61話 馬子にも衣装
お城にやってきた私だが、聖女のお披露目というイベントまでやることがない。
本当にそんなことをやるのか――やるんだろうなぁ……やっぱり。
ちょっと憂鬱になりつつ退屈していると、窓からモモちゃんがやってきた。
彼は仲間から別れて王都にいるという。
ハーピーたちは、たまにこういう一人暮らしをして冒険をたしなむ種族のようだ。
そのあとは、お城の魔導師から仕入れた情報を元に魔法の実験などをして遊んでいると、ドアがノックされた。
やってきたのは、わたしが治療をした王族のお姫様。
彼女の世話をしている、タレ目のメイドも一緒だ。
いつもは私が彼女の部屋を訪ねていたのだが、今日は向こうからやってきたらしい。
訪れた彼女は、フリルのついた白いドレスと、くるくるの美しい金髪をした、絵に描いたような美少女。
病み上がりなのでまだ痩せているが、肌の張りは戻りつつあるし、髪もキラキラと輝き始めている。
傷んだ髪なども私の奇跡で治せるようだ。
まぁ、切り傷だって治るなら髪も治るだろう。
これを使って王侯貴族や金持ちの女性の髪や肌の手入れで一稼ぎできるかもしれない。
女というのは、美しさを手に入れるためなら大金だって払う。
私だってそうだし。
「殿下、どうなさいました?」
私は部屋に入ってきた彼女に尋ねた。
一緒にお付きのメイドが付き添っている。
メイドはお姫様のお気に入りなのか、彼女のベッドの横にいて看病やお世話をしていた女性だ。
「身体の調子がよいので、こちらからお伺いすることにいたしました」
そう答えたのは、殿下ではなくてメイドのほう。
殿下自身はすごい恥ずかしがり屋なのか、面と向かって言葉を交わすことがあまりない。
無口なのだが、感情は豊富のようで見ていて飽きない。
ふわふわの美少女なので気弱な性格なのかと思えば、それは違うらしい。
一度ものごとを決めると、テコでも動かない強靭な意思の持ち主だという。
そりゃ、民のために自分の治療をあと回しにしちゃうぐらいの方だしね。
そんな彼女によれば、私に会うのを毎日楽しみにしているらしい。
どうにも年下に好かれる体質が、ここでも発揮されたようだ。
自分では、なにが原因でそうなるのか、まったく不明なのだが……。
思ってみれば、ニャルラトといい、ククナといい、ヴェスタ、アルル――私の周りにいるのはみんな年下じゃない。
多分、モモちゃんも年下よね。
ヤミはどうだろう。
彼は年上の気がするのだが……。
別にこれは学生時代からの話ではない。
小さな子供のころからずっとそうなのだ。
なぜか慕ってくれるのは年下で、年上からの受けはすこぶる悪い。
仕事で上司受けが悪かったのもそのせいがあるのかもしれないが、バイトの子たちからは、男女問わずに慕われてたしね。
私の所にやってきた殿下のお気に入りは――異世界の話を聞くこと。
見たこともない世界がどうなっているか、大変興味があるらしい。
今まで聖女がたくさん来ているのだから、聞き取り調査などが行われて、そういう記録が残っていてもおかしくないと思うのだが……そうでもないらしい。
原因は、やはり思想や宗教的な違い。
聖女から話を聞いていくと、世界は丸いとか、太陽の周りを回っているとか言い出すし。
この世界の教義に当てはまらないことを言い出す危険な存在だったのではないだろうか。
絶対君主制は悪、議会民主制が正義だから、王侯貴族などの身分制度はやめて、みんな平等にしましょう――などと言い出したら、この世界制度が崩壊してしまう。
民主主義だけではなくて、もしかしたら共産主義や社会主義を謳った聖女もいたかもしれない。
そんなことを言われても――この世界の王侯貴族が、「それは素晴らしい、是非とも導入しましょう」とはならないはず。
聖女の知識は欲しいが、よけいな思想などは入れたくない王侯貴族のほうが多いだろう。
記録に残せば、そういう世界崩壊につながる危ない思想に触れる者がでるかもしれない。
そのために記録に残されることがなかったのかも。
いや、もしかしてどこかに記録は残っていても、厳重管理されているとか。
聖女が突然「誰もが平等なパラダイスみたいな国家を作りてぇ!」とか言い出したら、世界の法則が乱れる。
そんな女に民衆を煽動されるのが一番困る。
国家は国家の内部に新たなる国家を欲しない。
動乱の危機だ。
歴代の聖女の扱いには、大変な労力が注ぎ込まれたに違いない。
まぁ、突然異世界に召還されてしまった聖女様も大変だったろうけど。
非協力的で、幽閉されてしまった聖女もいたというが、元世界に帰りたいともめた聖女はいなかったらしい。
こちら側の人たちの言うことだから、全部をそのまま信じる訳にはいかないけど、もしかしたら元世界に未練がない人たちが選択されて召喚されている可能性だってあるし。
私は絵が描けるから、図に書いて殿下に色々と説明をしてあげる。
船などはこの世界にはあるので、空を飛ぶ飛行機とか、地下を走る地下鉄とかそういうもののほうが受けがいいみたい。
私の説明を熱心に聞いているのだが、向こうからは質問は来ない。
多分、質問もしたいのだろうけど恥ずかしいのだろうか?
「なにか、こういうものの話が聞きたいとかありますか?」
「……」
椅子に座ったまま、わちゃわちゃしているので、ありそうなのだが考えがまとまらないといった感じか。
「話すのが苦手でいらっしゃるなら、筆談やお手紙にまとめてもよろしいですよ」
「!」
彼女がコクコクとうなずいているのだが、私は一方的に話しているだけなので、会話が続かない。
女の子ならファッションに興味があるかもしれないと――元世界の女の子を書いてみる。
「私がいた世界との違いは、女性が脚を出しているかどうかですねぇ。そのほかはあまり変わらないような気がします」
あとはスカートやワンピースやらは、まったく同じだし。
丈の違いだけでしかない。
「こ、こんなに丈が短いのですか?!」
お姫様と一緒のメイドも驚いている。
「ええ、短い人は太ももまで出したり……」
「は、破廉恥です!」
メイドが叫ぶ。
2人――いや、話を聞いていた私のメイドも入れて4人が顔を赤くしている。
やはり刺激が強すぎるようだ。
そう言われてみると、元世界のファッションはかなり乱れているのかもしれない。
ノースリーブなんて、ここじゃ下着で出歩くのと一緒という感じだろうか。
文化の違いはいかんともし難い。
そのあとは、メイドにもう1つ机を用意してもらい、部屋の隅でメイドと殿下がひそひそ話をしながら質問事項を書いて、私がそれに答えるという形になった。
どうにも人を前にすると上手くしゃべれないようだ。
唯一平気なのが、お付きのメイドらしい。
色々と話をして楽しい時間を過ごし、お姫様は満足して部屋に戻ったのだが、今度は手紙が送られてくるようになった。
もちろん、殿下の部屋からである。
彼女の部屋もお城の3階にあるので、同じ階での文通だ。
スマホのSNSでのやり取りみたいなものだろうか。
普段は無口なのだが、手紙になるとそんなことを感じさせないぐらい饒舌。
王族らしき高度な教育を受けているとうかがいしれる手紙が、メイドたちによってもたらされた。
――あるとき、そんな文通を陛下に知られてしまったのだが、彼は大変悔しがっている。
妹とそんな手紙のやり取りをしたことがないと言うのだが。
すぐに殿下に手紙を書いて、陛下にも手紙を出してあげるようにお願いした。
そのあと、手紙をもらった王様は大変喜んでいたらしい。
彼の執務室で会話したときから薄々と感じていたのだが、どうやら陛下はシスコンのようだ。
まぁ、あれだけの美少女がいたんじゃ、兄として色々と心配だったろう。
民のために犠牲になることを選択した妹を目の前にした彼は、さぞかし悩んだに違いない。
それでも彼女の願いを尊重したのだから、立派な兄であり国王陛下でもあると思う。
文通の中でも、お姫様は兄を尊敬していると書いていた。
国や民の命が双肩に乗っている兄妹というのはどのようなものだろう。
私にも弟がいたが、十人並みの一般家庭で育った姉弟に、そのようなことを知る由もない。
ファシネート殿下と文通をしている間に、私の下に訪問客があった。
背の高いオネェ言葉をしゃべる、原色を使った派手な服装をした男性だ。
真ん中で分けた長い髪と、左右に伸びる口ひげを生やしている。
この男は服飾デザイナーらしい。
元世界でもデザイナーというと変わった人が多い印象だが、ここでもそうなのだろうか。
彼は、お披露目に使う私のドレスを作るために、サイズを測りにお城までやってきたのだ。
「聖女様のドレスを作れるなど、このカプティフ光栄の至りでございます」
男が、90度に曲げた腕を腹につけ、深々と礼をした。
格好は派手だが、すごく礼儀正しい。
「あなたは私が聖女だと聞かされているのね?」
「はい、私は王族の服飾の製作を一手に引き受けさせていただいておりますから」
それだけ信頼が厚いということなのだろう。
「それでは、よろしくお願いいたします」
「かしこまりました。しかし、このような名誉に預かるとは、我が家で末代まで語られることになりましょう」
さすがに男性の前で素っ裸になるわけにいかず、肌に薄い布を巻いてからサイズを測ってもらう。
メジャーのようなもので隅から隅までサイズを測られる。
オネェ言葉なのは、女性に警戒心を抱かせないようにするためだろうか。
「どのようなドレスになるのでしょうか?」
「聖女様から、なにかご注文がございますでしょうか?」
こちらのリクエストを聞いてくれるとか。
「聖女が異世界から召喚されているのはご存知ですよね?」
「もちろんですよ」
「私の希望を入れると、異世界の価値観を広めることになりますし……」
だいたい、過去の聖女たちがやって来ているのに、元世界風の服飾が流行ってないということは、この世界の文化に合ってないということだ。
う~ん、ミニスカートはどうやっても駄目だろうし……。
私は、メイドに紙を用意してもらうと、デザインスケッチを描いた。
「まぁ、今上の聖女様は絵画も嗜まれるのね」
「そういう仕事をしていましたので……」
私が描いたのは、ロングスカートだがスリットが入ったもの。
「まぁ、なんて破廉恥な!」
私もデザイナーの端くれでもあるので、駄目と言われるとやってみたくなるのだ。
「ああ……」
諦めた私だったが、デザインを見た彼は嫌悪感からその言葉を発したようではなかった。
「聖女様は、長くて美しいお御足を自慢なさりたいのですよね?」
彼は寸法を測るときに私の脚を見ている。
「あはは――私ってば、胸がこれなので……やっぱり無理ですよね~」
彼はしばらく考えていたのだが、なにかを決意したようだ。
「……かしこまりました。私にお任せくださいませ」
「ええ? でも、そちらにご迷惑がかかったり」
「大丈夫ですよ。たった今、よい方法が思いつきましたから」
ウインクする彼に任せてみることにした。
この世界の慣習から、モロダシという感じではないだろうから、上手く処理してくれることを願おう。
無理だったらフォーマルでよいのだ。
もちろん、その旨も伝えた。
どういうドレスができあがってくるか、今から楽しみだ。
心はワクワクなのだが、少々イケない感情も湧き上がってくる。
私も、民の税金で贅沢できる身分になったのかぁ……なんてね。
――それからなにごともなく数日がたった。
たまにモモちゃんが遊びにきてくれる。
長居はしないのでバレてはいないのだが、お城に巣食っていた白い鳥がまったくいなくなったと話題になり始めた。
お城の屋根が糞だらけになっていたので、結構困っていたみたい。
お城の中に身分の低い者を入れるというのに抵抗があるのかもしれないが、元世界でもあったように、民間に頼むってのも1つの手だと思うのだが。
いつものように退屈しながら部屋にいると、メイドから報告を受けた。
ティアーズの領主様と騎士団が、王都に無事に到着したらしい。
「よかったぁ……」
「にゃー」
ホッと胸をなでおろす。
私がいないと、彼らに怪我や病気などがあっても癒やすことができない。
心配していたのだが、それは杞憂だったようだ。
――というか、私がいないほうが順調なんじゃない?
もしかして私が貧乏神だったりして。
無事にティアーズの面々が到着したのはよかったのだが、それはここからイベントが始まるということを意味している。
お城に王侯貴族を集めて、聖女のお披露目をするわけだ。
それを考えると少々憂鬱なのだが、ここから逃げるわけにもいかない。
お世話になった皆に迷惑がかかってしまう。
「あ、そういえば、騎士団が無事に到着したということは、あの近衛の連中も戻ってきたのかぁ」
「にゃー」
「そうよねぇ」
正式にお披露目をしたあとは聖女として、お城の中やら街を歩き回ることもできるようになるだろう。
お披露目とやらを考えると少々鬱だが、やっと退屈な日々に終わりを告げることができそうだ。
お披露目は3日後に、執り行われることに決定した。
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――ティアーズの領主様が王都に到着したと連絡を受けてから3日後の朝。
今日、聖女のお披露目が行われることになる。
聖女の朝は早い。
薄暗いうちから起こされて、沢山のメイドに囲まれて朝から湯浴みをする。
いつものアリスとクロミだけでは間に合わないので、応援のヘルプが大量に投入されているのだ。
風呂に入らずとも、自分の魔法で綺麗にできると言ってみるのだが、儀式だからと返されて認められない。
要は禊ぎのようなものだと思われる。
連れていかれたのは、お城の1階にある浴場。
ヤミはお留守番であるが、彼が風呂に入るとは思えない。
ネコって水が嫌いだしね。
裸になって足を踏み入れた所は、学校の教室ぐらいの空間。
四方の壁には窓はなく、全面が白い石でできたタイルで囲まれており、床の2/3ぐらいを湯船が占めている。
天井を見れば絵巻物のような絵が描かれていた。
天井の中心部のさらに高くなった所に窓があり、そこから陽の光が降り注ぐ。
窓の明かりだけでは足りないと思われる光量は、魔法で生み出しているようだ。
湯船には朝からお湯が張られて、白い湯気が立ち込めている。
これだけのお湯を沸かすのにボイラーがあるのか、それとも魔法で沸かしているのかは解らない。
お湯に浸かり身体を温めたあとは、湯船の横に素っ裸で横たわり、メイドたちに体中を蹂躙される。
体中に香油のようなものをかけられて、全身を磨かれるのだ。
頭でこういうものだと解っていても、まったく慣れない。
ファシネート殿下に話を聞いても、王侯貴族がメイドに身体を洗わせるのは普通らしい。
そりゃ、トイレのお世話をするぐらいだから、身体を洗うぐらいはするでしょうけど。
こういうものだと思って諦めるしかないのか。
小さい頃からこれを当たり前だと育ってしまえば、気になることはないのだろう。
元世界にだって、垢すりみたいなものはあったわけだし……。
メイドたちに洗われている間は、床のタイルの数を数え、天井に描かれている絵を楽しんだ。
「聖女様、肌が綺麗……」
まぁ、日本人の肌は綺麗だって言われることが多いみたいだけど、現在の私のそれは聖女パワーでピチピチになっているし。
「髪も、漆黒が流れるように艶々……」
元世界から持ってきた麗しの黒髪も、枝毛は全部治り根本から先っぽまで絶好調なのだ。
もちろん、これも聖女パワーである。
鏡を見ても染みなどは全部消え、お肌の曲がり角もなんのその、十代といっても通用する張りをゲットした。
湯浴みが終わったら次はドレス。
部屋に戻ると、1週間ほど前に私のサイズを測っていった服飾デザイナーの男が待っていた。
大型のハンガーに純白のドレスがかけられている。
絹だと思うのだが、なにから取った糸なのかは不明。
糸の1本1本がキラキラと輝いている。
パンピー(死語)の私が見ても――「うわ、高そう……」という感想しか出てこない。
着付けも自分で着る必要はなく、黙って立っていればメイドが全部やってくれる。
勝手に白いドレスが私の身体に着せられていくのは、見てて面白い。
目新しさも、最初のときだけだと思うけど。
私が身に纏ったのは、ノースリーブの白いドレス。
この世界の定番のように胸元は開いておらず、首まで覆われている。
そりゃ、胸を開いても谷間もなにもないのだから、開く必要がない。
ドレスの袖はないが、上腕まで覆う刺繍で編まれた長い手袋がセットになっている。
下はこの世界の常識に則った足下が隠れるようなロングスカートだが、ここに秘密が隠れていた。
複数枚の薄いスカートが重ねられているのだ。
その各々に、私がリクエストしたスリットが入っている。
スリットの位置が微妙にずれているので、立っているだけでは脚は露出しない。
私の動きに合わせて、ある条件が満たされると――チラリと見えるわけだ。
もちろん、スカートを手繰って脚を出すことも可能だが、はしたないと言われるだろう。
姿見の前でポーズを取ってみる。
ファッションにあまり興味がなかったとはいえ、私も女。
こういう格好をすれば、心が躍ることもある。
「あはは、自分で言うのもなんだけど、馬子にも衣装ってやつね」
「はい? マゴですか?」
メイドが不思議そうな顔をしているが、元世界のことわざは通じないようだ。
「どう?」
ヤミにも見せた。
「にゃー」
「ふふ、ありがとう。君もお世辞を言うんだ」
「にゃ」
お世辞抜きらしい。
それはそれで嬉しい。
「ありがとうございます。私の希望を形にしてくれて」
デザイナーに礼を言う。
「いえいえ、これは新しい形ですぞ? もしかして、王侯貴族の間で流行るかもしれませぬ」
「そうなったら、聖女が我が国の文化を破壊しようとしているとか言われてしまうかも」
「そうですなぁ、本当は――」
デザイナーがなにか言おうとして止めた。
「本当は?」
「……ここだけのお話で」
「もちろんです」
彼が私の耳元で囁いた。
「破壊なきところに創造はありません」
「私もそう思います」
彼も保守的なものをなんとかしたいと、常日頃考えている御仁なのだろう。
この世界はすごく保守的だ。
その硬い殻に、私のドレスが風穴を開けることができるだろうか。
いや、別にそんなことを目的にしているわけじゃないんだけどね。
これで終わりではない。
次は化粧が残っているのだ。
姿見の前に座って、髪をセットして化粧をする。
この前もらった宝箱の中から使えそうなアクセサリーを取り出して、髪や首元を飾り付けた。
「おお! なんかお姫様みたいね、えへへ」
「聖女様、お綺麗です」
「ありがとう」
なんだ、結構イケてるじゃん、私ってば。
この世界にやってきてから化粧をしたことがなかったが、やはりそれなりの金額を出せば化けるための道具が揃うらしい。
――とはいっても、かなり高価なものになるらしいので、化粧ができるのは王侯貴族や金持ちだけだろう。
化粧をしていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ~」
入ってきたのは、ファシネート殿下。
彼女を見たデザイナーの男が、数歩下がって最敬礼をした。
殿下は少し手を上げて答えたので、それ以上の挨拶は必要ないということだろう。
「ファシネート様、私の準備はできましたよ。十人並みも着飾ればそれなりでございましょう?」
「……」
首を振った彼女が私に抱きついてきた。
これは似合っているという殿下の答えであろうか。
準備ができたので、部屋を出る。
「ヤミ、お留守番お願いね」
「にゃー」
「ええ? 途中までいくの?」
会場に入る前まで一緒に行くと言うので、彼を肩に乗せた。
「にゃ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど。過保護ねぇ」
国王陛下とファシネート殿下は聖女派であるし、近衛騎士団の青も聖女を認めている。
反対派がいたとしても、騒ぎにはならないだろう。
まぁ、ちょっとは揉めるかもしれないが。
それよりも、ティアーズ領主様に会えるのが楽しみだ。
「ティアーズの騎士団は来ているのかな?」
「騎士団長ともう一人いらっしゃるはずです」
私の近くにいたメイドが答えてくれた。
もう1人ってことは、多分ヴェスタよね。
彼にも、私の晴れ姿を見せることができるわけだ。
そう考えると、心の片隅に少々残っていた不安も吹き飛んでしまった。
階段を降りて2階に到着すると、床に敷かれた赤い絨毯の上を歩いていき、大きな両開きのドアの前で立ち止まった。
扉を開けて中に入ると、小さいながら豪華な調度品が揃えられている部屋があった。
ここは王族などの控室だという。
もう1つ大きな扉があるのだが、あの向こうが会場となる謁見の間になっているのだろう。
扉からは、すでに沢山の人たちの話し声が聞こえる。
あとは、ここにいて陛下に呼ばれるのを待つだけだ。





