39話 白い翼
私が住んでいた街を出て、王都に向けて出発した。
順調に進んでいたと思われたのだが、最初の宿泊地に到着する手前で魔物に襲われた。
小さな小鬼のようなゴブリンという魔物だ。
個々はあまり強い魔物ではないのだが、群れをなして襲ってくるので危険らしい。
騎士団の頑張りと、聖女の奇跡で敵を退けた。
私の力で魔物を癒やすと、それがダメージになるらしい。
たとえば怪我をした黒狼の子どもを拾ったりしても、聖女の力では癒せないということになる。
魔物に対して強力な武器になると思われるが、マイナスな点もある。
力を使うとグチャグチャの肉塊になってしまうので、毛皮やら牙やら角やらが、ゲットできなくなるのだ。
魔物の素材は価値のあるものもあるので、使い分けねばならない。
襲ってきた敵を退けて宿泊地に到着したのだが――私は、森の中でなにやら動くものを発見した。
大木の影に隠れている白く大きな翼。
「にゃー」
「大きな鳥?」
私はランプで木の所を照らした。
「な、なんですか?!」
私の護衛についてきたアルルがビビっている。
「チチチ――」
私は手を出して、その白い翼に近づきはじめた。
チチチ――という言葉に意味はない。
相手がネコでも犬でも鳥でも、なぜか「チチチ――」というのだ。
動画サイトでも見たことがあるので、私だけが使うものでもないと思う。
「聖女様! お気をつけください!」
ヴェスタが剣を抜いたのだが、敵意は感じない。
多分、魔物ではないと思う。
確信はないので直感だけだが。
私が踏んだ木の枝が大きな音を立てると、白い翼がビクッと反応した。
当然ながら生物のようだ。
「大丈夫よ、私は敵じゃないから」
相手が動物なら言葉が通じるわけもないのだが、その言葉に反応したのか白い翼に反応があった。
木の影から、カタカタと震える白い顔がそっと覗く。
ちょっと目が鋭い金髪の美少年だ。
整えられていないボサボサヘアーに隠れ気味の青い目が怯えているのが解る。
それに顔色も凄く悪いように見えるのだが、病気か怪我だろうか?
「にゃー!」
「え?! 人間?! でも翼って……」
元世界の常識に当てはめることしかできない私は混乱した。
顔は金髪の男の子だが、翼が生えているのだ。
正確には、手の部分がまるごと翼になっている。
いや――鳥も構造的には同じだと思うのだが……。
「にゃー」
「ハーピー?! ハーピーって言うの?」
「……」
男の子がコクリとうなずいた。
「え?! もしかして言葉解る?!」
「……うん」
「本当?! びっくり! ああ、ごめんなさい。私たちは敵ではないわ! だから大丈夫よ」
相手が怯えているのに、私だけ興奮してペラペラと喋っている。
「……うん」
「すごーい! ハーピーなんて初めて観ましたぁ!」
アルルも目を輝かせて男の子を覗き込んでいる。
言葉が通じるってことは、人間だということか。
「ハーピーは、獣人ですよ」
ヴェスタが構えていた剣を鞘に収めた。
ネコの獣人たちがいるように、この世界には鳥の獣人がいるらしい。
それが、このハーピーという種族。
「にゃー」
ヤミの話では大変めずらしい種族で、高地や森の中に住み、ほとんど人前に現れることはないという。
「へぇ~そうなんだ。その珍しい君がどうしてここに?」
「……」
彼は黙っているのだが、なんだか今にも倒れそうだ。
左手――いや左翼か、動きがおかしい。
「ええ? 怪我をしているの?!」
「……」
男の子がうなずくと、その場に倒れ込んだ。
「大変!」
翼の部分に触れると、凄く熱をもっているようだ。
おそらく骨折だろうか。
かなり腫れていると思われるのだが、すぐに手を出そうとして私は思いとどまった。
倒れたことで、彼の身体がすべて現れたのだが、ほぼ全裸だったのだ。
太ももの途中から羽毛が生えており、その先は鳥の脚のよう。
足先は完全に黄色い鳥の足で、明かりに照らされた鋭い爪が見える。
鳥の足ってのは前が指3本で後ろが1本だが、彼は指が4本で後ろが1本。
そこは人っぽい。
一瞬躊躇した私だったが、すぐに彼を抱き寄せた。
私がしゃがんだので、ヤミが肩から降りる。
ハーピーの第一印象――軽い。
凄く軽い。
小学校高学年って感じだろうが、弟がそれぐらいの頃でも体重は20kgはあったはずだが、彼は10kgほどぐらいしかないかもしれない。
私の力でもヒョイと持ち上げることができた。
「アルル、ランプを持って」
「は、はい」
「聖女様、いかがなさるおつもりですか?」
ハーピーを抱えた私を、ヴェスタが見ている。
「怪我をしているんだから、治療しないと駄目でしょ」
「……承知いたしました」
彼は反対なのだろうか?
騎士としては、わけのわからないものを聖女に近づけたくない――ということなのかもしれないが。
私は、裸の男の子を抱きかかえると、キャンプに向けて走り出した。
そのあとをアルルがついてくる。
周りに、キャンプしている他の人たちがいるのだが、少々離れているので私がなにを抱えているのかは解らないだろう。
周囲の人たちには解らないが、私の仲間たちには解る。
得体のしれないものを抱えて戻ってきたので、皆が仰天している。
「せ、聖女様! それはいったいなんでございますか?!」
もちろんメイドたちも驚く。
「ハーピーだって! でも、怪我をしているの!」
彼を治療するために、寝かさないといけないが――どこかいい場所は……。
そう思っていると、騎士団によりすでにテントが張られていた。
なんと仕事の早い。
元世界の自衛隊のように、そういう訓練もするのだろうか?
領主とククナはすでにテントに中に入っているようだ。
私は団長の所に走った。
「ジュン様! このテントを使わせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんですが――聖女様が抱えていらっしゃるのは、もしかして――ハーピーですか?」
「そうみたいですが、怪我をしているようなので治療を施してやりたいのです」
「承知いたしました。中の備品もすでに整えております」
「ありがとうございます」
テントの中に入ると、ランプを中央の柱に引っ掛けさせた。
照らし出されたテントの中には大きなベッドが置かれている。
騎士団がベッドを用意していたのは知っていたが、こんなに立派なベッドだったとは。
端には小さな机と椅子もあるのだが、これも組み立て式らしい。
すごい。
私たちより先にヤミが入っていて、隅々をクンカクンカしている。
私は、ハーピーの男の子をベッドに寝かせたのだが、普通の人間のように脚が真っ直ぐにならず、立膝を立てているようになっている。
そもそも、こうやって寝ないのかもしれないし。
よく解らないが、とりあえず治療するしかないのだが、その前に――。
どうにも裸が気になるので毛布をかぶせる。
「ううう……」
男の子は苦しそうだ。
額に手を当てるとかなり熱が出ている。
折れたと思わる翼を触診してみた。
以前、鳥のデザインを使うときに翼の構造を調べたことがあるのだが、人間の腕と似たような構造になっている。
上腕――つまり肩と肘の間は骨が1本だが、肘から下の下腕は骨が2本。
掌をひっくり返すような動きをするために、捩れる構造になっているわけだ。
目の前の翼も同じ作りになっており、下腕の骨2本のうち1本が折れている。
これだと翼を自在に動かすことができないだろう。
癒やしの奇跡を使えば骨もつながるとは思うのだが、このままじゃ曲がってくっついてしまうかもしれない。
「聖女様」
アルルが心配そうな顔で私を見ている。
「ヴェスタさま、骨をまっすぐに固定していただけますか?」
「はい」
彼に腕の骨の構造を説明してみた。
「確かに、我々の腕に骨が2本ありますね」
「そのうちの1本が折れている状態なので、それを押さえててほしいのです」
「承知いたしました――聖女様、添え木を使いましょうか?」
「あるのですか?」
「はい、騎士団では怪我は日常ですから――少々お待ち下さい」
そう言うとヴェスタがテントから出ていったのだが、すぐに手に添え木を持ってきた。
「これです」
「ありがとうございます」
「聖女様――仲間の骨折に立ち会ったことがあるので、私に任せていただけますか?」
「もちろんです」
そこに領主とお姫様がテントに入ってきた。
慌てていたので、領主に許可を取っていなかった。
メイドや騎士団なども彼の所有物なのだから、無視するわけにはいかない。
「聖女様、メイドたちがハーピーだと騒いでおりましたが」
「はい」
「わ! 本当にハーピーだ!」
お姫様も白い翼を持つ男の子に驚いているが、初めて見たに違いない。
「私も、実際に見るのは初めてでございます」
領主ですら、ハーピーは見たことがないという。
街にこの種族がやってくることは、ほとんどないということなのだろう。
「骨折していて助けを求めていたようなので治療をいたします。よろしいでしょうか?」
「聖女様の仰せのままに……」
領主からの同意も得た。
これで騎士を使っても問題はない。
「アルル殿、翼を開いてまっすぐにしますので、添え木を当ててください」
ヴェスタが手に持った添え木を使おうとしている。
「は……はい」
彼女は明らかに困惑している。
こういうシーンに出くわしたことがないと思われる。
騎士は前線で斬り合いをするが、魔導師は後衛なのが普通だろうし。
「私がやるわ」
私も医学の知識などは家庭の医学程度だが、保健体育で応急手当の仕方は習ったような気がする。
ドラマや映画でもそういうシーンが出てくるし。
まったく知識がゼロの子よりはいいだろう。
ヴェスタは羽をまっすぐにすると、添え木で翼を挟むように紐で縛った。
要は奇跡を使う間にズレなければいいのだ。
翼というのは面積が広いように思えるのだが、長い羽が鶏でいう手羽の部分からすべて生えている。
手羽の部分だけ固定できればいい。
「ヴェスタ様、押さえててください」
「承知いたしました」
彼が押さえてくれているので奇跡を使う。
「にゃー」
「大丈夫でしょ。領主様、しばらく時間がかかりますので、先に夕食を摂ってください」
「そうですか――それでは、聖女様のお言葉に甘えまして」
「お姉さま、私は見てていい?」
「構いませんが、お腹がすきませんか?」
「大丈夫」
おしゃべりより治療をしなくては。
せっかくヴェスタが押さえてくれているのだ。
「天にまします我らの神よ、この翼をもつ者に癒やしの奇跡を与えたまえ」
私は目を開けた。
私の感覚ではまったく時間はたっていないように思えるのだが、いつものごとくそうではないだろう。
「聖女様」
私の下にやってきたアルルに気を失っていた時間を尋ねる。
「奇跡を使ってから、どのぐらいたちましたか?」
「半時ほどです」
「その子の翼はどうですか?」
もうヴェスタは翼を押さえていない。
男の子の顔色もいいが、翼を畳んで横になり身体を丸くしている。
いつもこうやって寝ているのだろうか。
その上から毛布をかけてやった。
「念のために、回復薬も飲ませておくか……」
私は自分の袋から薬を取り出した。
男の子の口に瓶を近づけたのだが、飲んでくれない。
仕方ない。
私は薬を口に含んだ。
「あ、あの聖女様、いったいなにを……」
アルルがオロオロしているのだが、それに構わず男の子を抱きかかえると、口移しで薬を飲ませた。
治療だとはいえ、金髪で翼の生えている男の子にチュー!
絶対にヤバイやつ。
だって仕方ないじゃん。ここには、その方法しかないんだから。
介護のときに使ったりする、吸い飲みがあればいいんだけど。
ちょっと道徳的にヤバい気がするが、回復薬は飲んでくれて、すやすやと安らかな寝息をたてている。
顔色も随分とよくなった。
我ながら、この力は凄いと思う。
死ぬ寸前じゃ回復薬は効かないみたいだが、癒やしの奇跡なら逆転満塁ホームランも可能ってことでしょ?
そんなことを考えていると、周りの人たちが固まっている。
「どうしたの?」
「お姉さま! せ、聖女様が口づけをするなんて……」
「え?! まさか、口づけだけで純潔がなくなるなんてことは……」
思わず確かめてみるが――。
「にゃー!」
「ヤミ、今だけど奇跡は使えてた?」
「にゃ」
大丈夫のようだ。
まったく焦ったじゃない。
「問題ないみたいよ」
「ででで、でも!」
アルルもかなり動揺しているのだが、その隣で青くなっているのはヴェスタだ。
そんなに驚くことはないじゃない。
「必要とあらば、このぐらいはするから」
「「「……」」」
ククナとアルルそしてヴェスタは、そのまま黙ってしまったが、キスは見せないほうが無難のようだ。
ベッドの上で丸くなっている男の子の髪をなでてやる。
すごく柔らかい髪だが、ボサボサなのでカットしてあげたい。
手を使えないのだから、ハサミだって使えないはずだ。
気になるのは裸の点だが……。
「彼らは服を着ないのかな?」
「なにぶん手が使えませんから……」
アルルの言うとおりだ。
「そうよねぇ」
「それにハーピーは水浴びをするところを目撃されています。服を着せても濡れてしまうでしょうし」
「着たり脱いだりはできなそうだしね~」
安心したら、お腹がすいた。
食事にしよう。
テントの外に出ると、食事をもらいに行こうとしたのだが、アルルに止められた。
「私がもらってまいります」
「それじゃ、お願い。ククナ様もお食事を」
「私も一緒に食べたらだめ?」
アルルがテントから出ていった。
「いいですよ。ヴェスタ様、お手伝いありがとうございました」
お礼に回復薬を手渡そうとしたのだが、固辞されてしまった。
「当然のことをしたまでで、その度に褒美は必要ありません」
彼がハーピーのことをチラ見している。
気になるのだろうか?
「そうですか。これからもよろしくお願いいたします」
「それでは……」
彼は騎士団の下に戻るようだ。
ヴェスタと入れ替わるように、料理を持ったアルルが戻ってきた。
アルルが持ってきたのは私の分なので、彼女は自分で食事を用意しなければならない。
「アルル、食事は大丈夫? 少し分けてあげようか?」
「いいえ、とんでもございません。私は食べるものはありますので大丈夫です」
彼女は食事を私に渡すと、外に出てしまった。
本当は一緒に食べたらいいのだが、主人と従者が一緒に食べるという時点であまりありえないことなのだという。
今は知り合いばかりだからいいが、他の貴族などがいる場所では従者と仲良くはしないほうがいいらしい。
やはり身分制度がない世界からやってきた私には、少々理解できないことが多い。
まぁ、郷に入っては郷に従えというし、これは慣れるしかないだろう。
かつて聖女が他の世界からなん人もやってきたというこの世界だが、身分制度が変わっていないということは、変えるつもりがないということだ。
だいたい、私たちが元世界の平等やら人権というものを押し付けても、それが正しいとは限らないし。
アルルと入れ替わりに、料理と椅子を持ったメイドもやって来た。
ククナも一緒だ。
机に料理を置くとメイドが下がる。
テントの中が狭いので、外に待機しているのだ。
アルルが持ってきてくれた料理は、スープとパンと肉。
それから酸っぱいザワークラウトのような野菜の漬物。
私は味見をしてから、思わずパンに肉と一緒に挟んでしまった。
この味は、パンに挟むしかないと思ったわけだ。
追加で少々甘みがほしいと思ったので、袋から出したライチに似た木の実を挟んだ。
木の実は汁気が多いので、魔法で少々乾燥させる。
これで甘みがさらに引き立つ。
「あはっ! やっぱり美味しい!」
お手製のサンドイッチを一口食べると、肉の旨味と果実の甘み、漬物の酸味がよくあう。
「お姉さま、お行儀悪い……」
「そう? 美味しいけど。どうせ私たちしかいないし、ここは旅行先よ。たまに野趣溢れるのもいいんじゃない?」
」
食事作法には反するようだが、彼女も食べたそうだ。
「お姉さまの言うとおりだと思うけど……」
「一緒に食べましょう。作ってあげる」
ククナにも私と同じサンドイッチを作ってあげたのだが、それが載った皿を彼女がジッと見ている。
「……」
「美味しいわよ」
私の言葉に、お姫様もサンドイッチを口に運んだ。
「もぐもぐ……美味しい!」
「でしょ?」
「えへへ……」
まぁ、私と一緒にいけないことをしているという背徳感もあるのだろう。
彼女が私の顔を見て、ニコニコしている。
サンドイッチを食べながらベッドを見ると、ハーピーの男の子が土下座をするように翼を畳んで丸くなっている。
鳥が丸くなる恰好に似ている。
これが本来の眠る姿なのだろうか。
「なんで怪我をしたのかな?」
「そのハーピーですか?」
「ええ」
「朝になれば目が覚めると思うので、彼に聞いて見ればよろしいかと」
「まぁ、そうよね……」
「にゃー」
テントの中をクンカクンカし終わったのか、ヤミが足下にやってきた。
「はい」
彼に肉をやる。
「ゴブリンがいた所で白いものを見たのだけど、やっぱり気のせいじゃなかったわけね」
それはいいのだが、あの場所から飛べない彼は、私たちを追っかけてきたのだろうか?
「にゃー」
「そうなんだ」
彼の話では、ハーピーは地上も結構な速度で移動することができるようだ。
翼を広げ揚力を得ると身体が軽くなることを利用して、地表近くを滑るように走るらしい。
怪我をした翼でも、そのぐらいはできたということだろうか。
まぁ、詳しいことは、目が覚めた彼に聞けばいい。
奇跡と回復薬の相乗効果で明日になれば元気になることだろう。
ククナと話しているうちに、サンドイッチを食べ終わる。
さて、私のベッドはハーピーに占領されてしまっているし、どうしようか。
「お姉さま、私にいい考えがあります!」
「ええ? なぁに?」
彼女が外に出ると、メイドたちにあれこれ指示を出し始めた。
しばらくすると、なにかの部品を持ったメイドと執事たちがテントの中に入ってくる。
「ここでいいわ」
「「「かしこまりました」」」
持ってきたものを私のベッドの反対側で組み立て始めたのだが、それがなにかすぐに解った。
「ベッドをここに持ってきましたから――お姉さま、一緒に寝ましょう!」
「ええ? いいの?」
「もちろんです!」
ベッドは決まった数しかないだろうし、ここは彼女の提案を受け入れようか。
「う~ん――それじゃ、お願いするわ」
「やった! メイドたちは、私が呼ぶまで入ってこなくてもいいからね」
ベッドを組み立て終わると、彼女がメイドたちを追い出した。
「ふう……」
初日から色々とありすぎて、精神的に疲れてしまった。
聖女の力のせいか、身体は元気なんだけどね。
組み上がったばかりのベッドに腰をかけると、お姫様が抱きついてきた。
「やったぁ! お姉さまとクロを独り占めぇ!」
私のベッドで丸くなっている白い翼をチラ見する。
仕方ないか。
ククナが自分の袋から、黒いワンピースを取り出した。
「それを着るの?」
「お姉さまも着るでしょ?」
「ええまぁ」
白いドレスのまま眠るわけにもいかず、自分の袋から寝間着に使っている黒いワンピースを取り出した。
それに着替えようと思ったのだが――あることを思い出した。
「ククナ、ちょっと待ってて」
「はい、お姉さま」
テントを出て騎士団の所に行くと、彼らは焚き火の周りに集まっていた。
地面に座り、干し肉のようなものを食べながらワインを飲んでいる。
「騎士団の皆様。今日はお疲れさまでした」
「聖女様、あのハーピーの様子はどうですか?」
団長も彼のことが気になるようだ。
「癒やしが上手くいったようで、寝ています」
「そうですか」
「聖女様、騎士団になにか御用ですかな?」
「おそらく――ヴェスタにお休みの口づけをしにきたに違いない」
「「「ははは」」」
ヴェスタが顔を赤くしているが、いつもこうやっていじられているに違いない。
彼らは、交代で寝ずの警備をするらしい。
「1ヶ月間も大変じゃありませんか?」
「これが仕事ですから」
それならなおさら、なにかで労ってあげたいのだ。
「私からのお礼として、毎日寝るまえに洗浄の魔法を皆様に使って差し上げようかと……」
「そんな気遣いは無用でございますよ」
「いいえ、それでは私の気持ちが収まりません。それに聖女を護衛している騎士団が汚れていたのでは恰好がつかないではありませんか」
私的には恰好などどうでもいいのだが、こう言ったほうが騎士団も受けてくれるんじゃないかと思っただけだ。
「そ、それは確かに……」「お嬢様やメイドもいる所で、あまり男臭いのも……」
男たちが、自分の腕などをクンカクンカしている。
「それではよろしいですか。む~、洗浄!」
ちょっと強引だが、魔法を使ってしまった。
汚れているより綺麗なほうがいい。
清潔にしていないと、思わぬ病気にかかるかもしれないし。
焚き火の周りにいた男たちに、青い光がまとわりつき染み込んでいく。
「ふ~、これはまるで湯浴みをしたように爽やかだ」「確かに、これは1日の疲れも取れる」
「そうでしょう? 毎日、魔法で綺麗にして差し上げますので、楽しみにしててください」
騎士団に改めてねぎらいの言葉をかけると、領主とメイドたちにも魔法を使ってあげた。
みんな眠る前に綺麗にしたほうがいいだろう。
同行している魔導師の男とアルルは、自分たちで魔法を使うので要らないらしい。
まぁ、そうか。
テントに戻ると、ククナとヤミにも魔法を使ってあげた。
「あ、そうだ」
私の魔法は効果範囲が広いから、皆を一箇所に集めてから魔法を使えば、全員を一気に綺麗にすることができるはず。
明日からはそうすることにしよう。
------◇◇◇------
――白い翼が生えた男の子を保護した次の日の朝。
テントのつなぎ目から溢れてくる光で目を覚ます。
旅行先のテントの中でも、ベッドがあるだけで快眠できるとは。
「ん~!」
身体を起こして伸びをすると、隣で黒い寝間着をきたククナがまだ眠っている。
「ふふ、ねぼすけね……」
彼女の頭をなでていると、隣のベッドにハーピーの男の子がいないのに気がついた。
どこに行ったのだろう。
それとも誰かに連れていかれた?
いや、騎士団が寝ずの番をしていたはずだ。
私は慌てて、自分の袋から魔女のワンピースを取り出して着替えた。
こっちのほうが白いドレスより簡単に着られるからだ。
魔女になった私は、テントから飛び出して近くにいた騎士に尋ねた。
「ハーピーがいないのですが、どこに行ったか知りませんか?」
私の質問に彼がほほえみながら上を指差した。
空を見上げると、青い中に白い翼が飛んでいる。
近くでキャンプをしていた他のグループも空を見上げている。
珍しいのだろう。
どうやら彼の怪我は完治したようだ。
我ながら奇跡の力は凄い。
そのまま空を見上げていると、白い翼が地面ギリギリを滑空してきた。
周りにいる人たちから歓声があがる。
私の真正面に、ハーピーが迫ってくる。
「ちょ、ちょっと!」
衝突しそうなので、思わず後ずさったが、ぶつかる直前に彼は翼を翻してブレーキをかけた。
黄色い脚を前に差し出してきたので、慌ててハーピーの身体をキャッチした。
白い翼が私の背中に回り、彼が私に抱きついてくる。
「お前、怪我治してくれた!」
彼の言葉を聞いて、私は驚いた。
ちゃんとした言葉を喋れるようだ。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「痛くない! お前、凄い! お前、好き!」
意思の疎通もできる。
本当に鳥形の獣人なのね。
それはさておき、裸の男の子に抱きつかれてしまったのだが、異世界じゃなかったら完全にアウトだろう。
いや、この世界でもアウトかもしれない。





