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46話 泥の中の街


 ハーピーたちに、パンの作りかたを教えてあげた。

 喜んで彼らの寝床に帰っていったのだが、それから数日彼らはやって来ない。

 ハーピーの住処である、帰らずの大森林から徐々に離れているせいもある。

 元々、他の種族とはまったくといっていいほど接触をしていなかった彼らだ。

 ある日突然に疎遠になっても仕方ない。

 彼らは大空を自由に飛び回り、我々は地面を這いつくばって進むしかないのだ。


 ハーピーたちがやって来ないまま、私たちは街道を南下して、アルシャインという街を通過した。

 執事やメイドたちは街で新しい食材を買い込み、騎士の男たちは食事をしていた。

 男たちは、食事ついでにゴニョゴニョとやっているようだが、泊まりは不可。

 日が変わる前には戻ってこなくてはならない。

 大きい街には悪いやつらの大きな組織があり、貴族や騎士団なども襲われることもあるらしい。

 街に遊びにいった騎士が、ハニートラップに引っかかることもあるというが、それは自業自得。

 なにかトラブルに巻き込まれても、救出作戦などは行われることはない。

 あくまでも彼らの任務は、領主親子と聖女――つまり私の護衛なのだから。


 アルシャインを出た私たちは、しばらく南に進んだが、そのうち進路が東に変わった。

 この先にマッドアイという街があるという。

 モクラン川という川の周囲に広がる湿地帯の中に街がある、変わった場所だ。

 上から見ると目玉のような形をしているらしいのだが――なぜ英語?

 ただ単語が似ているだけかもしれないし、私の言葉も普通に通じているので、なにか不思議な力で強引に翻訳されているだけかもしれない。

 実際に神様もいるみたいだし。


「なんで、湿地帯の中に街があるの?」

「にゃー」

 湿地帯でなにか栽培しているらしい。


「お姉さま、泥芋という芋がここの特産なの」

「泥芋?」

「ええ、凄く大きいの」

「そうなんだ」

 馬車は途中で止まらず、そのまま湿地に架かっている石橋を渡り始めた。

 今までは街の近くに野営場所があったりしたのだが、この湿地の近くでは無理だろう。

 このまま街の中に泊まるのだろうか?


 橋を渡ると、ゴトゴトという音が馬車の中に入り込んでくる。

 湿地の島伝いにずっと橋が架かっているのだが、ここを整備するのは大変だったろうと思う。

 珍しい光景なので、ずっと畑が続いているよりは飽きなくていい。

 異世界を観光しているって気分になれる。

 窓から外を見ていると――湿地の中から、なにか先の尖った塔のようなものが突き出ている。

 高さは2mほどであろうか。


「なにか沢山立っているみたいだけど……」

「にゃー」

「花?!」

 どうやら、ここで栽培されている泥芋という作物の花らしい。

 花だとすると巨大なものだ。


「そうよ」

 お姫様にとっては見慣れた光景なのだろう。

 あまり興味はなさそう。


「へぇ~」

「2年ほどで大きな花が咲いて、増えていくの」

 これは珍しい。

 ティアーズ領では小麦とか芋とか、元世界と似たものが多かったが、この作物は違う。

 見たこともない異世界の光景に、私の心は子どものように高鳴っている。


 馬車はそのまま進み、街の近くまでやってきた。

 街に入る前に馬車列が止まったので、外を見る。

 馬の腰になにか取りつけているのが見えた。


「なに?」

「にゃー」

 板張りの所が多いので、馬の糞を落とさないようにする袋らしい。


 建物は湿地にある島の上に建っているのだが、なにせ使える場所が少ない。

 そこからはみ出た建物は、湿地に木の柱を立ててその上に建っている。

 板張りの土地が幾重にも広がり、街全体が水上のバルコニーの上に載っている感じ。

 こんな景色は元世界でも見たことがない。

 中心部にある島の建物は石造りなのだが、水上のバルコニーの上は木造の平屋が多い。

 多分、石造りだと重さに耐えられないからだろう。


「湿地の中に柱を立てて腐ったりは?」

「にゃー」

「石化?」

「にゃ」

 木の表面を石化させる魔法があるらしい。

 なるほど、石になれば腐ることもない。

 水に浸る所を魔法で石に変えて柱を作っているわけだ。

 そんなことができるなんて、さすが異世界。


「その魔法って、人間も石になるの?」

 元世界にも、メデューサだっけ? 目から石化するなにかを出すって魔物の話があったはず。


「石化の魔法は時間がかかるから、かなりジッとしてないと駄目だと思う」

 ククナも、その魔法を知っているらしい。

 とりあえず、魔法を使った途端に石になって、動いているものもそのまま固まって石になる――そんな魔法ではないようだ。


 騎馬と馬車の列は、街の外周にあるバルコニーの部分を進んでいく。


「にゃー」

「え~? ここが野営地になるの?!」

「そうよお姉さま。家が建ってない場所を適当に使っていいの」

 街のバルコニー部分を先に作っているわけだが、すべて使われているわけではない。

 あちこちに空きスペースがあるので、そこでキャンプするわけだ。

 他の野営地と違い街のすぐ隣でキャンプすることになる。

 それならと――街に泊まる者も多いのだが、私たちは大所帯で予算を節約中。

 こんな場所でも外に泊まるわけだ。


 ちょうどよさそうなスペースを見つけて、騎馬と馬車が停止した。

 すぐさま騎士団とメイドたちが動き出す。

 私たちも馬車から降りたのだが、すぐにドブ臭が鼻をつく。

 周りが全部湿地で、ヘドロなのだから仕方ない。

 馬車が停止している巨大なバルコニーには手すりもないので、落ちないように気をつけなければならない。

 落ちたら大変だ。

 水深はあまりないようだが、ヘドロだらけになってとんでもないことになるだろう。


 ここには馬が食べる道草もないので、いつもより多くの飼葉を食べさせている。

 そういえば――テントを張るためのペグを打ち込むこともできないはずだが……。


 どうするんだろうと見ていると、騎士たちがT字型の金具を取り出した。

 それを板の間に差し込み、90度回すと引っ張っても抜けなくなる仕組み。

 これがペグの代わりになるみたい。

 他でその金具を使うこともないだろうから、ここ専用の装備ということになるのかも。


 下が板の間だというのに、いつもと同じ早さでテントが張られた。

 手慣れている。

 2つの大きなテントが張られると、領主は早速中に入ってしまった。

 長旅で疲れているのかもしれない。

 往復で2ヶ月の旅を終え、自分の領地に帰れば山のように溜まった仕事が待っている。

 領主の仕事というのも大変だ。


 テントの設営が終わったら、今度はメイドさんたちだ。

 いつもはカマドを作って薪で火を起こしているのだが、今日は魔導コンロを使うらしい。

 そりゃ板の間で焚き火はできないし、火気厳禁だ。

 ここで火事を出したら、即時処刑されるぐらい厳しい決まりがあるという。


「それじゃ、めったに火事は起きない?」

「にゃー」

「え? 過去になん回も大火を出しているの?」

「にゃ」

「それなのに、ここに住み続けるぐらいの意味があるのね」

 私はメイドたちに話しかけた。


「私が魔石を充填してあげるから、いつも魔導コンロを使えばいいのに」

「いいえ、暖を取ったり獣や魔物を近づけないようにする効果もありますから……」

「ああ、そういえばそうね」

「はい」

「水の上に足場を作って住んだりと色々と大変だと思うのだけど。それでも、ここで暮らす人たちを支えているのが、泥芋なの?」

「はい、そうですよ。ここの特産である泥芋は、高級品なんです」

「そうなんだ」

 今、執事たちが買い出しに行っているので、今日はその泥芋を食べることができるらしい。

 それは楽しみだ。

 いったいどんな味がするのか?

 わくわくが止まらない。


 異世界の芋はさておき、火が使えないのが解ったが、騎士団もいつもは暖を取るために焚き火の周りで寝ている。

 今日はどうするのだろう。

 板の下は水だし、普段より寒そうな気がするが……。


 話を聞いて心配なので、騎士団の所に戻った。

 まだ食事はできそうにないし。

 料理は、その泥芋が来るのを待っているらしい。


「ヴェスタ様、ここは焚き火が使えないみたいですが、暖を取るのに問題はないですか?」

「ああ、大丈夫ですよ。ティアーズ領よりだいぶ南に来てますから、そんなに冷え込みませんし……」

 彼がなにかを見せてくれた。

 平らな金属の容れ物?


「これに魔石を入れて懐に入れておけば、朝まで暖かいのです」

 つまり魔石のカイロ。

 そんなものもあるんだ。

 ティアーズ領は、冬には結構寒くなるらしいから、私も買ったほうがいいだろうか。

 魔石の充填なら自分でできるんだし。


 騎士団が心配なので、彼らが持っているカイロの魔石を充填してあげることにした。

 小さな魔石なので、指の先で摘めばすぐに黒い石に青い光が灯る。

 こんな小さい石ならいくら充填しても平気だ。


「ありがとうございます、聖女様」

 彼らが両手で、私が充填した魔石を受け取る。

 こうしてみれば、本当に騎士のようだが――いや、彼らは本当に騎士なのだ。

 いつも下品なギャグを言ってゲラゲラ笑っているので、つい忘れがちになってしまう。


「私も馬車に乗っているだけで暇ですし、あはは」

 まぁ、普通の聖女は奇跡は使えるけど、魔法は使えないって人ばかりだったようだが、私はなぜか使える。

 せっかく使えるのだから、どんどん使ったほうがいい。

 本当ならお金を取りたいところなのだが、騎士団の男たちは頑張っているし。

 私も協力してあげなければ。

 これで下ネタとか言わなければいいのだが。

 基本が田舎の荒くれだから、仕方ないのかもしれないけど。


 料理はまだなので、肩にヤミを乗せてバルコニーの端に行ってみた。

 柵がないので、手をついて下を見る。


「落ちないでよ? 落ちたら大変よ」

「にゃ」

 水は黒く見えるのだが、泥が黒いからそう見えるのだろう。

 沢山の浮草やら、長い葉っぱがたゆたっており、たまにポコポコと泡が噴き出ている。

 ヘドロからのメタンだろうか?

 なにかの拍子に、これに引火すれば火事の原因になるだろう。


 横を見れば、バルコニーの所々に水面に降りるための階段があり、その下には沢山の小舟が浮かぶ。

 多分あれで泥の中の芋を収穫するのだろう。

 泥の中で育つ作物というと、蓮根に似ている気がするのだが、果たしてどんな形をしているのだろうか。

 本当に蓮根だったりして。

 でも、蓮根はあんな花じゃないし。


 下を覗き込んでいると、アルルから呼ばれた。


「聖女様~」

「はい?」

 彼女の声に振り向くと手を振っている。

 メイドたちの所に戻ると、テーブルの上に見慣れぬものが載っていた。

 バスケットボールほどの白いもの。

 厚ぼったい花びらが幾重にも集まっている姿を見て、私の頭にモヤモヤが浮かぶ。

 え~と、この形はどこかで見たような……。


「あ!」

 百合根だ。

 鱗茎の感じがそっくりだが、かなり巨大だし、百合の仲間ではないのだろう。

 そんな感じにも見えなかったし。


「すごい立派ね!」

「にゃー」

 テントに入っていたククナが、泥芋を見るためにテーブルまでやってきた。


「でも、う~ん……これなら……」

「どうしたの? お姉さま」

「もしかして、天ぷらが美味しそうかなぁ~と思った」

「てんぷら? てんぷらってなぁに?」

 そりゃそうだ。

 天ぷらなど知るはずがないが、過去の聖女たちが伝えなかったのだろうか?


「え~とね、水を入れた小麦粉の衣をつけて、油で揚げる料理なんだけど」

「ああ、フリットね」

「そういう料理があるの?」

「ええ、お姉さま」

「そうですねぇ、芋のフリットがありますから、泥芋のフリットも美味しいかもしれません」

 衣の材料を聞くと小麦粉と玉子だけらしいので、ほぼ天ぷらじゃないのだろうか。

 それなら天ぷらを広めようとしたが、ほぼ似たようなフリットがあったので、広める必要がなかったのかもしれない。


「それじゃ、泥芋はスープとフリットにしてみます」

 メイドさんたちが、張り切っている。


「あの~、1つお願いがあるのですが……」

「なんでございましょう、なんなりと」

「少しでいいので、フリットを騎士団の方々に分けてあげられませんでしょうか?」

「かしこまりました」

 メイドたちが、深々と礼をした。


 よかった。

 今日も騎士団は半分に分かれて街に食事をしに行くだろうが、半数は泥芋を食べられないんじゃないだろうか?

 せっかくの名物を食べられないなんて、ちょっと可哀想だ。

 まぁ、私が提案したフリットがマズかったら、ごめんなさいだけど。

 急なメニュー変更に、執事たちが街にまた走った。

 揚げ油を購入するためである。

 元世界では、食用油は安価で購入できたが……。

 近くにいるヤミに聞いてみる。


「ねぇ、ヤミ。揚げ油って高いの?」

「にゃー」

 やはり、それなりの値段がするようだ。

 そういえば、森に生えているフワフワの植物の種から油を搾る――と聞いたことがあったような……。

 高い油で揚げ物をしたあとは、行灯などに使われるらしい。

 無駄にはしないわけね。


 暇なので料理を見学していると、騎士団の半数が街に向かった。

 食事をするためだ。

 今回は、ヴェスタもその中に加わっている。


 騎士団を見送り、テーブルの上に目を戻す。

 鱗茎を1枚1枚剥がしていくのだが、それでも大きいので細かく切っていく。

 鍋が魔導コンロにかけられて、水で満たされると、その中に芋が放り込まれる。


 その光景を見て、あるものが頭によぎる――味噌があればねぇ。

 それがあれば、豚汁ならぬ狼汁とかもできそうだけど。

 さすがに味噌や醤油の話は、いままで聞いたことがない。

 元世界でも味噌や醤油をどうやって作るのか知らない人が、ほとんどじゃないだろうか。

 聖女としてこの世界に呼ばれた女性たちも、味噌や醤油は作れなかったに違いない。


 料理を見ていると男が壺を持って戻ってきた。

 中身は多分、油だろう。

 料理をしているメイドさんが、もう1つ鍋と魔導コンロを魔法の袋から取り出した。

 メイドが持っている袋の中には、調理器具や食器、食材が沢山詰まっているのだろう。

 コンロに載せた鍋の中に茶色の油が注がれていく。


 木のボウルが用意されて、小麦粉と卵が投入された。

 これが衣だ。

 本当に天ぷらと同じように見える。

 油の温度が上がると、他のメイドさんがフリットを揚げ始めた。

 パチパチという音とともに、香ばしいかおりが辺りに漂うと、騎士たちも集まってくる。

 揚げ終わった茶色の芋が、大皿に盛られていくのを男たちが覗き込む。


「おお~、フリットかぁ」「しばらく食べてなかったなぁ」

「このフリットは、騎士の皆さんにもおすそ分けがありますからね」

「ええ?! 本当ですか、聖女様」

「本当ですよ」

「やったぁ! 今回は居残りで正解だったかもしれん」「そうだな!」「これでエールがあればなぁ」

 エールってのはビールみたいな飲み物だ。

 ワインは食事の際の水みたいなものなので支給されるが、さすがにエールはない。

 そこに団長がやってきた。

 今回は団長が残っているようだ。


「おい、お前たち、エールを小さな樽で買ってこい」

「え?! いいんですか?」

 団長の言葉に、騎士たちが小躍りしている。


「たまにはいいだろう」

「よし来た! がってんだ!」「さすが団長!」

 1人の騎士が、喜び勇んで街のほうへと走っていった。


 私がフリットを揚げる様子を眺めていると、ヤミが叫んだ。


「にゃー!」

「なに?」

 彼の言う方向を見ると、水面ギリギリを白い鳥のようなものがこちらに向かって飛んでくる。

 そのまま私たちがいるベランダに近づくとふわりと浮き上がった。


「ノバラー!」

「うわっぷ!」

 私に向かって突っ込んできたのは、ハーピーのモモちゃんだった。

 いつもは胸に飛び込んでくるのだが、今日は私の顔面にしがみついた。

 彼らは裸なので、股間のぷにぷにした柔らかいものが私の顔に押しつけられる。

 わぁ! 顔になにかあたってるぅ!


「ノバラ!」

「ちょっとちょっと、モモちゃん!」

 私がジタバタしていると、彼がくるりと後ろに回り込んだ。

 私の両肩を脚で掴み、頭の上に腰を下ろした状態に。

 自分からは見えないけど、こ、この格好もどうかと思う……。


「ノバラ、これ! 見てくれ!」

 彼が足で掴んだパンを見せてくれた。

 多分、自分の魔法の袋から出したものだろう。


「このパンは――もしかして、モモちゃんが作ったパン?」

「そう! 上手くできた! ノバラ食べてくれ!」

「いいの?」

「もちろん!」

 食事の前なのだが、彼の足からパンを受け取ると、千切って口に運んだ。


「あ、美味しい」

 柔らかく、ほんのり甘みもある。


「美味いよな!」

「モモちゃん、お砂糖も入れたの?」

「おう! 砂糖を入れたほうが美味いから入れた」

 どうやって手に入れたかは不明だが、彼らは砂糖も持っているようだ。


「すごく美味しい。新しいパン種はどう?」

「大丈夫! 多分、上手くいっている! ノバラからもらったのとおんなじになってる! 任せろ!」

 やはり、ハーピーたちは知能がかなり高いと思う。

 教えてすぐに作ってしまうなんて。


 突然静かになったので上を見ると、彼がクンカクンカしている。

 そういえば、私が編んであげた髪は解けてしまったようだ。


「どうしたの?」

「このにおいはなんだ?!」

「ああ、フリットを作っているのよ」

「フリット? 教えてくれ!」

 どうやら、ハーピーたちにはフリット料理はないみたい。

 彼らは王国の経済網から外れているので、油を手に入れるのが大変な気がする。

 それとも自分たちであのフワフワとか、豆を絞って食用油を手に入れるとか。

 ちょっと無理そう……。


 モモちゃんがフリットを食べてみたいと言うので、鍋の所にいく。


「ごめんなさい、1つもらえる?」

「はい……」

 メイドが、私の上に乗っているハーピーにドン引きしている。

 聖女の頭に乗るなんて――と思っているに違いない。


 皿に盛ってあるフリットを1つ摘むと、モモちゃんの口元に持っていってあげる。

 彼は、私の手から揚げ物をはぐはぐと食べ始めた。


「美味しい?」

「美味いぞ!」

 私の食べたことのない食材を揚げ物にしてしまい、味が心配だったのだが、美味しいらしい。


「すごいぞ! カリカリで中身が甘い!」

「材料は、ここに生えている泥芋って作物なんだけど……」

「知ってる! 森の奥にある湿地にも生えている」

「そうなんだ。でも、ハーピーたちが水に潜って、泥芋を掘るのは難しくない?」

「う~ん……なんとかする」

「泥芋じゃなくて、普通の芋でもできるわよ」

「そうか、作ってみるぞ!」

 彼にフリットの作り方を説明した。

 小麦粉はあるし、卵も森で取れるという。

 当然、鶏の卵じゃないと思うけど、卵は卵だし使えるでしょ。


「あと、油が沢山いるんだけど、大丈夫」

 彼が、フリットが揚げられている鍋を覗き込んでいる。


「油はこれから取るから大丈夫」

 彼が、袋から青い実を取り出した。

 テカテカと光る細長い葉っぱが光っている。


「う~ん? どこかで見たような……」

「南の森に行くと沢山生えている。この袋を手に入れたから、腐らせずに沢山持ってこられる」

「それは、オリブの実ですね」

 メイドの1人が答えを出してくれた。

 あ~、オリーブか。

 確かにオリーブからは、オリーブオイルが取れる。

 揚げ物に使っても問題ないだろう。


「う~ん! もう我慢できない! 私も食べる!」

 ジッとフリットを見ていたククナが、皿に手を伸ばした。


「ククナ様、お行儀が悪うございますよ」

「はふはふ! 美味しい! 泥芋ってフリットも美味しいのね!」

 メイドの注意にも、彼女の手は止まらない。

 他の人の食べる分がなくなるでしょ。

 でも、私も1つ……。


 あ、美味しい。

 外側はカリッと、甘くてホクホクしている。

 変なにおいも癖もないどころか、なにか甘い香りも漂う。

 泥芋なんて名前はイマイチだが、これは間違いなく高級食材だ。

 まぁ、泥の中に埋もれているから泥芋なのだろうが、もうちょっと他の名前のほうが売れそうな気がするが……。


 そのままフリットのつまみ食いをしていると、ヤミが反応した。


「にゃー」

 彼の言葉に目をやると、ドカドカと床板を鳴らしながら、沢山の人たちがやってきた。

 刺繍が入った緑色の上着に下は黒いズボン。

 腰には剣を差しており、鎧は着ていないが騎士のように見える。

 その先頭を歩いているのは、緑の上等な服を着た小太りの男。

 茶色の髪がはみ出た白い羽根の飾りがついた緑色の帽子をかぶり、鼻の下には立派な髭が左右に伸びている。

 見るからに貴族だ。


「ティアーズ子爵は、いらっしゃいますかな?!」


 男は自慢の髭をいじっているが、悪人には見えない。

 いったい、なんの用だろうか?


 

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