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38話 小鬼の襲撃


 私が住んでいた街を出発して、王都に向かうことになった。

 出発してから順調に進み、私たちは森の中に入ったのだが、街道が通っているとはいえ色々と危険があるらしい。

 夕方近くになり空が赤みを増した頃、もう少しで野営地なのだが――。

 先を進んでいた馬車が、猛スピードで戻ってくるのが窓から見える。

 馬車に乗っている人たちも必死の形相なので、なにかトラブルがあったらしい。

 どうするのかと思っていたのだが、外から停止の合図が聞こえた。


「止まれ~!」

 これは団長の声である。

 私は、馬車のドアを開けて身を乗り出した。


「ジュン様! なにごとですか?!」

「解りません! 先行していた者が戻ってくるでしょう」

 事前に1騎だけが先行して、道中に問題がないか偵察を行っているのだ。

 団長の言うとおり、しばらく待っていると先行していた騎馬が戻ってきた。


「なにがあった!」

「団長! ゴブリンです!」

「なに?! こんな所でか?!」

 ゴブリン? 謎の単語を聞いた私は、御者席にいるアルルにその意味を聞いた。


「アルル、ゴブリンってなに?」

「魔物です。普通の人間より少し小さいぐらいの人型なんですが、集団で襲ってきて危険です」

 そんな魔物もいるんだ。


「よし! 馬車を反転させて、森の入り口まで戻る!」

 その声を聞くと、後ろの馬車が道から外れて森の中に突っ込んだ。


「え?! なんで?!」

 続いて馬車の中からメイドと執事たちが降りてきて、黒塗りの馬車に群がる。

 団長の判断は早かったが、ステアリングもついていない馬車を180度ターンさせるのは大変だ。

 商人などが使っている小型の馬車ならすぐにターンできるだろうが、この馬車は4頭立ての大型馬車。

 簡単には向きを変えてくれない。

 私は後ろの馬車が道から外れた意味を理解した。

 領主が乗っている馬車を逃がすためには、自分たちの馬車が邪魔なので退けたのだ。

 騎士団も自分の馬を降りて馬車に取りつくと、力を合わせて向きを変え始めた。


「あ、あの! 私たちは降りたほうがいいのでは?」

「聖女様と領主様たちは、乗っていてください! 敵の襲撃があったときに守れませんから!」

 そう言われれば、騎士たちの言うとおりに従うしかない。


「ええ?! でも!」

「いざというときには、私たちも微力ながら盾になりますから!」

 メイドや執事たちも馬車を押しながら、そう答えた。


「そんな……」

 馬車の中を見ると、領主とククナが座ったままじっと目を閉じている。

 お姫さまは、かすかに震えているようだ。


「な~ん」

 その膝の上にいるヤミが顔を上げると、彼女を励ますためにすりすりしている。

 これが領主と下々の者との役割分担なのだろう。

 偉い人が外に出ては、守れるものも守れなくなる。


「「「オーエス! オーエス!」」」

 皆が掛け声を合わせて、少しずつ馬車を動かす。

 数トンはあろう馬車は、多数の男たちがいても簡単には動かない。

 元世界の車なら、前進とバックで切り返したりもできるが、馬が引く馬車では簡単にバックもできない。


「バイ! バイ!」

 それでも御者が掛け声をかけると馬車がゆっくりとバックをし始めた。

 馬車でバックもできるんだ――だが、なんとももどかしい。

 全員が降りて押したほうが早いような気がするのだが……。

 黒塗りの大きな馬車が道を塞いでいるので、道の先から引き返してきた小型の馬車は森の中に入って躱していく。

 そうしているうちに、細い車輪を土で取られて動けなくなるものが出始めた。


「敵襲~!」

 見張りをしていた1騎が叫んだ。


「くそ! もう来たのか!」「ははは、こいつは1日目から幸先悪いぜ!」

 騎士の言葉に呼応するように――暗くなりつつある森の中に赤く光る点が沢山並び、それがどんどん増えていく。


「「ひぃぃ~!」」

 馬車の車輪を森の土に取られてしまった商人らしき男たちが、馬車を捨てて逃げ始めた。


「全員抜剣! 馬車を中心に半円陣! 3騎は敵を突いて撹乱しろ!」

「承知いたしました! 続け!」

「「おう!」」

 見張りをしていた者に続いて2人の騎士が馬に跨ると、3角形になって森の中に入っていく。

 そのまま敵に突撃して、集団を真っ二つにした。


「メイドたちも逃げて!」

「そうはまいりません!」

 私たちの馬車の横に、魔導師の男が馬でやってきた。

 加勢してくれるらしいが、もっとも――彼はヤミの魔法で縛られているので、逃げることができない。

 ここで戦うしかないわけだが。


「にゃー」

 私も加勢をするために、ヤミと一緒に馬車の上に這い上がった。

 馬車の屋根には、荷物が積めるようにラックが設けられている。

 もっとも、荷物のほとんどは魔法の袋の中に入っているので、ラックは空。

 私はそこに陣取った。


「聖女様! 危険です!」

 アルルの言葉に私は答えた。


「まさか、見ているわけにもいかないでしょ?!」

 木々の間に目を凝らすと、馬に乗った騎士たちが小さな人形をしたなにかを蹴散らしている。

 魔物は裸のように見えるのだが、肌の色は我々とは違うらしい。

 青か緑色に見えるのだが、森の中では保護色になっているのか非常に見づらい。


 ほとんどの敵は騎士に翻弄されていて、注意がそちらに向いているのだが、魔物の群れが2つに分かれて、半分ほどがこちらに向かってきた。

 上手く敵の戦力を分断できたようだ。


 群がるその姿は、裸の小さな小鬼のように見えるのだが、武器を装備しており――狼や熊などとは違い、なんらかの知性を持っているように思える。

 大きな頭と大きな口、尖った耳と鋭い牙――数は30ほど。


「来るぞ!」

 団長の声で騎士が剣を構えた。


「アルル! 魔法で援護しましょう」

「はい! 聖女様!」

「火は使わないでね?! 火事になったら大変だから」

「承知いたしました」

「「「光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)」」」

 馬車の隣にいた魔導師の男も、同じ魔法を使ったようだ。


「にゃー」

 男にはヤミの魔法による制限がかかっていたはずだが、緊急事態につきそれを解除したみたい。

 まずは私が出した10本の光る矢が宙に浮かぶと、迫りくる小鬼向かって撃ち出された。

 着弾すると、土と葉っぱを巻き上げて青い光が飛散する。

 今回は数を優先したのだが、命中すれば行動不能になるぐらいの威力はある。

 命中した魔物がバタバタと倒れていくのだが、動いている敵に全弾命中というわけにはいかないようだ。


 続いて男の魔導師が出した4本の矢と、アルルの魔法が出した2本の矢が発射された。

 アルルの魔法は数は少ないが、撃ち出すタイミングは男と同じ。

 魔法が展開するスピードは同じでも、魔力の量に差があるのかもしれない。

 魔法が当たると数匹の敵が倒れた。

 残るのは20匹ほど。


 再び撃ち出した私の魔法矢が敵を薙ぎ払うと、残りは15ほどになった。


「2人残って全周警戒! 残りは続け!」

「「「おう!」」」

 剣を構えた騎士が向かってくる小鬼に突撃。

 先頭の団長が剣を振ると、2匹まとめて斜めに真っ二つになった。

 身体が裂けて、赤い臓物が溢れ出る。


「う……」

 さすがに、こういうバイオレンスには慣れたとはいえ、グロいのは応える。

 まして敵は人形。

 魔物といえ、人の形をしているものが斬られるのは、あまりいい気分ではない。


「うぉぉ!」

 普段から想像もできないような雄叫びを上げて、ヴェスタが剣を振る。

 彼が振り下ろした切っ先は、魔物を頭から両断した。

 乱戦になってしまっては魔法が使えないが、森の中から新たな敵が現れる。

 敵を撹乱分断するために先行した騎馬が突破されたのだ。

 私は、再び魔法を放った。


「光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 複数のゴブリンが魔法で行動不能になったのだが、魔導師がいることに気づいたのか、戦法を変えてきた。

 散開しつつ、まとめて魔法の餌食にならないように対策をしだしたのだ。

 この魔物は知恵を持っている。

 そのことに気づいた私の耳に、下から叫び声が聞こえてきた。


「ぐあぁ!」

 悲痛な声に下を見れば、騎士の1人に粗末な剣が刺さっている。


「ギャヒヒ!」

 自分の攻撃が騎士を傷つけたことに歓喜したのか、魔物が嬉しそうな声を上げた。

 白い牙と赤い舌をむき出して、確かに笑っているように見える。


「くそがぁ!」

 刺された騎士が剣を振ると、笑っていた小鬼の頭が斜めに切れ、騎士と一緒にその場に崩れ落ちた。


「いけない!」

「駄目です! 聖女様!」

「すぐに治療しないと!」

 アルルが止める声を無視して、私は馬車から飛び降りた。

 そのまま倒れた騎士の所に向かう。


「聖女様!」

 私に続いてアルルも馬車から降りてきた。


「聖女様! 馬車にお戻りください!」「おりゃぁ!」

 騎士の言葉はもっともだが、ここで戻るわけにはいかない。


「アルル! 私を守って!」

「はい! む~! 聖なる盾(プロテクション)!」

 彼女が唱えたのは防御の魔法だ。

 魔導師の前に現れた透明な壁が敵を阻む。


聖なる盾(プロテクション)

 ヤミの下僕となった男の魔導師も馬から降りてきて、防御の魔法を使った。

 まさか手伝ってくれるとは思わなかったが、私になにかあればこの男も処分されるのだろうから、それも当然か。


「聖女様……いけません……」

 横腹を刺されて尻をついている騎士が、真っ青な顔をして脂汗を流している。


「傷は深くないみたいだけど……」

「ゴブリンどもは、よく毒を使います」

 こちらをチラ見した魔導師が私の疑問に答えてくれた。


「毒ね! 天にまします神よ。勇敢なる騎士の身体から不浄なものを取り除き、傷を癒やしたまえ――」


 ――次の瞬間、大きな声で私は我に返った。


「聖女様!」

 また気を失ってしまったらしい私は、ヴェスタに抱きかかえられている。

 辺りはすでに暗くなりつつあった。


「皆は?! 敵は!?」

「ご覧のとおり、皆無事です」

 暗い中だが、魔導師が使ったと思われる明かりの魔法が辺りを照らしている。

 その光に浮かび上がる顔を見渡せば、なんとか皆が無事なのがわかる。


「ごめんなさい。勝手なことをして」

「いいえ。聖女様のお力で皆が助かりました」

「え? どういうこと?」

「これです」

 ヴェスタが剣で指し示す所に、なにかグチャグチャになったものがある。

 なんだろう? 肉の塊?


「それは?」

「これはゴブリンだったものです」

「え?! なんでこうなったの?」

「聖女様がお力を使った途端に、魔物の身体がこのように崩れて肉塊になってしまいました」

「ええ?!」

 アルルがヴェスタの言葉を補足してくれた。


「あの、聖女様――多分、魔物が聖女様のお力に触れたせいだと思われます」

「え~と、私の癒やしに魔物が触れるとこうなるってこと」

「おそらくは……」

 つまり、聖女の癒やしは魔物に対して攻撃として使えるってことか。

 芋の疫病で試したとおり、聖女の奇跡はかなりの広範囲に及ぶ。

 その気になれば、ここら一帯の魔物をこうすることも可能ってわけだが、そうなると半日は寝込むことになる。


「それじゃ、ワイバーンなんて真正面から戦わずに、癒やせばよかったのね」

「にゃー!」

「あ、そうか!」

 ヤミが言うとおり、こんなにグチャグチャになってしまっては、肉や鱗も剥ぎ取れなくなってしまうか……。

 熊や黒狼の毛皮も売りものにならず、ゲットできるのは魔石だけ――というのは少々もったいない。

 それなら、癒やしを攻撃に使う場合は、多数の敵に対して広範囲殲滅として使うときだけね。


「今までこういう例はなかったの?」

「聖女様が前線で魔物と対峙するなどということは……」

 どうやらなかったらしい。

 国の重鎮ということで、手厚く保護という感じだったのだろうか。

 まぁ、魔物退治でも戦争でも、偉い人が最前線にくるなんてことはないだろうし。


「全部がこうなったの?」

「いえ、離れた場所にいた魔物は影響から免れましたが、我々が殲滅いたしました」

「他に怪我人は?!」

「問題ありません。聖女様からいただいた回復薬ポーションで治る程度のものです」

「ふう……よかった……」

 なんだか、どっと疲れた……。


「にゃー」

 ヘタっている私の所に、ヤミがやってきてスリスリしている。

 そこに領主もやってきた。


「再び聖女様のお力で、危機を退けることができました。なんと言ってお礼を申し上げればいいのか……」

「お姉さま!」

 ククナが私に抱きついてきて泣いている。


「あ~怖かったわね。よしよし」

「ううう~」

 私はアルルも一緒に抱き寄せた。


「アルルもありがとう」

「い、いいえ。聖女に仕える使徒として当然のことをしたまでです」

 使徒か――やっぱりそういうことになるのかな?


「一応、あなたにも感謝しておくわ。手伝ってくれてありがとう」

 私はルクスとかいう男の魔導師にも言葉をかけた。


「……」

「どうしたの?」

 私の言葉に男がひざまずいた。


「聖女様、今までのご無礼をお許しください」

「え? なに突然」

「にゃー」

 ヤミの話では、大方この男は私が聖女だとは信じていなかったと思われる。

 まぁ芋の疫病を治した現場にもいたわけじゃなかったし。

 癒やしの奇跡の話も人づてで聞いただけだったから、眉唾だと思っていたのだろう。

 実際に奇跡を目の当たりにして、心をいれかえたのかもしれない。

 まだ信用はしていないが。


 男のことはさておき――アルルを抱いてなでなでしていたのだが、彼女がぐったりしている。


「アルル、大丈夫?」

「申し訳ございません。魔力を使いすぎました」

「え? そうなの?」

「にゃー」

 ヤミが言うとおり、魔法を使うとこうなるのが普通のようだ。

 私のようにガンガンぶっ放すというのは、少し異常らしい。

 徐々にこの世界の常識というものが解ってきたような気がする。


 私は、魔法の袋から取り出した回復薬ポーションを、彼女に手渡した。


「はい、これを飲んで」

「こんな高価なものはいただけません」

「私の薬の実験で、飲んで喜んでいたじゃない」

「そ、それはそうですが……」

 彼女の明るい感じが好きだったのだが、こっちが地なんだろうなぁ。


「だめよ。これは命令だからね」

「は、はい」

 聖女の使徒と自分で言っているのだから、私の命令を無視はできないだろう。

 彼女は黙って薬を受け取ると、それを半分ほど飲んだ。

 全部飲んでもいいのに。


「聖女様――これを」

 私がアルルに薬を飲ませていると、治癒の奇跡を使った騎士が袋に詰まったものを持ってきた。


「これは?」

 袋を開けると黒い石が入っている。


「にゃー」

 ヤミが石を右手でチョイチョイしている。


「ああ、魔石ね」

「聖女様が倒したゴブリンのものでございます」

 私の力で肉塊になってしまった魔物から取り出したのだろうか……。

 考えるとグロいのだが、多分そうなのだろう。

 この世界で、この魔石というのは、なにかと役に立つ代物だ。

 放置するには勿体ない。


「あなたの傷は?」

「もう、跡形もございません」

「よかった!」

 この世界の回復薬ポーションは、飲んだらすぐに効いて全回復! という感じのものではないから、緊急の場合は奇跡を使ったほうがいいだろう。


「聖女様をお守りする立場の騎士が、聖女様に助けていただくとは、正に本末転倒! 申し訳ございません!」

 彼は膝をつき、こうべを垂れている。


「そんなに気にすることはないですから」

「いいえ! 騎士としてあるまじき醜態!」

 グレルみたいなちゃらんぽらん(死語)も困ってしまうが、クソ真面目というのも困りものだ。


「あなたの治療をしたから、魔物に奇跡が効くというのを発見できましたし」

「そ、それはそうですが……」

 私が奇跡で倒した魔物の魔石は、もらってもいいということなので、ありがたく頂戴する。

 騎士たちが倒した分は彼らが回収したようだ。

 魔導師が魔法で足止めして騎士が止めを刺した分は、話し合いで配分されたらしい。


「にゃー」

 ヤミの話では、報酬の配分についてはよく揉めるそうなのだが、アルルと男の魔導師も私とヤミの従者になっているから、すんなりと決まったという。


 私が気を失っている間に、すべて片付いたのは解ったが、これからどうしたものだろう。


「あの~領主様。これからどういたしましょう?」

「さすがに、ここでは天幕は張れません。もう少しで野営地ですので、そこまで向かうことにいたしましょう」

「もう、かなり暗くなってますが、大丈夫でしょうか?」

 そこに団長がやってきた。


「騎士団は夜間行軍の訓練もやっておりますから問題ありませんよ」

「それでは、お任せいたします」

「承知いたしました」

 ゴブリンに襲われそうになって方向転換をしようとしていた馬車は、すでに元どおりになっていた。

 森に突っ込んだメイドたちの馬車も道に戻っている。

 私が寝ている間に直したのだろう。


 肉塊になってしまったゴブリンの亡骸を囲んで騎士団がなにか話し合いをしている。

 なにか問題があるのだろうか?

 あれをそのままにしておくか、埋めるか――とかそういう話かもしれない。

 結局は、そのままにするようだ。


 団長が馬に乗ると、自分の袋から銀色の大きなランプを取り出す。

 普通の部屋で使っているものより少々大きい。

 光よ(ライト)の魔法は便利なのだが、移動ができない。

 動きながら照らしたいなら、魔石ランプを使うしかない。

 私たちが乗っている馬車も、御者席の座面を開けてランプを2つ取り出した。

 そこが収納になっているのか。

 点灯したライトを馬車の両側に点けた。


 後ろをついてくるメイドたちの馬車にはランプはないようだ。

 騎士団や私たちの馬車が灯す明かりを頼りについてくるのだろう。

 領主親子と私が馬車に乗り込むと、ランプを灯した騎士団を先頭に、列が暗い道を進み始めた。


「夜間行軍ってこういう風にするものなの?」

「にゃー」

 今は平時なのでランプを使っているが、戦争などをしている場合は使用しないらしい。

 やっぱり明かりで位置がバレるのを防ぐためのようだ。

 馬車の右側の窓から外を見ると真っ暗なのだが……。


「ランプがあっても真っ暗なんだけど、これで大丈夫なの?」

「にゃー」

 馬は暗闇でも目が見えるらしい。

 答えてくれるヤミの目も瞳孔が開いてまん丸になっている。


「そうなんだ。動きながら光よ! の魔法が使えればいいのに……」

「使えますよ、お姉さま」

「え? 使えるの?」

 試してみたことがあるのだが、光の玉は動かなかった。


「う~~~~ん――光よ!(ライト)

 ククナが手本を見せてくれると、馬車の中に光の玉が浮かぶ。


「ええ? あ~そうか!」

 今、馬車は動いているので、この光の玉も一緒に動いているわけだ。

 つまり、動きながら魔法を唱えればいいってこと?


「でも、これは使えないんです」

「どういうこと?」

 私が疑問の言葉を口にすると、馬車が道なりに少し左に移動した。

 ――すると、光の玉が馬車の壁にぶつかりピンクの光とともに消えてしまった。


「あ~、なるほど」

 歩きながら魔法を使うと、一緒に等速直線運動をするわけだ。

 そのまままっすぐに歩いていればいいけど、曲がったりするとついてこないわけね。

 時間切れになるか、なにかにぶつかって消えるまで直線を進んでしまうのか。


「そんなわけで、普通は魔法のランプを使うのです」

「上手くいかないのね」

「複雑な術式を重ねれば、一緒についてくる魔法の玉も生み出せると聞きますよ」

「うわ~、難しそう。そんな苦労するぐらいなら、ランプでいいわよね」

「にゃー」

 ヤミもそう言う。


 魔法の光は諦めて、真っ暗な外を眺める。

 騎士団と馬車から少しの明かりが森を照らしているので薄っすらと見える感じ。


「ん?」

 私の気のせいかもしれないが、なにか白いものがチラチラと見えるような気がする……。


「にゃ?」

「ヤミ、森の中になにか見えない? 君の目は暗闇でも見えるんでしょ?」

「にゃー」

 暗闇でも見えるが、あまり遠くは見えないらしい。

 つまり近視だ。

 ネコってそうなのか。

 やっぱり視覚情報より、音とかにおいのほうが大事なのかも。


 再び目を凝らしてみたのだが――見えない。

 やっぱり気のせいだったのかもしれない。


「う~ん……」

 私は、ドアを開けた。


「ジュン様!」

「止まれ~!」

 団長が列を止めて、私の所に来てくれた。

 彼が持っているランプの光が、鎧を着た騎士と騎馬の姿を浮かび上がらせる。


「聖女様、なにか?」

「右側の森になにか白いものが見えた気がするんです。私の気のせいだったらいいのですが……」

「うむ……承知いたしました。両側! 警戒を怠るなよ!」

「「「はっ!」」」

「申し訳ございません」

「いいえ、夜の森なのですから、ご心配は当然ですよ」

 そのまま列は森の中を進み、私たちは野営地に到着した。

 そこは森が切り開かれており、広い空き地になっている。

 ほとんどの馬車が途中で戻ってしまったので、先に到着していた馬車しかおらず、その数はいつもよりかなり少ないという。


 私が馬車から降りると、メイドがやって来た。


「領主様! 聖女様! すぐに食事の準備をいたしますので」

「はい、よろしく~あ! 魔法で明かりを点けてあげるわ! どこに出してほしい?」

「え? あ、あのえ~と、でしたらあそこらへんに……」

 メイドが自分たちの乗っていた馬車の周りを指した。


「いいわよ」

 指定された場所に光の玉を出してやる。


「わぁ、明るい!」

「もっと出せるから、必要なら言ってね」

「「「ありがとうございます」」」

 メイドと執事は食事の準備を始めたが、騎士団もそうだろうか。

 彼らの食事は自分たちで用意しなければならないらしいが。


 騎士団のことを見ていたら、団長の袋からなにやら柱や布らしきものが出てきた。

 男たちが集まり、それを立て始める。

 これは――テントだ。

 てっきり、地面に雑魚寝だと思っていたので、これはありがたい。

 なにやら組み立て式のベッドらしきものもある。

 え~、そんなものまで用意してくれるの?


 そりゃ、領主とお姫様が寝泊まりするんだから、それぐらいは用意されてもおかしくはないと思うけど。

 これも魔法の袋という便利なものがあればこそできる芸当だ。


 私も手伝おうとしたのだが、追い払われてしまった。

 どうやら偉い人はそういう仕事をするべきではないらしい。

 下々の者の仕事を取っちゃいけないということのようだ。


「にゃー」

「そうね。みんなに任せたほうがいいのかも……」

 やることもないので、自分の袋から毛布を取り出して地面に敷いてそこに座る。

 じ~っと森の中を見ていると、木々の間になにか白いものが見える。


「ん~」

 目を凝らしてみると、やっぱり見えるような気がする。

 私は自分の袋から魔法のランプを取り出して点灯させた。


「アルル! ちょっとついてきて」

「は、はい!」

「あ、あの! 聖女様、すぐに食事ができますけど」

「すぐに戻ってくるわ」

「にゃー」

 ヤミが一緒に行きたいというので肩に乗せてあげると、アルルと一緒にランプを持って、森の中に分け入った。


「せ、聖女様! 勝手に歩かれては困ります!」

 すぐに剣を持ったヴェスタが追いかけてきた。

 多分、危険はないと思うんだけど――私は皆を引き連れて、なにか白いものが見えた場所に向かった。

 それに近づくと、大木に隠れている白いものがはっきりと見える。


「やっぱり気のせいじゃなかった」

「な、なんですか?」

 私の隣にいるアルルがビビっている。


「なんだろう? 大きな白い翼――鳥?」

「にゃー」


 動いているようだが、魔物ではないようだ。



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