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30話 聖女のお勤め


 私が聖女!?

 なんか、とんでもないことになってしまった。

 自分でも信じられないが、私の力で疫病の芋畑が浄化されたらしい。

 私は祈った瞬間に意識を失って、どうなったのか解らないのだが。


 思い起こせば――黒狼に襲われたヤミの大怪我が治ったりしていたし、あれが聖女の力ということなのだろうか。

 この世界の聖女は、他の世界から召喚される存在らしく、私が異世界人だとバレてしまった。

 沢山の目撃者もいるし、言い逃れはできない。

 バレてしまったら隠す必要もない。

 街の皆さんにはお世話になったし、人々のために一肌脱ぐことを決意した私だったが、本当にそんな力があればいいのだけど……。


 私は騎士団に守られた黒い馬車に乗り込んだ。

 聖女と認定されてしまったからには、もう魔女の黒い服装はできない。

 せっかく馴染んできたところだったのだが、この世界の決まりなのだから仕方ない。


 領主と対面に座り馬車に揺られながら、魔法の袋から回復薬ポーションを出して話す。

 私の隣の椅子には、ヤミが丸くなっている。


「これが私の持っている回復薬です」

 高性能バージョンと、廉価バージョンを渡した。


「これで芋の疫病が治るかもしれないと?」

「癒やしの奇跡というのが、私の力というのであれば、それを注ぎ込んだ薬にも同じ効果があるかもしれません」

「なるほど……確かに」

「こっちの暗い色のほうが簡単に作れますから、それで治れば儲けものですね」

「どうやって使えばよろしいのか?」

「薄めたものを霧吹きで――あの霧吹きってあります?」

「霧吹きというと、女が香水を使うときのあれでしょうか?」

 香水瓶も、歴代の聖女が広めたものらしい。


 まずは、その香水瓶を使って回復薬の原液から1/100程度に濃度を変えて試してもらう。

 薄めて使えるのなら、そのほうがお得だ。

 私が畑で力を使うと、ぶっ倒れてまた1日なにもできないので、その間の試験を領主に頼んだ。


「効果があるようでしたら、できればもっと大型の霧吹きがほしいのですが」

「そのときには、すぐに職人を呼んで作らせましょう」

「よろしくお願いいたします」

 なにせ、力を使うと私はなにもできない。

 彼らに頼むしかないのだ。


 馬車の中で話している間に、デュガという村に到着した。

 そのまま、ここら一帯を治めているという男爵の屋敷に向かう。

 白い壁に沢山の蔦が絡みついた、2階立ての小さな屋敷が見えてきた。

 壁は漆喰であろうか、ここからでは木造なのか石造りなのか、いまいち判別がつかない。

 屋敷の周りにも畑があり、ここの貴族は畑仕事もするのだろうか?

 木製の柵に囲まれた小さな庭の前に馬車が止まると、すぐに中から人が出てきた。


 茶色の髪の毛をオールバックにした、初老の男性だ。

 焦げ茶色のズボンに、白いシャツと茶色のベストを着て、顎には少し髭が生えている。


「領主様!」

「おう! ダムゼル、すぐに来てやったぞ!」

「連絡をくだされば、お迎えに上がりましたのに」

 2人の表情やら、言葉遣いから随分と親しそうだ。


「そんな時間はないことは、お前にも解るだろうが」

「た、確かにそうですが」

 男性の顔を見ても、かなり深刻な状況だと解る。


「すぐに畑に案内しろ。なるべく被害の中心がいい」

「中心ですか? 畑の真ん中になりますが」

「それで構わん」

 私も挨拶をしたほうがいいだろうか?

 彼の前に行って、スカートの裾を持って礼をした。


「私はノバラと申します。お見知りおきを――」

 突然、女性が現れて挨拶をしたので、男爵が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「領主様――もしや、新しい正室様でございますか?」

「馬鹿なことを申すな。そんなことをやっている場合ではない。早く畑に案内せい」

 緊急事態だというのに、新しい嫁さんを連れてくるわけがないじゃない。

 ちょっと抜けた感じはするのだが、悪い人ではないようだ。


「か、かしこまりました。おい! 馬だ! 早く用意しろ!」

 彼が後ろを向いて、裏手から出てきた使用人に告げた。

 すぐに黒い馬が用意されると、男爵がそれにまたがり、私たちを先導し始めた。

 そのまま30分ほど細い農道を進み、一面の芋畑の中に到着した。


 馬車から降りて畑の様子を見てみる。

 見事に一面が枯れているのだが、本当に私の力とやらでこれがどうにかなるのだろうか?

 馬から降りた男爵が私たちの所にやってきた。


「領主様、このような有様なのでございます」

「むう……」

 騎士たちは馬に乗ったまま、話し合っている要人を囲むようにガードしている。


「これは酷いですねぇ」

 私の言葉に領主が心配そうに返した。


「なんとかなりそうでしょうか?」

「領主様、その女性はいったい?」

「ダムゼル! 今から起こることは、ときが来るまで他言無用だぞ?!」

「はぁ、領主様のご命令とあらば……し、しかし」

 ここで話していても仕方ない。

 とりあえず、やることはやってから次の計画を練らないと。


 私が畑の中に入ると、護衛にヴェスタがついてきてくれた。


「ヴェスタ様。昨日倒れたときに運んでくれたのはどなたなのですか?」

「私です」

「ありがとうございます。それでは、今日もお手数をおかけいたしますが、お願いいたします」

「かしこまりました」

 彼が畑に膝をついた。

 私に対しても敬語とか――彼との間に隔たりができてしまったようで悲しい。


「それではいきます」

 今日は白いドレスを着ているので、立ってやってみることにした。

 それはいいのだが――祈るというのは、本当に神様に祈ったほうがいいのだろうか。

 いままでは、なんとなく祈っただけだったのだが……。


「天にまします我らの神よ。我らに平穏を与えたまえ。願わくば神の奇跡で眼下に広がる疫病を退けたまえ」


 ――次の瞬間、真っ暗。

 一瞬どこなのか迷ったのだが、手で辺りを触ると私はまたベッドの上。


光よ(ライト)

 白い光が天井を浮かび上がらせる。

 それは前と同じなので、また同じ部屋に寝かされているようだ。

 身体を起こすと毛布の上にヤミが寝ているので、彼のサラサラの毛皮をなでる。


「ほら、君が来ても、私が倒れるのを見るだけじゃない」

「にゃ」

「ふふ、ありがと」

 彼が大きくあくびをしたのだが、こんなことに巻き込んでしまっていいのだろうか?


「ヤミ?」

「にゃ」

「君は、私なんかを助けて後悔しているんじゃない?」

「……」

「魔物に襲われて大怪我はするし、家は燃やされちゃうし……」

「にゃー」

「そう言ってくれるのはありがたいのだけど……」

 彼はネコなのに、私よりずっと大人だ。


 ベッドの縁に腰かけるが、寝ていたわけではないのに眠くはない。

 眠気は皆無だが、腹が減った。

 そりゃ力を使って倒れて、1日1食なのだから腹は減るだろう。

 これは連続ではできない。

 せめて2回食事をした時点で、力を使うとかしないと身体が保たないし。


 窓の外も真っ暗なので、今は夜らしい。


「はぁ、お腹がすいた……」

 夜中のなん時なのか解らないが、食堂に行けば食べ物があるかもしれない。

 魔法の袋にも食料は入っているが、パンや果物、生肉ぐらい。

 ドアをそっと開いて廊下を見れば――メイドさんが椅子に座っていた。

 彼女の横には小さな台が置いてあり、その上には魔法のランプが光っている。


「あ、聖女様! お目覚めですか?」

「ええ、あの~悪いんだけど、食べ物ってあります?」

「はい! すぐに用意いたします!」

「食堂に行けばいい?」

「いいえ、ここに運んでまいりますので!」

「ありがとう。それじゃ、お願いします」

「かしこまりました」

 メイドさんが一礼すると、ランプを持って暗い廊下を走っていった。

 私の目が覚めるまで、交代でスタンバってくれていたのか。

 大変そうだ。


 部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて待つ。


「にゃー」

「食事を運んできてくれるんだって」

「にゃ」

「君の分はあるのかなぁ? なかったら、魔法の袋の中に入っている肉を温めてあげる」

 それでいいらしい。

 そのまま30分ほど待っていると、料理を載せたカートが2台やって来た

 メイドさんも2人だ。

 黒髪ロングの女の子と、赤髪ショートの女の子。

 赤髪の子は、私の回復薬ポーションの実験台になってくれた子だ。


「わざわざ、こんな夜中まで起きててくれたの? ありがとう」

「いいえ、聖女様の大変なお仕事に比べたら、このぐらいはどうってことありません」

「どうか、この領地をお救いください」

 メイドさんたちも、私に対して敬語になっており、微妙に壁ができてしまったようで寂しい。


「まかせて! ――と言いたいところだけど、どうなるか解らないしねぇ。頑張ってはみるけど……」

「「お願いいたします!」」

 2人揃って頭を下げた。


 それよりも食事だ。

 腹が減っては戦ができぬ。

 料理は、スープやパン、肉をローストしたっぽい料理。

 量も沢山あるし美味しそうだ。

 料理をテーブルの上に載せてもらうと、椅子に座る。

 ロースト肉をナイフで切り取り、魔法の袋から取り出した皿に載せた。


「にゃー」

 それを床に置くと、美味しそうにヤミが食べている。

 私も肉を頬張りながらメイドさんと話す。


「今って、夜中のいつごろ?」

「深夜の日付が変わるころだと思います」

 黒髪のメイドが答えてくれた。


「はぁ~なるほどねぇ」

 1度盛大に力を使うと、13~14時間ほどひっくり返るようだ。

 このまま朝まで起きてて、朝食を食べれば復活できるかも。

 とりあえず、食事を欠かさないようにしなければ。


「デュガって村がどうなったか、聞いた?」

「……」「私たちには、なにも……」

 機密保持のために、メイドには話していないのだろうか?


「そうなんだ」

「もうすぐ、領主様が起きていらっしゃるので、直接お聞きください」

「ええ?! 領主様も寝ている時間でしょ?」

「聖女様が目を覚まされたら、すぐに起こすように仰せつかりましたので」

 起こしちゃったんだ……寝起きの悪い人じゃなければいいけど。

 寝起きの酷い人は、マジで酷いからなぁ。

 本人に悪気はないのだろうけど。


 食事をしていると足音が近づいてくる。

 開けっ放しのドアから入ってきたのは、白いガウンを着た領主だった。

 2人のメイドが左右に分かれて彼の後ろに回り、そのままドアを閉じる。


 私は立ち上がったのだが、挨拶が出てこない。

 え~と、こんばんはかな?

 違う?


「お疲れ様でございます」

 とっさに口から出たのがこれ。

 会社じゃないんだから、社畜の癖が出てしまった。

 我ながら間抜けな気がする。


「なにをおっしゃる。お疲れなのは聖女さまではありませぬか」

「あはは――空腹ではありますが、別段疲れていることはありません」

「聖女様が降臨してくださり、感謝の言葉も見つかりません」

 別に降臨したわけじゃないんだけど。

 とりあえず領主には座ってもらい、私も食事を続けることにした。

 このあとも聖女の仕事を続けるなら、とにかく体力だ。


「あの――私は食べながらでもいいですか?」

「ええ、構いません。聖女様の、なされるように」

 それでは遠慮なしに食べさせてもらう。


「私が祈った村はどうなりました?」

「まさに奇跡の一言です!」

「そ、そうなんですね」

 やっぱり、きちんと祈ったほうが効果が高いらしい。

 あの広大な畑を一発で浄化したのか。

 我ながら驚く。

 ――といっても、私はすぐに倒れてしまうので、どうなったのかまったく解らないのがもどかしい。


「聖女様がおられなかったら、今頃この領はどうなっていたことか……」

「まだ疫病に侵されている畑は残っているのでしょう? 油断は禁物だと思われますよ」

「そ、そのとおりでございます」

 領主は、自分でも気が早いと思ったに違いない。


「それから、芋の疫病に回復薬ポーションを使う件はどうなりましたでしょうか?」

「それですが――やはり専門家の手助けが必要と感じ、薬問屋に助けを求めました」

「ああ、あの方なら大丈夫そうですね」

「はい、それで実際に実験をしてみたのですが、効果は絶大でした」

「やっぱり!」

 普通の薬じゃ、いきなり効果が出るなんてことはありえないのだが、そこは魔法の薬。

 すぐに目に見える効果が現れたのだろう。


「原液での効果を確認いたしましたので、どのぐらい薄めて使えるのか引き続き調査をいたします」

 廉価バージョンの回復薬でも効果があったようなので、高性能バージョンを薄めて使えるのは確実だろう。

 それは僥倖だが、あの回復薬は原料の入手が難しい。

 簡単に作れるほうが本命になるだろうが、植物用に薬をチューンナップできないだろうか。


「薬問屋のバディーラはなにか言ってましたか?」

「芋に薬を使うなんて思ってもみなかったと……」

 元世界なら農薬を使うのは普通だしなぁ。

 そもそも、農作物が疫病になるという考えかたがないのか。

 ヨーロッパの大飢饉のときも、原因が解らなかったみたいだし。


「明日、私が目覚めたときに合わせて、バディーラを呼んでいただけますか? 多分、夜になってしまうと思いますけど……」

「かしこまりました。夜中でも明け方でも、首に縄をつけて引っ張って連れてまいります」

 彼には少々可哀想かもしれないが、芋の疫病が治療できなければ、大飢饉でこの領は崩壊する。

 文句を言っている場合ではないだろう。

 彼は聡明なので、それは理解しているはずだと思うし。


 朝一で出発して畑を浄化したあと、13~14時間後に目覚めるってことは――夜の9時か10時ごろになるかな?


「よろしくお願いいたします」

「……うう」

 領主が下を向いたまま動かない。

 それどころか泣いているようだ。


「領主様、いかがなされましたか?」

「まことに――聖女様がいらっしゃらなければ、この領は未曾有の大飢饉によって、荒れ地となっていたことでしょう……」

 彼が言葉を詰まらせながらつぶやいた。


「先ほども申し上げましたが、まだ気が早いと思いますよ」

「そ、そうですな」

「それに、この領で起こっていることは、他領でも進行している可能性が……」

「……聖女様になんと言われようと、軽蔑の眼で見られようと、私は自領のことしか考えられぬのです!」

 彼の言葉は他領のことなどどうでもよく、自領を優先するということなのだろう。

 領民のことを考えれば、それは致し方ない。

 親だって、他人の子どもより自分の子どもを優先するではないか。

 それを誰が責められよう。


「領主様、御心はあなたとともにあります」

「ううう……聖女様」

 領主が肩を震わせ涙を流している。

 彼には悪いのだが、我ながらインチキ宗教の教祖みたいだ。


 私は、魔法の袋から綺麗な麻布を取り出した。

 これがハンカチかは知らないが、これしかないのだ。

 多分、先輩がハンカチとして利用していたものだと思われる。


「こんな粗末な布しかないのですが」

「……いいえ、聖女様から賜るなど、この布は千金に値いたします」

 彼は涙を拭くと、それを持つと椅子から立った。


「あの、街の様子はどうでしょうか?」

「聖女様の件は箝口令を敷いておりますが、芋の疫病の件は流れているようです」

「不安から、暴動などが起きなければいいのですが……」

「それは騎士団と衛兵たちにまかせております」

 騎士団も大変だとは思うが、そのための彼らだ。

 ここで働かなくては、どこで働くというのか。


 明日の朝からのことを頼むと、彼がドアから出ていった。

 まだまだやることは山程ある。

 先行き不安で夜も寝られないかもしれないが――まぁ、過労で倒れたとしても、多分私が癒やせばいいのだろう。


「はぁ……とりあえず、私は腹を満たそう」

 こっちも体力勝負だ。

 このままいけばなんとかなりそうだが、私の力に制限などはあるのだろうか?

 なにせ初めてこんなことをするのだから、どのぐらいの面積を癒せるのか不明だ。

 ひょっとすると、明日にも力が使えなくなる可能性だってある。

 聖女の奇跡を期待している皆の前では、そんなことを口に出して言えるはずもないが。


 食事をしているとドアがノックされた。


「どうぞ~」

「……」

 そうっと入ってきたのは白い寝間着のククナだった。

 フリフリが沢山ついていて、下ろしたツインテールが腰の辺りまで伸びている。

 本当にお姫様のよう。

 いや、本当にお姫様なんだけど。


「まだ、おやすみになられてなかったのですか?」

「……」

 彼女は、下を向いたまま立っている。


「どうなさったのですか」

「あ、あの聖女様……」

「2人のときには、今までどおりでいいですよ?」

「本当?」

「はい」

「お姉さま……」

 彼女が泣き始めてしまったので、席から立つと抱きしめてあげる。

 ベッドから降りたヤミも、彼女の脚にスリスリしている。

 私にはそういうことしないくせに。


「なんだかよくわからないうちに聖女になってしまいましたが、中身が変わったわけではありませんし」

「うん……」

「だいたい、聖女ってどのぐらいの身分になるの?」

「にゃー」

「そうなの?」

 ヤミの話では、国王陛下と同じぐらいの身分になるらしい。

 それじゃ国家元首クラスか。

 そりゃ貴族様も敬語になるわけだわ。


「ククナ様、落ち着いたら生クリームを作りましょうか?」

「本当?」

 見上げた彼女の泣き顔が明るくなる。


「ええ――畑のことは、私と領主様、騎士団にお任せしておやすみください」

「うん……」

「ヤミ、お姫様と一緒にいてあげて?」

「にゃー」

 行ってくれるようだ。

 ククナがしゃがむと、ヤミが彼女の肩に乗った。

 彼女もなにか手伝いたいのかもしれないが、私の力を使うことと、あとは回復薬ポーションに頼るしかない。

 お姫様をドアの所まで送ると、メイドが待機していた。


「ククナ様を寝室まで、よろしくお願いいたします」

「かしこまりました、聖女様」

 聖女なんて、そんなガラじゃないってのに、これは慣れるしかないのだろうか。

 暗い廊下をメイドに付き添われたククナが歩いていく。

 彼女のことはヤミに任せよう。


 さて、お腹はいっぱいになったが、まったく眠気はないし、やることもない。

 本当は、回復薬の試作などをしたいのだが材料がない。

 真夜中なのに、夜勤のメイドさんに手伝ってもらうわけにもいかないしね。

 明日、薬問屋のバディーラが来たときに打ち合わせだ。


 薬草の勉強と、魔法の勉強でもしよう。

 聖女とか持ち上げられても、力がなくなったりすれば、即ポイだろうし。

 そのときは、また魔女の仕事をするしかないわけで、勉強をしておくに越したことはない。


 そのまま窓の外が白み始めて、朝が来た。

 屋敷の中に日の光が入ってくると、途端に騒がしくなる。

 私の部屋にも食事が運ばれてきた。

 この食事でだいぶ回復することができるだろう。

 朝食にはゆで卵がついていたのだが、味は濃厚で美味しいタマゴだ。

 これでお菓子を作ったら美味しいに違いない。


 食事を食べ終わると、ドアがノックされた。


「は~い、どうぞ」

 ドアを開けて入ってきたのは、騎士団長とヴェスタ。


「聖女様、お迎えにまいりました」

「着替えてから、すぐに玄関にまいります」

「承知いたしました」

 団長の後ろにいるヴェスタが寂しそうなのだが、仕方ない。

 この騒動が丸く収まれば、いくらでも2人で話す機会もある。

 収まらなければ、この領に住んでいるすべての人たちが路頭に迷う可能性すらあるのだ。


 騎士が退出したあと、メイドさんたちがやってきて着替えさせてくれる。

 もう1人で着替えたりもできない。

 だいたい、背中にボタンがあったりするので、最初からそういう人向けのドレスなのだ。


 着替えてから玄関に向かうと、ヤミを連れたククナと領主が待っていた。

 彼女は現場に向かうわけではないだろう。

 しゃがむと、ヤミが私の肩に乗ってきた。


「ククナ様、彼がいなくて大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。いつまでも暗い顔をしていたら、クロに笑われてしまいますから」

 表情が明るいので問題ないようだ。


「それでは聖女様、まいりましょう」

「はい」

 領主と一緒に玄関を出ると、馬車に乗り込む。

 今日の現場は、カルドという村らしい。


 騎士団に護衛された馬車に揺られて街を出るが、この道はいつも私が通っていた道だ。

 街道から横道に入ると、目的地の村を目指す。

 1時間ほど進むと、黒くしなびた芋の畑が増えてくる。

 かなり広範囲に広がっているようだが、一発のお祈りでここまで浄化できるものなのだろうか?

 少々心配なのだが、領主の話では私の予想よりはるかに広い地域まで、私の力が及んでいるらしい。


 もう少しで目的地に到着という所で馬車が止まり、護衛している騎士たちが慌てている。

 ドアを開いて身を乗り出すと、騎士たちが空を見上げていた。

 そのとき、黒い影が馬車を覆い隠すように通りすぎた。


「ふぎゃー!」

 突然、私の肩に乗っていたヤミが叫ぶ。


「え?! なに? どうしたの? ワイバーンってなに?」


 私にはどういうものか解らないが、なにかトラブルらしい。


 

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