33話 追いかけっこ
芋の疫病も順調に駆除できており、植物用の新しい回復薬も作ってみた。
このまま順調にいけば、ティアーズ領の大飢饉は回避できるかもしれない。
――と思っていたら、領主の所にある男がやって来ていた。
その男は、王国が各地に派遣している隠密魔導部隊らしい。
いち早く私が聖女だという情報を掴んで、国王に謁見させようと領主に圧力をかけにきたらしい。
もちろん私は拒否。
ここで放り出したら、芋の疫病がぶり返して元の木阿弥。
最悪、この領地がなくなってしまうかもしれない。
男が力づくでも連れていくみたいなことをいい出したので、売り言葉に買い言葉。
私の必殺の蹴りが男の股間に炸裂した。
そこに入ってきたのはメイドの女の子。
どうやら彼女は、笛吹き隊と呼ばれる隠密の仲間らしい。
領主の屋敷に潜入していたので、真っ先に情報を収集できたわけね。
「う、動かないでください!」
「あなた、魔導師だったの?」
「そうです!」
まったく、そんな素振りは見せなかったのに……。
まぁ、すぐにバレてしまうようじゃ、スパイ失格ってことなんでしょうけど。
「あなたも、この領地を襲っている疫病を知っているのでしょう?」
「は、はい……」
「領主様、この領地の人口ってどのぐらいでしょうか?」
「およそ、15万人でございます……」
「このまま疫病を放置すれば、約半分の7万人が死んで、生き残った人も他の領地に移らねばならなくなります」
「そ、そんなに沢山の人が死ぬんですか?」
「……うぐぐ……アルル……そいつは魔女だ、耳を貸すんじゃない……」
床に転がっている魔導師が割り込んでくる。
「確かに魔女だけど、他の世界からやって来た聖女でもあるわ。私の住んでいた世界でも、同じ芋の疫病が流行したことがあったの」
「そ、それでは聖女様。実際にそのような事態になったことがあるのですか?」
「ええ、疫病が流行した地域では人口が激減して、住んでいた土地を捨てて移り住んだ人たちが沢山でたわ」
「……」
アルルという女の子が下を向いてしまった。
「私を無理やり王都に連れていく――そんなことのために沢山の人が死んで、住んでいるところを捨てなくてはならなくなるのよ? あなたはなんとも思わないの?」
「そ、それは……」
「ここで働いているあなたは、楽しそうだったけど?」
「は、はい、ここの屋敷の人たちはすごくよくしてくれました」
「そういう人たちも、みんな散り散りバラバラになるのよ?」
「あ、アルル! ま、魔女の……言葉に耳を貸すな!」
あ~うるさい。本当に玉々を潰してやろうかしら。
「で、でも……私は孤児から魔導部隊に育てていただいた恩がありますし……」
なるほど~、そういう子どもたちを捕まえて駒にしているわけね。
「そ、そうだ、アルル! 今こそ、魔導部隊への恩と忠誠を――」
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
「うぎゃ!」
私の放った光の矢が、床に転がっている男に命中した。
まぁ、死にはしないだろう。
随分と手加減が上手くなったもんだが、私の魔法を見たアルルという女の子が青くなっている。
「し、承知いたしました。聖女様の仰せのままに……」
彼女が床に膝をついた。
「あら? 随分あっさりと翻意してくれたのね」
「わ、私ではとても敵わないことが解りましたので」
そうなんだ。
国の隠密部隊となれば腕っこきが揃っているはずなのに、その人たちが諸手を挙げて降参してくれるってことは、私ってば結構すごい?
「もう、笛吹き隊なんてやめちゃって、別の所で働いちゃうとか?」
「それでは、聖女様の下で働かせていただけるんですか?!」
顔を上げた彼女の目がキラキラと輝いている。
「え?! なんでそうなるの?!」
「だめですかぁ……」
「いやぁ、駄目じゃないけど。お給金が払えるかどうかも解らないし……」
まぁ、奇跡で治療ができるなら、貴族や金持ちの病人から金をふんだくればいいわけで。
どうでもいいことを話していると、領主が慌てている。
「し、しかし聖女様。笛吹き隊にこのようなことをして……」
「え~と、まさかこのまま埋めちゃって、なかったことにはできないですよねぇ」
「それはちょっと……」
領主が本当に困った顔をしている――当たり前だ。
自分で言ってて怖くなるが、やってしまったものは仕方ない。
「う~ん、どうせバレるなら先手を打ちましょう」
「先手ですか?」
「領主と国王陛下の間で交わす、正式な書簡というのはあるのですか?」
「はい、公式書簡というものになりますが」
「では、その公式書簡で、聖女の私が隠密魔導部隊をぶっ飛ばして、ティアーズ領に留まる選択をしましたと正式に申し出ましょう」
もちろん認めなければ、他国に亡命することも視野に入れていることも明記する。
領主にその旨を書簡にしたためてもらう。
サインは、私と領主の両方を入れた。
「聖女が亡命したいと言えば、他国からどういう反応が来るでしょうか?」
私の質問に領主が答えた。
「おそらくは、引く手あまただと思われますが……」
「それなら交渉も上手くいくでしょう」
「ああ、国王陛下からなんと言われるだろうか……」
領主が頭を抱えているが、他に手がない。
「だいたい、私が聖女だって知っているってことは、ティアーズ領に疫病が蔓延していることも知っているはずですよ」
「た、確かに」
「それを承知でこんな命令を出してくるなんて、あんまりです」
「……」
「どのみち、ここで私が抜けたらどうなるかは説明しましたよね?」
「……し、承知いたしました。私も覚悟を決めまする」
「そうこなくっちゃ!」
領主が公文書簡の準備をしていると、ドアからヤミの声がする。
「にゃー」
「ちょっと、ドアを開けてあげて」
「はい」
メイドのアルルがドアを開けてくれた。
「にゃ!」
「この人って例の笛吹き隊なんですって! もう嗅ぎつけてきたのよ」
「うにゃー」
彼に、ここであったことを話す。
「このメイドさんも仲間だったみたいだけど、私に寝返った――のよね?」
「はい、私は聖女様とともにあるつもりです」
「お給金ってどのぐらい払うものなの? 笛吹き隊の給料っていくら?」
「ありません」
「ええ?! 無給なの?!」
「はい」
目的地に潜伏して、自分で仕事を探して自分で稼いで生活するらしい。
「それで、なにか情報を掴んだりしたら本隊に連絡するんだ」
連絡には、獣人の飛脚を使っているらしい。
王都まで距離がどのぐらいあるか解らないが、1日で着くという。
凄い。
「そうです」
床でひっくり返っている幹部クラスは、お金が出ているみたい。
「え~? それってひどくない?」
「私は孤児で、拾われた下っ端なので……」
笛吹き隊もかなりブラックね。
「それじゃ、あなたはこの屋敷からもらうメイドの給金で活動をしていたわけね」
「そのとおりでございます」
「だってさ。知ってた?」
「にゃー」
「そうよねぇ」
ヤミも知らなかったらしい。
そりゃ、隠密部隊は隠れているから隠密だしねぇ。
こんな顔バレして捕まっている時点で隠密失格だし。
「にゃ?」
「どうしようか迷っている」
「にゃー」
「そんなことを騎士団にさせるわけにはいかないでしょ?」
「ネコと喋っている……」
アルルが、ヤミのことをじ~っと見つめている。
「これは魔法だから」
「そんな魔法は初めてみました」
「魔導師が使うような正式な魔法じゃないみたいだし」
「にゃー」
「え? 君がどうするの?」
なにやら、ヤミが床に転がってる魔導師の処理をするらしい。
「ええ? あまり酷いことしないでね?」
埋めようとか言ってた私の台詞ではないが。
「にゃ」
彼のことを信用してもいいのだろうか?
「魔法を使うの? その身体で魔法は使えるの?」
家で結界の魔法を維持していたようだが、普通の魔法も使えるのだろうか?
「にゃー」
「手伝う? どうやって?」
彼に魔力を貸すらしい。
私は、ヤミの言うとおりに、彼の毛皮をなでながら魔力を込めた。
「うにゃー」
青い光をまとった彼が、前脚を伸ばして転がっている魔導師のおでこに押し当てた。
離すと、男のおでこに肉球の跡がついている。
「ぷ、なにそれ?」
思わず吹き出してしまったが、なにかのまじないだろうか?
「にゃ」
「これで、魔導師の魔法を封じられるの?」
「にゃー」
彼が許可すれば、魔法も使えるらしいが。
「ええ?! そのネコって魔法が使えるんですか?」
「使えるみたいなのよねぇ」
「本当にネコなんですか?」
「さぁ……私がいた世界のネコと随分と違うみたいだし」
多分、元世界のネコと魔法で話してもこんなに高度な会話はできないと思うし。
ヤミは私たちの会話を聞きながら、顔を洗っている。
「聖女様、公文書の準備ができました」
公文書簡というのは文面が決まっているらしい。
それに則って記されたものじゃないと受け付けてもらえないようだ。
領主が書いた文書と一緒に、私の書いた文書も一緒に送る。
文面は――先程話していた、無理に呼びつけるなら他国に亡命するというあれだ。
隠密の魔導部隊も捕らえたと書いておこう。
最後に本名で署名する。
こちらの文字と、日本語でも書いておく。
準備が整うと、領主が机の上の丸いなにかを押した。
音はしなかったが、すぐに黒い服を着たロマンスグレーの執事が現れた。
「領主様、お呼びでございましょうか?」
「うむ、国王陛下宛に公文書簡だ。『機密』『至急』でな」
「かしこまりました」
手紙を受けると、執事が部屋から出ていった。
書簡には、重要度に応じて「普通」「重要」「機密」があり、速さで「普通」「急ぎ」「至急」に分かれているらしい。
「至急」だと、手紙を運ぶ獣人の飛脚たちが、リレーのように受け渡し昼夜問わず走り続けるという。
「ヤミ、ここから王都のお城までどのぐらいの距離があるの?」
「にゃ」
「650リーグってどのぐらい?」
「聖女様、普通の馬車だと3週間ほどかかる距離です」
アルルが教えてくれた。
「そ、そんなに遠いの?」
「にゃー」
ヤミは、キロメートルという単位を知っているようだ。
歴代の聖女たちが、その話をするので有名らしい。
「そのキロメートルなんだけど、1リーグってなんキロメートル?」
「にゃ」
どうやら、約1.6kmだという。
マイルと同じってことね。
「え~と、それじゃ650リーグは――1000km以上? 遠い~」
車でも大変そうな距離を、馬車で移動。
気が遠くなりそうである。
「え?! 今、計算なされたのですか?」
「ええ、このぐらいなら暗算でできるわよ」
「にゃー」
「君が褒めてくれるなんて珍しい」
国王向けに手紙を出してしまったのだが、領主はまだ心配しているようだ。
「ほ、本当にこれでよかったのだろうか?」
もうなるようにしかならないと思うのだが――まぁ、15万人もいるという領民の運命は彼の双肩にかかっているのだから、心配するのも当然だろう。
領主と話していると、ドアがノックされた。
「あの、お父様……?」
この声はククナだ。
「ククナ、今大切なお話を聖女様としているから、お前は部屋にいなさい」
「はい、解りました……」
ちょっと可哀想だが、床には魔導師がひっくり返っているし、この光景はちょっと見せられない。
「ヤミ、この人をどうするの?」
「にゃー」
「本当に君に任せていいの?」
「にゃ」
魔法を使ったので、問題ないらしいのだが――。
心配していると、床に転がっていた男が目を覚ました。
「はっ! お前たち?!」
部屋にいた全員の視線が男に集まる。
男が起き上がると、アルルが歩み出て頭を下げた。
「ルクス様、私は笛吹き隊から抜けて、聖女様の配下になることにいたしました」
「そ、そのようなことが認められると思うのか!?」
「たとえ認められなくても、私は聖女様についてまいります」
「今まで育ててやった恩をなんだと思っているのだ! 所詮は、貧民窟出の下郎か」
そう吐き捨てた男の言葉にちょっとムカつく。
使い捨ての駒を集めただけなのに、なにを偉そうに。
「国王陛下への手紙を出しちゃったし、もう諦めたら?」
「ははは! なにを馬鹿な。ここからお前の首に縄をかけて引っ張っていけばいいだけの話」
「私を聖女とかいって、敬うつもりは最初からないのね?」
「形だけなら、いくらでも頭を下げてやるぞ? ははは!」
聖女ってのは高い身分で敬われていると思っていたのだが、そうじゃない人もいるようだ。
要は既得権益ってやつだろう。
聖女なんて偉い人を認めれば、私利私欲を肥やす分が減るわけで。
「私を引っ張って行くって、どうやって? さっき魔法で私に負けたじゃない」
「あ、あのような卑劣な手を使って勝ったぐらいで、なにを勝ち誇っているのか。さすがは下賤な魔女!」
「あ~はいはい。とっとと、やってみれば?」
私の言葉に、男の顔が真っ赤になった。
「言わせておけば!」
「魔導師様! お止めください! こちらは聖女様なのですぞ?」
思わず領主が止めに入ったのだが、男はまるで言うことを聞かない。
「それがどうした! 私は勅命を果たすまで!」
こりゃ、話し合いは通じなさそう。
「ヤミ、大丈夫なの?」
「にゃ」
「私の魔法を受けてみよ!」
「魔導師様!」
部屋の中で魔法を使うらしい。
青い光が周りから集まってきた。
それはいいのだが、こんなに時間がかかるなら、その間に攻撃されて終了だと思うのだが……。
男がなにかの魔法を展開しようとしたのだが――。
「ぐわぁぁぁぁ!」
青い光が、ピンクの破片になってバラバラと床に転がって消えていく。
頭を抱えた男が床に膝をついた。
「ルクス様!」
悪口を言われたというのに、アルルが男の身体を心配している。
いい子すぎて、汚れ仕事などに向いていないのでは?
「彼はどうしたの?」
「にゃ」
その正体は、さっきヤミが男にかけた魔法だ。
男のおでこに、肉球の跡が残っている。
対象が魔法を使おうとすると激痛が襲うらしい。
随分といやらしい魔法だ。
彼の性格をよく表している。
「それは魔法封じの魔法らしいよ。床に転がしていたのに、縛り上げたり剣を突きつけたりしていない時点でおかしいと思わなかったの?」
「ぐうう……ま、魔法だと?」
男がドアをチラ見した。
「あ!」
「くそっ!」
魔導師がアルルを突き飛ばして、ドアから飛び出した。
「ヤミ、逃げちゃったんだけど……?」
「にゃ」
彼はまったく慌てていない――と、いうことは、まだなにかあるらしい。
「ぎゃぁぁ!」
すぐに男の叫び声が聞こえてきた。
「にゃー」
「そうなの?」
魔法をかけた対象がヤミから一定距離を離れると、身体に激痛が走るらしい。
「にゃ」
「なんだか、孫悟空の緊箍経みたいね」
「にゃー」
「孫悟空って知っているの?」
「にゃ」
歴代の聖女からもたらされた寓話として、有名なものらしい。
ちゃんと猿の英雄だと認識されている。
「へぇ~」
感心していると、男が転がりながら戻ってきた。
「これをなんとかしろぉ!」
「なんとかって……彼に頼んだら?」
私はヤミを指した。
「その畜生がなんだと言うのだ!」
「あなたに魔法をかけたのは彼だし……」
「な、なんだと! そんな馬鹿な話があるか!」
「嘘を言っても仕方ないし……」
男がなんとかしろと言っているのだが、そんなの知らんがな。
「この!」
男がヤミを捕まえようとしたのだが、ひらりと躱すとドアから廊下に出てしまった。
するとどうなるか。
「あぎゃぁぁ!」
「早く追っかけたほうがいいよ。多分、彼と距離が離れると、痛みも増すと思うし」
「ひぃひぃ!」
彼は慌てて廊下に飛び出ると、そこでコケた。
「ぎゃぁうぎゃぁ!」
転がっている場合ではないのだが――這うようにして、ヤミを追っかけ始めた。
ネコが本気で逃げたら、人間には捕まらないと思う。
まぁ、あの男はヤミに任せておけばいいってことね。
「さて、領主様――お仕事にまいりましょうか?」
「よ、よろしいのですか?」
領主はあっけにとられている。
「ええ、私もこの領を浄化するまでは、てこでも動かないつもりですので」
「し、承知いたしました」
とにもかくにも、芋の疫病をなんとかしなければ、この領は壊滅してしまうのだ。
追いかけっこしているヤミを屋敷に残し、私たちは疫病を浄化するために次の村に向かうことになった。
いつもと違うのは、アルルが同行している。
元々、領主の屋敷で雇われていた彼女だが、私の従者になった。
もちろん領主からの許可も得ている。
彼女は正式な魔導師らしいので、魔物に襲われたりした場合には戦力になるだろう。
実際、私たちはワイバーンなんて大きな魔物に遭遇しているわけだし。
玄関に、メイドたちとメイド長が並んでいたので、アルルの話をしたほうがいいだろう。
「ダイアナさん~」
「なんでございましょう、聖女様」
「彼女は私の従者になったので、よろしく~。領主様の許可ももらっているから」
私はアルルを指すと、彼女がペコリとお辞儀をした。
「え? 彼女がですか?」
「ええ」
「「「ええ~っ!? ずるい~! なんでぇ?!」」」
一斉に、メイドたちがブーイングが起こる。
「彼女は隠していたみたいだけど、魔導師なんだよねぇ」
「本当なのですか? アルル」
「メイド長――今まで隠しごとをしていて、申し訳ございませんでした……」
「それは構いませんが、魔導師ならメイドになる必要がなかったのでは……」
「まぁ、そこら辺は色々と事情があったみたいなのよねぇ」
アルルが笛吹き隊だとは言わないでおくが、屋敷内で追いかけっこをしているあの男からバレるかもしれないが。
「え~?! 魔法が使えるなら、魔法で仕事を手伝わせればよかったぁ!」
「給料が同じだったら、それは嫌よねぇ」
「……」
一応、アルルに確認したのだが、彼女はコクリとうなずいた。
仕事をサボったり効率を上げるために、密かに魔法を使っていた可能性はあるが。
「それからダイアナさん」
「はい」
「屋敷の中で、変な男とネコが追いかけっこしているけど、放置しておいてください」
「ああ、さきほど見かけましたが……」
「まぁ、ヤミにまかせておいていいから」
「聖女様の仰せのままに……」
新しい仲間であるアルルは馬車の御者席に座る。
私が領主と一緒に馬車に乗り込もうとすると、ヴェスタがやってきた。
「聖女様、そのメイドは?」
「彼女は私の従者になった魔導師ですよ」
「そ、そうなのですか……」
私の言葉を聞いた彼は、ちょっとショックを受けているような顔をしている。
――というか、捨てられそうになった子犬みたいな表情というべきか。
思わず、なでなでしたくなってしまうのだが、ここはぐっと我慢。
そのまま次の村に行くと、作業を行う。
――そして、気がつくとまた真っ暗な屋敷の中。
「これはどうにかならないのかな?」
ベッドにはヤミが丸くなって寝ている。
彼を追いかけ回していたあの男はどうしたのだろうか?
明かりの魔法を灯し、ドアを開けるとメイドが座っていた。
その反対側には、体育座りで座っているアルルと、廊下にひっくり返っている、あの魔導師の男。
「あ、聖女様。お目覚めですか?」
「食事をお願いします」
「かしこまりました」
「あの男は?」
「ネコを追いかけ回していたのですが、最後には精根尽き果ててあのような状態に……」
「まぁ、放っておいていいわね」
私はアルルを起こした。
「あ、聖女様……」
「こんな場所で寝てないで、私のベッドを使ってもいいわよ」
「でも……」
「はいはい、いいから」
彼女を部屋の中に入れて、メイド服を脱がせると、ベッドに放り込んだ。
芋畑の浄化は上手くいったようだ。
アルルが感激をしている。
それはいいけど、これじゃまずいわよねぇ。
彼女の寝る場所も確保しないと。
メイドたちに嘘をついて働いていたから、メイドの宿舎を使うのは少々気まずいだろうし。
「にゃー」
「あ、起こしちゃった?」
「にゃ」
「あの魔導師は、ちょっとやりすぎじゃない?」
「うにゃ」
まだ、足りないぐらいだと言っている。
あの男も任務に忠実なだけだったのかもしれないが、災難に巻き込まれたようなものだ。
まぁ魔女を小馬鹿にしていたし、同情する気にはなれないが。





