45話 聖女の力でパンは作れる?
森を出た所にあるラレータという街でアンデッド騒ぎがあると言う情報を入手した。
それを避けるために街を通過して、少し進んだ場所にあった村で野営をしたのだが……。
そこでもアンデッドに襲われてしまった。
聖女の奇跡で、アンデッドはなんとかできたのだが、ラレータの街では暴動が起こっているという。
魔導師協会が、遺体の処理を適切にせずに手抜きをしたらしい。
他所者の私たちでは手の出しようがないので、ここの領主と魔導師たちになんとかしてもらうしかない。
私たちは、村の住民に見送られて次の街を目指すことにした。
村を出発した馬車列は、騎士団を先頭に街道を南下。
延々と畑が果てしなく続く、つまらない景色が繰り返される。
馬車の進行方向右側には、大きな川の水面がキラキラと光っているのが見えた。
「ヤミ、あの川は?」
「にゃー」
メカデオ川というらしい。
このまま川の流れとともに、次の街であるアルシャインに向かうことになる。
――ということは、ずっと下りなのね。
行きはよいけど、帰りはずっと上りってことか。
ちょっと窓から上を見上げてみるが、ハーピーたちの姿は見えない。
もしかしているのかもしれないが、高度が高いと人間の目では認識できないかも。
「お姉さま、ハーピーたちをお探しですか?」
「ええ、本当に来るのかな? ――と思って」
「パンの作りかたを知りたがっていましたし、やってくるのでは?」
「まぁ、彼らが来るとにぎやかでいいけど」
「聖女様は、随分と彼らに好かれましたな」
領主様は本を読んでいる。
彼はこの揺れの中で、本を読んでも酔わない人なのだ。
正直羨ましい。
「どこが気に入られたのか、解らないのですけど……」
「やはり、聖女様のお人柄でございましょう」
領主はそう言って微笑むのだけど――ええ~?
自分で言うのもなんだけど、あまり上等な人間じゃないんだけどなぁ。
玉キックするし。
聖女が玉キックするとか、聖なる存在として夢見ている人たちが知ったらどんな顔をするだろうか。
途中に休みを入れて、馬に飼葉や水を与える。
相手は動物だ。
車のように走り続けることはできない。
それでも、なにごともなく馬車列は野営地に到着した。
今日の野営地は、少々大きな村の近く。
よくある街道沿いの村なのだが、野営地を訪れる客がいるということで、それを目当てにしている商店や宿屋などもある。
村の入口には、胸元を出したワンピースの女たちが手を振っている。
客引きだろう。
普通の宿屋か、それともいかがわしい宿屋か。
こういう所に、食堂だけとか飲み屋だけというのはないという。
宿屋と一緒になっているのが普通みたい。
私たちの馬車も停車すると、宿泊の準備を始めた。
騎士たちはテントを張り、メイドたちは食事の準備をする。
ハーピーたちが来るかもしれないので、多めにお願いした。
残っても魔法の袋の中で保存するか、メイドや執事たちの食事になる。
馬車を操っている御者もいるしね。
執事は商店を巡り物資を仕入れる。
彼らに話を聞くと、相手が貴族だと解るとふっかけられることが多いという。
いつものように騎士たちがテントを張っているのだが、なんだか機嫌がよくウキウキしているのがわかる。
「にゃー」
「ああ、なるほど……」
ラレータで羽根を伸ばせなかったので、ここでそれをするみたい。
保存食ではない食事をして、やることをやったりするのだろう。
別にそれを責めるつもりはない。
男の人というのはそういうものだし、大変な仕事でストレスも溜まるだろう。
彼らが元気じゃないと、仕事に支障が出てしまうわけで。
「まったく男の人って……」
メイドたちは不満気な顔をしているが、彼らを責めるのは酷だろう。
「にゃー」
「君も行ってきていいのよ?」
「にゃ」
ヤミは、ラレータで楽しんできたようだ。
ちゃっかりしている。
それに付き合わされたルクスも少々気の毒だ。
個人的には彼のことはもう許してあげてもいいと思うのだが、ヤミは王都まで魔法を解かないようだ。
ルクスも文句も言わず従っている。
彼にどんな心境の変化があったかは謎だ。
テントの設置が終わった騎士たちは、鎧を脱ぐと村の方へと喜び勇んで走っていった。
その数は5人――護衛で同行している騎士の半分だ。
中には団長の姿も見える。
彼は食事だけだろうか? 男のやることは理解できると言いつつ――やっぱり親しい人にそういうことをされるとモヤモヤが残る。
平地の野営地なので魔物も出ないし襲われることもない。
ただ、野盗やらこそ泥はいるので、無警戒というわけにはいかない。
まぁ騎士団ががっちりとガードして、魔導師までいるのに襲ってくる連中はいないと思うが……。
食事の準備はまだみたいなので、残っている騎士の所に行く。
ヴェスタが残っているようだ。
「ヴェスタ様、ああいう所での食事の順番などはどうやって決めているのですか?」
私は村の入口を指した。
「班分けをしてあるのです。私かジュン様、どちらかが残るようになっています」
「そうですか……」
そういえば、私が聖女と呼ばれるようになってから、彼とあまり話さなくなってしまったような……。
前は魔女と騎士という身分だったが、今は聖女となった私は身分が上らしいし。
聖女は国王と同じぐらいの身分と言われたが、あくまで便宜的なものだろう。
異世界からやって来たわけわからん女が、いきなり国王と同じ身分と言われても、納得できない者もいるはず。
実際に、教団などは聖女を嫌っているという話だし。
ただ国民的には人気がありそうなので、それを利用したいという連中もいるだろうなぁ。
ああ、面倒くさい。
焚き火を燃やしているヴェスタの横に座ると、小声で話す。
それを察したのか、残った騎士たちもちょっと離れてくれた。
基本的には、いい人たちなのだが。
「ヴェスタ様は、ああいう所にはいかないのですか?」
私は村の入口にいる女を指した。
「いえ、私は……」
彼は私を見て顔を赤くする。
私のどこが気に入ったのか不明とはいえ、別に後生大事に貞操を守っているわけではない。
ただ単にその機会がいままでなかっただけ。
初めての相手が金髪美少年――やっとそのときが来たかと思えば、今の私は聖女という立場になってしまった。
「ヴェスタ様のお気持ちは理解しているつもりなのですが、私は聖女などという身分になってしまい、あなた様の想いには応えられそうにないのですが……」
「なにをおっしゃるのですか! わ、私が勝手に想っているだけですので……」
勢いよく立ち上がった彼だが、語尾はしぼんでしまった。
「まぁ、聖女の力はいずれなくなるそうですから、そのときには森に帰るつもりですが」
「待ちます! そのときまで!」
彼は拳を握って力説している。
そこにヤミがやって来た。
「にゃー」
面白いことを話していると、ちゃちゃを入れるのだ。
「うるさい……」
「ふんす!」
ヴェスタの鼻息が聞こえてくる。
「あの……もし10年とかだったら、私は40近いんですよ?」
「構いません!」
こんなことを言われるなんて女冥利に尽きると言いたいのだが、今が盛の美少年の人生を縛っていいものなのだろうか?
私にそんな価値があるのか?
そりゃまぁ、純潔を守りゃいいだけなら、いくらでもできることはあるんですけどねぇ。
――とはいうものの、聖女とか言われる人間が、そんなことしてもいいものなのか。
非常に悩む。
「それじゃ、そのときにヴェスタ様のお気持ちが変わらなかったら――ということで……」
「変わらないです! 変わるはずがないです!」
どうかな~? 若くて綺麗な娘がいたら、そっちにいっちゃいそうだけど……。
ちょっと心配だし、本当にそうなったら悲しい。
ヴェスタと話していたら周りが騒々しい。
皆が夕空を見上げている。
なにかと思ったら、白い翼が地面スレスレに滑り込んできた。
ハーピーたちだ。
今日は2人。モモちゃんと、黒い髪のナナちゃんだと思う。
「ノバラ!」
私に抱きつくモモちゃんを見て、ヴェスタが悔しそうな顔をしている。
「ノバラ!」
もうひとりは、やっぱりナナちゃんだった。
彼女も私に抱きついてきたのだが、倒れそうになる。
ハーピーは10kgぐらいしかないとはいえ、さすがに2人は重たい。
大きさは人間の子どもぐらいあるし、大きな翼を持っているので重そうに見えるのだが、びっくりするぐらいに軽い。
中身は本当に詰まっているのだろうか。
「本当に、パンの作りかたを習いにきたの?」
「来たぞ!」「来たよ!」
彼らから、お土産の果物をもらう。
見たこともないものもある。
森の奥深くになっているものなのだろう。
これは貴重品だ。
パン作りの前に食事をしなければ。
メイドさんたちを見ると食事もできあがったらしい。
騎士たちが作ってくれたテントの中に入ると、ククナがベッドに座っていた。
「ほらお姉さま。やっぱりハーピーたちは来たでしょ?」
「そうね」
私たちが食べているパンが、よほど気に入ったらしい。
ここで食べているのは街で購入したパンなのだが、焼き立てのパンを食べたら、もっと驚くかもしれない。
食事が終わったら、ハーピーたちが持ってきてくれた果物をデザートに食べてみる。
ブドウのように大きな房になっているのだが、表皮は硬くてキーウイみたい。
ナイフで皮を剥いて食べてみる。
甘酸っぱくて香りも凄くいい。
キーウイというよりは、ブドウに近い感じ。
中に種が入っているので、これを植えれば栽培できるかもしれない。
種を取っておくことにした。
「ノバラ! パン!」
ハーピーたちは待ちきれない様子だ。
そのためにやってきたのだから仕方ないか。
パン作りのレクチャーを始める。
一緒にククナもパン種作りに加わるらしい。
そのうえ、メイドさんたちも集まってきた。
「メイドさんたちも?」
「はい、ククナ様から、聖女様が作るパンは柔らかくて美味しいとお聞きしましたので」
「いいよ~、それじゃ注目~」
地面に敷かれた敷物の上に、ハーピーたちとククナが座っている。
メイドたちはその後ろ。
「やったぁ!」
ククナがはしゃいでいる。
魔導師になるのに、パン作りは必要なのかなぁ?
「まずは蓋が閉まる容れ物を用意します。透明な瓶がいいわね」
「カメとか壺とかは駄目なのでしょうか?」
後ろのメイドから質問がきた。
「なんでもいいんだけど――中がどうなっているか解るから、透明なほうがいいかな~」
次に熱湯での消毒の説明をする。
これは非常に大事で雑菌が入ったら即アウト。
「それがよくわからない!」
ハーピーたちもそうだが、この世界の人間たちに菌と言っても解らないだろう。
「そうねぇ。パンを膨らます妖精みたいのがいるのよ。でも、他の妖精が混じってしまうと上手くいかなくなってしまうので、綺麗に洗うのが大事なのね」
多分、洗浄の魔法でもイケると思う。
容れ物が綺麗になったら、リンカーの皮を剥いてその中に入れる。
実も一緒にぶつ切りで投入。
前と同じ作り方だが、私はこれしか知らない。
「「へぇ~」」
ハーピーたちが食い入るように透明な瓶を見ている。
「このまま数日経つと、ブクブクと泡が立ってくるから。完全に密封すると瓶が破裂しちゃうので、蓋を少し開けてね」
「あの~聖女様……」
後ろのメイドが手を挙げた。
「なぁに?」
「それって果実酒の作り方と同じなのでは……」
「そうかも――でも、お酒じゃなくて、ブクブク溜まってくる白いものがパン種になるんだけど」
「それじゃお姉さま、それがパンを柔らかくしてくれるの?」
「そうよ」
「そうなんだ」
ククナも興味深そうに瓶を見つめている。
「あと――そう! これは生きているので魔法の袋に入れちゃだめよ? 死んでしまって使えなくなってしまうから」
「それも、お酒と同じですね。作っている最中に魔法の袋に入れると、酒が死んでしまうと聞きました……」
「そうなの」
教えることはこれぐらいだ。
なん回か作ってみれば、やり方が解るだろう。
メイドたちは大丈夫だと思うが――ハーピーたちは理解できただろうか。
かなり知能は高そうだし、すぐに再現できると思うのだが。
ハーピーたちは透明な瓶を手にいれるのが難しそうなので、私が持っているのをそのままプレゼントすることにした。
彼らも僅かながら商人と取引をしているようなので、そのうちに手に入れることができると思う。
「ノバラ、これってどのぐらいでパンが作れる?」
「そうねぇ、1週間ぐらいかしら……」
「結構かかる……」
ハーピーたちが、少ししょんぼりしてしまった。
そうねぇ、この世界には魔法という便利なものがあるので、なんとかならないかな?
「ヤミ」
「にゃー」
彼は、そんな魔法を知らないという。
私はアルルを呼んでみた。
「お呼びでございましょうか、聖女様」
「ちょっと魔法で聞きたいことがあってね」
「はい、なんなりと」
「お酒を作ったりするときに、早回しする魔法――そんな魔法はない?」
「……そのような魔法は……申し訳ございません。王宮魔導師のレオス様あたりなら、ご存知かもしれませんが……」
ククナの話に出てきた、魔法の超天才って人ね。
まぁ、お酒ができるのが菌による発酵だというのも解っていないのだから、それに関する魔法もないのかもしれない。
正当な魔法にないとなると、魔女の魔法にもないのかな?
先輩からもらった本の中には、そういう類の魔法は見当たらなかった。
「そう、ありがとう」
う~ん、なにかいい方法は……。
私はしばらく考えた。
「あ、そうだ」
もしかして聖女の力で癒やせばいいんじゃない?
怪我をしても治癒を加速できるってことは、発酵も加速できるかも。
通常より元気になるってことだし。
とりあえず、やってみるか。
「あの、聖女さま?」
考え込む私を、アルルが覗き込んでいる。
「アルル、ちょっとお願い」
「なんでしょう?」
「力を使うから、意識を失ったら支えて」
「は、はい」
「天にまします神よ、この瓶の中に祝福を与え給え」
「……!」
我に返った。
「聖女様?」
「どのぐらいたった?」
「ほんの僅かな時間です」
このぐらいなら意識をなくすこともないみたいね。
それはさておき、瓶の中を覗いてみると白い泡がブクブクと出ている。
「あ、上手くいったかも?」
「本当? お姉さま」
「多分」
聖女の力を使うと雑菌が入らないとか?
それは便利だけど、ちょっとインチキすぎてお手本にならないかも。
「なんだ~!? ノバラ、それって魔法か?!」
「魔法じゃなくて、私のすごい力ってやつね」
「すごいぞノバラ!」
彼が抱きついてきたので、金髪をなでなでしてあげる。
「モモちゃん、それよりパンを作らないと」
「そうか! パンだな! それで作れるのか?!」
「初めてやってみたので、これで上手くいくか解らないけどやってみましょう」
メイドさんにお願いして、パン生地を作ってもらう。
水を入れて小麦粉を練るまでは同じだし、ハーピーたちの作りかたも変わらない。
子爵邸で使っているパン種は、業者から仕入れているものを使っているようだ。
いつも固いのは作り方が違うのか、それともパン種が違うのか。
冷蔵庫もない世界なので、固いパンのほうが保存が利いていいのかもしれないが。
パン生地を捏ねてもらって、そこにパン種を入れる。
再び捏ねて、1次発酵と2次発酵――窯がないので、鍋に入れた生地が倍に膨れ上がる。
「なんだ?! 凄く膨らんだぞ?!」
膨らんだパン生地を見たハーピーたちが、鍋の周りをぴょんぴょんと跳ねている――可愛い。
「これを焼くと、フワフワのパンになるのよ」
「本当か?! まるで魔法だ!」
「魔法じゃなくて、誰でもできるから大丈夫。さっそく焼いてみましょう」
「焼こう!」「焼こう!」
ハーピーたちはまるで子どものように喜んでいる。
これで大人だというのだが、行動が子どもなので私も子どものように接してしまう。
パン生地が入った鍋を外に持ち出すと、メイドたちが作ったカマドにかけた。
いったいなにをするのかと、執事や御者たちも集まってくる。
「ノバラ! これでパンが焼けるのか?!」
「ええ、ここまできたら失敗はしないと思うけどね」
15分もすると、香ばしいにおいが辺りに漂い始める。
メイドたちがパンを切るためのテーブルを用意した。
「なんだ?」「なんだ?」
私たちが集まってワイワイやっているので、居残っている騎士たちも集まってきた。
「どうしたんだ?」
これだけ集まってくれば、なにごとかとテントから領主も出てきた。
パンに興味がないヤミとルクスは、ちょっと離れた所で静観している。
「そろそろいいんじゃない?」
「はい」
メイドが蓋を開けると、一気にパンのにおいが辺りに広がった。
「「ふわぁぁ! 膨らんだパンだ!」」
ハーピーたちの目が輝く。
「ククナ様は、私のパンを食べたことがありますよね」
「ええ、お姉さまのパンはとても美味しいわ!」
「ありがとうございます――それじゃ、あちあち!」
熱くて鍋に触ることができない。
「お任せください!」
メイドの1人が、濡れた拭き布で鍋の耳を掴み、テーブルに置かれたまな板の上にひっくり返した。
「まずは領主様よね」
「よろしいのですかな?」
遠慮しているのだが、ここで一番偉い方を差し置いて手は出せない。
「食事のあとなのですけど……」
「少しいただこう」
メイドにパンの欠片を切り分けてもらい、領主がそれを口に運んだ。
「こ、これは美味い……」
好評のようなので、私も食べてみた。
砂糖が入っていないので塩味のパンなのだが、小麦のほんのりとした甘さもある。
「俺も食べるぞ!」「私も!」
次はククナ様なのだが、彼女が順番を譲ってくれたのでハーピーたちにパンをあげた。
「ふわぁぁぁ! なんだこれ!」「ぱくぱく!」
モモちゃんは放心して、ナナちゃんは無言でパンを頬張っている。
「ふふ、パンよ」
「俺たちも、こんなパンを作れるようになるのか?」
「ええ、さっき教えたとおりにやればね。でも、今回は私の力を使ってしまったけど、時間が少々かかるけど」
「解った!」
モモちゃんもパンを食べ始めた。
さっき夕食を食べたはずなのだが、黙々と食べている。
美味しいのだろうか。
「食べたい人は食べてもいいわよ」
私の言葉に、メイドが希望者にパンを切り分けた。
「おお! これは?!」「美味い!」
騎士の面々も声をあげている。
「ヴェスタ様も、私のパンは食べましたよね」
「はい。とても美味しいパンでした」
「うわぁ!」
アルルも、私のパンの欠片を食べたようだ。
「聖女様! さっきと同じ方法を使えば、私たちメイドにも同じパンが作れるということですよね?」
「そのとおりよ」
「この旅の間に、このパンの作りかたを習得してみせます!」
メイドたちが、ふんす! と気合を入れている。
いつも固いパンだったが、柔らかいパンが出てくるのだろうか。
パン種は私の力を少々分けてあげれば、簡単にできることが解ったし。
「ノバラ~!」
モモちゃんが、私に抱きついてきた。
「あ、モモずるい! 私も~!」
ナナちゃんも、私の所にジャンプしてくる。
「ちょ、ちょっと2人は重い~」
2人でキスをしてくるのだが――ふと、ヴェスタのほうを見れば、ぐぬぬな顔をしている。
「あ! またあいつが、ノバラを独り占めしようとしてる!」
ハーピーに指摘されて彼が横を向いたのだが、それを見た騎士の男たちが、ニヤニヤ笑っている。
「もう、喧嘩しないでね?」
「俺はしない」
――とか言いつつ、モモちゃんとナナちゃんは私に抱きついたまま。
「今日作ったパン種は、モモちゃんにあげるから、あれでパンを作ってみて?」
「うん、解った」
「あのパン種がなくなる頃に、新しいものができると思うから」
「やってみる! リンカーを使うんだな!」
「そう。上手くいったら他の木の実でもできるかもしれないわ」
「そうなのか?」
「ええ、多分」
要は酵母菌がいれば、なんでもいいのだ。
それにしても、聖女の力で発酵も早めることができるなんて、これは収穫だったかも。
植物の病気を治すことができるのなら、成長を早めることもできないかしら?
「アルル」
彼女もパンを食べたのだが、一欠片だったので物足りなさそうな顔をしている。
「はい、なんでしょう?」
「植物の成長を早める魔法ってないの?」
「それはありますよ。成長促進ですね」
「あるんだ。それで畑一面の作物を一気に成長させたり?」
「いいえ、せいぜい鉢植えの植物ですねぇ」
あら~、あんまり役にたたなさそう。
薬草の栽培とかに使えそうかと思ったのに。
でも、聖女の力ならいけるかもしれないから、機会があれば試してみようっと。





