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37話 出発


 私がいるティアーズ領を襲っていた芋の疫病も駆除がほぼ完了して、街には平穏が戻っている。

 疫病を駆除したのは聖女――ということは秘密にしているので、知っているのは領主とその配下の貴族たちだけ。

 いずれはバレるかもしれないが、私は王都から呼び出しを受けている。

 街が聖女の噂でもちきりになる頃には、私は遥か彼方の都。

 疫病が収まるまで待ってくれという約束なので、そろそろ王都に向かわねばならない。

 気は進まないが、ここで逃げてもどうしようもない。

 たくさんの人たちに迷惑がかかるだけだ。


 日々、王都に向けて出発の準備が整っていく。

 なにせ王都まで馬車で一ヶ月はかかる長期旅行だ。

 準備していくものも沢山ある。

 よほど大きな街でなければ貴族用のホテルなどはないらしく、基本は野宿。

 それに街が近くても経費削減のために野宿をするらしい。

 ティアーズ領は民から税金を巻き上げて、その金で贅沢をするような所ではないらしい。


 野宿といっても、組み立て式のテントやらベッドなどは魔法の袋に詰めて持っていく。

 ククナの話を聞いても、それほど大変ではないようだ。

 要は慣れということだろうか。

 貴族というから、屋敷でふんぞり返っていれば金も入ってきてウハウハ、贅沢仕放題みたいなことを考えていたのだが――我ながら発想が貧困だったみたい。


「でもねお姉さま、そういう貴族もいるのよ」

「そうなんだ。最初に訪れたこの領が、そんな所じゃなくてよかった」

 ククナが自分の部屋で、王都に留学する準備をしている。

 上京のための引っ越し――と考えると、すごく大変そうなのだが、ここには便利な魔法の袋がある。

 トランクなどに服を詰めて、それを自分の袋に入れるわけだ。

 彼女の部屋は壁紙が赤っぽく、絨毯も赤いので派手な印象。

 やっぱり派手好きなのか。


 私もその部屋にお邪魔して話し相手をしている。

 他にも手伝いにやってきた数人のメイドが部屋におり、彼女たちも王都になん人か赴任するらしい。


「そうね。初めてやってきた所がそんな場所だったら、お姉さまもこの国が嫌いになってしまっていたかも……」

「まぁ、その点は国王陛下に謁見しても、『ティアーズ領は素晴らしい所でした』と話してあげますから」

「お姉さまがそうおっしゃってくれるなら、お父様の日頃の苦労も報われるわ」

「本当に苦労している人ってのは中々報われないからねぇ……」

 そういう人が報われないで、ちょっと目立った人がいい思いをしちゃったりと、世の中は本当に上手くいかない。


「本当にそう!」

 憤慨している彼女に質問をしてみた。


「ククナ様――メイドさんたちは、なん人同行するんですか?」

「メイド2人に、執事が2人よ」

「故郷を離れるというのは、大変そうだけど……」

「そんなことはないわ。同行する者を選ぶのに、くじ引きで決めるぐらいよ」

「やっぱり王都には行ってみたいのですかねぇ」

「もちろんよ! 美味しいものも沢山あるし! 流行っている服もその場で見ることができるし!」

 街の住民も一度は花の都に行ってみたいという願望があるという。

 元世界でも田舎から上京するようなもので、憧れがあるのかもしれない。

 別に上京したからといって、なにか変わるわけでもないのだが……。


「王都で流行っているものが、ここまでくるのにどのぐらいかかりますか?」

「やっぱり1年ぐらいズレていると思う……王都に行くからといっておしゃれしても……」

 まぁ、流行りから1年遅れになっちゃうかぁ。

 若い子は気になるのかもしれないけど。


「ククナ様は可愛いんだから、素材で勝負すればいいじゃないですか」

「だって、王都には可愛い子が沢山いるし……」

「まぁ、勉学も大事でしょうけど、ティアーズ領のためにいい素材になりそうな男をゲットするのも大切なお仕事ですしねぇ。そのためには、おしゃれも致し方なしかぁ」

「うん、頑張る……」

 学園に入学して寮に入るわけだし、メイドや執事がいるといっても色々と不安もあるだろう。

 入学期間は4年だと言う。

 さらに大学院みたいな所もあるらしいが、成績優秀者のみ入学できるようだ。

 コネも一切利かない学問の最高峰。


 着々と出発の準備は進むが、私のほうはなにもない。

 家は燃えちゃったし、全財産が魔法の袋の中だし。

 さてねぇ――王都に行って、聖女の力を使って金が稼げればいいのだけど。

 ほぼボランティアだろうけど、取れる所からは取らないとね。

 聖女の力ってのは、あまり長くは保たないようだし、ボランティアやってポイ捨てされても大丈夫なように貯蓄はしておかないと。


 ------◇◇◇------


 ――それから数日あと、出発の日がやってきた。

 屋敷の玄関に並んでいるのは、いつもの黒い馬車と質素な幌付きの荷馬車。

 荷馬車のほうには、領主やククナのお世話をするメイドや執事たちが乗り込むという。

 そこに乗り込むのは6人だが――執事長の男性は、主人がいない屋敷の切り盛りをしないといけないので、乗り込んでいない。

 荷物はほぼ魔法の袋の中に入っているので、荷台に載っているのは人だけ。

 お尻が痛くならないように、椅子などを持ち込んでいた。


 2台の馬車を護衛するのは10人の騎士たち。

 いつもはもうちょっと少ないらしいのだが、今回はククナと私もいるので精鋭を連れて行くらしい。

 せっかく聖女が現れたというのに、王都に向かう途中でなにかあれば、ティアーズ領の面目が丸つぶれになってしまう。

 ――かといって領の防衛もあるので、全ては連れていけない。

 居残り隊の指揮は、あのグレルが執るという。


 騎士団の団長になにかあれば、グレルが後を継ぐということらしいが、彼に騎士団を任せて大丈夫なのだろうか?

 まぁ彼曰く、「騎士の端くれだが、やるときにはやる」――と言っていたから問題ないのだろう。

 そもそも、やる気がゼロなら団長から任されても固辞するはずだし。


 出発の準備が整うと、騎士団全員が屋敷の前に集まり壮行会を行うようだ。

 鎧を着た騎士が20人並ぶと、中々壮観である。

 領主とお姫様が挨拶したのだが、団長は私の所にやってきた。


「聖女様、騎士団に一言」

「え?! 私?!」

「はい」

 まさか挨拶が回ってくると思っていなかったから、なにも考えてなかったんだけど。


「え、え~と、騎士の皆様――領主様、騎士団団長の留守の間を頼みます。特にグレル! あなた、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 彼が一歩前に出ると、私の前にひざまずいた。


「お任せください、聖女様」

「……本当? 死にそうになっても、私がいなかったら治せないんだよ?」

「民を守り、騎士の名誉に死するなら、それは騎士の本懐でございます」

「自分の言葉に嘘をつかないでね?」

「はは~っ!」

 そこまで言われたら、もうなにも言うことはない。

 すべて任せるしかないだろう。


 お世話になった人たちに別れを告げ、いよいよ1ヶ月の長旅に出発である。

 個人的には、ニャルラトにもサヨナラを言いたかったけど。


 領主親子と私が乗る黒い馬車を4騎ずつに分かれた騎士が囲み、残り2騎が先行と殿を務める。

 騎馬にも鎧が着せてあり、完全装備。

 重そうに見えるのだが、このぐらいは馬も平気らしい。

 ――とはいえ、馬車と騎馬が移動できる距離は1日約30km。

 王都への道はほぼ平坦なのだが、それしか移動できない。

 元世界の自動車とは比べるべくもないが、これがこの世界の主要な交通機関なのだ。


 メイドたちが乗っている荷馬車は、騎士団のあとをついてくる。

 騎士団が守るのは、あくまで領主と私が乗っている黒い馬車なのだ。

 その代わり、危なくなったら逃げてもいいことになっている。


 私が驚いたのは、ヤミの下僕になった笛吹き隊の魔導師だ。

 どこからか馬を持ってきて、荷馬車の後ろについている。

 まぁ、逃げたくてもヤミの魔法で縛られているから、それは無理なんだけど。

 出発の前に彼に質問してみた。


「その馬は、どうしたの?」

「これは私の馬です。家を持っていましたし」

「この街に本格的な拠点を持っていたのね?」

「そのとおりですが――すべて部下に譲りました。王都に到着すれば、私は処分されますゆえ」

「まだ仲間がいるの?」

「ええ」

「王様から手紙の返事が返ってきたけど、あなたの報告は事実と異なってたみたいじゃない」

「……聖女様を一刻も早く、陛下の下にお連れするためです」

 あくまで任務遂行のためで、謝罪するつもりはないらしい。


 ヤミと離れては行動できないはずなので、一緒に秘密基地に行ったのね。

 でも場所がバレてしまったから、基地を移動するに違いない。

 この魔導師も私たちと一緒に旅をすることになるが、全部自費だ。

 まぁ、組織の中で下位の魔導師たちのまとめ役をしているぐらいだ、それなりのお金はもっているのだろう。

 ないない尽くしなら私に泣いて縋ってくるだろうし、そうじゃないということは、王都まで行けるということだ。

 彼のかつて部下であり私の従者になったアルルは、馬車の御者席に乗っている。

 メイド服に黒いローブを羽織っており、高い所から辺りを監視する仕事。

 魔法も使えるので、敵意がある目標への脅しや先制攻撃もできるだろう。

 まさに適任だ。


 それはいいのだが、私服はないのだろうか?

 別にメイド服でなくてもいいのだけれど、彼女はあの恰好が気にいっているようだ。

 それなら私がとやかく言う必要もない。


 準備が整い――私と領主、そしてお姫様が馬車に乗り込むと、馬車列は進みだした。

 馬車の赤い座席には、私と一緒にククナが座っており、彼女の膝の上には丸くなったヤミがいる。

 私たちの正面には領主が座る。


 1日30kmの、のんびりした旅である。

 短期間なら1日の進む距離も伸ばせるのだろうが、1ヶ月の長丁場だし、馬たちに無理はさせられない。

 馬たちにも休息も必要だし、水や飼葉も必要。

 無理をして途中で怪我や病気などということになれば、到着が遅れることになる。


 騎馬と馬車の列は街の中を進み始めた。

 ガタガタと揺れる馬車の窓から外を見れば――仰々しい騎士の列に、街の住民たちもなにごとかと、こちらを見つめている。

 ああ、ここの人たちともしばらくお別れか。

 短い間だったしトラブルもあったが、この街が好きだった。

 また帰ってこられるだろうか。


「当分の目的地はどこになるのでしょう?」

「まずは、最初の難関――リュタンの森を抜けることね」

 私の質問に、ククナが答えてくれた。


「私が住んでいた大きな森の他にもそういう場所があるのですか?」

「ええ、帰らずの大森林に比べたら小さいけど、魔物もいるし危険な森よ」

 その森を突っ切って街道が走っているらしい。

 めったに襲われることはないらしいが、平地より危険なことに間違いない。


「抜けるのにどのぐらいかかるのでしょう?」

「距離にして約80リーグ(約120km)――そこを抜けると、グルートン男爵領のラレータという街に着くわ」

 森を抜けるだけで120km――4日かかるという、結構大きな森だ。

 大森林といってもいいだろう。


 騎馬と馬車は街の東門を抜けると、街道を進み始めた。

 遠くまで見渡せる場所では、元世界のトラックに相当する馬車が、沢山連なり走っているのが見える。

 この世界の物資輸送は馬車に頼っているからこうなるのよね。

 違うところといえば、この世界には魔法の袋がある点か。


 魔法の袋があれば馬車は要らないように感じるが、生き物は入らないとか色々と弱点もある。

 それに大きいものは分解する必要があるし。

 どんなに詰め込んでも重くないという利点もあるから、もっと高速に運べるような気もするのだが……。

 たとえば、大きな鳥に袋だけ運ばせるとか……。

 いい考えだと思ったのだが――袋の値段が高いし、行方不明になったりしたら大変だ。

 大損してしまう……やっぱり無理か。


 最初は東に向かっているが、徐々に南へと下り始める。

 南へ1000kmってことは、北海道から鹿児島ぐらいの感じだろうか。

 距離と気候のことを考えていると、青々とした麦畑と芋畑が見えてくる。

 芋の疫病はなくなり、発育は順調のようだ。

 枯れた状態からも復活するなんて、我ながらこの力は凄い。


「見たところ芋は大丈夫みたいですね」

「これもみな、聖女様のおかげでございます……」

 対面に座っていた領主が、深々と頭を下げた。


「私の力を使えば沢山の人たちが助かるのです。当然のことでしょう」

「お姉さま……」

「ククナ様、そのお姉さまというのは、止めていただきたいのですが……」

「ふ、2人きりのときにもだめですかぁ?」

「いやまぁ、だめじゃないんですけど……人前でも言っちゃうことがありますし」

「よかった!」

 聞いちゃいねぇ。

 彼女が私に抱きついてくるのだが、領主はなにも言わない。

 甘い、甘すぎる。

 一人娘だから仕方ないのだろうか。


 馬車は1時間ほど走ると、10分ほど休憩で止まる。

 この繰り返しだ。

 止まっている間に、馬に水を飲ませたり道草を食べさせたりする。

 私も馬車から降りると伸びをした。

 私のあとをついてククナも降りてきて、私に抱きついている。

 ずっと座っているとお尻が痛い。

 一緒にヤミも降りてきて、伸びをしたあと周囲をパトロールをしている。


「結構、頻繁に休むのですね」

 周囲を警戒しているヴェスタに話しかけた。


「馬車でずっと座って移動していると、身体の調子を崩す人が多いらしく――」

「そうですぜ、聖女様。元気なやつがいきなりぽっくり逝っちまうこともあるんでさ」

 騎士の言葉どおり、ずっと座りっぱなしだと身体に悪いというのを経験則で知っているようだ。

 元世界でいうエコノミークラス症候群予防だろう。


「ずっと座りっぱなしというのは、確かによくないですねぇ」

「歴代の聖女様の中に、同じことをおっしゃった人がいるらしく、休憩を取るようになったみたいですよ」

 ヴェスタの言葉に補足を入れる。


「私の世界でも、同じ恰好をずっとしていると、身体中を走っている血管に詰まりを生じると言われてました」

「血管ですか?」

「はい」

「すごい! お姉さまは、医学にも明るいの?!」

 ほらぁ、またお姉さまと言っている。

 まぁ、問題がなければいいんだけどさぁ……。


「別に明るくはありませんけど……」

 この世界の住民たちに比べたら、家庭の医学みたいな知識でも使えそう。


「……」

 私に抱きついているククナを、ヴェスタがじっ~と見ている。


「ヴェスタ様も抱きつきますか?」

「な! そ、そのようなことは……」

「それじゃ、お姉さまと呼んでみるとか?」

「せ、聖女様、からかうのは止めていただきたい!」

 ちょっと意地悪だったかもしれないが、羨ましそうな顔をしてたし。

 今だって顔が真っ赤だ。


「ははは、いいじゃねぇか坊主! 聖女様に抱きしめてもらえるなんて、役得だぜ?」

「こっちが代わってほしいぐらいだぜ」

「そろそろ母親が恋しくなってきたんじゃないのか?」

 他の騎士にもからかわれて、ヴェスタが怒ってどこかに行ってしまった。

 私が冗談を言ったせいだ。

 この手のネタは止めておこうと決めて、アルルの所に行く。


「アルル、乗り心地はどう?」

「高くて見晴らしがいいです~」

 かつての仲間だったメイドたちとも離れているので、気楽そうな笑顔を浮かべている。

 彼女と話していると、足元にヤミが来た。


「にゃー」

「そろそろ出発ね?」

「にゃ」

 私は彼と一緒に馬車に戻った。

 再び馬車は走り始め、昼頃には森の入り口にやってきた。

 森の手前には大きな広場があり、馬車などが多数止まっている。

 朝一番に街を出発してくると、ちょうどお昼頃にこの場所に到着するので、休息地になっているのだろう。

 バラック小屋の商店らしきものも見える。

 人が集まれば商売をするものもいるのだろう。


「こんな場所でも商売をやっている人がいるのね」

「はい、森の中の野営地でも、店をやっている人がいますよ」

 アルルが森の中を走る街道の様子を教えてくれる。


「危険じゃないの?」

「危険です。でも商売敵がいないですから儲けられます」

 そこまで命をかけることもないと思うのだが、私が平和な世界からやってきたからそう思うのかもしれない。

 広場には井戸も設けられており、自由に使うことができる。

 もちろん独り占めとかはなし。

 8○3みたいな連中がやってきて、「今日から俺のもんだ~」みたいなことがあるのかとおもいきや、意外とモラルが保たれている。


 昼食のためにメイドや執事たちが準備に入った。

 メイドたちが用意してくれる食事は、領主や私の分だけ。

 騎士たちの分などは含まれていない。

 当然、私が私的に雇ったアルルの食事などは、私が用意してやらなければならない。

 ――というか、彼女には毎月金貨2枚(40万円)を払う約束をしているし、それで食べてくれればいいのだけど。

 そうは考えてみたものの、一応肉などを出してやることに。


「アルル、肉があるけど食べる? 黒狼ならあるわよ」

「いいえ! 食事は自分で用意しますから! それで、あの~」

「なぁに? なんでも言っていいわよ」

「狩りに行ってもいいですか?」

「狩り? 行ってもいいけど、出発までには戻ってきてね?」

「もちろんです!」

 彼女が喜んで森の中に入っていったが、魔法を使って狩りをするのだろうか?

 まぁ、魔物が出ても魔法があればなんとかなりそうだし……。


 メイドさんたちが簡単な昼食を準備している傍らで待っていると、森の中から赤い髪が出てきた。

 彼女の手には何かが握られている。

 多分――毛を毟った鳥だと思うのだが……。


 私も、メイドからスープとパンをもらって口に入れながら、アルルの所に行く。

 お行儀悪く立ち食いだ。


「聖女様、お行儀悪いですよ」

「まぁ、ここには知っている人しかいないから大丈夫」

 見れば――やはり彼女が持っていたのは、毛を毟った鳥だった。

 それをナイフで削っては魔法で加熱して、塩を振って食べている。

 実に豪快である。


「屋敷のメイドになる前には、仕事がなくていつもこうやって食べていたんですよ」

「大変ねぇ……」

 給料なしで食事も自給自足とか、ブラックすぎる。


「あの……聖女様……」

「な~に?」

「私の給金が金貨2枚というのは多すぎるような」

「あなたは正式な魔導師でもあるし、そのぐらいもらってもいいと思うの」

 屋敷でのメイドの給金は、月に金貨1枚(20万円)だったらしい。

 それよりも、より高度な仕事なわけだから、そのぐらいもらってもバチは当たらない。

 私の護衛や雑用もやってくれるわけだし。


「でも……」

「別に無駄遣いさせるために渡しているわけじゃないからね。余ったお金は貯金をして自分のためや、困っている人のために使いなさい」

「はい!」

 納得してくれたようだ。


 周りを見渡すと、あちこちから煙が昇って皆が食事をしているのが解る。

 街道沿いで休息や宿泊に使う場所はだいたい決まっているので、旅先ではこういう風景が続くのだろう。

 騎士たちは、なにやら保存食を食べているらしい。

 声をかけてみる。


「そんな食事で大丈夫なの?」

「街や村があれば、そこで食べることもありますから問題ありませんよ」

 まぁ、騎士団は毎年毎年、王都までこの参勤交代みたいな旅行をしているベテラン揃いなのだから、心配はいらないということだろう。


 皆の食事が終わったので、出発の準備に入る。

 メイドたちが食器の片付けをしているので、声をかけた。


「食器を洗うなら、私が魔法でやったげるよ」

「ええ?! そんな聖女様に恐れおおい……」

「聖女ってのはし~っ! ね」

 私は指を口に当てた。

 メイドたちも慌てて口を押さえている。

 洗浄の魔法ぐらいなら、いくらでも使えるし、早く片付いたほうが早く出発できる。

 遠慮しているメイドに構わず、私は魔法を使うことにした。


洗浄クリーン!」

 青い光が食器などに染み込んでいく。

 私が魔法を使っているので、こちらをチラ見している旅人も多い。

 隙あらば仕事を頼もうとしているのかもしれないが、黒塗りの馬車と騎士団がいるってことはどう見ても貴族関係者なのはバレバレだ。

 この場で声をかけてくる勇者はいない。


「「「ありがとうございました~」」」

 メイドたちが、並んで礼をしている。


「いいのよ。この旅行をしている間は、私が綺麗にしてあげるから」

「そんな恐れおおい……」

「いいからいいから~」

 もちろん食器だけではない。

 1ヶ月の長期旅行なのだから、その間には洗濯も発生する。

 普通は、水を使って洗濯をするらしいのだが、それも魔法を使えば一発で終わる。


「旅の休息地や、野営地を根城にしている魔女もいるんですよ」

「へぇ~そうなんだ」


 まぁ、仕事には困らないだろうから、上手い商売のやり方かも。

 片付けが終わり、私たちは再び馬車に乗ると、森の中へと足を踏み入れた。

 しばらく順調に進んでいたのだが、空が赤みを増して周りが薄暗くなり始める頃――。

 もうそろそろ野営地だというのに、先を進んでいた馬車群が慌てて引き返してくるのが窓から見える。


 皆が血相を変えているので、なにかトラブルのようだ。



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