56話 王族の少女
やっと王都に到着して、お城の中にも入ることができた。
もしかしたら、けんもほろろに追い返されるのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
信用もしていないが、もしかして――という考えもあるのだろう。
私の前にやってきたのは、宰相という偉い方と、おそらく近衛騎士と魔導師の3人。
しばし問答をしていたのだが、騎士が面倒だと言い出して、自分の掌に傷をつけた。
血が流れる手を見せて、笑ったのだ。
私が本当の聖女なら傷を治せるはずだと言う。
そりゃ治せますよ。
ここに来るまでに、怪我人や病人を沢山治してきたのですから。
「この傷を治せばいいのですね」
「そうだ」
騎士が、いたずらをする男の子っぽく笑っている。
「騎士様――私が奇跡を使うと、気を失うことがあるのですが、そのときには受け止めてくださいますか?」
「……そうか、それは約束しよう」
基本的には悪い人ではなさそうだ。
同じ近衛騎士の公爵の息子とかいうドラ息子とは違うらしい。
「それでは――天にまします我が神よ、神の奇跡を疑う愚か者たちにもその優しき慈悲の御手を差し伸べください」
私が目を覚ますと、椅子に座らされていた。
多分、数分だと思うのだが。
気がついたのを察すると、騎士が私の前にひざまずいた。
「聖女様、ご無礼をお許しください」
「手は治ったのですね」
「はい、このとおり――まさに奇跡」
騎士が嬉しそうにしている。
やはり、裏表があるような人物ではないようだ。
「ありがとうございます」
「私は、近衛騎士団の団長、カイル・フォン・パンダリオンです。よろしくお願いいたします、聖女様」
「青いほうですね」
「そのとおりです――ときに、キリタップは元気ですか?」
私はその名前を聞いて記憶を辿ると、ティアーズ騎士団の団長のことだと思い出した。
彼は団長と知り合いらしい。
「キリタップ――ああ、ジュン様ですね。今頃はホープレスの近くをこちらに向かっていると思います」
「あそこからだと、2週間はかかりますなぁ」
「おそらくは」
「そこから、獣人たちに運んでもらってここまで来たと」
「そのとおりでございます」
「ははは! 今上の聖女様は、なかなか豪胆でいらっしゃる」
「王族の方がご病気だと聞いたので、国王陛下がお急ぎになる理由がそれかと思いました」
「……」
騎士は私のことを聖女だと認めてくれたようだ。
魔導師らしき男は未だに厳しい顔だが、宰相閣下は違うらしい。
「ノバラと申したな」
「はい」
「そなたのことを陛下に報告いたす」
「ありがとうございます」
宰相閣下も、まだ聖女だとは認めていないようだが、その可能性があると――そこまでは認めてくれたようだ。
女からノバラになったしね。
これで前に進むと思ったのだが、黙っていた魔導師が口を開いた。
「私は反対です!」
中性的な感じだったので男か女かちょっと不明だったのだが、声を聞いて男性だと確信した。
彼の突然の反対に、騎士も驚いたようだ。
「レオス様も私の掌の傷が治るのを、ご覧になりましたでしょう?」
レオス? どこかで聞いたような……。
もしかして、ククナが憧れているという天才王宮魔導師って人?
「こいつは魔女だぞ!」
「はい、私は魔女ですが」
「え?! そうなのか?!」
騎士も驚くのだが、この魔導師は私が魔女だということを知っていた。
城でそれを知っているのは、笛吹き隊であるルクスから報告を聞いた国王とそれに近い者だけ。
「パンダリオンの傷を治したように見せたのも、魔女の外法に違いない!」
魔導師が魔女嫌いなのは、今までのできごとで知っていたが、こんな偉い人でもそうなのか。
「え~? レオス様って、巷に名前が轟く天才王宮魔導師レオス・フォン・パンキー様ですか?」
「それがどうした!」
「王宮魔導師のレオス様が魔法とおっしゃるなら、当然私と同じようなことをできるんですよね?」
「う……!」
私の言葉に魔導師がたじろいだ。
「レオス様、外法だろうがなんだろうが、傷が塞がるのはすごい魔法ですよ? それができれば、騎士がどれだけ助かることか……」
まぁ騎士にしてみればそうだろう。
完全に治らなくても、傷口がくっつくだけでもほしい魔法だと思う。
「う、うるさい! なぜ魔導師の私が、魔女の外法を再現せねばならん!」
「ええ?」
魔導師の無茶ぶりに騎士が引いている。
素人の私から見ても、彼の言っていることは破綻していると思うのだが……。
「パンキー卿、決定は覆らん。事態は一刻も争うし、陛下に判断を仰ぐ」
「ぐ……承知いたしました」
宰相の決定には、魔導師の偉い人でも逆らえないらしい。
私の見極めが終わったのか、3人が部屋から出ていく。
「またな」
ライオンが片目をつぶって私に挨拶してくれた。
彼は、私が聖女であると確信したのだろう。
本物であれば、次に会う機会も当然あるのだから、「またな」というわけだ。
「……」
魔導師は最後まで私を睨んでいた。
そんなに魔女が嫌いか。
個人的になにか恨みでもあるのだろうか?
3人が出ていったので、私はまた部屋に1人になってしまった。
やることがないので、また魔力循環をしていると、ドアがノックされる。
もう国王陛下が来たのだろうか?
「どうぞ~」
ドアを開けて入ってきたのは、さっきのメイドさん。
「……」
「私を誰かが、お呼びですか?」
「いいえ……」
彼女は黙っているのだが、なにがあったのだろうか?
「どうかなさいましたか?」
「あなたが聖女って本当?」
「立ち聞きですか? いまのところ関係者以外は極秘のはずですから、漏らすとマズいことになると思いますよ」
「解っているけど……」
「最終的には、陛下が宣言されれば正式に聖女ということになるでしょう。それまでは、自称ってことになりますが」
「そうなんだ」
そう答える彼女の顔がちょっとうれしそうなのだが……。
「私が聖女だと、なにかいいことがあるのですか?」
「せ、聖女様のお付きになるのが、私の夢だったから……」
「それじゃ、偉い方の玉の輿を狙って、お城に来たわけじゃなかったのですね」
「まぁ、それもあるけど……」
「なぜまた聖女のお付きに?」
「子どもの頃から、そういう本を読んでいたから……」
異世界から召喚された聖女が活躍する物語本が、この世界には存在するようだ。
うわぁ、もしかして私がなにかやったら、それも本になってしまうのだろうか?
キ○タマグッバイもそのまま本になっちゃったりして。
あんまり人のいる所では、使わないほうがいいかも。
今は聖女の存在は極秘だが、黒髪で背の高い女だ――って知られたら、あちこちで暴れたのが世に出てしまうだろうか?
う~ん、私も好きでやっているわけじゃない。
男どもがクソ過ぎるのが悪いわけで。
そもそも皆がいい人ばかりなら、私が暴れる必要がないし。
などと言い訳をしてみる。
「にゃー」
ソファーの下から、ヤミが出てきた。
「ねぇ、聖女の活躍を記した本とかあるの?」
「にゃ」
「やっぱりあるんだ」
「ネコと話してる……」
メイドが、ちょっと引いている。
「魔女の魔法で彼と会話ができるのです」
「え? なにそれ、ちょっと羨ましい……」
動物と話せたら――というのは動物好きな人の夢よね。
それを叶えてくれる魔法というのは素晴らしい。
元世界の科学力でも、動物と会話なんてできなかったし。
メイドと話していると、ヤミが隠れたので、私は察して立ち上がった。
おそらく誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえたのだろう。
本当に国王が来たのだろうかと考えていると、またいきなりドアが開く。
相手が偉い人だとノックはいらないのだろうか?
入ってきたのは、男性がまた3人だが、こんどはメンバーが少々違う。
顔ぶれに驚いたメイドは一礼すると、そそくさと退散。
私はスカートの裾を持って、頭を垂れた。
チラ見しただけだが、騎士と宰相は同じだが、魔導師の代わりに黒い服を着た男性がいる。
頭を下げたままなので、どんな顔をしているのかは解らない。
「そなたが聖女と申す者か?」
「はい、ノバラと申します」
「随分と背が高いな。カイルと変わらんのじゃないか?」
「私のほうが少し高いでしょう」
近衛騎士の団長と、気さくに話す立場の方となると、やはり――。
「そうか――ノバラとやら、座るがよい」
「ありがとうございます」
私はソファーに座ると、正面に座った男性の姿を見た。
一目見て驚く。
王様というと、白い髭が生えたお爺さんみたいな印象を持っていたからだが、そこにいたのは、どう見ても30歳手前の金髪の男性。
金糸の刺繍に彩られた黒い上下の服に白いマント。
まるでゲームかなにかの主人公のような出で立ち。
イケメンなのだが、私を散々バカにした公爵のドラ息子にちょっと似ている気がする。
王家と公爵家――おそらく親戚なのだろうが、こちらは私を蔑んでいるような感じはしない。
ニコニコと微笑み、私を歓迎しているように見える――多分。
国王なのだから、そのぐらいの腹芸はお茶の子さいさい(死語)なのかもしれないが。
陛下の後ろには、騎士と宰相が立っている。
「どうした? 私の顔になにかついているのか?」
「申し訳ございません。国王陛下がお歳を召した方だと勝手に思い込んでおりましたもので」
「我が国の民であれば、陛下が御即位したことを知っているはず」
宰相はそう言うのだが、私はこの国のことなんて全然知らないし。
「私は、この国にやって来て日が浅いものですから」
「そのような細かい話はあとでするとして、早速だがそなたに仕事を頼みたい」
まずは、諸々の謝罪がほしいところなのだが、国王直属の笛吹き隊絡みでこちらは迷惑を被ったのだから。
そのような考えが頭をよぎったのだが、私はまだ聖女と認定されたわけではない。
突然お城に押しかけた、頭のおかしい馬の骨扱いなのだ。
とりあえず彼らを納得させるだけの実績が必要だろう。
「はい、私のできることであれば、なんなりと」
彼が言う仕事というのは――やはり国王の妹君の治療だ。
もう半年以上も寝たきりで、最近病状が悪化しているらしい。
「頼む」
国王が両手を膝に置くと頭を下げた。
絶対に頭を下げない傲慢な国王――というわけでもないようだ。
「陛下! 素性の知れぬ者に国王が頭を下げるなど」
宰相の言葉にすぐに王が反論した。
「可愛い妹が助かるなら、頭などいくらでも下げてやる」
「し、しかし……」
「私が、どこの馬の骨かは、すぐに解ることですし」
「陛下に頭を下げさせて、冗談でしたでは済まんのだぞ」
宰相が私を睨むのだが今更だ。
「私も冗談を言うだけのために、ティアーズ領から遥々500リーグも600リーグも旅をしてきたわけではありません。偽聖女なら、逃げる機会などいくらでもあったのですから」
「そういうことだ」
国王は他に打つ手がないので、聖女の力に頼るしかないのだろう。
「私は信じてますよ。この手が治ったのは冗談でもなんでもなかったですし」
後ろに立っている騎士が左手をニギニギしている。
「ありがとうございます」
「それでは早速仕事をしてもらいたいのだが」
「その前に1つお願いがございます」
「なんだ?」
私はソファーの下に隠れていたヤミを引っ張り出した。
彼の両脇を持つと、身体がビョーンと伸びている。
「にゃー」
「この子の滞在を一緒に認めていただきたいのです」
「ネコ? この部屋にいたのか。気がつかなかった」
騎士が頭に手をやり、少々驚いた顔をしている。
国王は少し呆れた顔をして口を開いた。
「承知した、好きにするがよい」
「ありがとうございます」
早速、メイドが呼ばれて王族の治療をすることになった。
呼ばれたメイドは2人だが、1人は私と話をしていた彼女だ。
彼女たちに案内されて、王族の所に向かう。
私の肩にはヤミが乗っており、そのほか同行しているのは、私の後ろをついてくる近衛騎士だけ。
王様は治療を見ないのだろうか?
まぁ、元世界の病院でも治療をしている所に家族は入らないが……。
後ろの騎士は、私が王族によからぬことをしないようにするための見張り役か。
それとも、私がタダの馬の骨だったときに、首を刎ねるための処刑人を兼ねているのかも。
「そちらのメイドさんは、聖女に肯定的なのはさきほどの会話から解りましたが、もう1人の方はどうでしょう?」
「え? 私?」
答えたのは、ウェーブをした金髪の少女。
「はい」
「聖女、本当なら、お仕えしたい……」
なんだかポヤポヤとして、掴みどころがない感じがする。
わけのわからん質問をされたので、テキトーに答えただけのような気もするが。
「私のことをお聞きになりました?」
「はい、もしかして聖女?」
こちらを振り向きニコリと笑ったのだが、本心だろうか?
それでも、一応聖女に肯定的なメイドをつけてくれたようだ。
否定的な人が周りにいて、邪魔をされたりしたら大変だ。
治るものも治らなくなってしまう。
「聖女様、ご心配なさらずとも、あなたの御業を邪魔するやつはおりませんよ」
私の後ろにいるライオンが笑っている。
「そうだとよいのですけど」
それはよいのだが、敬語で話していると気疲れする。
そもそも礼儀作法があっているのかも解らないし。
聖女の力のせいか、強行軍の割には疲労は感じないのだが、気力までは回復してくれないようだし。
「ネコちゃん……」
金髪のメイドが、後ろをチラ見している。
彼女は私の肩に乗っているヤミが気になるようだ。
「彼が許すなら、あとで触ってもいいですよ」
私の言葉を聞いて彼女は嬉しそうだ。
あまりそれっぽくないのだが、彼女も貴族のご息女なのだろうか。
赤い絨毯の敷かれた背が高い廊下をメイドについて歩いていくと、階段で止まった。
次は階段を上るらしい。
細工が施された立派な欄干のある階段を上っていく。
ここにも赤い絨毯が敷かれており、足音が建物の中に響くことはない。
3階に到着し、右に曲がるとまっすぐな廊下が続いている。
多分、この階に件の王族がいるのだろうと思っていると――暗い廊下に人影が見えるような気がする。
「誰だ!」
騎士が前に出ようとすると、暗闇から声がした。
「僕だよカイル」
「レオス様」
一応、声の主は確認できたのだが、騎士は剣から手を離していない。
道を塞いでいるのは、あの魔導師だろうが、騎士が前に出ても退こうとしない。
「レオス様、これからファシネート様の治療が行われるところです」
メイドが魔導師に確認するように言ったのだが、それに対してもそっけない返事が返ってきた。
「解っている」
「それならば――」
「そいつは魔女だ!」
「魔女の魔法は私も見ましたが、カイル様の手を奇跡で治療なされたのですよ? ただの魔女にそんなことができると思えませんが」
「お前らは魔女に騙されているんだ! 怪しげな外法を使って、カイルを上手く丸め込んだつもりだろうが、僕には通用しない」
「レオス! これは陛下がお決めになったことだぞ? 主の命令に逆らうつもりか?!」
敬語ではなくなった騎士の反論にも、魔導師の言葉は止まらない。
「主が間違った道を進もうとするなら、それを止めるのも臣の務め!」
え~? なにこの面倒くさい人。
こんな人だと知ったら、ククナががっかりするかもしれない。
このままでは埒が明かないので、私はメイドの前に出た。
病人を早く治療しなくてはならないのに、ここで押し問答なんて時間の無駄だ。
「つまり魔導師様は、私が殿下になにかすると思っていらっしゃるのですね」
「そうだ! 癒やしの奇跡など、ありもしないもので人を惑わす魔女め!」
この人は聖女否定派らしい。
おそらく、この人が生まれてから、この国に聖女が召喚されたことがないのだろう。
自分の見たものしか信じたくない気持ちは解らないでもないが、国王の命令にまで逆らうなんて。
「時間がもったいないので、推して参ってもよろしいですか?」
「なんだと?! この僕を誰だと思っている!」
暗闇の中に青い光が集まっていくのが見える。
その光に照らされて、廊下や魔導師の姿が青く露わになった。
「おい、聖女様!」
騎士の心配する声をよそに私は一歩踏み出した。
「魔女め!」
私はその吐き捨てるような言葉にかぶせるように魔法を使った。
「光よ!」
もちろん、フルパワーである。
私が呼び出した閃光で、辺りが真っ白になる。
「な、なにぃ!?」
「なんだこりゃ!」「「きゃあ!」」
騎士とメイドたちの声が聞こえる。
私は脚を踏み出すと、必殺の蹴りを繰り出した。
「おりゃぁぁ! キ○タマグッバイ!」
「^*&&$#@!」
股間を押さえた魔導師がその場にひっくり返った。
なぜ私がこの攻撃を多用するかといえば、当然的が男の急所ということが上げられるのだが、それだけではない。
とりあえず私の脚を男の股間に入れさえすれば、多少ずれていてもそのまま三角形の頂点にある急所にヒットするのだ。
つまり絶対に外れることがない。
また光っている魔法の光を消すため、手で触れた。
「%&*&^!」
魔導師が床をのたうち回っているが、このままだとまだ邪魔される可能性があるので、止めを刺した。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
「ぐぇ!」
光の矢が命中した魔導師は、そのまま動かなくなった。
もちろん手加減しているので、死ぬような攻撃ではない。
「ふう――怪我を負ったのなら、あとで私が癒やしてあげるわよ。いきましょう」
本人にその気があればだが。
「あ、あの、まだ目が……」「目、目が……」
「うわ! 聖女様がやったのか?!」
床で白目を剥いて転がっている魔導師を踏みそうになって、騎士が飛び上がった。
「はい、話し合いができないなら、暴力しかないですから」
「きゃぁ!」「あ~! レオス様、ひっくり返っている」
金髪のメイドがなにを思ったか、しゃがみこんで魔導師をツンツンしている。
「大丈夫、死んでませんから」
「あの、この方は、王国魔導師の頂点に立つお方なんですが……」
メイドが、ちょっと呆れている。
「もちろん知っておりますが、国王陛下の命令に逆らうというなら、国賊として討たれても仕方ないでしょう?」
「あの……そうじゃなくて……」
「騎士様も見ましたでしょ? 私たちの邪魔をしようとしたのを」
「まぁな」
「それでは問題はないはず。さぁ、行きましょう」
私は、床に転がっている魔導師を放置して、目的の部屋の前にやってきた。
メイドが扉を開けると、薄暗い部屋に天幕が降りた大きなベッドがある。
柱にも細かな細工が施されており、天幕は薄くうっすらと透けて見える。
凄く上等そうな布なのだが、絹かなにかだろうか。
ベッドには誰か寝ているのが解るが、この方が王の妹という人だろうか。
豪華な刺繍で埋まる絨毯を踏んで、ベッドの近くまでいくとメイドが天幕を開けてくれる。
薄っすらとした明かりの中に浮かぶ、痩けた少女の顔。
中学生ぐらいだろうか。
私を強引にティアーズ領から連れて行こうとした王族ということで、あまりよい印象をもっていなかったのだが、こんな少女だったなんて。
目を閉じて眠っているのか微動だにしないが、顔を近づけるとかすかに息をしているのが解る。
シーツの上に這うウエーブした長い金髪。
なんの病気か解らないが、痩せてガリガリだ。
私は医者ではないが、これは確かに長くないと思われるし、すぐに死んでしまってもおかしくない。
「こんなに悪いなら、その旨を伝えていただければよかったのに……」
「あの――それは、殿下がお望みになられたことです」
最初に会ったメイドが私の質問に答えてくれた。
「この方が?」
「はい……異世界からやってくる聖女様は、民を大事にされる方が多いらしくて」
「ええ」
それは有名になっているのね。
私のそばに騎士がやってきた。
「つまりだな――ティアーズで面倒なことになっていたらしいじゃねぇか」
「はい、芋の疫病で大飢饉になるところでした」
「そんな状態で、民より王族を優先する選択をすれば、聖女の協力が得られなくなる可能性が高いと――ご自分の治療を後回しにされたのだ」
「そうだったのですか」
彼女は、国のために自分を犠牲にしたということになる。
このことを知っているのに、さっきの魔導師は邪魔をしようとしたのだろうか。
私は彼女の手を取った。
軽くて冷たい手を握ったまま、絨毯に膝をつく。
「騎士様――さきほど見たとおり、私が奇跡を使うと昏倒しますので、お願いいたします」
「おう、まかせろ」
「彼のこともお願いします」
私は肩から降りたヤミをなでてやった。
「承知した」
「あ、あの、本当に殿下はよくなるのですか?」
メイドたちが心配している。
「はい、きっとよくなりますよ」
本当は解らないが、そう言うしかない。
私は深呼吸をすると、祈りを始めた。
「天にまします我らが神よ。心優しき少女の身体に巣食う病魔を退散させる癒やしの奇跡を、いざ給え」
私の意識はそこで途切れた。





