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50話 再びワイバーン


 まったく聖女を護るつもりがない近衛騎士団と呉越同舟だが、トラブルもなく王都に向けて進む。

 途中の川で風呂に入ったりと、意外と旅を満喫していた。

 もう少しでアティードという街に近づいた所で、異変が起きた。

 突然、馬車の屋根から大きな音が聞こえてきたのだ。


「え?! なに?!」

 驚いて外を覗こうとすると、窓から逆さまに顔が出てきた。


「ノバラ! 助けて!」

「モモちゃん?!」

 そのとき、団長の号令が辺りに響いた。


「止まれ~!」

 馬車が止まったのでドアを開けると、ハーピーが私に抱きついてきた。


「ノバラ!」

 彼は、かなりガッチリと私に抱きつき小刻みに震えている。

 なにかに怯えているようだ。


「敵襲~! 右方向! ワイバーン!」

 騎士の1人が叫んだ。


「ええっ?!」

 またワイバーン?!

 モモちゃんは、この敵から逃げてきたのだろうか?

 彼は私たちがワイバーンを倒したのを知っているし、頼ってきても不思議じゃない。


「お姉さま!」

「領主様とククナ様は、馬車の中にいて!」

 抱きついたモモちゃんをそのままにして、私は馬車の外に出ると天井によじ登った。

 御者はすでにアルルを残して、安全な所に避難している。


「うわぁぁぁ!」「逃げろぉ!」

 近くにいた商人らしき馬車も、全速力で逃げ始めた。

 それで逃げられればいいのだが、空を飛ぶ魔物から逃げられるとは思えない。

 おそらく団長も、そう判断して馬車列を停止させたのだろう。

 全速力で逃げているときに、襲われてひっくり返されたらダメージは計り知れない。

 以前襲われたとき、ワイバーンは攻撃を食らっても逃げる素振りを見せなかった。

 人間など取るに足らない餌だと思っているのかもしれない。


 御者はいなくなってしまったが、馬車を動かす必要があるならアルルができるという。

 彼女と話している間にも、モモちゃんは私にしがみついたまま。

 すごい力で私に抱きついたままで離してくれそうにない。


 騎士団の言うとおり、右側を見ると黒く大きな翼を広げて、なにかが接近しつつあった。

 確かに以前私たちが遭遇した、プテラノドンみたいなワイバーンそっくりだ。


「聖女様!」

 私は御者の隣に座っているアルルに声をかけた。


「こちらに向かってくるようなら、聖なる盾(プロテクション)の魔法を!」

「はい!」

憤怒の炎!(ファイヤーボール)

 連続した火の玉が、迫ってくる魔物に向けて発射された。

 撃ったのはルクスだ。

 なん発か命中したのだが、構わずこちらに向かってくる。

 やはり敵は逃げるつもりはないらしい。


「馬車を中心にして防御陣形!」

 ウチの騎士団は、さすが歴戦の猛者揃いだ。

 巨大な魔物の襲撃にも臆することもなく、冷静に行動している。

 後ろにいたメイドさんたちの馬車も、私たちの馬車の盾になるようにやってきた。

 それにひきかえ――。


「うわぁぁ!」「ぎゃぁ!」「ワイバーンだ!」「なんとかしろぉ!」

 少し離れた場所にいる近衛騎士団は、パニックを起こしている。

 中には馬を制しきれず落ちる騎士もいるのだが、肝心なときに馬から落ちちゃマズいのでは……。

 高価そうなキラキラの鎧が土まみれ。

 こんな状態になれば、きらびやかな鎧などなんの役にも立たない。

 いや、高い鎧というのは多少は防御力が高かったりするのだろうか?


 私とアルルが魔法を構えていたのだが、ワイバーンは2つの馬車列の間を抜けて飛び抜けた。

 すごい風が辺りを襲い、激しい土煙が舞い上がる。

 魔物の通ったあとの畑の作物のうねりが、波のように広がっていく。


「諦めたのでしょうか?!」

 下にいる団長に確認を取る。


「いいえ、獲物を追いかけるというのは腹を空かしているのでは?」

 それじゃ鈍重な獲物など見逃してくれないのか。

 ワイバーンの行方を目で追うが、近衛の連中が揉めている。


「メイ様! 聖女様の護衛を!」

「ええい! あんな女のことなどどうでもいい!」

「し、しかし! 我々の任務は!」

「だまれ! 円周防御だ! 俺を守れ! 俺になにかあれば公爵家はどうする?!」

 本来の仕事である私の護衛というのはどうでもよくなったのか、近衛騎士団は公爵家のドラ息子を中心にその場で円になった。

 近衛と一緒にいたメイドたちなどは放置である。

 彼女たちは、その場からバラバラと逃げ始めて畑の中に隠れたのだが、上からだと丸見えのような……。


 近衛の行動に呆れつつ、魔物の行方を目で追う。

 地平線と平行に飛び、ぐるりと旋回してくると再びこちらに向かって来た。

 私たちは襲撃に備えて再び構えたのだが、魔物の目標はどうもこちらではない。

 明らかに近衛騎士団のほうに向かっている。

 キラキラと光る鎧に引かれたのだろうか?

 それとも、しっかりと防御陣地を構築して魔法による反撃をしてきたこちらよりは、与し易い――となめられたのだろうか?


 大きな翼を広げてブレーキをかけ着陸してきた魔物が、鋭い爪で近衛たちを薙ぎ払う。


「ぐわぁぁ!」「うわぁぁ!」

 ワイバーンの長いくちばしが、あのドラ息子騎士を馬上から突き落とした。


「ぎゃぁぁ!」

 口に咥えられ、高く掲げられた金髪の男が叫び声を上げる。


「アルル! 魔法であいつの注意をこちらに向けて!」

「はい――光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 続いてルクスも光弾の魔法を放つと、合計で十数発の光の矢が敵に着弾した。

 この魔法ではワイバーンの鱗を貫けないことは解っているのだが、魔物の注意をこちらに惹きつけることに成功したようだ。


 ワイバーンは口に咥えていたドラ息子を放り投げると、こちらに向かってきた。

 本来の獲物であるハーピーが、私と一緒にいることに気づいたのかもしれない。


「ノバラ! あいつら、俺たちを食う!」

 私にしがみついたままのモモちゃんが叫んだ。

 やつにしてみれば、獲物を横取りしたこそ泥に見えるのかも。

 彼が私の後ろに隠れようとするので背負う形になったのだが、ハーピーたちは、10kgほどしかないので軽い。


「アルル! 攻撃がきたら聖なる盾(プロテクション)の魔法を!」

「はい!」

 ワイバーンはこちらに接近するために、短い跳躍をしようと翼を広げたのだが、その薄い膜をなにかが切り割いた。


「うぉぉ!」

 振る剣に光が鋭く反射する。

 武器を振って魔物の大きな翼を切ったのは、あの隻眼の騎士だった。

 もはやバラバラになってしまった近衛騎士の中で、彼だけが気を吐いている。

 その奮戦を見ながら、私は敵を倒す作戦を閃いた。


「あ! もしかして魔物を癒やせば、一発で倒せるのでは?!」

 ゴブリンとの戦いで、魔物を癒やせば倒せるのが解った。

 私はいい考えだと思ったのだが、その言葉に団長が答えた。


「聖女様、いけません! もし倒せなければ、昏倒した聖女様と大量のけが人が残されてしまいます」

 彼の言うとおりだ。

 倒せても、けが人の治療をしなければ、間に合わない人もいるかもしれない。

 ――となれば。


「それでは、前にワイバーンを倒したときの魔法を使います!」

「承知! 騎士団はやつの気を引きつける! いくぞ騎士団! 突撃前へ!」

「「「おおおおおっ!」」」

 三角型の隊形になった騎士団が、ワイバーンに向けて突っ込んでいく。

 こちらは魔法のチャージに手間がかかるので、時間を稼ぐのだ。


「むむむむ~光弾よ!」

 1本の光の矢に魔力をどんどんつぎ込む。

 前と同じぐらい充填すれば、大型の魔物の鱗も貫ける。

 私の頭の上に顕現した光の矢の輝きが増していく。

 騎士団はワイバーンと戦いながら、射線上になにもない所に誘導をしてくれている。

 街道にでも魔法が命中すれば、民間人に被害が出るかもしれないし、インフラも破壊してしまう。

 さすが阿吽の呼吸ってやつね。


「アルル……」

 私の小さなつぶやきを聞いた彼女が、大声で叫んだ。


「騎士団! 引いてください!」

 彼女の言葉に一斉に騎士団が散った。


我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 巨大な敵に向けて、光り輝く魔法の矢が放たれた。

 一直線に飛んだ光が、ワイバーンの下腹部辺りに命中。

 巨大な翼がその場に倒れ込んだのだが、貫通した魔法が地面に衝突して土柱になった。

 辺りの土を舞い上げて、四方に向けて衝撃波を走らせる。

 地面を走った抗えない力が人や馬車を次々と薙ぎ払う。


 近衛騎士たちや、その近くにいたメイドたちが乗っていた馬車も横倒しになった。

 私たちの馬車は2台が重なるようになっていたので、安定していて倒れない。

 爆風で転がったワイバーンだが、攻撃が命中したのが頭や心臓ではないので、即死ではなかったようだ。

 まだ、バタバタとその場で暴れている。


「止めを刺せ!」「うぉぉぉ!」「ぬおお!」

 騎士団が一斉にワイバーンに群がった。

 彼らが剣を振り、突き刺そうとしているが、硬い鱗に阻まれて攻撃が届いていない。


「ルクス、あなたの魔法で止めを刺せる?」

「あの状態で敵が動かないのであれば、できると思います」

「お願いしてもいい?」

「はい」

 ルクスが魔法を使うので、騎士団を下がらせた。

 強力な魔法は展開に時間がかかるので、動く敵に当てるのが難しいらしい。

 元世界のミサイルのように、あとを追っかけ回したりはできないみたい。

 彼が魔法の詠唱に入った。


「――爆裂魔法(エクスプロージョン)!」

 ワイバーンの直下に青い光が集まり、それが赤い爆炎に姿を変えた。

 魔物の巨躯が爆風によって、持ち上がりひっくり返る。

 それが止めになったのか、ワイバーンはそのまま動かなくなった。


「「「おおお~っ!」」」

 騎士団が勝どきを上げた。

 勇ましく戦った者にだけ許される勝利の雄叫びだ。


「にゃー」

 決着がついたので、馬車の扉が開くとヤミが降りてきた。

 ククナも顔を覗かせている。


「お姉さま、終わった?」

「ええ、仕留めたわよ。今回の止めは私じゃないけど」

 私は怪我人なく倒せればいいから、止めなんてどうでもいいけど。


「にゃ」

「あ、いけない!」

 大事なことを思い出した。

 ウチの騎士団は大丈夫だけど、近衛騎士のほうには被害が出ている。

 すぐに治療をしなければ。


 私は馬車を降りると、近衛騎士たちに駆け寄った。


「大丈夫ですか?! 怪我人は?!」

 話しかけた私の姿をみて、近衛騎士たちが固まっている。


「……おお、神よ……」

「は?」

 頭から血を流したなん人かが、地面にひざまずき頭を垂れている。

 涙ぐんでいる人もいるし、いったいなにが――と思ったら、私の背中に翼が生えていた。

 当然、私が背負っているモモちゃんの翼だ。

 極限状態の中、翼が生えている私を見て、神か天使が降臨したのと勘違いしたのかもしれない。


「なにが神だ! 私は見たぞ! お前の馬車に白い翼が降りたのを! その背中にいるのがそうだろうが!」

 ケチをつけてきたのは、あのドラ息子騎士だ。

 そりゃ、モモちゃんが逃げてきたんで、今回の戦闘に巻き込まれたのは確かだけど。


「怖いものから逃げてきたか弱き者を護るのが騎士じゃないの!? あなたは、魔物から逃げてきた子どもがいても知らんぷりするのでしょうけど」

「この魔女が言わせておけば……」

「それで?! お偉い公爵閣下のご子息様は、癒やしの奇跡はいらないのですか?」

「いらぬ!」

 私が見ても重傷者がいる。

 満足な医療もない世界では、致命傷になるかもしれない。


「メイ様! いけません!」

「ルナホーク! お前は、この女の味方か?!」

 隻眼の騎士が私の前にひざまずいた。


「聖女様――私の仲間に癒やしの奇跡を賜りたいのですが」

「怪我人を集めてください」

「かしこまりました」

「ルナホーク! 貴様!」

「いい加減にしませんと、彼らが黙っておりませんぞ?」

 いつの間にか集まってきていたウチの騎士団が、殺意のこもった視線をドラ息子騎士に向けている。


「ひい……」

 その殺気に、男がたじろいだ。


「ワイバーンと平気で渡り合う彼らと剣を合わせて、勝ち目はありませんよ?」

「ぐぬぬ……」

「いまここで切り刻んでも、ワイバーンにやられたって言えば大丈夫だし」

 私の言葉に、公子が捨て台詞を吐いた。


「この魔女め!」

「はいはい、公爵公子様は治療は要らないそうなので、怪我人を集めてください。よろしくお願いいたします」

「かしこまりました、聖女様」

 ルナホークという隻眼の騎士と、ウチの騎士団の手を借りて怪我人を集める。

 ウチの騎士たちも、かすり傷だがあちこちに血が滲んでいた。

 そのうち、バラバラに逃げた近衛騎士たちのメイドも戻ってきて主人の面倒を見ている。

 ドラ息子は、自分の命を第一にして彼女たちのことなど歯牙にもかけていなかったのだが、それでも忠誠はあるらしい。


「ううう……」「あぐ……」

 手足が折れている者もいるので、鎧を脱がせて添え木を当てる。

 そのまま奇跡を使うと、曲がってくっついてしまうかもしれない。

 ウチの騎士たちは、怪我の処置も手慣れたものだ。

 その周りでサポートしているウチのメイドたちとの動きも連携が取れている。

 さすが実戦で鍛えられた騎士団。

 近衛騎士とお付きのメイドたちは見ているだけ。


 準備が整ったので、癒やしの奇跡を使う。

 ただし、あのドラ息子を除く。

 だって要らないといっているし大丈夫なんでしょ?


「ヴェスタ様、お願いいたします」

「はい……」

 彼の顔には不満がありありだ。

 こんな連中をなぜ助けるのか? ――と言いたいのだろう。

 そうはいっても放置はできないでしょ。

 気持ちは解るけどね。


「天にまします我らが神よ。勇ましく戦った者にも、そうでない者にも等しく癒やしの奇跡を与えたまえ」


 ――目が覚めると、真っ暗闇。

 下はベッドらしい。

 私の上になにか乗っているのだが、手を伸ばすと大きな翼がある。

 モモちゃんだ。


光よ(ライト)

 魔法で作り出した光が辺りを照らす。

 どうやらテントの中らしい。

 ククナのベッドにはヤミが丸くなっていたが、彼女はいない。

 このテントはどこに立てられたのだろう。

 それに外がなにやら騒がしい。

 沢山の人たちの声が聞こえてくるようだ。


 ええ? どこまでやって来たのだろう?

 もしかして街の近くでテントを張ったのだろうか?


「んん……ノバラ……」

「あ、モモちゃん。起こしちゃった? そのまま寝てていいわよ」

 身体を起こすと、寝間着に着替えさせられていた。

 いつも着ている黒いワンピースではなくて、白いお屋敷仕様だ。


「ん……」

 ハーピーが私に抱きついてくる。

 ワイバーンから逃げ回ったりして疲れているのかもしれない。

 しばらく抱っこして、頭をナデナデしていると眠ってしまったので、ベッドに置いて毛布をかぶせた。


 ベッドから降りると、テントの出口をめくる。

 そこから見えた景色は――沢山の明かりが置かれて、数多くの男たちに解体されている巨大ななにか。

 その中には獣人たちの姿も見える。

 解体されているものの大きさから見て、私たちが仕留めたワイバーンだと思われた。


「――ということは、あの場所でテントを張ったのね」

 バラバラにされて内臓を引き出されている姿は、かなりグロいのだが……もう慣れてしまった。

 こんなことにも慣れてしまうのが少々恐ろしいが、ここはこういう世界なのだ。

 街道にこんな大きな死骸を放置できないし、ワイバーンは金になる。

 肉は美味しいし、鱗は高く売れるとくれば捨てるのはもったいない――ということだろう。


 私が起きたことに気がついたのか、アルルがやって来た。


「聖女様、お目覚めですか?」

「ええ、私が治療した人たちは?」

「皆が回復いたしました。あの公爵の息子以外は」

 彼には、ウチの団長が回復薬ポーションを分けてやったそうだ。

 その薬だって私が作ったんだけどね。


「それで、あの人たちは?」

「はい――私たちだけでは処理できないので、領主様がこの地を治めているモントライゼ伯爵の力を借りました」

「仕方ないわよねぇ。まさか放置したままにできないし」

「はい」

「私は、どのぐらい寝てました?」

「5時間ほどだと思います」

 それじゃ、夜の7~8時ごろね。

 腹が空いたので、食事を用意してもらった。


「あ、これはワイバーンの肉だ」

 さっき解体しているのを、料理に使ったのだろうか?

 食事を食べていると、モモちゃんが起きてきた。


「俺も食べる……」

「夕食食べてなかったの?」

「うん……」

 彼は私にしか懐いていないから、他の人から食事をもらうことがないのだ。

 外にいるアルルに話して、もう1食用意してもらった。

 私に抱っこされながら、モモちゃんが食事を食べている。


「ノバラ、俺謝る」

「ん~? なにを?」

「ワイバーンを、ノバラの所まで連れてきてしまった……」

「逃げられなかったのよね」

「うん……」

 あのワイバーンは、前に彼を追い回して怪我をさせたやつに違いない。


「ワイバーンってまだいるの?」

「多分、もういないと思う」

「よかった」

 彼の金髪をナデナデしていると、ヤミが私の足下にやって来た。


「にゃー」

「君は夕飯を食べたんじゃないの?」

「にゃ」

「もう、嘘ばっかり」

 彼に、スープに入っていたワイバーンの肉をあげる。

 食事をしていると、テントの入り口が開いた。


「お姉さま!」

 ククナはメイドたちと一緒にいたようだ。

 彼女が私に抱きついてきた。

 私が寝ているので、気を利かせてくれたのだろうか?


「ちょっとククナ様。食事をしている所なので」

 彼女が離してくれない。


「い~や~」

「ククナ様、領主様は?」

「テントでここの伯爵と話している……」

「まぁ、政治の話よね。ここの伯爵様とも仲がいいのかしら?」

「そんなには……だと思う」

「それじゃ、ワイバーンの話でもしているかも」

「うう~」

 彼女も、近衛騎士の連中を一緒に治療してやったのが気に入らないらしい。

 仕方ないでしょ。

 この世界じゃ、骨折でも放置したら死ぬ可能性だってあるだろう。

 怪我をしたままじゃ移動もままならないだろう。

 まさか、ここに置いておくわけにも行かないし。


 夜まで気を失っていたので、また朝まで眠たくならないのかと思っていたら、夜も更けてくると普通に眠たくなった。

 外ではまだ作業をしているようだ。

 沢山の人たちに私の姿を晒すのは、避けたほうがいいだろう。


 おそらく徹夜で魔物を処理するつもりで、とりあえずある程度の大きさにバラしてしまえば、魔法の袋がある。

 それに突っ込んで、あとからじっくりと処理をすればいいのだから。


 外での作業する喧騒を聞きながら、1つのベッドに3人で寝た。


 ------◇◇◇------


 ――ワイバーンを倒した次の日の朝。

 なんでこうワイバーンに好かれているのだろうか?

 まぁ、好かれているのは、私たちではなくてハーピーなのだろうけど。

 どうも、あの巨大な翼竜はハーピーたちが好物らしい。

 地上の生き物には無敵な空を飛ぶモモちゃんたちの天敵は、同じく空を飛ぶ魔物というわけか。

 確かに相手がワイバーンじゃ、ハーピーたちには攻撃の手段がないような気がする。


 食事を摂ったあとは、モモちゃんを連れて謝罪行脚をする。

 彼がワイバーンを引き連れてきて戦闘になってしまったわけだし。

 幸い、ウチの騎士団はなんとも思っていないようだが、問題は近衛のほうだ。


 外に出ると、巨大な魔物の死骸はすっかりとなくなっていた。

 においも血の跡もなくなっていたので、おそらく魔法を使って洗浄したものと思われる。

 解体作業をしていた沢山の人たちも、街に引き揚げて誰もいなかった。

 まるで夢を見たかのようだ。


 近衛騎士のテント群に行くと、近くにいたメイドに話しかけた。


「あの……」

 私の姿を見たメイドが慌てていなくなったのだが、他の女の子たちも最初に会ったときと随分と反応が違うようである。

 困惑していると、1つのテントから騎士が出てきた。

 髪の色は長く赤い、あの隻眼の騎士に間違いないのだが――彼の目からは「愛」の眼帯がなくなっていた。


「聖女様……」

 私の前にひざまずいた騎士の両目からは涙が流れている。

 彼の片目が、元はどうなっていたのか不明なのだが、両目はしっかりと見開かれている。


「その目は――もしかして私の奇跡で?」

「はい……子どもの頃の事故で、もう見えることはないと思っていたのですが、まさに奇跡です」

「そ、それはよかったですね~」

 騎士たちの怪我の治療をしたのだが、まさか勢い余って見えなかった目も治してしまうとは。

 そりゃ、癒やしの奇跡なのだから、治ってもおかしくはないけど。

 それにしても、男のガン泣きはちょっと……イケメンだから許すけど。


 近衛騎士たちにも謝罪の言葉を伝える。


「メイ様から、あのような言葉が出てしまいましたが、我々の問題は深刻です」

「申し訳ございません」

 私は頭を下げた。


「い、いや、聖女様や、そのハーピーのことでなく……」

「はい?」

 彼の話では、近衛騎士たちが自信を喪失しているというのだ。

 まぁ、戦いらしい戦いをできずに、逃げ回り一方的にボコられたわけだし。

 戦う前に馬から落ちたりしてたし。

 田舎騎士とか馬鹿にしてたティアーズ騎士団は立派に務めを果たし、ワイバーンを討伐したわけで。

 自分たちの情けなさに気がつき、男たちはすっかり落ち込んでいるという。

 そんなの知らんがな。


 あの公爵のドラ息子はともかく、他の騎士たちはハーピーを恨んではいないみたい。

 よかった。


「おそれながら、騎士たちに聖女様のお言葉を賜りたいのですが」

「私のですか?」

「はい!」

 涙を流している彼は真剣だ。

 お言葉って言われても……。


「人はどなたでも躓きますが、その蹉跌からいかに立ち直れるかが人の価値を決めると――思うのですが」

「聖女様のお言葉、しかと騎士たちに伝えます」


 これで近衛騎士たちとの関係も多少はよくなるだろうか?

 すくなくとも横柄な態度はなくなると思うのだけど。

 ただし、あのドラ息子は除く。


 騎士団がテントを片付けて出発の準備を開始した。

 領主様に挨拶したが、この地を治めている伯爵との話はすべてついていると言う。

 迷惑料としてワイバーンを半分――アルルの言ったとおりだ。


「聖女様のお許しもなく決めてしまい、申し訳ございません」

「いいえ、いいのですよ。私は、ひっくり返っているだけでしたし。ああいうことは迅速を旨としないと」

「ありがとうございます」


 領主と話していると、街道からお客様。

 訪れたのは黒白の獣人だが、肩から青いタスキ。

 格好からおそらく手紙を運ぶ飛脚だろうと思われる。


「おそれながら、ここはティアーズ子爵様の陣地で間違いございやせんか?」

「うむ。私がティアーズ子爵である」

「これを」

 獣人が膝をつくと、自分の袋から領主に手紙を渡した。


「陛下から……」

 領主が手紙を開けたのだが、明らかに困惑している。

 失礼だとは思いつつ中身が気になる。


「おそれながら領主様、陛下はなんと?」

「可能な限り、聖女様の王都への到着を早められないかと――」

「ええ? そんなことを言われても――いったいどうしたのでしょうか?」

「理由は書いてありませんが……」

 そこにルクスがやってきた。


「おそれながら……」

「ルクス、なにか知ってるの?」

「おそらく――王妹殿下の容態が悪化したのかと」

「王妹って陛下の妹君ってこと?」

「はい……」


 え~? なにそれ?

 どういうこと?

 ルクスがなにか事情を知っているようだ。



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