出した彼が笑っている。

 国王にしてみれば、自分の妹が助かったのだから、私が聖女というのは疑いようがないわけだし。

 いい加減、貴族たちの相手をするのが面倒になったのだろう。


「「「どよどよ~」」」

 集まっていた貴族たちがどよめく。

 この王様は独身のようなので、政略結婚のために自分の娘を正室や側室に送り込もうとしていた貴族が沢山いたに違いない。


「「陛下……」」

 国王の予想外の行動に、宰相閣下や枢機卿という男もあっけにとられている。


「ははは――これなら、誰もノバラについて文句は言えまい」

 国王が決めた妃候補に異議を唱えれば、それはすなわち国の意思決定に背くことになる。

 いやいや、そうではない。


「ちょ、ちょっと困るんですけど!」

 私は聖女の仕事が終わったら、ティアーズの森に帰るつもりなのだ。

 獣人たちとハーピーを呼んでもふもふする予定だし。

 ヴェスタだって、その頃にはいい男に――ゲフンゲフン。

 私も歳をとるんだけど、それはそれでおいておく。


「困ることはないぞ?」

「お妃様になんてなるつもりもありませんし……」

「あくまで候補だ」

「そ、それはそうなのですが……」

「身分がどうのというなら、ソアリング伯爵家にでも養子に入ればよい」

 ソアリングというのは、赤髪の騎士、ルナホークの実家だ。


「陛下――私どもといたしましては、いつでも聖女様をお受け入れする準備ができております」

 ルナホークの父親が、頭を下げた。

 彼の伯爵家には、過去に聖女が嫁いでいるというし、聖女派なのは間違いない。


「そうであろう! ははは!」

「ぐぬぬ……」

 ブッチーニという枢機卿が、苦々しい顔をしている。


 私としては少々困ったことになった。

 多分、王様の冗談だと思うのだが、国政なんかにはまったく興味がないし。


 それでも聖女のお披露目は終了だ。

 王様が解散の合図をしようとしていると、突然後ろのドアが開く音がした。

 後ろにいる貴族たちが、なんだか騒がしい。


 定位置に戻った近衛騎士たちが、なにごとかとまた前に出てくると、貴族の間を分けて男が倒れ込んできた。

 騎士たちが剣を抜いて構える。


「え?!」

 前にやって来たおかっぱ頭の男は――私が必殺キックで倒した、レオスとかいう王宮魔導師だ。

 なにをするのかと身構えていると、男は突然床に倒れたまま泣き始めた。


「聖女様ぁぁぁぁぁ!」

「な、なに?!」

「なぜ! なぜ、もっと早く来てくれなかったのですかぁぁぁ!」

 男のガン泣きに、ちょっと引く。


「誰だ?」「王宮魔導師のパンキー卿だ」「ああ……あの……」

 彼は有名人なので皆が知っている。

 その男が突然乱入してきて、泣き始めたのだ。

 貴族たちも、かなりドン引きしている。


「私にも色々と事情がありまして……」

 なぜと私に言われても困る。


「あなたがもっと早く来てくれれば、私の母も死ぬことはなかったじゃないですかぁぁぁ!」

「そ、そんなことを言われても……」

 聖女の奇跡はすごいが、助けられない命もある。

 たとえば今、ティアーズ領でなにかあっても、街のみんなは助けられない。

 神様じゃないんだから、それは無理。


 だいたいこの男は、私のことを魔女だからと嘘つき扱いして、治療の邪魔しようとしたくせに。

 実際にファシネート様が完治して、私が本物だと解ったからこんなことを言い出したのだろう。

 そこに貴族たちの間を縫って、魔導師の兄がやってきた。

 子どもみたいな外見なのに、レオスの兄だというあの男だ。


「レオス、聖女様にそのようなことを申しても、母は戻らない」

 彼は諭すように弟の肩をなでているのだが、体格が逆転しているので妙な感じだ。


「ううう~!」

 彼が両拳を握りしめて床を叩いている。

 母親を亡くしてガン泣きする男に、なんと言葉をかければいいのだろう。

 可哀想ではあるが、そんなの知らんがな――とは言えないし。


「魔導師様、私の奇跡は神様から与えられたものでございます。それで救えなかった命は、神の思し召しだとしか……」

「うぉぉぉぉっ!」

 レオスは、床に伏せながら動物のような叫び声を上げた。


「陛下、愚弟がお見苦しい姿をお見せいたしまして、誠に申し訳ございません」

「私とて、愛する妹を亡くしたのであれば、同じような言葉を聖女様に吐いたかもしれぬ」

「「「……」」」

 貴族たちが、王様の言葉に静まり返っている。


「しかしこれは、お咎めなしというわけにはいかぬな」

「承知しております。ほらレオス、立って」

 兄の言葉に、泣く弟が立ち上がった。


「追って沙汰を申し渡すゆえ、自室で謹慎いたせ」

「承知いたしました」

 ペコリと小さな兄が頭を下げると、弟を連れてホールから出ていった。


「これにて、聖女様のお披露目は終了である!」

 宰相閣下が、お披露目の終わりを宣言した。


 やっと終わった。

 領主様が献上した、荷物もメイドたちによって片付けられた。

 おそらく、ここにあるのは目録のようなもので、もっと沢山のものが献上されるのだろうと思われる。

 青の近衛は残ったが、赤いほうはバツが悪いのか、そそくさと引き上げていく。

 公爵のドラ息子などは、私を睨んだまま。

 もう一発ぐらい、かましてやればよかったかな?


「ふう……」

 深呼吸をしてから、私はティアーズの領主様の所に向かった。


「聖女様!」

 領主様が笑顔で迎えてくれる。


「道中、皆様になにもなかったようで、安心いたしました」

「我々も、本当に聖女様がお城に着いたかどうか、心配で夜も眠れませんでした」

「獣人たちに運んでもらって、その日のうちに到着したのですが、色々とありまして……」

 お城についてからのできごとを話してあげた。


「突然、聖女が訪問してきたから信じてくれ――と言われても難しいのは、仕方なきところ」

「そうなのですよねぇ。苦労いたしました」

 それはそうと、ククナはどうしたのだろうか?


「あの、ククナ様は?」

「娘は、ファルコンビーク王立学園に入学いたしました。聖女様に会いたいと申しておりましたが……」

「残念。でもまぁ、そのうち会えると思いますけど」

 集まっていた貴族たちは帰り始めたのだが、一部がそのまま残って、私の周りに集まってきた。

 ルナホークという騎士の実家であるソアリング伯爵家をはじめ、いわゆる聖女派の貴族たちだろう。


「皆様、不慣れな聖女ゆえ、お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」

「「「おおお~っ!」」」

 次々と貴族たちが、自己紹介してくれるのだが、まったく覚えられない。

 やっぱり、こういう場合は特徴がある人が覚えられやすいのよね。

 デザイナーも変な格好をする人がいるけど、そういう人は印象が残りやすいのも確か。


 貴族たちと話しながら部屋の中を見渡すと、壁側にいたエルフらしい人影はいなくなっていた。

 エルフは聖女には興味がないのかもしれない。


 ティアーズの騎士たちは、青い近衛騎士団に挨拶をしていた。


「ジュン! 久しぶりだな!」

「そちらこそ、それよりも――」

 ティアーズの団長が、近衛にヴェスタを紹介した。

 ジュン様は近衛の団長と知り合いらしいし。


「ヴェスタ・フォン・ヴァルトでございます。よろしくお願いいたします」

「おう、俺が青の団長である、カイル・フォン・パンダリオンだ。よろしくな」

「お噂はかねがね……パンダリオン様」

 金髪のライオンさんは、有名な人らしい。


「カイル、ヴェスタを頼む」

「はは、任せろ!」

 団長同士で、腕をクロスさせている。

 いつもは渋めのジュン様だが、古い知り合いと一緒だと子どものようだ。

 ヴェスタはウチの団長の推薦で、近衛騎士団に入るという話だったはず。


「ヴェスタ様は、近衛騎士団に入団されるのですか?」

「はい、聖女様」

 ジュン様が答えてくれた。

 ヴェスタが近衛に入るのならお城勤務だろうし、会うことができるだろう。

 知り合いがいるというのは心強い。

 それよりもさっきの話は……。


「あの――近衛同士で、模擬戦をやるというのは本当なのですか?」

「陛下のご意思なのだから、当然だろう」

 カイルが腕を組んで胸を張る。


「無論だ、聖女様」

 会場に残ったまま、私たちの話を聞いていた国王がやってきた。


「赤い騎士団を鼓舞するための叱咤激励の類だと思いましたが……」

 一応、言ってみたものの、私もそんなことだとは思っていない。


「さすがに、今回のことで国の予算を使うのが馬鹿らしくなったからな。これも聖女様のおかげであろう」

 私のおかげということは、ここでお願いをしてもいいはず。

「あの――」

「その前に、聖女様。謝罪をさせていただきたい」

「謝罪ですか?」

「公爵親子を筆頭に、貴族どもが聖女様にご無礼の数々。大変申し訳ない」

「いいえ」

「私の力だけでは、貴族たちを裁くことができぬのだ」

「貴族たちに反旗を翻されたら、対応できなくなるのでしょう?」

「まったくそのとおりだ。国王と申しても、ほとんど飾りのようなものだ」

 政治の世界も色々と大変だ。

 国を運営するためには、諸侯の力添えを無視できないのだろう。


「あの――私のほうから1つお願いがあるのですが」

「なんなりと」

「さきほど話に出た模擬戦に、ジュン様とヴェスタ様を参加させてみてはいかがでしょうか?」

「ほう――そいつは面白いかもしれねぇ」

 カイルが、私の悪巧みに同意してニヤニヤしている。


「2人は地方騎士団の代表ということだな」

「そういうことになると思いますが、ジュン様とヴェスタ様はどうでしょうか」

「それが本当ならば、もちろん参加させていただきます」

 ヴェスタは元気よく返答したのだが……。


「ふふふ、積もった鬱憤をはらさせていただこうか……」

「ははは、ジュン! お前も相当溜まってるな!」

「カイル! それじゃ、お前らがあの赤いやつらの相手をしてみろ!」

 ジュン様も、あのドラ息子騎士団との旅は、相当ストレスが溜まったらしい。

 気の毒な。


「悪いが御免被る、ははは」

 団長同士の会話に苦笑いをしているヴェスタに、私のドレスの感想を聞いてみた。


「ヴェスタ様、私の新しいドレスはどうですか?」

「す、素晴らしいと思います」

「ほら、ここがこんなふうになっているのが、新しいのですよ」

 私は、重なったドレスのスリットから、脚を出して見せた。


「「「おおお~っ!」」」

 その場にいた男たちの視線が一斉に集まる。


「せ、聖女さま! そのようなことをしてはいけません!」

 叫んだヴェスタの顔が真っ赤だ。


「少しぐらいいいじゃないですか」

「にゃー」

 ヤミの声がしたので下を見ると、黒い毛皮が見える。

 しゃがむと、彼がポンと私の肩に乗った。


「無事に終わったわよ」

 ヤミと話していると、ファシネート様に抱きつかれた。

 彼女は私の肩に手を伸ばそうとしているので、ネコに触りたいようだ。

 残念ながら、捕まえようとすると彼は逃げちゃうのよねぇ。


 とりあえず――反対派はいるけど、聖女のお披露目は終わった。

 面白そうといえば、近衛騎士団同士の模擬戦かな?

 いつになるか解らないが、ぜひとも赤い騎士団をボコボコにしてほしいものだ。



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