54話 それぞれの街に、それぞれの生活
急ぎ王都に向かわなければならない。
そこで私は、脚の速い獣人の飛脚を利用する手を思いついた。
パワーが有り余っている彼らに背負ってもらって王都を目指すのだ。
彼らの巡航速度は時速60km――1日で王都まで到着できる。
順調に街道を南下して王都に近づいていたのだが、途中で野盗に遭遇してしまった。
直接襲撃を受けたわけではないが、引き返したりしていたら、王都に到着するのが遅れてしまう。
獣人の背中に乗ったまま、襲撃されている現場に行くと、魔法で悪人どもを伸した。
障害はなくなったので、これで目的地まで行ける。
最初は次の街のメデスレイまでの約束だった三毛さんだが、王都まで同行してくれることになった。
彼女に背負ってもらい街道を行く。
一緒に獣人の黒白さんと、私の肩にはヤミ。
同じ女性同士で、気兼ねなく話せるのはいい。
「女の人が働いていると嫌がらせを受けるって聞いたけど……」
「ああ、そんなのしょっちゅうさ」
私も元世界のブラックで働いていたときには、モラハラ、セクハラ、パワハラ、ハラスメントのバーゲンセールだ。
「まずは見下してくるのよね」
「そうそう」
「次に、説教みたいなことを言ってくるのよね」
「そのとおり!」
「最後には『女のくせに生意気だ!』とか言ってくるんでしょ?」
「そのとおりだよ!」
もう、なん回そんな台詞を言われたことか。
「ああもう! ムカつく! キ○タマグッバイしてやりてぇ!」
「あたいはもう、その台詞を聞いた時点で男どもをボコボコだぜ?」
「にゃ……」
なんだか、私の肩に乗っているヤミが気まずそうだ。
別にヤミは、そんなことはないし。
私より大人で紳士である。
口と性格は悪いけど。
「三毛さん強いのね?」
「傭兵をやってたって言ったろ? あたいは、腕っぷしには自信があるんだぜ?」
「へぇ~」
「それよりも、あたいの名前はミャールな」
「よろしくね、ミャール」
「おう!」
私を背負って走っても、筋肉ムキムキの男たちとまったく変わらない。
同等のスタミナとパワーを持っているといっていいだろう。
「ミャールはなんで飛脚を?」
「傭兵の仕事なんてそんなにないからな。今は平和だし。飛脚なら体力があれば稼げるからね」
「それもそうね」
「戦場に行けば、獣人たちは最前線に突っ込まれるんだけど」
飲まず食わずで3日間不眠不休で戦い続けるなんてこともあるらしい。
そりゃ戦争ともなれば、相手が待ってくれるはずもないし。
休む暇も食べる暇もないよね……。
「大変そう……」
「そんな戦場でも、ねぇさんみたいな魔導師は見たことがなかったぜ?」
「そうなの?」
「ああ、あいつら戦場の後ろから魔法をなん回か撃ったら、それでおしまいみたいな感じだったし」
「私は、回数は撃てるけど、大きな魔法は使えないのよね」
「いやぁ、あれだけ魔法を撃てるのはすげーよ」
「にゃー」
それは前からヤミも言っていたと思う。
まぁ、魔力は沢山あるので、小技を連発しまくるわけだ。
「それより、傷口を治す魔法なんて初めて見たぜ?」
「治したわけじゃないのよ。魔法でくっつけただけだから、本当に応急処置なの」
彼女には悪いが、聖女の奇跡で治したとは言えない。
「それでも、その魔法があったら戦場でも沢山のやつが助かったと思うぜ」
「でも、私は魔女で正式な魔法じゃないから、魔導師が見たら激怒すると思うわ。こんなものは『外法だ!』って」
「どんな魔法だろうが、人が助かるならそれでいいじゃねぇか。魔導師の奴らはよう。働きもせずに、偉そうなことばっかり言いやがって」
「まぁ、仕方ないわ」
ここら近辺の魔導師の評判を聞く。
「悪いっちゃ悪いね」
「ラレータって街では、魔導師が死体の処置で手抜きをしてね。アンデッドで大騒ぎになったのよ」
「あ~、聞いた聞いた!」
突然、ミャールの全身の毛が逆立つ。
これは普通の人だと鳥肌が立っている状態だろうか。
すごくモフモフだ。
「嫌いなの? 確かに気持ち悪いし、臭いけど……」
「においがな、毛に染み付いて取れなくなるんだよ。もうアレだけは金をもらっても勘弁だな」
そこに黒白もやって来た。
「ねぇさん、アンデッドは見たんですかい?」
「ええ、街を避けて小さな村の近くで野営してたんだけど、そこでもアンデッドが出てね」
「かぁ~、そいつはひでぇなぁ。魔導師の奴らは住民からつるし上げを食らうんじゃね?」
「私たちが出発するときには、街では暴動が起きてたって話を聞いたけど」
「それも聞いたけど、そんなの当たり前だよ」
ミャールが吐き捨てた。
やっぱり飛脚の情報網であっという間に噂が広がっているようだ。
この分だと、王都まで話が伝わっているに違いない。
「あそこの――名前忘れたけど、男爵様が処分されたりするのかな?」
「いまのところは、そういう話は聞いてないけど。時間の問題だな」
国王陛下の威厳で、悪徳魔導師たちもなんとかしてほしいのだけど。
やっぱり組織が大きくなると、色々と面倒なことになるんだろうなぁ。
話している間に、メデスレイの街に入った。
堀に囲まれた街で、入り口に石造りの大きな橋が架かっている。
この近所に流れている川も、このまま王都の近くまで流れて行くようだ。
そのため、川に続く水路や堀が、そのまま運送などに利用されている。
この世界には便利な魔法の袋があるため、大きな船などは必要ない。
小さな帆掛け船で、十分な輸送ができるというわけだ。
ただ運べないものもある。
生きている家畜などだ。
堀の壁には斜め45度の階段が並んでおり、沢山の船が停泊している。
ここでは船が重要な交通手段として使われているようだ。
堀を眺めながら大きな橋を渡り、街の中に入った。
街の中は賑やかであり、獣人に背負ってもらっている私は人々の注目を集めている。
この世界にきてから色々なことがあったので、人の好奇の視線にも慣れてしまった。
なぁに、別に悪いことをしているわけではないので、堂々としていればいいのだ。
街の通りを進んでいると、いい匂いが漂ってくる。
ちょっと鼻につく酸味が利いたにおいは、ソースっぽい感じ。
「ねぇさん、ちょっと寄り道していいかい?」
「長い時間じゃないならいいけど」
「ここに来たら、あれを買うことにしてるんだ」
彼女が通りにある屋台を指した。
屋根がついた屋台で、頭のハゲた親父が黒い鉄板でなにかを焼いている。
ミャールが近づいたので、私は彼女から降りて、屋台を覗き込んだ。
「タコ焼き……」
思わずつぶやいてしまったのだが、黒い鉄板の上に並ぶ丸いものはそれにしか見えない。
いや、待て待てまだ慌てる時間じゃない。
たんに似たなにかかもしれないし。
「親父、2人前」
「あいよ~」
大きな葉っぱで船を作って、そこに丸い粉ものを8個並べた。
「なんだよ~俺には?!」
疎外感を感じたのか黒白が抗議をしている。
「自分で頼めばいいだろ?」
しょんぼりした黒白が、店主に注文をしている。
「ほい、ノバラも食うだろ?」
「ありがとう」
彼女からそれを受け取った。
黒いソースがかかっているが、マヨネーズはないらしい。
ちょっと残念。
手作業で削り出したと思われる、ちょっと歪なつまようじで丸いものを刺して口にいれた。
柔らかくて口の中でとろけるが、私が期待していた歯ごたえがあるものが入っていない。
タコだ。
その代わりに甘辛く焼いた肉が入っている。
これは、タコ焼きというよりは、ラジオ焼きだろうか。
――そうはいっても、話には聞くラジオ焼きというものを食べたことがなかったが。
「美味しい」
期待していたものとは少々違ったが、これはこれで美味しい。
「にゃー」
1つを半分割って、肉を出すとヤミに食べさせてあげる。
味がついているが、少しなら大丈夫だろう。
「美味いよな!」
ミャールが次々と口の中にラジオ焼きを放り込んでいく。
「うめ~!」
黒白も手慣れた手つきで食べているので、いつも買っているのだろう。
2人ともあっという間に平らげてしまった。
カロリーを消費する仕事なので、食費も結構かかるのだろう。
私は半分食べて、残りを魔法の袋の中に入れた。
モモちゃんがやってきたときに、食べさせてあげようと思う。
ちょっとしたおやつを食べ終わり、私は再びミャールの背中に乗った。
3人で通りを進んでいくと、小さい黒いローブが目についた。
あえて黒い服装を着ている人というのは少ないので、それなりの理由があるのだ。
ティアーズ領にいた薬問屋の男とか、あるいは魔女とか……。
「ミャール、ちょっと降ろして」
そのまま通り過ぎてもよかったのだが、なんだか気になった私は彼女の背中から降りた。
「どうした?」
「どうしたんでぇ、ねぇさん?」
「にゃ?」
三毛の背中から降りて、黒いローブを見ればかなり小さい――子どもだろうか?
街の人となにやら交渉しているようにも見える。
もしかして、ここの魔女?
そんなことを考えていると――通りの向こうから白いマントのようなものを羽織った人たちがやってくる。
おそらく魔導師たちだ。
これはヤバいんじゃないかと思っていると、案の定黒いローブが魔導師たちに絡まれ始めた。
声を聞いていると、やっぱり子どもらしい。
街の住民たちは遠巻きに見ているが、手を出せないでいる。
「あいつら、子どもに絡むなんて! ちょっとミャールと黒白さん、頼まれて!?」
「いいぜ?」「よしきた!」
獣人たちも私の作戦に乗ってくれるようだ。
彼らに簡単な作戦を説明して、私は魔導師たちの所に向かった。
「魔女が、こんな所でウロウロしているんじゃない!」「目障りだな」
「も、申し訳ございません!」
「少々痛めつけてやるか?」「それも面白そうだ」
いやらしい笑みを浮かべた魔導師たちに囲まれた小さい黒い服が、ペコペコと頭を下げている。
まったく、弱い者いじめをするクズ野郎どもだ。
同じ魔女のよしみだし。
――といいつつ、メランジュの市場にいたBBAには、恩を仇で返されたけど。
少々嫌なことを思い出したが、目の前にいるのは子どもだ。
見て見ぬ振りはできない。
「止めなさい!」
私は魔導師立ちの前に仁王立ちになった。
「ああ?」「なんだ?」
魔導師たちが、こちらを向いた。
男2人と女が1人。
「そんな子どもに言いがかりをつけていじめるなんて、いい歳した大人が恥ずかしくないの?!」
「なんだお前は?」
「誰だっていいでしょ?!」
「なんだ男か?」
ビキ!
「女に決まってるでしょ!?」
「お前みたいなデカい女がいるか?!」
ビキビキ!
「いるに決まってるだろ! 目の前にいる私はなんなんだよ!」
「それじゃ、お前がこいつの代わりになってくれるってことか」「こんなガキより遊びがいがありそうだな」「止めなよ、まったく趣味が悪いんだから、ホホホ!」
もう頭にきたので、私は全力の魔法を唱えた。
「光よ!」
辺りを閃光が包む。
「うわ! なんだ?!」「魔法か?!」「ちょ、ちょっと!」
目を潰された3人がその場でウロウロしている。
「おりゃああ! キ○タマグッバイ!」
私の必殺の蹴りが男2人に炸裂した。
「「#**&**%$$!!」」
男たちが、その場にヒックリ返った。
周りで見ていた野次馬たちが、どよめく。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
突然のできごとに、女の魔導師は状況を把握できないようだ。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
「ぎゃ!」
女には、光の矢をお見舞いした。
弱い魔法が女の腹に直撃すると、その場に崩れ落ちる。
私も手加減が上手くなったもんだ。
金的蹴りが男の弱点というのはよく知られているが、女も股間を蹴られると痛い。
「「「おおお~っ!」」」
周りからちょっと驚きの声が上がったのだが、中には喜んでいる顔も見える。
魔女も好かれているとは言えないけど、魔導師のほうが嫌われているのだろう。
「あなた、こっちに!」
「あ、あの!」
私は、黒いローブから出ている小さな手を引っ張った。
ついでに魔導師たちから魔法の袋を取ってやろうかと思ったが――さすがに、そこまでするとこの子も共犯だと疑われる可能性がある。
「ノバラ、こっちだ」
「にゃー」
「はい! 黒白さんは、子どもを運んでやって」
「がってん!」
私はミャールの背中に乗り、子どもは黒白の背中に乗ってその場を離れた。
1分ほど走ったが、獣人たちのスピードからすれば距離にして1kmぐらい離れただろうか。
止まって、子どもを降ろす。
広い通り沿いを走ったので、道に迷うこともないでしょうし。
「ここまでくれば大丈夫でしょ」
私の声に、連れてきた子がローブから頭を出したのだが、短い黒髪の男の子だった。
男でも魔女らしいので、彼も魔女で間違いないのだろう。
「あ、ありがとう」
彼がペコリとお辞儀をした。
「けど、余計なことをしちゃってたらごめんね」
「ううん……ありがとう、おねぇさん」
「もう、魔導師のやつら、いつもああやって言いがかりをつけてくるのね」
「あの人たち、魔女のことが好きじゃないんだと思う……」
やつらは、勝手に魔女が魔導師の劣化版だと思っているのだろうが、実際には違う。
魔女のオリジナルの魔法もあるし、ものによっては優れているものもあるかもしれない。
厳しい試験に合格したというエリート意識が、それを認めたくないのだろう。
「今はこんな格好をしているけど、私も魔女なのよ」
「そうなんだ!」
「ええ」
彼は子どものころから魔力があるのは解っていたのだが、魔法を習う機会がなかったみたい。
私もまったく知らない世界に放り出されたが、ヤミがいたし、先輩からの遺産ももらうこともできた。
これは恵まれていたのだろう。
「どうやって魔法が使えるようになったの?」
「働いたお金で、街の魔女から洗濯の魔法だけ教えてもらった……」
「ええ? それだけで商売をしているの?」
「はい――でも、普通に働くよりはお金になる」
まぁ、需要はあるだろうしねぇ。
私が魔法の本を買ってあげたら、他の魔法も使えるようになるだろうか?
「あなた、読み書きは?」
「ううん……」
彼が首を振る。
あちゃ~、そこからかぁ……。
時間があれば面倒を見てあげたいけど……ちょっと無理かも……。
「親御さんは?」
「両親は死んでしまって、僕だけの稼ぎで弟や妹を養っています」
「うう~」
こういう話はつらい!
なんとか、なんとかしてあげたいけど……。
時間がないし……。
「あなた、魔力循環はできる?」
「……?」
彼が首を傾げている。
魔法を教えてやった魔女は、そのぐらい教えてあげなよ。
――とはいうものの、他の魔女も生活で精一杯で、そこまで余裕がないのかもしれないし。
彼に魔力循環のやり方を教えると――できた。
「これが、縦と横の魔力循環ね。寝る前に魔力が余っているときにはやったほうがいいわよ」
「ありがとう」
少しお金をあげたいのだけど、見ず知らずの人間からいきなり差し出して受け取るだろうか。
「ねぇ、私たち3人に洗浄の魔法をかけて。もちろん料金は払うわよ」
「た、多分できるかも……」
私は魔法で簡単にできちゃうけど、街の魔女だと意外と難しいのかもしれない。
「難しかったら、1人ずつでもいいわよ」
「魔法を3回は無理です……」
そ、そうなんだ。
私の基準で考えちゃうけど、普通の魔法はこんな感じなのか。
私がおかしいと言われるわけだ。
「はいはい、みんな並んで~」
3人が並んだところで、魔法をかけてもらう。
ヤミは私の肩の上だ。
「ううう……洗浄!」
苦しそうに男の子が魔法を使う。
弱々しい青い光が舞うと、皆の身体に染み込む。
う~ん、多分洗浄力が弱いと思うが――これで精一杯なのだろう。
「終わったね」
「ごめんなさい――上手くできなかったかも……」
男の子がしょんぼりしている。
「いいのよ。無理を言ったのだから」
私は魔法の袋から銀貨を1枚出した。
「え?!」
銀貨を見た男の子が驚く。
「いいのよ。頑張ってくれたのだから。それに先輩魔女からの送りもの。え~と、他になにか……」
「にゃー」
「あ、そうね」
袋から、木の皿に入った黒狼の肉を取り出した。
「これもあげるわ」
「に、肉……」
彼の目が輝いた。
しばらく肉を食べたことがなかったのかも。
「弟さんや、妹さんに食べさせてあげてね」
「で、でも……」
まぁ、警戒するのも当然だ。
なんの対価もなしに、お金や食べ物をあげる――なんて言われたら、私だって警戒する。
「知らない人から、ものをもらっちゃ駄目って言われてた? 仕事のお礼だからいいのよ」
「坊主、心配しないでもらっておけって」「そうだよ、警戒するのも解るけどな」
黒白とミャールも説得してくれた。
「あ、ありがとう!」
彼が受け取ってくれたので安心する。
近所に住んでいれば、読み書きを教えたりしてあげたいのだけど。
このぐらいが精一杯。
「それじゃね」
私は、お礼を言う男の子に別れを告げて、急ぐ旅に戻ることにした。
「只人は、孤児の面倒をみないからな」
私を背中に乗せたミャールが、そんなことを言う。
「獣人は違うの?」
「獣人は、部族で子どもを育てるからな」
よほどのことがなければ、獣人の孤児はいないらしい。
ニャルラトの村にも沢山の子どもがいたが、親がいない子どももいたのかもしれない。
「そうだぜねぇさん。獣人の孤児なんてのがいたら、そこの部族の恥だ」
「子育てに関しては、獣人たちのほうが理想なのかもね」
「にゃー」
子どもの魔女が心配で、ちょっと後ろ髪を引かれつつ、メデスレイの街を出た。
獣人の背中に乗り、街を囲む堀に架かる橋を渡れば、次は王都。
空を見上げる――色々と寄り道をしてしまったが、太陽の角度からおそらく3時頃。
ここから3時間ほどで王都に到着すると、日の入りまでには到着できるかも。
そこからお城に向かっても日が落ちている可能性が高い。
暗くなってお城についても、中に入れてもらえるだろうか?
王族の方が病気で緊急を要するなら、そんなことをいっていられないはず。
まぁ、とりあえずは行ってみないことには、なにも解らない。
メデスレイを出てしばらくすると、石造りの大きな橋が現れた。
ずっと左側を流れていた川が、街道を横切るのだ。
広い川に沢山の水鳥が浮かんでおり、それに見とれていると数百羽が一斉に飛び立った。
「なに、どうしたの?」
驚いていると私を呼ぶ声がする。
「ノバラ!」
「モモちゃん」
私たちの左横を、ほぼ同じ速さでハーピーが飛んでいる。
多分、水鳥たちは、彼に驚いて飛び立ったようだ。
彼らは普通に鳥も狩って食べるので、天敵ということになるのだろう。
猛禽類が飛んできたようなものだろうか――と、考えている間に橋を渡り切った。
「ノバラ、街から中々出てこなかったな!」
「ちょっと色々とあってね。あ、そうだ!」
私は魔法の袋に入れてあった、ラジオ焼きを取り出した。
「それなんだ?」
「メデスレイで買った食べ物よ。食べてみる?」
「おう!」
獣人たちとハーピーは同じ速さで移動しているので、相対速度はゼロ。
私が手を伸ばせば、モモちゃんをなでたりもできる。
それならものを食べさせたりもできるはず。
爪楊枝は危ないと思うので、私は素手でラジオ焼きを取って、手を伸ばした。
それを、モモちゃんがパクリと頬張る。
器用だ。
「モゴモゴ!」
「食べてからでいいわよ」
「ごっくん! 美味いぞ!」
「美味しいよね」
「ちょっと待ってくれ――人の背中の上で飯を食べないでくれよぉ?」
「もう、いいじゃない。あと1個で終わりにするから」
ラジオ焼きを口に入れたハーピーが、空へと舞い上がる。
珍しい種族に、立ち止まって白い翼を見上げる人たちもいる。
王都も近くなって人も多くなってきたので、ハーピーはマズいんじゃないかなぁ。
彼も、それは解っていると思うけど。
途中で回復薬を半分飲んだ獣人たちは、そのまま走り続け――日が傾く頃、目の前に巨大な都市が見えてきた。
あれが王都のグラフィアだ。
ここまでくると潮の香りがしてくる。
背の高い建物が立ち並び、いかにも人口密度が高そうだが、都市の周りにはバラックが立ち並び、都市の中心部との落差が激しい。
都市の上には海鳥だろうか、沢山の白い鳥たちが飛んでいる。
獣人たちの話では、河口から運河を引いており、街の外周を取り囲んでいるらしい。
運送などに利用されているのだろう。
その運河に架かる石橋を渡ると、運河に連なる沢山の橋が並ぶメガネのように見える。
都市を護る城壁は海側だけ。
ここら辺の陸には魔物はおらず、敵が来るとすれば海から――ということになるみたい。
右手の海は大きな湾になっているという話だったが、オレンジ色のグラデーションの中に、黒くて大きな島が見える。
「島もあるのね!」
「あそこはタバルア島だ。大きな漁業基地と海軍基地があるって話だけど、行ったことはねぇ」
「獣人たちも、海の上は走れないからね」
「まぁな」
ハーピーたちなら運べるのかもしれないが、彼らがそんな仕事をするとも思えない。
島の向こうには黒い山々が連なっており、少々不気味だ。
この国と隣の帝国を隔てている巨大な山脈と、帰らずの大森林と呼ばれる地域。
ハーピーたちの寝床でもある前人未到の地域があるおかげで、この王国が侵略されずに済んでいるという。
黒い山々はともかく、綺麗な夕焼けに思わず元世界の歌を口ずさんでしまう。
夕焼けにカラスが鳴く歌だ。
「カラスってなんだ?」
「黒い鳥なんだけど……」
「それは黒死鳥じゃないのか?」
死を呼ぶ鳥として嫌われているらしい。
「それっぽい鳥だと思う」
「……まぁ、黒死鳥にも子どもがいるだろうし、巣があるのも当たり前だと思うけど、ぞっとしねぇな」
「にゃー」
すこぶる歌の評判が悪い。
それにしても暖かい。
これは真昼になったら、暖かいを通り越して暑いのではなかろうか。
「ねぇ、だいぶ気温が高いんだけど、大丈夫」
「大丈夫だよ! さっき飲んだ回復薬が効いている」
「ふう、やっと王都だぜぇ! 金も稼いだし、今日はパッとやるかな!」
黒白もご機嫌だが、気を抜いて大丈夫?
宿に帰るまでがお仕事ですよ。
王都の中の通りは沢山の人で溢れているのだが、傘を差している人が多い。
ここに来るまでに傘を見たことがなかったのだが、この世界にもあるんだ。
暑いので日傘だろうか?
それに黒い服を着ている人が目立つ。
彼らは、もしかして魔女なのだろうか?
それはいいとして、この人混みじゃスピードが上げられない。
これは時間がかかりそうだ。
暗くなるまでにお城に到着できるだろうか。





