4話 火が点くと色々とできる
猫の顔をしている獣人という種族の男の子と知り合いになった。
彼が火の点けかたを教えてくれるという。
実演してくれると、見事にカマドに火が入った。
凄い! 火打ち石で火が点けられるんだ。
当たり前と言えば当たり前なのだが、こんなことを初めて見た私は感激した。
我ながらアホだと思う。
可愛い猫が立って、火打ち石で火を点けている。
こんな光景をスマホで撮ったら、ネットでバズるのは間違いない。
スマホがないのが悔やまれる。
せっかく火が点いたので、料理をしようと思う。
畑に芋が沢山あるので芋煮にしようか。
醤油があればいいが、味付けは塩しかない。
「ニャルラトもご飯食べてないでしょ?」
「うん――それじゃ、俺は鳥を獲ってきていい?」
彼が嬉しいことを言い出した。
「え?! 鳥? 鳥って獲れるの?!」
「俺は、罠猟が得意だよ」
「やった! それじゃ鳥肉と芋のスープにしよう!」
「解った!」
「あまり遠くに行かないでね?」
「大丈夫だよ」
自慢の鼻が利かないようだが、ご飯を食べたら図鑑から鼻に効く薬草を探してみよう。
ニャルラトが狩りに出かけた。
火を起こせるようになっただけで、こんなに違うなんて。
これで薬草を煮出したりもできるし、煮沸すれば水の危険もなくなる。
私もあの綿毛を探してこようっと。
芋と人参を掘ってくると水で洗い、皮を剥く。
ピーラーがあれば簡単だが、そんなものはない。
地道に皮を剥く。
剥き終わったら、水が入った鍋の中にぶち込んだ。
野菜は水から煮ないと、生煮えになってしまう。
鼻歌を歌っていると、ニャルラトが帰ってきた。
「ノバラ! 獲ってきたぜ!」
「ありがとう!」
彼が持ってきた鳥は、羽が抜かれてすでに肉になっていた。
大きさは鳩よりひとまわり小さい。
「すこしカマドを使うよ」
「どうするの?」
「抜き残した羽を焼くんだよ」
「へぇ~、ニャルラトは、鳥を捌くのもできるのね?」
「ノバラはできないのか?」
「うん」
「しょうがねぇ、俺が教えてやるよ」
「ありがとう! ん~!」
再び、彼を抱えあげる。
ふわふわなので、抱き心地がいいのだ。
「やめろぉ!」
「ごめん」
今度はすぐに降ろした。
料理中だし。
料理は鳥の水炊き風にしようか。
味付けは塩――それしかないし。
野菜が煮えた鍋の中に、ぶつ切りの鳥をぶち込む。
骨からもいいダシが出るだろう。
クツクツと煮ていくと、いいにおいが台所に充満する。
アクが出るので掬っていくが、木のスプーンしかないから難しい。
カマドの難点は、火力調節が簡単にできないことか。
消してしまうと点けるのが大変だし。
火の点けかたは解ったので、あとは練習あるのみってやつね。
小皿を使ってちょっと味見……いいダシが出ている。
これにラーメンをぶち込みたい。
あとはパンが欲しいのだが――ないので、小麦粉を練ってナン風にするか。
小麦粉は多分、全粒粉だろう。
のし棒はあったのだが、のし台がない――そういえば!
屋根裏部屋に上がる隠し階段の下に、丸い板のようなものがあったような……。
暗い隅っこに置いてあった重たいそれを担いでくると、テーブルの上に載せた。
真ん中が凹んだ、大きな皿のような形をしているので、そこに小麦粉と水を入れてこね始めた。
こねたら、ちぎってのし棒で伸ばしていく。
「ノバラ、料理上手そうだな……」
「仕事が忙しくて、全然料理できなかったけど、料理は好きよ」
「そんな歳で独り者みたいだから、なにか大問題があるのかと思ったよ」
「ひど!」
そんな歳って、元世界じゃ独身は珍しくなかったのだが、ここでは違うのだろうか?
「ニャルラトの村では、なん歳ぐらいになったら結婚するの?」
「なん歳って解らないけど、俺ももうちょっと大きくなったら結婚する」
「え?! そうなの?!」
「そうだよ」
話を聞くとめちゃくちゃ早婚らしい。
そりゃ、私の歳まで独身ってことはいき遅れってことになるのか。
他の人に会っても、似たようなことを言われるのを覚悟しておかないと駄目ね。
ちょっとショック。
話を聞いてみると、彼らは文字も読めないし書けないようで、数字も数えられない。
それゆえ、自分がなん歳かも正確には解らないらしい。
「私は、好きで結婚していないんだからね」
「もらい手がないなら、俺がもらってやるよ」
彼が恥ずかしそうに横を向く。
マセガキのセリフでも、それなりに嬉しい。
「へへへ、ありがと。でも大丈夫よ」
ニャルラトが、私が作るナンもどきを見ている。
「俺たちがパンを作ると毛だらけになっちゃうから、作れないんだよな……」
「そうなんだ。村に普通の人はいないの?」
「只人の女と一緒になったやつはいる……」
どうやら、普通の人間は只人という名称らしい。
「じゃあ、その家ではパンを焼いているんだ」
「うん」
「このカマドでパンを焼けるかなぁ……その前に種(酵母菌)がいるけど」
ブドウかりんごがあれば、皮から酵母菌を取ることはできる。
森の中になっていないだろうか?
本棚にある図鑑で、果物についても調べなくてはならない。
覚えることが多すぎるが、このサバイバルを生き抜かないと、ここで生活をするなんてできないし。
鍋をカマドから降ろして、フライパンを使ってナンを焼いていく。
フライパンもどう見ても手作り品でボコボコしている。
ここには工業製品なんてものはないのだろう。
焼き上がったものから皿に移した。
「先に食べてていいよ~」
木の深皿を出して、ニャルラトにスープを盛ってやった。
「いいのか?」
「もちろん。焼き上がったら、私も食べるし」
彼がスープとナンを食べ始めた。
多分、腹が減っていたのだろうと思われ、がっついている。
「美味しい――と思う」
「なんでちょっと疑問形?」
「鼻が詰まってなけりゃ、もっと美味いと思うから」
「ああ! ご飯を食べ終わったら、君の鼻に効く薬を調べてあげるよ」
まぁねぇ、鼻を摘んで食べたら味が解らないし。
人間より鼻がいいという獣人なら、なおさらそう感じるのかもしれない。
「魔女の見習いなのに、大丈夫なのか?」
「そんな、危険な薬なんて使わないから大丈夫よ」
彼の話では、ある程度の病気や怪我の治療を早めることができる、回復薬なるものがあるらしい。
「ここにも、それがあればよかったんだけどねぇ」
「魔女の婆さんも回復薬を作ってると聞いてたけど、そんな高いものを使えねぇよ」
どうやら作るのが大変で、ものすごく高価なものらしい。
使えるのは金持ちや王侯貴族、あと軍人だけのようだ。
要は、予算や金が潤沢じゃないと使えない薬ってことになる。
高価だが、そんなものがあるならすごく便利だ。
是非とも作ってみたい。
そのレシピも本棚にないかな? ――と思うが、そういうものは秘伝のようなもので、一子相伝で受け継がれるようにも思えるが。
私も椅子に座って料理を食べてみる。
お芋は、もちもちした里芋みたいな感じで、なかなか美味しい。
人参は少々アクが強い感じ。
子どもは嫌がるかもしれないが、ニャルラトは普通に食べている。
好き嫌いしていたら暮らせない世界なのかもしれない。
鳥肉も臭みもなく普通に美味しい。
ブロイラーのように脂が浮くこともなく、肉は少々固いが味がある。
「にゃー」
私が食べ始めたので、猫がやってきた。
こちらを見上げて、なにやら言っている。
世話をしてやっているのだから、分前をよこせというのだろう。
「骨から外して上げるから、ちょっと待っててね」
鳥の骨は細く割れるために、喉に刺さったりして危険だ。
小皿に鳥肉を寄せて床に置くと、美味しそうに彼が食べ始めた。
彼も普段から狩りをして鳥などを獲って食べているはずだから、余計な世話かもしれないが。
我ながら料理は中々美味しいのだが、味付けが塩だけってのは少々厳しい。
ワインぐらいはあるのだろうから、ビネガーはあるのではないだろうか?
酢と油があればドレッシングも作れるし。
「ニャルラト、村にワインはあるよね?」
「大人たちが飲んでる」
やっぱりあるんだ。
生水は飲めないので、食事のときにはワインを飲むのが普通らしい。
「火を点けたときに使った綿毛には油が含まれているって言ってたよね?」
「ああ」
「それから油って採れる?」
「採れるけど、結構大変だぜ?」
別にテンプラやら唐揚げを作ろうというんじゃないんだ。
ドレッシング用に少々あればいい。
そのうち挑戦してみよう。
この世界にやってきて、やっと普通の食事をしたって感じだ。
材料があれば、なんとかなるもんだ――と、我ながら思うが、この分だと日本食は望めそうにない。
ホームシックにかかりそうだが、ここでなんとか生きていくしかない。
もしも帰れるかもしれないと解ったら?
そのときは、そのときに考えよう。
唯一救いがあるとすれば、私も一応田舎の人間だから、田舎ぐらしが大変だってことぐらいは知っているってことか。
子供のころに、小遣いを稼ぐために農家の手伝いをしたこともある。
まぁ、今どきの農家はほとんどが機械化されていて、機械の上に乗って作業するとかそんな感じなのだが……。
さて、食事が終わったら片付けだ。
ここでも、ニャルラトに質問をしてみる。
「食器を洗ったりすると思うんだけど、村ではどうやってるの?」
「はぁ? カマドの灰を使ってるけど……」
「ああ! なるほどね! 灰ってアルカリだから」
油汚れが落ちるってわけだ。
それじゃ洗濯もそれでできるってことだな。
「魔女なんだから、魔法で綺麗にすればいいだろ?」
「え? そういうこともできるの?!」
「……」
私の素っ頓狂な返答に、ニャルラトが複雑な顔をしている。
だって、なにも知らないんだから仕方ないでしょ。
どうやら、洗浄をするための魔法があるらしい。
それは便利だ。
是非とも覚えられるなら覚えないと。
その前に、私が魔法を使えるかどうかって大きな問題があるのだが。
大きなボウルに灰を入れて、食器をこすると――本当によく落ちる。
ちょっと、皮膚がぬるぬるするのが気になるが。
汚いよりはいいだろう。
「ニャルラト、なにもすることがないから、ゆっくりしてていいよ」
「畑の草むしりは?」
「まぁ、そのうちにやるよ」
「俺がやろうか?」
「本当? それじゃ、できるところだけでいいよ」
「なにもすることがないからな」
「それじゃ、洗いものが終わったら、君の鼻に効く薬を探してあげる」
「解った……」
ニャルラトが、外に出ていった。
彼から言い出すってことは、普段からそういうことをやっているのかもしれない。
そうなると私より先輩だ。
洗い物をしながら考える――いろんな薬を作っていた割には、そのための道具が見当たらないのよねぇ。
窓ガラスがあるのだから、実験のときに使うビーカーや試験管みたいなものがあってもおかしくないと思うのだけど……。
すすいだ水は、堆肥の所に持っていって撒く。
すべてが貴重な栄養源になる。
灰そのものも肥料になるというし。
無駄を出さずに、すべて使う――これって、曾祖母さんのときには私の地元でもやっていたことなんだよねぇ。
お婆ちゃんがそんなこと言ってたし。
ああ、私が行方不明になってお婆ちゃんも心配しているだろうなぁ。
親不孝に続き、お婆ちゃん不幸で大変申し訳なく思うが、自分の意思でこの世界に来たわけじゃないしなぁ……。
いや――もう、あんな会社辞めてやるって言ったけどさぁ。
まさか、違う世界に来るなんて思わないじゃない。
洗いものが終わった。
ついでに洗濯をしてしまおう。
――といっても、替えの服はないので下着だけ洗う。
寝室に戻って下着を脱ぐと裏庭に行き、小屋で見つけたタライでチャプチャプと洗う。
「なにやってんだ?」
「きゃぁ!」
不意に声をかけられて飛び上がった。
「洗濯よ洗濯! 下着だから見ちゃだめ!」
「下着? 下着ってなんだ?」
彼が不思議そうな顔をしている。
「ええ? 服の下につけるものだけど……」
「そんなの初めて見た」
どうやら、この世界に下着はないらしい……。
「街にいる人も穿いてない?」
「聞いたことがないなぁ……」
「う~ん」
ここは、郷に入れば郷に従えで、私もノーブラノーパンでいくかぁ?
それに、ブラなんて必要ない胸だし……トホホ。
洗うだけ洗って、物干し竿に引っ掛けておいた。
洗濯の魔法があるって話だったけど、ここに住んでいたお婆さんはどうしていたのかな?
物干しがあるってことは、洗濯もしていたことになると思うけど……。
洗いものが終わったので、私はニャルラトの鼻の薬を見つけることにしよう。
彼は、畑で草むしりをしてくれている。
働きものだ。
寝室に入ると、本棚の図鑑を漁る。
私の腹痛を治してくれた薬草の本がいいだろう。
症状別に索引などがあればいいのだろうが、そんなものはない。
時間を見つけて私がやるしかないってことだろう。
苦労は、すべてが私の糧になるのだから。
「これなんかどうだろう」
鼻詰まりに効くと書いてある。
薬草を煮出して、鼻うがいをするらしい。
細い葉っぱが列をなしている植物のようだが、天井からぶら下がっている中にあるだろうか?
図鑑を片手に片っぱしから見ていく。
「あ、これっぽい」
細長い葉っぱを3枚ほどちぎり、鍋に水を入れてカマドにかける。
火を点けるわけだが、私にできるだろうか?
ニャルラトのマネをして、木を薄く削り白い綿毛を置く。
火打ち石でカチカチと火花を散らすと、すぐに白煙が上がり始めた。
「やった!」
慌てて、フーフーと風を送ることを10回ほど。
赤い炎が上がった。
「凄い! こんなので火が点けられるなんて!」
これで、ニャルラトがいなくても料理に困ることもない。
彼に感謝だ。
この薬で、彼の鼻詰まりが治ればいいのだが。
喜んでいると、鍋の中には色がついてきたような気がする。
鍋の色が黒なのでよく解らないのだ。
少し小皿に取ってみると、飴色になっていたので鍋をカマドから降ろした。
火を点けるのが大変だと消すのがもったいないのだが、仕方なく消す。
あの白いふわふわも探してこないとね。
しばらく冷ませば完成だ。
できたはいいが、本当に素人療法でいいものなのだろうか。
まずは自分で試してみたほうがいいだろう。
そのまま鼻うがいをすると鼻が痛くなるので、塩を入れてやってみることにした。
カップに薬を入れて鼻から入れて口から出す。
慣れないと結構難しいが、私は花粉症でこれをいつもやっているので慣れっこだ。
薬っぽいにおいはするが、変な刺激もないし問題なさそう。
これなら大丈夫か。
準備ができたので、ニャルラトを呼びに行った。
「薬の準備ができたよ~」
「本当に大丈夫なのか?」
「まぁ、私もやってみたけど問題なかったよ」
「……」
彼が心配そうな顔をしているが、とりあえず治療をする方法はこれしかない。
鼻が治らないと、彼は村に帰れないのだ。
私もその村が、どこにあるか知らないし。
そこを知っている人が、偶然にここを尋ねて来てくれればいいのだろうが、それはちょっと他力本願すぎる。
ニャルラトを家のテーブルにつかせた。
「この茶色の薬で鼻うがいをするんだよ。こう、鼻から入れて口から出す」
ちょっと実演して見せてやる。
「村の大人がやっているのを見たことがある……」
人間より鼻が長いので、鼻うがいができるか心配だったのだが、大人がやっているということは普通に行われている治療なのだろう。
「慣れないとちょっと難しいかもしれないけど」
「やってみる」
薬が入っているカップを鼻に当てて、なん回かむせたりしていたのだが、上手くできているようだ。
「それで、ちょっと様子を見てみよう」
「うん――とりあえず、鼻は通った」
「しばらくして、また鼻がつまるようだったら、もう1回やろう」
「うん、ありがと……」
可愛いので抱きしめたくなるのだが、自重しろ――私。
そのあとは、夕方までニャルラトが畑の草むしりをやってくれた。
薄暗くなる頃、昼間の鍋に小麦粉を薄く延ばしたものを投入して煮込む。
スイトンである。
ニャルラトが戻ってきたので夕飯にしたいが、食卓はもう暗い。
ランプを使えればいいのだが……。
「ねぇ、ニャルラト。ランプの使い方って解る?」
「それって魔法のランプだろ?」
「そうみたいね」
前の手順で分解して、中の黒い石を取り出した。
彼は私に構わずスイトンを食べ始めている。
「美味しい……」
「こういうのを煮込んだりして食べたことない?」
「ないかも……」
これだと麺類もなさそうね。
それよりランプだ。
「ニャルラト、暗くない?」
「獣人は暗闇でも目が見えるから……」
「そうなんだ!」
猫って暗闇でも見えるから、彼らも見えても不思議じゃない。
あ、そういう彼は?
黒猫のことを考えていると、テーブルの下から鳴き声が聞こえた。
「にゃー」
「あっと、肉は昼間に食べちゃったから、ないのよ」
「にゃ」
肉がないと食いたくないのだろうか?
プイと後ろを向くと、寝室のほうに行ってしまった。
「それで、ランプ!」
「はぐはぐ……その黒いのが魔石だろ」
「魔石? それでこれをどうするの?」
「魔石に魔力を注ぎ込むと、それが使えるようになるから」
「え~? それってどうやって入れるの?」
「俺は魔法は使えないから、解らないよ」
とにもかくにも、黒い石に魔力を込めればいろんなことに使えるようになるらしい。
「他にもこれで動く道具とかがあるの?」
「あるよ。コンロなんかもある」
「え? コンロ?! コンロって、鍋を載せてお湯を沸かしたりするやつでしょ?」
「そうだよ。でも高いぞ?」
彼の話では金貨が必要になるらしい。
金貨が実際にどのぐらいの価値があるのか不明なので、現段階では元世界の貨幣との換算が不可能だ。
はぁ~魔石か~。
次は、こいつをなんとかしなくては。





