28話 屋敷の中で薬作り
森の中にあった家を燃やされてしまった私は、領主邸にお世話になっている。
領主の娘であるククナに、随分と気に入られてしまったようだ。
父親は忙しいようだし、母親は見かけない。
この世界では成人している歳らしいが、まだ甘えたいのであろうか。
生活や必要な家具や、薬の製作に使う道具も揃えてもらったので、ここで仕事をしようかと思う。
まずは騎士団に頼まれた、回復薬の製作だ。
今日、薬問屋の男が薬草を持ってきてくれる手はずになっている。
昨夜は、ククナ、ヤミと一緒に寝た。
――彼女と朝起きる。
「おはようございます、ククナ様」
「……ククナって呼んで……」
寝ぼけた顔でそんなことを言ってくる。
「おはよう、ククナ」
まぁ、しょうがない今だけだ。
「おはよう、ノバラ!」
私に抱きついてきた彼女だが、まだ半分寝ている。
しばらくそのままだったのだが、メイドが入ってきた。
「ククナ様」
彼女は半分寝ぼけた状態で着替えさせられて、そのまま屋敷に戻っていった。
父親と一緒に朝食のようだ。
誘われたのだが、私は1人で食事を摂ることにした。
メイドさんが食事を運んできてくれる。
「ありがとうございます」
今日の朝食は、スープとゆで卵、パン、野菜のお浸し。
ヤミもテーブルの下で肉を食べている。
卵があるのが、ありがたい。
お姫様が、直営の農場から手に入れることができると言っていたから、これは今朝取れた新鮮なものだろう。
新しい家では鶏を飼おうか。
そうすれば、いつでも卵を食べることができる。
鶏は飼えそうだが、乳牛となるとかなり難易度が上がるような気がする。
だいたい、メス牛だけいても妊娠しないと乳は出ないし。
人工授精なんてないから、一緒に雄牛も飼わねばならない。
そう考えると、こういう世界で牛乳は簡単には手に入る代物ではないってことだろう。
卵と牛乳のことを考えながら食事をしていると、メイドさんがジッとこちらを見ている。
「なにか?」
「い、いいえ……」
なんだか顔を赤くしている。
「もしかして、お姫様と私の間を疑ってます?」
「そ、そんなことはありません……」
――と、いいつつも、興味がありそうな顔をしているのだが勘弁して欲しい。
食事が終わってメイドさんが片付けてくれると、薬問屋のバディーラがやって来た。
今日も黒い服装なので、やはりトレードマークみたいなものなのだろう。
遠くから見ても解りやすいし、魔女の黒い服装と似たようなものか。
「おはようございます」
「おはようございます」
2人で挨拶を交わしたあと、テーブルに座って商談をする。
商談といっても、彼が持ってきてくれた薬草を確認するだけだが。
朝から準備していたお茶も魔法の袋から出した。
「ほう、紅茶とは……」
「ククナ様からいただいたものだから」
「なるほど」
テーブルの上に広げられた薬草を確認する。
すべて揃っているので問題ない。
薬草の質などはよく解らないが、揃っているように見える。
「ありがとう、これで回復薬が作れるわ」
彼に金貨1枚を渡した。
材料費で金貨1枚(20万円)がかかっても、回復薬は1本5万円で売れる。
4本売れば元は取れる。
「作るところを見せてもらいたいところだが……」
「別に特別なことはやってないわ」
「それにしては普通の薬と材料が違う。あの赤い実も使うのだろう?」
製法は色々とあるということか。
普通の薬のように、成分が違っても病気や怪我が治ればいいわけだし。
「そうね。あなたに材料を頼んだので、組成は解ったのでしょ? 自分で作らせてみればいいのでは?」
「ううむ……」
「それからこれ」
私は袋から回復薬を取り出した。
「こ、これは?」
「売って上げる。2本で銀貨2枚。必要なんでしょ?」
「なぜ、そうだと?」
「欲しそうな顔をしていたし。でも、薬問屋なら回復薬も手に入りそうなものだけど」
「あいにく、まともな品がなくてな。しかし――」
彼が、薬を窓から入ってくる光にかざした。
「見て薬の良し悪しなんて解るものなの?」
「回復薬の鮮やかな赤は、染料などでは作れない」
「そうなんだ。偽物って見たことがないし……」
なにせ自分の作った薬しか見たことがないのだ。
「こんな回復薬は見たことがない」
「心配しなくても大丈夫よ。私のお客様からも褒めてもらっているからね」
「数滴試していいか?」
「試す? どうやって? まぁ、いいけど?」
彼は瓶の蓋を開けると、自分の指に数滴垂らした。
何をするのかと思ったのだが、それを鼻に突っ込んだのだ。
「ん~――こ、これは間違いなく、かなり高品位な回復薬だ!」
「なるほど、粘膜から吸収させれば、すぐに効き目が解るからね」
「そうだ」
「それなら、お尻から入れたらいいのに」
「緊急の場合はそういうこともある」
冗談で言ったのだが、この世界でもそういうことがあるらしい。
私のつまらない冗談にも眉一つ動かさず、彼は私の前に金貨を滑らせた。
さっき薬草代として、彼に渡したものだ。
「回復薬は1本銀貨1枚だから、2本で銀貨2枚だけど……?」
「こいつは銀貨2枚以上の価値がある。もしかしたら、1本金貨1枚以上になるかもしれん」
「薬の専門家のあなたが、そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「いや、間違いない」
「ありがとう――その薬って子どもに使うの?」
彼は少し考えていたが、口を開いた。
「ああ、熱が下がらない子がいるんだ」
「なんだ――最初からそう言ってくれれば、よかったのに」
「怪しまれるかと思ってな……」
彼は気まずそうに下を向いている。
「にゃー」
下からヤミの声を聞こえる。
「申し訳ないけど――私も最初は、人相が悪い人だと思っていたから」
「よく誤解されるから仕方ない」
「あなたが身寄りのない子どもたちを引き取り、商売などを教えていると、ククナ様から聞いたわ」
「たいしたことをしているわけではない。ただの自己満足さ」
「そんなことはないでしょ。中々できることではないと思うし」
「昔やってたことの罪滅ぼしみたいなもんだ」
「詳しくは聞かないけど、そうなんだ」
「ああ」
なにやら事情がありそうである。
まぁ詳しくは聞けないし、人に話せないことだってある。
私だって、他の世界から来た――などという話をしても誰も信じてくれないような秘密があるし。
帰り際、バディーラが街であったことを話してくれた。
「女の魔導師と揉めた魔女ってお前だろ?」
「街の噂じゃそうなってるの? まぁ、そうだけど……」
「その魔導師が、公園の近くで首を吊った」
「え?! 見たの?」
「ああ、金髪だったな」
多分、あの女の魔導師――いや、資格を剥奪されるとか言われていたから、元魔導師か。
魔導師じゃなくなれば、ただの女。
この男尊女卑の世界で食べていくためには、あの女が蔑んでいた魔女になるしかないだろう。
いまさら地道に街で働いて――そんな風には見えなかったし。
魔導師から転落して落ちぶれることに、プライドが許さなかったに違いない。
そんな立派なプライドがあるなら、最初から悪人に加担するなよと言いたい。
「1人だった?」
「ああ」
それじゃ男とも別れたのか。
自らの命を断ったのは、そのせいもあるのかもしれない。
男のほうは、体力があれば金は稼げるしね。
それにしても――人の家を燃やしておいて、こんなことでさらに嫌な気分にさせてくるなんて、本当にムカつく。
「子どものために回復薬が必要なら、もう少しは融通できるから」
「解った――そのときは頼む」
彼は、黒い帽子をかぶると帰っていった。
渋い、渋すぎる。
人相は悪いけど。
「にゃー」
言っちゃ悪いけど、君もそう思うよね。
さて、材料が揃ったので回復薬を作らねば。
魔法の袋からコンロを出すと、テーブルの上に置いた。
このコンロは、ククナに買ってもらったものだ。
それから乳鉢や鍋、薬を掬う小さな柄杓と漏斗、濾し布――これらは魔法の袋に入れて助かった。
あとは薬を入れる瓶も出すが、これは薬瓶として普通に売っているものらしい。
作る数は全部で40本だが、半分に分けて20本ずつ作ろうか。
部屋の隅に置かれた瓶から、水を汲む。
これは前日から水を貯めて、水質を改善するという水石という石を入れておいたものだ。
それをガラス瓶で20本分量る。
加熱すると蒸発するかもしれないから、少々多めに。
まぁ、足りなかったら次の鍋で多めに作ればいい。
鍋にもらったばかりの4種類の薬草を半分入れて、加熱し始める。
魔法の袋から赤い実を取り出して、乳鉢で潰して20個投入した。
あとはしばらく煮込むだけ。
薬問屋の話では、赤い実を使わないレシピもあるようだ。
実がなくても半分ぐらいの効き目があるなら、低級回復薬として半額で売れるかもしれない。
――などと、考えながら鍋をかき混ぜているとドアが開いた。
「あ~! 回復薬作ってる! 作るところを見たかったのに!」
入ってきたのはククナだ。
後ろにメイドさんが控えている。
「大丈夫ですよ。今、材料を入れて煮始めたところですから」
「これが薬草を入れたところ?」
「ええ。それに別段特別なことはしてませんから」
それから30分ほど煮込み、汁が茶色になったので火を止める。
「ここから、人肌になるまで冷まします」
「へ~。こんな茶色なのに、赤くなるんだ」
「不思議ですよね」
鍋に指を突っ込んで温度をみていると、ククナが真似をして指を入れている。
「まだかな~」
「まだね、うふふ」
2人でそんなことをしている間に薬は適温になった。
「ここから魔力を注ぎ込みます」
「うん」
鍋を両手で掴み、魔力を注ぎ込む。
元世界ではありえなかったこんなことも普通にできるようになってしまった。
以前に作ったことで、入れる魔力の感じは掴めている。
今日は一発でいい色になった。
あとは、ガラス瓶に入れるだけだ。
「あの、メイドさん、手伝ってくれます?」
「はい」
「私が手伝うから!」
「それじゃ、濾し布を入れた漏斗を押さえていてください」
「解ったわ」
彼女が押さえてくれているので、私は注ぐ作業に集中できる。
赤くなった液体がガラス瓶の中に注ぎ込まれていき、一杯になった。
「綺麗!」
「ククナ様、蓋をしていただかないと、すぐに劣化します」
「はい」
「それに鍋の中の分も劣化してしまうので、素早く詰め替え作業をしなくてはいけません」
「解った!」
面倒だが、柄杓で掬ったら、すぐに鍋を魔法の袋の中に入れる。
これなら、少しでも劣化を抑えることができるだろう。
やはり20本は多すぎたか。
10本単位で作ったほうがよかったかもしれない。
ここらへんも経験がものを言うだろう。
彼女に手伝ってもらい、なんとか20本分の詰め替え作業を終了した。
「ふう――忙しない。やっぱり10本ずつにしよう」
私が作業の手順を考えていると、メイドさんが話しかけてきた。
「あの――入れる作業になにか特殊な能力が必要だとか?」
「いいえ、ただ入れるだけです」
「それでは、もう1人メイドを入れて、お手伝いいたします」
「ククナ様、よろしいですか?」
「もちろんよ! これって綺麗!」
彼女ができあがったばかりの、まだ温かい回復薬を窓の光にかざしている。
「私の薬は、普通のとちょっと違うみたいです」
「そうよ! こんな鮮やかな赤い回復薬は見たことがないわ!」
「これで騎士団の仕事もはかどればよろしいのですが」
「それは、あの者たち次第ね!」
そのあと、メイドさんの応援を入れて、残りの20本を製作した。
やることがないヤミは、自分のベッドで丸くなって寝ている。
やはり人数が多いと早く終る。
ちょっと半端が出て、40本とあまり2本が完成した。
最後の2本は薬草を搾りまくってしまったので、ちょっと不純物が多い。
飲んだら口に残るんじゃないのだろうか。
まぁ、命が危ないってことに、そんなことを気にする人もいないかもしれないが。
テーブルに回復薬を並べていると、メイドさんがやってきて、なにやらククナに耳打ちをしている。
「ここに通して」
「かしこまりました」
メイドさんが一礼してから部屋の外に出ると、屋敷に戻る。
数分すると――騎士団の団長さんが、私とククナが待っている部屋に入ってきた。
「ククナ様には、ご機嫌麗しゅう……」
団長が、お姫様の前で一礼する。
「そういうのは、いらないのよね」
「一応、礼儀ですので。ノバラも元気そうだな」
「ぷう!」
なぜか、ククナがむくれている。
「はい、ちょうどよかったです。ジュン様から依頼を受けました、回復薬40本完成しましたよ」
「ほう! これは見事だ――というか、ヴェスタの言うとおり、見たこともない色だ」
「効き目は問題ありませんよ」
「それは疑っておらん。ヴェスタの母君も、病気が治ったらしいしな」
ネフェル様の調子はいいようだ。
「自分で言うのもなんですが、すごい効き目ですよね、あはは」
「そうだな」
団長が、私の言葉に呆れているのだが、自分の袋から違う袋を取り出した。
「これをお前に返す」
「これは――あの悪党の親玉が持っていたものですよね?」
「そうだ、ここから証拠になるようなものは回収させてもらった。残りはお前のものだ」
「あの――本当にいいんですか?」
「当たり前だ」
「でも、犯罪者の財産って公庫に集められるとか――そういう感じではないんですか?」
「騎士団が正式に討伐をしたりすれば、そういうことになるが、今回はまったく違う」
騎士団は私用だったし、私が仕留めた獲物の権利は私にあるということらしい。
ククナもなにも言わないってことは、それが当たり前の世界なのだからだろう。
やっぱり抵抗はあるのだが、この袋は私のものになった。
「あの!」
「なんだ?」
「私たちが捕まえた、魔導師の話を聞きました?」
「ああ、広場で首を吊ったらしいな。まったく身勝手な連中だ」
「男の魔導師の話は聞きましたか?」
「いや、聞いてない。魔導師の資格を取り上げられたので、他の街に向かったのでは? この街では働きにくいだろう」
そりゃそうだ。散々、街中でイキってたんだし。
「でもこれで、一件落着ですね」
「騎士団の仕事に、ノバラを巻き込んでしまい申し訳ない」
「領主様や、ククナ様からも同じことを言われたのですが――私も当事者だったので、お気になさらず」
「承知した」
彼が、完成した40本の薬を自分の袋に入れた。
「これで、お仕事がはかどりますね」
「はは、これを使うような事態に、ならなければいいのだが」
「あ、それもそうですね」
「む~、ジュンとノバラ、仲良すぎない?」
ククナが、私と団長の間を怪しんでいる。
そりゃ歳も近いから話も合うし。
「そりゃ、お得意様ですし」
「はは、ノバラに手を出したら、ヴェスタに怒られてしまう」
「あ~、やっぱりヴェスタはそうなんだ」
彼女から見てもそう見えるか。
ん~私だって、彼がいいと言ってくれれば、そんな関係になるのもやぶさかでないのだが、本当にいいのだろうか?
真面目すぎる金髪の美少年と、なんの取り柄もないアラサーの女。
あまりに釣り合わないのではないか。
まぁ、魔法が使えるようになったのは、取り柄になったかな……。
あと、絵なら少々得意だが、この世界で役に立つとは思えない。
元世界でも、昔は通りや公園で似顔絵描きや絵を売っていた人がいたって話だが、今じゃそんなの見かけないし。
この世界で道端で絵を書いている人なんていない。
絵描きという商売がないのかといえば、そうでもない。
ここの屋敷には絵を飾ってあったので、王侯貴族向けに描く宮廷画家みたいな人はいるのだろう。
団長が帰るので、門の所までお見送りをして、そこで待つ。
屋敷の使用人が彼の馬を連れてきてくれるのだ。
「回復薬の御用の際はご連絡ください――と申し上げたいところなのですが、ちょっと難しいかもしれません」
「ここでは原料が手に入りにくいしな」
「いや、薬草は問屋から手に入るのですが、なんと言ってもあの赤い実です」
「ああ、あれか……」
彼が顎に手をやり、下を見て難しい顔をしている。
「赤い実を使わない成分も試してみようかと思っております」
「頼む。騎士団の任務は、なにがあるか解らんのだ」
「お察しいたします」
団長と話していると、馬が引かれてきた。
鞍に脚をかけると、ひらりと馬に跨る。
流れるような動作で実に恰好いい。
「それでは、なにかと大変だとは思うが、よろしく頼む」
「お任せください」
団長が、馬で帰っていった。
「ふう……材料も少し残ってるし、赤い実なしで試作してみるか……」
部屋に戻ると、ククナがいなくなっており、メイドさんが1人残っている。
「ククナ様は、メイド長につれていかれました」
「メイド長さんって、ダイアナって人?」
「そうです」
「お姫様は、習い事とか勉強をサボっていたとか?」
「はい、そのとおりです」
「それは仕方ないかな~」
あとは私の個人的な研究なので、メイドさんには屋敷に戻ってもらった。
頼む仕事もないし。
早速、回復薬の試作をしてみることにした。
残っている材料を鍋に入れて、浄化した水で煮る。
いつもと違うのは赤い実を入れないレシピだ。
煮出して茶色になったので、人肌まで冷ましたら魔力を注ぐ。
色が変わったようなので瓶に入れてみた。
作業もだいぶ慣れてきたので、サクサク進む。
瓶に入れた薬を、光にかざしてみる。
いつもの鮮やかな出来栄えではなくて、暗い赤。
なにか血の色に近い。
ちょっと指に乗せて舐めてみた。
特に問題はないようだ。
まぁ、あの薬草の組み合わせで毒ができるはずがない。
これも誰かに使わせてみて効き目を確かめてみたいのだが、冷静に考えたら人体実験なんだよねぇ……。
外に出て実験台を探してみることにした。
ヤミは、自分のベッドで寝たまま。
外に出てウロウロしていると、メイドさんに捕まった。
長くてまっすぐな黒髪がきれいなメイドさんだ。
「なにか御用でしょうか?」
「新しい回復薬の試作品作ってみたんだけど、誰か使ってみたい人いないかな?」
我ながらとんでもないお願いである。
「メイドの集まっている所で、聞いてみましょうか?」
「いいの? 助かるぅ」
彼女の案内で、メイドの作業場につれていかれた。
只今、洗濯の真っ最中である。
室内にある石造りの水場に大きなたらいが置かれており、それに石鹸を入れ足で踏んづけて洗っている。
そんな洗い方でいいのだろうか?
まぁ元世界の洗濯機だってグルグルと回しているだけだが。
「回復薬の試作品なんだけど、使ってみたい人はいる?」
「それって危ないとか?」
「いいえ、いつもの材料より1つ減らしてみた簡易版みたいな感じのものを作っただけだから、危険性はないよ。私が舐めてみたけど平気だったし」
私は袋から赤い薬瓶を取り出した。
「はいはい! 私、使ってみたい!」
手を挙げたのは、短い赤髪のメイドさん。
すごく元気がいいのだが、回復薬がいるのだろうか?
「元気みたいだけど……」
「昨日、ハシゴから落ちちゃってさぁ。腰が痛いのよね」
彼女が腰を曲げて右手でさすっている。
「それなら薬を使ってもいいわね」
彼女に新バージョンの薬を渡した。
「本当に飲んでいいの?」
「ええ」
彼女は躊躇なく瓶の蓋を取ると、中身を一気に飲み干した。
「うぇ~、もうちょっと美味しければいいのに……」
「果汁で割ったりすればいいと思うけど、そういうのを入れると保存ができなくなるのよねぇ」
栄養素があると、雑菌が繁殖しやすくなるし。
まぁ、すぐには結果は出ないだろうから、ここで様子をみることにした。
ただ待っているのはつまらないので、彼女たちに提案をしてみた。
「洗濯をやっているなら、魔法で手伝ってあげるけど」
「「「えええ~っ!?」」」
「遠慮しなくてもいいよ」
「お願いします!」「お願い!」「私、他の洗濯物も持ってくる!」
バタバタと、メイドさんたちが大騒ぎになってしまった。
どうせ魔法を使うなら、汚れ物を全部集めて一気に綺麗にしたいということなのだろう。
しばらくすると、作業場の真ん中に洗濯物や汚れた食器などが山積みにされた。
「ついでに、メイドさんたちも真ん中に集まったら綺麗になるけど……」
「はいはい! やるやる!」「私も」「やったぁ!」
メイドたちが、洗濯物の周りに円形に並んだ。
「ほんじゃ、いい? いくよ~?」
「「「は~い! どうぞ~!」」」
「む~! 洗浄!」
青い光が舞うと、並んだ女性陣と山積みになった汚れ物の中に染み込んでいく。
「はい、終了!」
「やったぁ! すご~い! 一発で綺麗になった!」「しかも、こんなに沢山あったのに」
女の子たちが、すぐにホウキやちりとりを持って、床を掃き始めた。
汚れが落ちて下に溜まるってことを知っているのだ。
「お世話になっているし、このぐらいなら毎日してあげてもいいけど?」
「本当に?!」「やったぁ!」「もう、洗濯が毎日大変で……」
屋敷にはすごい人数が働いているって言ってたし、そういう人たちの洗濯もするのだろう。
「すご~い! シミが取れなくて拭き布にしようかと思ってたのが綺麗になってるぅ!」
「こっちも汚れが落ちてる!」
これって染め物とかどうなってんだろう。
洗濯機も色落ちしたりするからなぁ。
「あ~ん! ノバラさまぁ!」
メイドの1人が、私に抱きついてきた。
「え?! ちょっと待った!」
「ずる~い! 私もぉ!」
他のメイドたちも、私に抱きついてきた。
よくこんな目に遭った学生時代を思い出す。
なぜか女の子にモテるのだ。
「なにごとです!」
怒鳴る声が聞こえてきて、メイドさんたちが、ささ~っといなくなった。
「メイド長――ノバラさんが、魔法で洗濯を手伝ってくれたのです」
「まぁ! お客様に申し訳ございません」
「まぁまぁ、私もお世話になっているし」
そういえば、洗濯の騒ぎで回復薬を飲ませたメイドのことを忘れていた。
「ねぇ、さっき飲んだ薬の具合は?」
赤髪のメイドに聞いてみる。
「え?! そういえば――腰が痛くなくなったかも!」
「やったね! 材料が半端な薬でもそれなりに効き目はあるんだ」
症状の軽い人用に安く売り出したら、売れるかもしれない。
回復薬が上手くいったので、部屋に戻って残りの材料も全部使って薬を作ることにした。
そのまま作業をして、夕方近くになったのだが――。
屋敷の中が、バタバタと騒がしくなってきた。
いったい、どうしたというのだろう。





