55話 暗いお城の中で
色々とあったが、ついに王都に到着した。
沢山の建物が並ぶ大都市で、人口も今まで見てきた場所とは段違いだろう。
さすがにこの国の首都だ。
私と一緒にティアーズ領を出発した子爵たちは、まだ旅路の途中。
私のあとを追ってきているはずだが、まだ2週間はかかるかもしれない。
背の高い建物の間には沢山の道が走っており、全て石畳で整備されている。
人も馬車も多くごった返しており、獣人たちもスピードが出せない。
彼らの背中に乗っている私も注目の的になっているのだが、気にしている場合ではない。
一刻も早くお城に向かわなければ。
「お城ってどこ?」
「え~、向こうの通りまで行けば見えると思うぜ?」
ミャールが示した所まで行くと、交差点から道の向こうが少々小高く、上り坂になっている。
行き止まりに高い城壁に囲まれた真っ白なお城がそびえ立ち、夕日に照らされた城の上には白い鳥たちが多数舞っている。
実に幻想的で、いかにもファンタジー世界って感じ。
いや、幻想的でファンタジーだと意味がダブっているかも……。
美しい光景に少々見とれていると、突然なにか音がした。
粘り気がある液体が落ちてきた音だ。
なにかと思っていると、私たちの近くにいた黒白が大声を上げた。
「ぎゃぁ! くそぉぉぉ!」
なにかと思って彼のほうを見ると、ミャールが笑い始めた。
「ひゃははは! やったじゃねぇか! ウンがついたぞ」
「うるせぇ!」
黒白の頭の上になにかついている。
色が白いので、なにかと思ってよく見たら――察した。
鳥の糞だ。
上を見ると、沢山の白い鳥が飛んでいる。
幻想的だなんて見とれていたのだが、美しいどころか彼らは害鳥かもしれない。
そういえば、元世界でも鳥が沢山いるところが糞だらけなんてニュースを見た。
「これって、もしかして鳥の糞害は問題になってる?」
「にゃー」
どうもそうらしい。
そういえば、カラフルな屋根を見れば所々が白くなっている。
あれも鳥の糞だ。
あの鳥は、ティアーズ領では見たことがなかったので、カモメのような海鳥なのだろう。
もっとも、川を遡って山の中にカモメが住み着いているのを見たことがあるが。
「あ、もしかして傘を差している人が多いのはそのせい?」
そういえば、男の人は帽子をかぶっている人が多い。
「まぁな。男ならいいけど、いい所の女が糞まみれじゃ格好つかねぇし。ふひひ」
ミャールが、少々いやらしい笑いを浮かべている。
この大都市で身分や種族に関係なく、平等に降り注ぐ天の裁きだ。
それはいいとして、黒白が可哀想なので魔法を使ってあげる。
「洗浄」
黒白の頭から糞が滑り落ちた。
「ありがてぇ! 着いて早々に水浴びをせにゃならんと思ったぜ」
街にも風呂があるのだが、蒸し風呂で身体を洗えるような所ではない。
元世界のサウナみたいな場所で、風呂と聞いて私も話を聞いてみたのだが、どうも混浴らしく女性は入らないらしい。
そりゃねぇ……。
毛皮を着ている獣人たちは汗をかかないし、毛皮も洗えないから蒸し風呂に入ることはないようだ。
面白いのは、パン屋に風呂屋が併設されている場合が多い。
パン屋は商品を焼くために窯を燃やしているので、その余熱を使って蒸し風呂を営んでいるという。
「綺麗になったところで、お城までもう一息よ!」
「おう!」「早く仕事を片付けて、一杯やりてぇぜ!」
「ミャール、体力は大丈夫? ちょっと坂になっているみたいだけど」
「任せろ! このぐらいの坂なんてどうってことはねぇ」
速度は落ちたが、ミャールが軽快に坂を上っていく。
街に入ったときにも、気になったのだが、やっぱり黒い服が多い。
「黒い服が結構いるみたいなんだけど、もしかしてみんな魔女なの?」
この世界は男でも女でも魔女。
「そうさ。街には燃料がないからね。みんな魔導コンロを使っている」
ミャールが、すれ違う黒い服を目で追っている。
「へぇ」
これだけの人口を抱える台所を支えるには、沢山の燃料が必要だ。
石炭や石油はないから、通常は薪や木炭が使われるが、この都市にそんなものはない。
半島の南部には森が残っているらしいが、王家の直轄地で無断伐採は厳禁だという。
――となれば、食事の準備をするために魔法を使う必要があるってわけね。
沢山の魔導コンロの需要を満たすために、沢山の魔女がこの街で商売しているらしい。
「黒い服は疎まれちゃいるが、魔女なしじゃこの街は成り立たねぇってわけさ」
黒白の言う通りだ。
そう考えると、魔女も魔導師協会みたいな協会を作ったほうがいいんじゃないかと思うけど――権力持つとどんな組織でも堕落するしね。
協会みたいな既得権益の塊みたいになるかもしれないし。
辺りはオレンジ色が紫になり、黒がまじり始めている。
家の中に明かりが点く所も増え始めた。
後ろを見れば、真っ暗で巨大な山脈に太陽が隠れようとしている。
日没だ。
まっすぐの坂道を上った先は、行き止まり――黒白さんに道を聞く。
そこから右に進むと、急坂をジグザグに上る道が現れた。
ここを馬車で上るのも大変のような気がするが、簡単に上れるイコール敵に攻め込まれるということなのだから、あえてこういう構造にしているのかもしれない。
蛇のような道を上り切ると、目の前に現れたのは巨大な白い石壁。
道が続いている場所に大きな門がある。
ファンタジーのお城というと、堀に囲まれていて跳ね橋があるイメージがあるのだが、ここには跳ね橋はないみたい。
とりあえず門まで行く。
巨大な白い門は2階建てになっており、上にも警備の兵がいて辺りを警戒しているようだ。
壁には薄っすらと明かりが点いているのだが、魔法の明かりだろう。
「止まれ~!」
鎧を着て、槍を持っている警備の兵に止められる。
「なに者だ!?」
「黒白さん、手紙を貸して」
「これは、お城の手紙の係に渡さんと駄目なんだが……」
「多分、私の正体を明かせば、偉い人も来てくれるはずだから」
「え? そうなのかい?」
彼は渋々だが、私に手紙を渡してくれた。
まぁ、これがないと仕事が終了しないし、お金ももらえないのだから当然かも。
私は、深呼吸してから名乗りを上げた。
「私は、聖女のノバラ! 国王陛下が急いで来いというので、馳せ参じたのよ! 国王陛下に謁見を求めます」
「「「はぁ?!」」」
そこにいた全員が、同じ声を上げた。
「この手紙にも書いてあるでしょ! 聖女に一刻も早く来てほしいと! そのため、急いでやって来たのよ! 早く取り次いで!」
「……お、おい。コレは確かに国王陛下の印だぞ……」「こいつは、やべぇ!」
手紙を見た警備の兵隊の顔色が変わる。
「そりゃ、そうですぜ? お城から手紙の配達を引き受けて、街道にいる子爵閣下に届けたんですから」
警備の兵士がバタバタと場内に走っていった。
元世界なら電話で問い合わせとかそういう感じだろうが、あいにくこの世界にそういうものはない。
「それよりノバラ――聖女って……」
ミャールが訝しげな顔をしている。
「黙ってて悪かったけど、私聖女って呼ばれているんだ」
「マジで?!」
「マジで」
「あ、そういえば、ねぇさんと一緒にいた貴族や騎士連中が、聖女様と呼んでいたような……」
黒白はその場にいたからね。
「実はそうなのよねぇ」
「みゃー」
「あんた、魔女だって言ってただろ?」
黒白も驚いている。
「魔女なのも本当なのよ。魔法も使えるしね」
「いや、たしかに魔法は使えていたが……」
黒白が混乱しているが、もっと混乱しているのはミャールだ。
「え……もしかして、あたいとんでもない失礼なことをしちまったんじゃ……」
「ああ、それは大丈夫! ここまで運んできてくれてありがとう。本当に助かったわ」
私は魔法の袋から金貨6枚を取り出して彼女に手渡した。
「ええ? こんなの聖女様からもらうわけには……」
「いいのよ。渡すって約束したんだから。黒白さんにも案内役で金貨1枚ね」
彼にも金貨を手渡した。
「いいんですかい?」
「もちろん、ここまで連れてきてくれたじゃない」
「へへ~っ! ありがたくちょうだいいたしやす!」
彼が両手を差し出して、金貨を受け取った。
「聖女から金貨をもらったなんて、仲間内に自慢できるじゃない。まぁ、しばらく内緒にしててほしいけど」
「こんなの誰も信じてくれやせんぜ」
「あなたたちはどうなの? もしかして、頭の変な魔女がおかしなことを言っていると思ってる?」
「いや、そんなこたぁ――ありませんぜ……」
完全には信用してないみたいね。
「それにしても遅いわね……」
「そりゃ、いきなり聖女がやって来た――なんて言われても、お城の中が大騒ぎになっているんじゃ……」
「もう、早く来いって言われたから、無理してやって来たのに!」
「確かに、聖女様が獣人の背中に乗ってやって来た――なんて聞いたことがありやせんぜ」
「私の場合は普通の聖女召喚と少々違ったみたいだからね」
「へぇ」
それはいいのだが、待てど暮らせど、誰もやって来ない。
辺りは暗くなってきてしまった。
門の所に明かりはあるのだが、薄暗くて気味が悪い。
「もう、光よ!」
魔法で辺りを照らした。
「聖女様ってのは魔法が使えないって聞きやしたが……」
「今までの聖女はね。私はちょっと違うらしいのよねぇ」
「……」
ますます、黒白が怪しがっている。
「だれか来ないと、ミャールたちが帰れないじゃない。いや、ミャールは帰ってもいいのかな?」
「いや、ノバラ――聖女様がここを追い出されたら行く所がないだろ? それまでいてやるよ」
「ありがとう。でも、そんなことないと思うんだけど……」
30分ほど門で待っていると、中から人が走ってきた。
詰め襟のような白い上下を着た、金髪の中年男性。
役人みたいな感じだ。
「お前が聖女だというのは本当か?」
随分とぞんざいだが、私の言っていることを信用していないのかも。
それでも、私を男みたいとか馬鹿にすることはないようだ。
本当に聖女だったら自分が困るわけで、保身のための術を心得ているのだろう。
そこらへんは、いかにも役人ぽい。
「はい、陛下から手紙をいただいたので、急いでまかりこしました――ノバラです」
礼をすると、彼に黒白さんが持ってきた手紙を見せた。
「これは確かに陛下の手紙だが……」
「あの~」
後ろにいた黒白が、口を開いた。
「なんだ」
「あっしがティアーズ子爵様から、その手紙の返事をいただいたときに、そちらの方も確かにいましたぜ?」
「……」
男が訝しげな視線を黒白に送る。
どうにも信用していないらしい。
ここは、はっきりと言ったほうがいいのかもしれない。
「お城にいる王妹殿下がご病気で、聖女の力が必要なんでしょ? ここで私を追い返して本物だったりしたらそちら様が処分されることになると思いますけど」
「女! 殿下のご病気の話をどこで?!」
「どこででもよろしいのでは? それで、どうなさるんですか? 殿下のご病気はあまり芳しくないと聞きましたが?」
男が、私が出した明かりを見ている。
「これは――お前がやったのか?」
「はい、それがなにか?」
「魔法を使える聖女など、聞いたことがないぞ?」
「私は、魔法も使える聖女なのです」
「……」
男の顔はまったく信用してないって顔だ。
「なにを恐れているのかは知りませんが、私が嘘つきだったら首を刎ねれば済むことだと思いますけど?」
私の言葉に男が顎に手をやり、考え込んでいる。
「そのネコは?」
「私の保護者です」
「にゃー」
呆れたのか、疑うことを諦めたのか、男が口を開いた。
「……承知した。ついてこい」
これで中に入れるようだ。
ヤミは駄目とか言われなくてよかった。
やっぱり彼なしだと、ちょっと心細いのだが、ネコに依存しているのはおかしいと自分でも思う。
でもほら、彼ってば普通のネコじゃないし。
私の前の男は、まだ信用してないようだが――。
変な女がいきなりやって来て、聖女だとか言われても信じろってほうが難しいとは思うけど。
せめて領主様がいれば、ことがスムーズに進んだのかもしれない。
「あの……」
「なんだ?」
私の言葉に、行こうとした男が振り返る。
「黒白の獣人は飛脚で、その手紙を運んできたのです。手紙の係が来ないと帰れないと言ってますけど……」
「承知した――連絡をしてやるから、そこで待っておれ」
「解りやした……」
黒白が礼をした。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。街で会ったら、よろしくね」
「ああ、ノバラ――いやノバラ様もな」
手紙の係を待つ黒白は、私が出した明かりの下でたたずんでいるが、ミャールは闇の中に消えていった。
門をくぐると、すでに暗くなったお城の中に足を踏み入れた。
正面玄関まで続く石畳は整然としており、両側には素晴らしい庭園が広がっていると思われるのだが、暗くてよくみえない。
「にゃー」
ネコの目では庭園が見えるらしい。
まぁ、私も明るくなれば見られるだろうし。
その前にニセ聖女扱いされて、ずんばらりん(死語)――ってことはないでしょうね。
正直いって逃げたいのだけど。
この国に義理はないのだし。
私はそれでいいのだが、お世話になったティアーズ領の人たちはどうなる?
国に義理はないが、ティアーズ領には義理はある。
私はそのためにここまでやってきたのだ。
今後のことを色々と考えていると、正面玄関が見えてきた。
大きな屋根がついており、そのまま馬車などを横付けできるのだろう。
縦に長い巨大な扉があるのだが、これを一々開け閉めするのだろうか?
扉の心配をしていたら、正面玄関に向かわず、どこかに行くようだ。
そのまま白い建物外周をぐるりと回ると、左側に小さな門がある。
広場のような場所には、沢山の馬や馬車などが止まっているので、物資の搬入などに使う門だろうか?
沢山の人たちがいて、暗くなってもこのお城は活動をしているのが解る。
あちこちに青白い魔法の光が灯る中、男の後ろをついて大きな木の扉を通った。
そのまま沢山の柱に支えられている通路を歩き、建物の中に入る。
景色がガラリと変わる入り口の所にメイドさんがいた。
茶色の髪を編んで両側で輪っかにした髪型をしている。
近衛騎士のメイドは貴族のお嬢さんだったらしいが、お城のメイドも、そうなのだろうか?
彼女も可愛いので、あわよくば偉い方に嫁いで玉の輿――という感じで送り込まれているのかもしれない。
「魔法の袋を持っているな?」
「はい」
「悪いが、こちらに預けてもらう」
やむを得ず、メイドに袋を預ける。
袋には武器なども入れられるので、当然といえば当然。
中に入ると――天井が高く長い廊下に薄暗い照明が所々灯っている。
電気があるわけじゃないし、魔法のランプでも建物の中を全部照らすのは難しいのかもしれない。
通路の床には赤い絨毯が敷かれており、歩いても音が響かないようになっているのだろう。
薄暗い通路は、不安な私の心を一層不安にさせる。
前の男について歩いているのだが、構造が複雑で覚えられそうにない。
これでも住んでいれば、普通に歩くことができるのだろうか。
私たちの後ろをメイドがついてきているのだが、男が部屋の前で止まった。
「この部屋で待て」
「かしこまりました」
メイドがドアを開けると真っ暗。
これは嫌がらせなのだろうか?
それとも、私が魔法を使えるのを知っているので、自分でなんとかしろということなのだろうか?
「にゃー」
「そうねぇ」
突然の客なので、対応ができてないだけだろうか?
前もって予定が入っていれば、さすがに照明ぐらいは点けるだろうし。
ヤミと話していると、メイドが先に中に入って明かりを灯した。
照らし出されたのは、向かい合ったソファーとテーブルがある豪華な部屋。
敷かれた絨毯には見事な模様が縫い込まれ、調度品なども豪華だ。
「こんなの、なんとか鑑定団に出したら、どのぐらいの値段がつくのかな?」
「にゃ?」
アンティークなどといっても、彼が理解できるはずがない。
これはアンティークではないのだし。
天井を見るときらめくシャンデリアが吊り下がっている。
メイドが簡単に灯したので、どこかにスイッチなどがあるのだろうか?
多分、魔法の照明だと思うのだが、こんなの点灯したことがないので、よくわからない。
「座っていいのかしら?」
「どうぞ」
彼女が無愛想に答えた。
とりあえずソファーに座る。
ふかふかだ。
私の肩から降りたヤミも、柔らかいクッションの上で丸くなった。
メイドが礼をして部屋から出ていったのだが――さて、どのぐらいで会えるものなのだろうか?
いきなり国王に会えるとも思えないから、徐々に段階を踏んでいく感じ?
この部屋に王様がいきなり来てくれれば、簡単に片付くのだが。
どこの馬の骨かわからん、聖女を騙っている女かもしれないのに、それは無理か。
魔法の袋を取られてしまったので、やることがない。
「本当に返してくれるんでしょうね?」
「にゃー」
ヤミは、私が聖女だと証明できれば返してくれるというのだが……。
暇なので魔力循環をすると、私の前でキラキラと光の粒子が舞う。
メデスレイの小さな魔女君もやっているだろうか?
心配だが、なにもできない。
魔力循環をしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ~」
ドアを開けてさっきのメイドさんが入って来たのだが、私の魔力を見てぎょっとしている。
彼女はカップとポットの載ったトレイを持っていた。
「客間でそんなことをする人を初めて見ました……」
「別に違法なことをしているわけではないと思いますが」
「それはそうです……」
「魔法の袋を取られてしまったので、なにもやることがないのです」
怪訝な顔をして、メイドがお茶を入れてくれた。
街で売っているカップは分厚くて野暮ったいものだが、これは白くて薄い。
指で弾くと高い音が出るだろう、見るからに高そうなカップ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私は魔力循環を止めて、お茶を飲むことにした。
途中で放たれた魔力の青い光がキラキラと部屋の中に舞っている。
「メイドに敬語は不要です」
「でも、お城のメイドさんってことは貴族様のご息女なのでしょう?」
「そうですが……」
「私は平民ですし」
私の口から出た言葉を聞いて、彼女が胡散臭そうな顔をしてこちらを見ている。
だって本当のことだし。
彼女からすれば、なんで平民がこんな場所にと思うことだろう。
私だって、なんでこんなことになっているのか解らない。
「そのネコは?」
「彼は私の保護者です」
「……」
メイドは怪訝な顔をしているのだが、ヤミのことをじっと見ている。
ネコには興味がありそうだ。
「彼がいいというなら、触ってもよろしいですよ」
「にゃー」
ヤミがソファーから降りると、メイドの脚にスリスリをしている。
随分とサービスがいいじゃない。
ちょっと可愛い子だと、すぐにこれだし。
彼の気まぐれにも困ったものだが、つきまとわれて身体を触られるのは嫌みたい。
メイドがしゃがんでヤミをなでていると、いきなりドアが開いた。
「ひゃ!」
黒い毛皮をなでていた彼女が、びっくりして飛び上がる。
ドカドカと入ってきた男たちの顔を見て、すぐさま部屋の隅で礼をすると外に逃げるように出ていった。
ヤミもすばやく、どこかに隠れたようだ。
多分、ソファーの下に潜り込んだのかも。
入ってきた男たちは3人。
金の刺繍が入った赤い上着に黒いズボンを穿いた初老の男性。
頭をオールバックにしているが、かなり白髪が多い。
かなり偉い人だと思われるが、心労が多いのか眉間には深いシワが刻まれている。
その後ろには、鎧を着た大柄の男性で、金髪のライオンのような印象。
岩のような顔をしていかにも騎士って感じ。
歳は30歳半ばぐらいだろうか。
青いサッシュを肩から斜めにかけているので、近衛騎士ではないだろうか。
近衛には赤と青があると聞いていたが、彼は青のほうね。
最後に残ったのは、黒髪をおかっぱヘアにした男性――よね?
中性的な雰囲気で神経質そうな顔立。
ローブのようなマントをしているが、細身の印象――20歳ぐらいか。
おそらく雰囲気からして魔導師だろう。
私はソファーから立ち上がると、スカートの裾を持ち、黙ってお辞儀をした。
「そなたが、聖女だと申す女か?」
初老の男性が私に質問をしたのだが、頭を垂れたままで返事をした。
「はい、ノバラと申します」
「にわかには信じられんのだが……」
「私は、恐れ多くも国王陛下の手紙に従って、ここにやって来ただけでございます」
「どうやってここまで来たんだ?」
今度の質問は騎士だ。
「脚の速い獣人たちに運んでもらいました」
「なに? 獣人?!」
「はい、彼らの脚なら1日でかなり距離を進むことができますから」
「それはそうだがなぁ……」
騎士は信じられない――という顔をしている。
「……」
後ろにいる魔導師らしき男は、厳しい表情で黙ったまま。
彼の顔を見る限り、私にいい印象を持っているとは言い難い。
「そなた、王妹殿下が病に臥せているというのを知っていたらしいが?」
「はい。私が急ぎ呼び出しを受けたのも、それが関係しているものだと……」
「それを誰から聞いた?」
「それはお答えできません」
「なに?!」
初老の男性の顔が険しくなる。
別にルクスをかばうわけではないのだが、相手が誰なのか解らないのに答えられない。
「私は、そちら様がどなたか存じませんので、お答えできません」
「この小娘」
そう言われて、ちょっとうれしいのは変だろうか?
男だとか散々言われまくったので、小娘と言われて嬉しいのだ。
自分でもアホかと思う。
「ああ、めんどうくせ~!」
デカい男が、鋼鉄製の篭手で頭をガリガリと掻いた。
「なにをする?!」
「宰相閣下は回りくどいんですよ、そんなの確かめるなんて一発でしょうが」
宰相ってたしか――すごく偉い人では?
騎士がどこからか短剣を出した。
おそらく自分の魔法の袋を持っているのだろう。
身分が保証されれば、袋も持てるということだろうか。
短剣を出したので、なにをされるか身構えると――彼が左手の篭手を外した。
「え?!」
騎士が自分の掌を突き刺したのだ。
彼が握った短剣をぐいっと引くと、掌を私に見せる。
当然、深い傷からは赤い血がダラダラと流れ出して、絨毯に滴り始めた。
「要は、私が本当に聖女なら、この傷を治せるというのでしょう?」
「そういうこったな」
ライオンがニヤリと笑った。
随分と乱暴な。
だが、一番手っ取り早い方法でもある。





